分岐点 10
ファルネーゼは幸太郎の考えた、でっち上げのストーリーを
フェデリーゴ司祭に語り始めた。
内容の細部はイネスが監修、
ファルネーゼが演技しやすいように修正を加えてある。
「・・・私がエルロー辺境伯家に嫁いできたとき、
ミューラー侯爵家から3人の騎士がついてきてくれました。
表だって私を助けることはできないため、その3人は
騎士の地位を捨てて、一般の市民としてユタに移り住んで
くれたのです。まさに騎士の鑑でした。
その3人は私の頼みを聞いて、子供たちの遺体を探すため、
ホーンズ山脈など、あちこちを探し歩いてくれました。
そして、ついに見つけたのです。その場所を・・・」
「その場所とは?」
フェデリーゴは前のめりに聞いた。
「・・・それは、あの『ガイコツの森』でした」
「『ガイコツの森』ですか! なるほど、確かにあの森は
エミール王子の暗殺の噂と、彷徨う騎士の骸の目撃情報があるから、
誰も近寄らなくなって久しいですな」
「はい。しかしエルロー辺境伯領には違いありません。
遺体を隠すには、うってつけだったのでしょう。
しかし、遺体を発見した3人の騎士に、思いもよらぬ
事態が起きました。森から出てきた騎士たちを、
人狩りどもが待ち伏せていたのです」
「人狩りが待ち伏せ!?・・・つまり、表向き
『子供たちの遺体は1つも見つかっていない』とされておりますから、
見つかると都合の悪い人々がいるということでしょうか」
「おそらくですが、我が夫が『見張れ』と命じたのだと思います。
遺体が見つかると人狩りたちも都合が悪いのでしょう。
夫の悪行の片棒を担いでいたのですから。
話が漏れれば中央政府が口封じに来るかもしれません。
そして彼らは私の騎士たちを
問答無用で殺そうと襲いかかってきたのです」
「なんと・・・」
「人狩りたちの数は、およそ30人。そしてその中に、
ゲーガン司祭と、聖騎士マラケシコフの姿があったというのです」
「ゲーガン司祭に、聖騎士まで!? それに30人も!?」
フェデリーゴ司祭は鼻息も荒く、興奮している。
これをリーブラ教に報告すれば自分の大手柄だからだ。
そして自分たちを正義の味方として、
気持ちよく悪を叩くことができる。
ファルネーゼは沈痛な面持ちで続きを語った。
もちろん、『3人の騎士』などいない。
ストーリーは幸太郎が考えた、
架空の『都合のいい』話に過ぎないのだ。
誰にとって『都合がいい』のか?
それは『お互いに』だ。
「30人の人狩りに、司祭、聖騎士まで。
これはコナのオーガス教全体が
人狩りの巣窟になっていることを示しています。
どうやら、今までも子供たちの遺体に近づく者がいれば、
捕まえて奴隷として売り飛ばしたり、殺して始末していたようです。
これはゲーガン司祭自身が大威張りで教えてくれたと、
騎士の1人が言ってました。
聖騎士マラケシコフも『エルロー辺境伯の指示だ』と
明言していたようで・・・。
夫は、死してなおも、罪を重ね続けていたようです。
ああ・・・なんと嘆かわしい・・・」
「心中、お察しします」
ここで、ファルネーゼは少しハンカチで涙をぬぐう真似をした。
もちろん、ウソ泣きだ。ファルネーゼは人質として
エルロー辺境伯家に来たつもりであり、妻になった気は全くない。
おぞましい殺人鬼が殺されて、悲しむ理由など1ミリたりとも無かった。
「ただ・・・ゲーガン司祭や聖騎士マラケシコフにとって、
大きな誤算だったのは、私の3人の騎士が百戦錬磨の
手練れだったことです。
人狩りどもは念のいったことに、
逃がさぬよう馬まで用意してあったようです。
私の騎士たちは、子供たちの遺体を探すため、徒歩でした。
逃げ切れないと思った騎士たちは、
たった3人で人狩りどもに挑んだのです。
壮絶な戦いとなりました。
何しろ相手は大勢、さらに聖騎士までいたのですから」
「しかし・・・勝ったのですな?」
「はい。私の3人の騎士たちは魔法も優れ、剣技も達人、
そして何より、悪に屈さない
勇敢な騎士道精神を持っておりました。
ですが・・・代償も大きかったのです。
3人のうち、1人が聖騎士と相打ちに。
残った2人で人狩りどもを打ち倒し、
ゲーガン司祭の馬車の中からこの台帳を見つけました。
そして、カーレに帰還する途中、1人が戦いの傷で死亡。
最後の1人が、この台帳を私に届け、説明を終えると・・・
そのまま息を引き取りました。
彼らは、彼らは・・・真の騎士です。
私の誇りの騎士でした・・・」
ファルネーゼは、消え入りそうな声でそう言うと、
ハンカチで目を抑え、泣き出した。
もちろんウソ泣き。
「僭越ながら、ここからは私が説明いたしましょう」
ソファの後ろで立っていたイネスが、やはり沈痛な面持ちで
後を継いだ。
「この奴隷の出荷・入荷の台帳は、ゲーガン司祭が人狩りたちの
元締めであったことを示す、確かな証拠です。
念のため、当家に残っているゲーガン司祭からの書状の
筆跡、サインと比べましたが、完全に一致しております。
そちらの教会でもゲーガン司祭の書状があれば、
見比べてくださいませ。
疑う余地はございません。・・・何より、ゲーガン司祭と、
聖騎士マラケシコフ自身が暴露しているのですから、
他の可能性は無いでしょう。
彼らは自分たちが負けるとは
考えていなかったのが裏目にでたのです・・・」
フェデリーゴ司祭は再び台帳を手に取り、
ゲーガン司祭のサインを様々なページで確認した。
筆跡は間違いなく1人だけ。
(教会にはゲーガン司祭の書状もある。持ち帰って確認すれば
簡単に裏が取れるはずだ・・・。これはすごい情報だぞ!
念話で聖騎士たちに知らせて、早急に会議を!
ふふふ、大手柄だ!
目障りなオーガス教の奴らを地獄へ突き落としてやる!
神は『女神リーブラ』様だけで十分なのだ!
他の神などいらんのだ!
ざまあみろ!! 自業自得と、自分たちを呪うがいい!)
フェデリーゴ司祭は鼻の穴を大きくして、興奮している。
((まあ、なんて浅ましいこと・・・))
ファルネーゼとイネスは内心あきれた。だが、顔には出さない。
と、ここで、フェデリーゴ司祭は何かを思いつき、
質問をしてきた。もちろん、幸太郎は予測済みで回答は用意してある。
「・・・そういえば・・・ゲーガン司祭たちは
『行方不明』になったと聞いております。
その3人の騎士たちが討ち取ったのであれば、
現場に死体が残っているはずでは?」
イネスがぶるっと震えて答えた。
「それが・・・報告によると、『森に喰われた』らしいのです。
亡くなった騎士を埋葬したあと、
生き残った2人がカーレに帰ろうと、
人狩りの馬に乗って走り出したとき、
背後で急に何か巨大な『唸り声』のようなものが聞こえ、
振り返るとゲーガン司祭も、聖騎士マラケシコフも、
人狩りたちも、全員の死体が忽然と消えていたとのこと。
死体も服も、剣や盾まで、一切合切全てだそうです。
そして、なんと馬車までもが丸ごと消えていたとか・・・。
事の真相はわかりかねますが、騎士は
『森に喰われたとしか思えない』と申しておりました。
そうです、残ったのは証拠として騎士が持っていた、
この台帳だけなのです」
フェデリーゴ司祭は、この話が真実だと確信した。
フェデリーゴ司祭は『話がつながった!』と思ったのだ。
それはそうだろう。
幸太郎が『そう考えるように』話を作ったのだから。
フェデリーゴ司祭の聞いた断片的な『噂』はこんな感じだった。
『ゲーガン司祭が早朝から「野外でミサを行う」と信者を連れて
コナの町を出た後、帰って来なかった』
『ゲーガン司祭たちは野営の装備も2日分の食料も
持参していかなかった』
『コナに常駐している聖騎士マラケシコフが護衛として同行していた』
『夕方近く、ゲーガン司祭が帰って来ないので、
信者たちが探しに出た。
雨上がりだったので馬車の轍のあとを辿ると、
ガイコツの森近くで足取りが消えた』
『しかも、馬車は見当たらないのに、誰もその場所から
出て行った痕跡がない』
『唯一出て行った足跡は馬2頭だけ』
簡単に言えば、
幸太郎がエレメンタルたちと戦った場所の情報だけが、
抜け落ちている。
まあ、その情報が伝わるのも時間の問題だ。
いずれ、『そこで戦いがあったようだ』という噂も耳にするはず。
だが、その情報もファルネーゼとイネスの語った
『でっち上げのストーリー』が真実だと補強する効果しかない。
フェデリーゴ司祭は大興奮だ。
本人は隠しているつもりなのだろうが、
全然隠せていない。顔まで上気してバレッバレ。
(間違いない・・・全ての謎が解けた! 話が繋がった!
突然ゲーガン司祭が予定を変更して野外ミサに出かけた理由も判明。
聖騎士マラケシコフが行方不明の理由も判明。
野営の準備をしていないのに、帰って来なかった理由も判明。
ガイコツの森のそばで足取りが消えた理由も判明。
さらに、出て行った足跡が『馬2頭だけ』の謎も解けた。
盗賊などに襲われたという説もあったが、
それで聖騎士を倒せるとは思えない。
しかし、相手が百戦錬磨の騎士ならば話は別だ。
相打ちだったのか。納得だ。そういうことだったのか!!)