分岐点 4 (18禁)
「どうしたの? バーバ・ババ」
胸元からセリスの声が小さく聞こえた。
セリスはバーバ・ババが立ち止まり、
不自然に体を緊張させたのを不思議に思ったのだ。
「・・・いや、後で話す」
バーバ・ババは、小さく、そう返事するしかなかった。
遺体の回収は町を出る時だ。今は、悔しいがそのままに
しておくよりない。
セリスの夫たちの死体は、見るに耐えない変わり果てた姿。
そして、町の人々の様子がバーバ・ババの神経を逆なでした。
なぜ、3人の死体が『地面から1メートルほど』にしてあるのか?
その理由が・・・これだ。
『通りがかった人々が、死体に唾を吐くため』
そう、男も、女も、若者も、老人も、子供たちまでが、
死体にツバを吐きながら通り過ぎた。子供たちの中には、
死体に小便をかける者までいた。
そして・・・楽しそうに笑う。
亜人、獣人への差別は昔からある。しかし、この町は最悪だ。
代々、親から子へ、何世代にもわたり、念入りに教え込まれた
亜人たちへの差別意識。
『亜人、獣人はすぐに裏切る』、
『奴らに道徳というものは無い』、
『奴らは全員泥棒だ』
などと、根も葉もない常識を作り上げていた。
さらに、なんの根拠もない『歴史上の残虐行為』をでっち上げ、
それを真実だと念入りに教育してきた。
そのせいで、人々は亜人・獣人について『ありもしない』嘘を
競うように捏造し、しゃべりまくっていたのだ。
その方が『道徳的』とされ、商売などでも儲かったから。
もはや、この町の住人でそれを疑う者はいない。誰も。
それが、この異常な光景を作り出したのだ。
こんな残虐な行為をしておきながら、誰一人としてそれを
間違っているとは思わない。
ここは、人間性を捨てた町。
おそらく医学的にも前頭葉に異常が発生しているだろう。
なにしろ・・・この町の住人で
実害にあったことのある人は『誰もいない』のだから!!
バーバ・ババは内心、怒りの炎がマグマのように煮えたぎった。
だが、それは今、胸の内に封じておかなくてはならない。
バーバ・ババは通りがかりの人に市場はどこか聞いた。
そして、市場で少し食料を買うと、店主に奴隷商人がいないか聞く。
店主は『この通りの裏手に商館があるよ』と教えてくれた。
奴隷商人の商館へ到着すると、バーバ・ババは
『亜人、獣人の奴隷はいないか? 男でも女でもいい』と質問した。
それに対して商館の主は答える。
「いやあ、今は亜人、獣人の奴隷は1人もいないのですよ。
国王陛下が『遊び』に使うと言って、全部お買い上げして
下さったんです」
「ほう? 門番から聞いたが、昨日人狩りが町へ入った
そうじゃないか。収穫無しだったのか?」
「ああ、あいつらは国王陛下のご注文で、ダークエルフの子供を
さらってこいって言われてたんですよ。
私が受け取って、そのまま王城へ運びました。
かわいい女の子でしたが、今頃、国王陛下はお楽しみの
真っ最中じゃないですかね。おっと、失礼、少々下品でしたな。
まあ、ともかく、アレは市場に出てこない品です」
バーバ・ババの胸元でセリスが震えているのがわかった。
今すぐ飛び出していきたいのだろう。バーバ・ババは
胸元を抑え、セリスに『まだ早い』と伝える。
「そうか。では、いい品が入ったら教えてくれ。
しばらく、この町にいるからな」
そう言ってバーバ・ババは奴隷商人の商館を後にした。
ただ、バーバ・ババは内心こう思っている。
(もう、この町に『明日』など来ないよ・・・)
バーバ・ババは、そのまま王城へと向かった。
もちろん番兵が立ちふさがり、『何用か?』と聞いてくる。
「私は以前、ウラス王に目をかけて頂いた者です。
今度お会いしたら、ゆっくりと可愛がってもらう約束を
しておりました。陛下はおられますか?」
「そうか・・・。だが、今日は止めておけ。
昨日、ダークエルフの娘が運び込まれてな。昨日からずっと
遊んでおられる。まあ、今日中には壊れるだろうから、
その後、また訪ねてくるがよい」
もう、ここまで聞けば充分だ。バーバ・ババは、門番の2人に
『同調』の魔法を2つ同時に使った。これで門番は
バーバ・ババの目的に合わせ、味方として行動するのだ。
門番の2人が衛兵の待機場所の責任者へ申し出た。
「この者は、陛下からの招待で、今日謁見の許可を
もらっているそうです。執事に都合を聞いてきますので、
中の応接室でお待ちいただくことにします」
「・・・? 本当か? だが、すごい美人だな。
もし本当だと追い返したら陛下の
逆鱗に触れるかもしれんな。わかった。ダメだと思うが、
とりあえず中でお待ちしてもらえ。ただし、絶対に
陛下の邪魔をしないようにな」
門番たちと別れ、案内役の役人が1人、応接室へと
バーバ・ババを先導した。バーバ・ババは質問する。
「ウラス陛下は、今、どちらにおいでなのでしょう?」
「今は、3階のお部屋でございます。ただし、誰も入れません。
私が2階で執事に聞いてまいりますので、この部屋で
お待ちください」
「わかった。もう、お前に用はない」
「は?」
その瞬間、バーバ・ババは『雷撃』の魔法を使い、役人を殺した。
バーバ・ババの胸元からセリスが飛びだし、人間の姿に戻る。
「二ーナは3階だ! もう遠慮はいらん!」
「いきましょう!」
セリスとバーバ・ババは階段を駆け上がる。衛兵もいたが、
全て『雷撃』で殺す。バーバ・ババの魔法を感知した
魔導士も姿を見せたが、何もできぬまま『大雷撃』で
黒焦げになった。
魔導士が纏っていた『上級・魔法の泡』は
一瞬ではじけ飛んでいる。魔法の威力が桁違いなのだ。
それに雷の魔法は回避不可能なほど速い。
それをバーバ・ババは無詠唱で、いとも簡単に使っている。
高位魔導士ですら、全く歯が立たない。
3階の廊下に執事がいた。バーバ・ババは『雷撃』を
打ち込んだが、執事は無傷。いや、執事の直前で雷は霧散した。
「『魔法無効』か! ならば・・・」
だが、バーバ・ババが何かするより早く、
セリスが飛び出した。
そして『蛇の王』を使い、一瞬で10メートルを超す
大蛇に変身。執事は剣をセリスへ撃ち込んだが、
大蛇の鱗は剣を弾き返した。そもそも全身が筋肉の塊である蛇は
打撃にも斬撃にも強い抵抗力がある。
セリスは執事に巻き付き、一気に締め上げた。
ボキボキ、ベキベキと骨の折れる音がする。窒息死だったのか、
内臓がつぶれたせいで死んだのかは不明。
とにかく、全身がねじれるような奇妙な死体となり、転がった。
セリスとバーバ・ババは、3階の部屋を次々に開ける。
すると、奥の方の部屋でドアが開き、裸の男が
『何事だ』とマヌケな事を言いながら現れた。
ウラス王だ。
セリスとバーバ・ババは、『いた!』と叫び、男へ向かって走る。
ウラス王はその様子と執事の奇妙な死体に驚き、
ドアを閉め、カギをかけた。だが、セリスが再び大蛇となり、
しっぽの一振りでドアを破壊!
部屋の中には裸の男が1人、裸の女が3人。
そして縛られて床に倒れている女の子が1人いた。
・・・ニーナだ。
それは目を覆いたくなるような惨たらしい光景だった。