分岐点 5 (18禁)
それは・・・もう人間の所業ではなかった。
ニーナは裸にされ、後ろ手に縛られて、床で痙攣している。
膝が赤黒く腫れ、おかしな方向に曲がっていた。
膝を砕かれたのだ。
そして、そのまま治療はされていない。
体も、至る所に痣ができ、しかも、多数の歯形が残っていた。
ウラス王と、この女3人が噛んでつけた歯形だ。
体の歯形は内出血をおこし、一部は流血している。
ニーナの顔は殴られすぎて、青黒く腫れ、目が開かず
歯がほとんど残っていない。
顎も骨折しているのか、変な方向に歪んでいる。
おそらく顔面の骨も骨折しているはずだ。
しかも、髪をつかんで引きずり回したのだろう、
頭髪は抜けるどころか、皮膚の一部が裂けて流血していた。
そして、連れてこられてから、寝る間も、休む間もなく、
凌辱され続けていたのだ。
明らかに、ニーナを助ける気はない扱いだ。
はっきり言うなら、1日か2日で殺す前提で凌辱している。
セリスのプラチナブロンドの髪が、烈火のごとく怒りで逆立った。
「ケダモノめ! ケダモノどもめ!!
お前たちは! もう! 人間じゃないっ!!!」
黒い大蛇に変身したセリスは、ウラス王と、女3人を
怒りのままに絞め殺した。
『血の狂王』と呼ばれたウラス王は
あっけなく死んだ。
一緒にいた裸の女3人は、ウラス王の妻だったのか、
はたまた愛人だったのか、それはもう、わからない。
そして、セリスにもバーバ・ババにしても、
それが誰かなど『どうでもよかった』。
ここにいたのは、人間をやめたケダモノが4匹。それだけだ。
そして、今はもう、ただの物言わぬ肉塊。
二度と、誰にも危害を加ることはない。
バーバ・ババは膝をつき、ニーナを『大回復魔法』で治療する。
致命傷ではない。致命傷ではないから、傷は治った。
しかし・・・ニーナは意識が戻らない。
それには理由がある。バーバ・ババには『見える』。
すでにニーナの魂が体から抜けかかっているのが。
魂は頭頂部と、へその辺りに霊線で肉体と繋がっている。
見た目は『へその緒』みたいなものだ。
ニーナの魂は大部分が体から離れ、つながっている霊線も
どんどん細くなっていた。いまにも切れそうなほどに。
ニーナの魂は、すでに正気を失っていた。涙を流し、叫び続けている。
『痛い!痛い!』『やめて!許して!』
『お母さん! 助けてお母さーん!!』
バーバ・ババは、この母を呼ぶ悲痛な叫びに、涙を抑えきれない。
セリスはニーナの名を呼び続けた。
「ニーナ! 私よ! お母さんよ! ニーナ! しっかり!」
セリスは泣きながらニーナを抱きしめ、涙を流している。
もう、バーバ・ババにはわかった。
『助からない』
ニーナの肉体と繋がっている霊線は、もうかすれて消えかかっていた。
(あと、1時間・・・持つまい・・・)
バーバ・ババは、それが『わかる』自分に苛立った。
覆らない結末が理解できてしまうのだ。知りたくなくとも。
「バーバ・ババ! ニーナを治して! お願い!」
「もう、傷は全て治した。しかし・・・。
いや、まずは、ここを出よう。ここは邪気に満ちている。
それに、もう1つ、助けなくてはならない人々がいる」
バーバ・ババはセリスの夫と、その兄弟のことを言っている。
あのまま晒し者にはできない。
バーバ・ババはウラス王の死体を何とか『マジックボックス』に
押し込んだ。後で1つ、用がある。
そして、廊下に『陛下! ご無事ですか!』という声が聞こえてきた。
セリスとバーバ・ババが強行突破したのが、他の騎士たちに
知れ渡ったようだ。鎧のガチャガチャと鳴る音が増えてきた。
だが、バーバ・ババは慌てない。今更、何人騎士が来たところで、
彼らにできることなど何もないからだ。この騎士たちにしても、
『今死ぬか』『後で死ぬか』程度の差しかない。
セリスは泣きながら毛布に包んだニーナを抱えた。
かつての記憶、幼いわが子を
胸に抱いて歩いた幸せの日々の記憶がよみがえる。
だが、今、ニーナはもう意識が戻らず、もう少しで死ぬのだ。
母として、抱きしめることしかできない。
「『磁力結界』・・・」
バーバ・ババは自分とセリスたちに結界を張った。
普通、『結界』はドーム型、キューブ型、どちらにしても
固定式で動かせない。しかし、バーバ・ババはそれを改造し、
身にまとうバリアとしている。
『磁力結界』は『上級・魔法の泡』よりも圧倒的に強固だ。
いかなる剣や槍をもってしても貫くことはできず、矢も弾き返す。
魔法は全て方向がねじ曲がり、霧散した。
元の地球のスナイパーライフルの弾ですら、逸れていくだろう。
さらに、バーバ・ババは『守護霊獣』を召喚。
「いでよ、ノヅチ」
守護霊獣は通常の『召喚魔法』とは違う。
呼び出すのにHPを消費するが、
一度呼び出すと『魔法無効』などでは消えないのだ。
高位魔導士が魔法を使えない場面、
魔法が効きにくい相手と対峙した時に
守ってもらう特別な契約をしているのが『守護霊獣』である。
しかも、バーバ・ババが契約しているのは『ノヅチ』。
この妖怪は日本にもいる。見た目は、目の無い大蛇か、
サンドワームに似ている。
正体はよくわかっていない。
この妖怪は、あらゆるものを吸い込み、『どこか』へ
飛ばしてしまう。
火も、水も、風も、土も、魔力すら飲み込むノヅチは、
人間、ドラゴン、悪魔すら飲み込み、消し去る。
ただの騎士など逃げることさえできない。
セリスとバーバ・ババはゆっくりと廊下を歩き、階段を下った。
騎士たちは最初だけ威勢が良かったが、
次々とノヅチに飲み込まれ消えていく。
そして、後続は恐慌、パニックになり、悲鳴をあげた。
騎士の中には剣の達人もいたようだが、何の意味もない。
ノヅチはひたすらに、敵を飲み込んでいくだけ。
切ったところで、ノヅチは痛がりもしないし、ダメージも無い。
飲み込むスピードも全く変わりない。いうなれば、ノヅチは
『生きている疑似ブラックホール』だ。
どこをどう斬ったところで、怯みさえしない。
矢を射ても急激に方向を変えてノヅチの口の中へ消えてゆく。
王城の門を出て、中央広場へとバーバ・ババたちは歩く。
騎士たちは剣を抜いてはいるが、ノヅチに飲み込まれないように、
遠くで見ているだけ。
そして、セリスは見た。愛する夫と、その兄弟の変り果てた姿を。
セリスは悲鳴を上げた。
そして人目をはばからず、泣いた。
叫ぶように泣いた。
バーバ・ババは、セリスの夫と兄弟に、丁寧に『洗浄』の魔法をかけ、
後頭部から口の中へと貫いているフックを外した。
バーバ・ババはゾンビを3体召喚すると、3人の亡骸をしっかり
抱きかかえさせ、町を出るために、最初に入ってきた門を目指す。
遠巻きに見ていた町の住人は、これではっきりと認識した。
『ダークエルフの家族が遺体を奪い返しに来たんだ』と。
ただ、その認識は間違っている。正確には『半分足りない』。
この後起きることは『復讐』なのだから。
住人は誰一人逃げようとはしない。
見下している亜人ごときが
『生意気な』ことをしているとしか思っていない。
『あいつらを捕まえろ!』
『騎士団は何で見ているだけなんだ!』
『あの女2匹を逆さに吊るせ!』と
マヌケなヤジを飛ばしているのが、その証拠である。
彼らはバーバ・ババが連れている
ノヅチが気味が悪くて近づかないだけ。
自分たちが強者、上位と信じ、まったく恐れていない。
『逃げるのは奴らのほうだ』と信じている。
セリスとバーバ・ババは、入ってきた門へ向かった。
その門の番兵たちはすでに事態を聞いていたのか、
剣を抜き、立ちふさがった。
「おい、止まれ。何勝手な事してんだメスブタどもが」
「ふん、せっかく優しくかわいがってやろうと思ってたのに、
これが正体か。もう謝ってもおせーぞ?」
バーバ・ババは、一言『邪魔だ』とだけ言った。
バーバ・ババは、『大雷撃』の魔法を4つ同時に無詠唱で発動。
番兵を全員黒焦げにして吹き飛ばした。
番兵たちは魔法を見た瞬間に後悔した。
まあ、どっちにしろ今死ぬか、
後で死ぬかの差でしかないが。
バーバ・ババは、振り返り、後ろについてきている騎士団に
冷たく言った。
「ちょっと、そこで待っていろ。
・・・『磁力震』!」
バーバ・ババは、地面に手を着くと、『磁力震』の魔法を発動。
ソルセールの町全体がグラグラと大きく揺れて、振動した。
騎士団は驚きと悲鳴をあげてうずくまる。町全体も
至る所から悲鳴が聞こえ、皿が割れたり、
何かが壊れる音で溢れた。
そしてセリスはニーナを抱え、
バーバ・ババは、ゾンビ3体と共に門をくぐり、
森へと入って行った。
まだ町は揺れ続けている。