アンジェロス
全員が幸太郎の言葉を聞いて黙り込んだ。
無理もない。幸太郎の推測は、あまりにも残酷だからだ。
そして、おそらく・・・『正解』だろうから。
「まあ、話を続けよう」
幸太郎は黒死病の男についての説明を再開した。
「あの黒死病の男、依り代となった人間の名前はアンジェロス。
元々は木こりだったようだ。恐らく、自ら喜んで
カース・ファントムを体に宿す契約をしているはず。
その体にカース・ファントムを宿らせていたために、
頭が吹っ飛んでも生物としては死んでいなかったらしい。
だが、ジャンジャックの『オーラスマッシュ』で頭を
吹っ飛ばしたのは正解だった。
ともかく『人間として』は、
これ以上『思考・選択』ができなくなったからだ」
幸太郎はお茶を飲んで、喉を湿らす。
「カース・ファントムとの戦いについて、はっきり言っておく事がある。
俺は、今回のカース・ファントムに『全く歯が立たなかった』。
勝ったのは金剛鬼神様であって、俺じゃない。
ブラッドリーを呼んでみたり、『成仏』を試そうと、
抵抗はしたんだが・・・最後は、全くどうにもならなくなった。
最初に『神虹』でカース・ファントムごとアンジェロスを
粉々に吹き飛ばす・・・これだけが唯一の勝機だったんだよ。
間違いなくカース・ファントムの方が、俺より数段格上だ。
あれでも、まだまだ余裕があるみたいだったからな」
「ダンジョンに現れた奴よりも、圧倒的に強いのか・・・」
グレゴリオが眉を寄せて唸った。
ジャンジャックとグレゴリオにしてみれば、驚く事ばかりだった。
ダンジョンに現れたカース・ファントムですら、
自分たちでは打つ手が無かったのに、
それよりも遥かに強力だと言うのだから。
ジャンジャックとグレゴリオは、
このユタとカーレ地域に来てからというもの、
ゼイルガン王国に報告する事ばかり起きている。
何よりも、B級冒険者である自分たちが『勝てない』相手が
これほど現れようとは思ってもみなかった。
『カース・ファントム』、『ナイトメア』、
『ドラゴンタートル』、『不死身のニコラ』・・・。
いずれも彼らだけで遭遇していたら負けていただろう。
ただし、それでも『生き残る』というのは、さすがB級冒険者。
運も実力の内、ということ。なぜなら『幸運』とは
それを掴めるだけの準備と実力が必要だからだ。
そして運任せにしない頭の良さと慎重さが彼らにはある。
「左鬼さんと右鬼さんが来てくれなかったら、
全滅してたと思う。
あ、左鬼さんと右鬼さんってのは、『冥界門』から
飛び出してきた、2人の大きな鬼たちの事だよ」
幸太郎は左鬼と右鬼について、初めて会った時のことを説明する。
地獄の裁判所前の話はモコとエンリイ以外、
全員が驚いていた。
「そう言えば、話していませんでしたね、ご主人様」
「考えてみれば、ボクらいっぺん
『あの世』に行ってるんだね。あははは」
モコとエンリイが明るく笑った。
「幸太郎! わしも行ってみたい!!」
ギブルスが無茶苦茶なことを言う。まあ、寿命が来れば、
誰でも行けるから心配はない。
とにかく『無理』と伝えておく。
「・・・ま、まあ、話を戻して・・・」
話がかなり脱線したので、幸太郎が元に戻す。
「あくまで結果としてなんだが、俺たちがやったことは
無駄じゃなかった。ジャンジャックが『オーラスマッシュ』で
アンジェロスの頭を吹き飛ばしたことで、
左鬼さんと右鬼さんは
『人間は死んでる! はい、もう死亡決定!』とみなして、
現世に介入する決断を下したんだ。
カース・ファントムを回収して
地獄送りにすることにしたわけだな。
何を持って『死亡』とするか『生存』とするかは、
俺にはわからないよ。
そして、俺が吸血鬼のブラッドリーを召喚したことが
左鬼さんと右鬼さんに情報が伝わるきっかけとなった。
今、ブラッドリーは地獄の留置場にいる状態。
俺が『コール・バンパイア』で呼び出した時だけ、外に出れる。
それで、俺が召喚したあと、ブラッドリーが大声で看守たちに
助けを求めてくれたそうなんだ。
それが赤鬼、青鬼に伝わり、
そこから左鬼さんと右鬼さんに伝わり、
『冥界門』を通じて俺に呼びかけてきたってわけさ」
「ふーん、努力ってのは、やってみるモンだな」
ジャンジャックが『ニカッ』と笑う。天才のくせに努力する男だ。
「全然意図してなかったけど、いい方向へ転がったよ」
幸太郎も運が良かったことは否定しない。
幸太郎は基本的に『自分で書いた筋書き以外の良い展開は
全て幸運によるもの』と考えている。
タイムボカンシリーズの『どびびぃ~んセレナーデ』に
こんな歌詞がある。
『運のいい時は、怖いとき』
それは『自分のコントロール下にない』ということだ。
幸太郎は、いつも自戒し、恐れている。
「幸太郎君、ひとつ聞いていいか? アンジェロスという男は
結局どうなったんだ? そのカース・ファントムとやらと
一緒に地獄へ送られたのか?
もし生きてるなら、ぶん殴ってやりたいところだが」
バスキーが幸太郎に質問した。それに対して、幸太郎は
恐ろしい返答をした。
「はい、確かに一緒に地獄へ送られたのは間違いありません。
ただし、カース・ファントムと契約したことに対しては、
アンジェロスに何のペナルティも無いのです。
彼の肉体はカース・ファントムが地獄へ連れ戻された時に
腐って土に還りました。
そして、彼の魂は・・・
カース・ファントムと同化していました。
わかりやすく言えば、溶けて消滅していたのです」
幸太郎は少し悲しそうな顔をした。
「彼の魂はカース・ファントムと契約したことによって、
徐々に感染、意識が塗り替えられていったのです」
日本人にわかりやすく言うなら『上書きされた』ということ。
「魂そのものは不滅です。例え砕け散っても、
形が変わるだけで魂は無くなりません。
しかし、意識は別です。記憶も。
彼の魂は『アンジェロスとしての意識』を食いつくされ、
全てカース・ファントムの意識に混ざって消滅していたのですよ。
おそらく・・・想像を絶する苦しみと激痛だったはずです。
自分の意識と記憶を食われ、
強制的に他人の一部として混ざるというのは」
質問したバスキーは声も出ない。そして、それはこの場にいた
全員が同じだった。
「アンジェロス自身は思ってもみなかったと思います。
その『ロストラエル』という悪魔に褒められたり、
他の信者たちから羨望の目で見られるはずと計算していたのでしょう。
しかし、契約した結果、自分の意識は食われ始めた。
逃げ出そうにも、体の主導権は既に奪われて、
魂自体は牢獄に囚われたようなもの。
身動きも、叫ぶこともできない状況で
意識と記憶が食われて、自分が他人に書き換えられてゆく。
そして全てカース・ファントムの一部に置き換わった以上、
死んでも逃げられません。
地獄へ連れ戻されたカース・ファントムが
砕け散る時まで、そのままです。
そして、もう人間に生まれ変わることは
未来永劫ありません・・・」