訪問者 2
ここでアステラは、くるっと村の端のほうへ顔を向けた。
「あんたたちも来るの? オーガス、ロストラエル」
そこにこちらに歩いてくる2人の男が見えた。
「私の名前はルキエスフェルですよ。アステラ様」
「よう、久しぶりだなあ、アステラ、ムラサキ。
俺は、そこの幸太郎ってガキの顔を見に来ただけなんだが・・・。
このまま帰るってのも、なんか味気ねえよな」
幸太郎は仰天した。オーガスは知っている。もちろん、
『暇つぶし』に時々幸太郎を見ているだろうとも思っていた。
しかし、隣の『ロストラエル』は初めて会う相手だ。
ロストラエルが作ったカース・ファントムを地獄送りにした以上、
『敵対』は避けられない。正直、会いたくない悪魔だった。
オーガスはロストラエルを見て青ざめる幸太郎が面白いらしい。
少し笑みを浮かべていた。
「いやあ、朝のすがすがしい森の空気を吸いに散歩に
出たのですが・・・こんな場面に偶然出くわしてしまうとは、
人生とは不思議の連続ですね」
もちろん大嘘だ。偶然なわけがない。しかし、バレバレとわかっていて、
しれっと嘘を並べるのがオーガスなのだ。
「ウゲッ。相変わらず、気色悪い嘘をつく奴だぜ。
俺を見張ってたくせによ」
ロストラエルは少し眉を寄せた。
「来るのは構わんが、幸太郎に手を出したら、殺すぞ」
リーブラがオーガスとロストラエルを睨む。
「もちろんですとも。前に申し上げた通り、
私は幸太郎君と『トモダチ』になりたいのですよ」
「キッショ。お前と友達になった人間で生き残った奴1人もいねえだろが」
ロストラエルはオーガスとは性格が合わないらしい。
「幸太郎って言ったか。そう怯えることはねーって。
俺様が作ったカース・ファントムをぶっ殺しやがって、
確かに気に入らねえけどよ。
だからって直接テメエをひねりつぶすほど、俺様は小さくねーのよ。
まー、テメエはルキエスフェルのお気に入りらしいし、
テメエの魂はルキエスフェルにやるよ。
せいぜい苦しめ。クックック」
その瞬間、ムラサキの体を紫電が覆った。
そしてロストラエルの背後に一瞬で移動すると、
ムラサキは右手でロストラエルの頭を掴み、
握りつぶす。
さらに、左の『貫手<ぬきて>』を
ロストラエルの背中に突き刺し、
一切の躊躇なく心臓を握りつぶした。
そのまま突き刺した左手だけで
ロストラエルの体を頭上に持ち上げると、
ムラサキの体から雷がほとばしる!
『バァンッッッ』!!!
落雷の轟音と共に、ロストラエルの体が爆発し、肉がはじけ飛んだ。
左手を通じ、体内に直接『千剣の落雷』を撃ち込まれた
ロストラエルは体が爆散し、粉々になった。
さらに、はじけ飛んだ肉片も焼け焦げ、
あまりに無茶苦茶な『超・高電圧』で肉の一部が炭化し、
煙と化している。
辺りに肉体が焼け焦げる、ひどい匂いが漂った。
『これ、さすがにロストラエルは死んだんじゃないの?』と
幸太郎は思ったほどだ。
だが、ムラサキは眉一つ動かさずに空中の煙に向かって告げた。
「・・・口を慎みなさい。下賤な悪魔風情が・・・」
ムラサキの冷たい言葉が響く。粉々になった肉片と
煙になったロストラエルの体は、
渦を巻いて集まると、再び元の姿に戻った。
「いってえ!! チキショー! 何しやがる!!
かわいい顔して、なんて女だ。
これだからヒス持ちの女は嫌いなんだよ!」
そのロストラエルの顔をリーブラも睨む。
「では、私のことも嫌いだな? 私もヒス持ちだ。
手を出すなと言ったはずだが忘れたか?」
「だから手は出してねーだろうが!! ったくよー。
女は短慮で、すぐ感情的になるから嫌だぜ。
なあ、ルキエスフェル」
しかし、微笑みを浮かべるオーガスの目も笑っていない。
「わーかった。わかったって。あー、まったく気の短い奴ら
ばっかだぜ。常識ってもんがねえよな、常識がー。
少しは俺様を見習えっての。
まあいい。話を進めようぜ。
お前たちのせいでギャラリーがドン引きしてるじゃねーか」
確かに小狼族の村人は、しりもちをついて全員青ざめている。
ドライアードたちですら、額に汗が浮いていた。
「先が思いやられるわね。とりあえず移動しましょうか。
えーと、世界樹のトコでいいか。
あー、一応、念のため言っとくけど、幸太郎には
用事を頼んでるから邪魔すんじゃないわよ?
私はムラサキほど優しくはないって知ってるでしょ?」
ロストラエルは『ハイハイ、聞いてるって、うっせーな』と
雑に返事した。
アステラが世界樹のいる場所への移動を決めた時、
同行希望者が手を上げた。
ジャンジャックとグレゴリオが『私たちも行きます』と宣言。
モコ、エンリイ、ファル、エーリッタとユーライカ、
クラリッサとアーデルハイドも。
ギブルス、イネス、バーバ・ヤーガも話を聞きたいと申し出た。
アカジン、ミーバイ、ガーラ、タマン、武装メイドたちも。
さすがに護衛として、主より後に死ぬわけにはいかないのだ。
そして、バスキーとポメラも。幸太郎たちが心配で
居ても立っても居られない。
幸太郎は抱っこしているチワをチワの両親に渡して、
優しく頭を撫でた。
「じゃあ、おじさんたちは、ちょっと難しい話があるから、
行ってくるね。・・・大丈夫だよ。アステラ様やムラサキさんが
一緒だから話をするだけだよ」
その『話』が問題なのだが。
「・・・うん、待ってる」
チワが心配そうに言った。幸太郎は『子供って可愛いなぁ』と
今更ながら思う。
「じゃあ行くわよ。・・・ずいぶんたくさんいるわね。
まあ世界樹のいる所は無駄に広いから、いっか」
アステラが軽く指をふると、いきなり景色が変わった。
広大な土地に巨大な木が一本だけ立っている。
ここは物質界と霊界の狭間のような場所。
死者もこないが、生者もいない。ここにいるのは1人・・・
というか1本だけ。
そう、『世界樹』だ。




