大海に一滴の
またもや、全員が青い顔で黙り込む。再びお通夜状態だ。
幸太郎にその気はないのだが、明るく愉快な話ではないから、
どうしようもない。
「えーと・・・。それで、そう、金剛鬼神様の話だね。
『冥界門』を通って現世にやって来た左鬼さんと右鬼さんが、
俺の体を貸して欲しいと言ってきた。
左鬼さんと右鬼さんは、元々霊界の存在で、命も肉体も持っていない。
だから、そのままだと、物質界では思うように力が
出せないそうなんだ」
「そこで、『冥界門』の所有者である、ご主人様に
助力を頼んできたわけですね」
「そう。あの場合、『冥界門』を使える俺の体を使うのが、
最も手っ取り早い方法だったんだ。そして、俺が『土台』に
なることが金剛鬼神様の顕現につながった。
当初、左鬼さんと右鬼さんの予定では、3人の力を合わせた
大鬼になってカース・ファントムと戦うはずだったんだ。
ところが、俺がネクロマンサーとして、
そこそこレベルが高かったせいで、
俺たちの『祈り』が高次元の神霊に届いてしまった。
そして完全に『予定外』の結果として・・・高次元の存在、
『金剛鬼神』様が地上に降り、俺の肉体を使って顕現したのさ。
一体化したからよくわかるけど、
金剛鬼神様の力は、ぶっ飛んでる。
俺たちが全く敵わないカース・ファントムなんて
赤子同然だったよ。
オーガスやリーブラですら、相手にならないだろう」
「すげえな!・・・じゃあ、幸太郎は金剛鬼神様になれば
無敵ってことじゃねーか!」
ジャンジャックが手放しで賞賛した。
しかし、現実は非情だ。
「いいや、そんなウマい話は無いよ。あれは、あくまでも
金剛鬼神様が俺たちの祈りを聞き届けてくれた結果さ。
力を貸してくれただけで、絶対に、こっちの自由にはならない。
それに・・・正直なところ、2度目は御免被りたい・・・」
「え? 何故ですの? かっこよくて惚れ直しましたのに」
ファルの無意識の告白に、幸太郎は真っ赤になって汗をかく。
『相変わらず女に弱いなぁ・・・』
全員がそう思った。とりあえず話が進まないので、
モコとエンリイが『貴族流の言い回しですよ』とか
『その話はまた今度ね』と流した。
幸太郎はモコとエンリイがファルの言い方に対して、
全く嫌がっていない事に若干驚いたが、
『仲良さそうだからいいか』とスルーすることに。
「えー、と。ま、まあ、その、なんで2度目は遠慮したいかって
ことなんだけど・・・」
幸太郎は額の汗を拭きながら、話を続ける。
「左鬼さんと右鬼さんに意識を接続した時も、
少し大変だったんだけど、
金剛鬼神様と一体化した時は、その比じゃなかった。
『自分』が溶けて無くなりそうだったんだよ」
『溶けてなくなるぅ!?』
全員の声がハモった。意味が解らないのだろう。
もちろん、幸太郎にしたって初めての経験で、
上手く表現できない。
「金剛鬼神様と一体化するとね・・・なんか・・・
ものすごく『気持ちいい』んだよ・・・。
言い表せないほどの『万能感』と『多幸感』に包まれる。
今なら何でもできるって気分になるんだ。
でも、それは恐ろしく危険なことなんだよ。
なぜなら・・・。んーと、
ジャンジャック、グレゴリオ殿、エンリイは
船で旅した事があるよね?
イーナバースからこっちの地方へ来るときに
船に乗って来たって、確か・・・」
「おう、船での旅は何度か経験してるぜ?」
「ダーバ王国へ行った時と、こっちに来るときにも船を使ってる」
「ボクもゼイルガン王国の港から船で来たよ」
「じゃあ、3人に質問だ。もし、船の上から自分の血を一滴、
海に落としたら、どうなると思う?」
「へ?・・・たった一滴か?」
「それでは、すぐに海に溶けて広まってしまうだけだな。
サメは血の匂いで寄ってくると船乗りたちは言ってるが、
たった一滴では何も起こるまい」
「ボクも何も変わらないと思うけど・・・」
「その通り。たった一滴、血を海に落としても、
即座に海に拡散してしまうだろう。
青い海が血の色になるわけでなし、
単に血の一滴は、海の一部となって消える。
・・・金剛鬼神様と一体化するってのは、これに近いんだ・・・。
金剛鬼神様は海。俺は血の一滴。
自分自身をしっかり維持してないと、
意識も魂も金剛鬼神様の一部になってしまいそうになるんだよ。
そして、それが、ものすごく『気分がいい』ように
感じられるんだ。さっきのカース・ファントムの逆だな。
俺はネクロマンサーでもある。
ネクロマンサーは霊と魂を操ることができるジョブだ。
だから俺は自分の魂が金剛鬼神様に溶けないように、
必死にコントロールしていたんだよ。
自慢するみたいな言い方になってしまうが、
もし、俺がネクロマンサー以外だったら、
ひとたまりもなく、金剛鬼神様の一部になっていたはずだ。
いや、もちろん、金剛鬼神様もそうならないように
加減してくれていたみたいなんだけどさ。
ただ、あの『万能感』と『多幸感』は、本気でヤバい・・・。
多分・・・あれは、普通の人の望みうる、最高で、
究極の幸せに近い気がする・・・。
抵抗できる人が地上にいったい何人いるだろう・・・。
自分がひねくれもので良かったと、心底思ったよ。
また自慢するような言い方だが、普通の人間なら
1000人のうち、1000人が
金剛鬼神様に溶けて消えると言い切れる。
もう一度金剛鬼神様と一体化したら、
今度は『自分自身』を維持できるか、わからない。
いや、今度こそ、俺は消えてなくなるだろう。
魂が金剛鬼神様に溶けて消滅した方が、
幸せな気がするのが本気で恐ろしい・・・」
「そ、それは困ります!」
「そうだよ! 置いてかないでよ幸太郎サン!」
モコとエンリイが真っ青になる。
今までとは別方向の危険だった。
「大丈夫だよ。もう2度と金剛鬼神様になることは
無いだろうからさ」
幸太郎の『嫁予約』7人は、ほっと胸をなでおろした。
金剛鬼神の能力については、幸太郎自身もよくわからない。
幸太郎は正直に『人知を越えてる』と言った。
そして、最後にカース・ファントムが死んだところで
『死神』が回収に来たことを告げた。
「死神ってのは、かなり中立的な存在らしい。
俺の印象としては『管理人』ってとこかな。
どちらに肩入れするでもなく、
淡々とルールに従って仕事をしている。そんな感じ。
『命』が尽きた者に『死』を届けるのが基本。
そして、それ以外に悪魔や、悪魔の眷属になった者が
死ぬと、『強制回収』に来るようだ。
カース・ファントムを丸めて、俺のとは別の
『冥界門』を開いて放り込んでいたよ」
幸太郎が驚いたことに、バーバ・ヤーガだけは
死神が見えていたという。
『黒づくめの痩せた陰気な男』と言っているから間違いない。
ギブルスが『わしも見たい!』と言ったが、
バーバ・ヤーガは『修行せい』と一蹴。
こうして、第二次カース・ファントム戦は終わった。
結局誰も犠牲者は出なかったし、森も守られた。
しかし、幸太郎は『ロストラエル』という悪魔の存在に
恐怖を拭いきれない。
オーガス、リーブラとも違う、
異様な・・・
いや、本来の悪魔のイメージに近い存在に感じられたのだ。




