幸太郎、死亡
『異世界徒然行脚』
この男の名前は『三ツ矢 幸太郎』
例によって例のごとく、今日、死ぬ。
幸太郎は42歳。月に100時間ほどのサービス残業をする
ブラック企業に勤めていた。36協定? 知らない子ですね・・・。
幸太郎は事務から配達、集金までなんでもやらされていた。でも平社員。
彼は若いころは『なんでもすぐに投げ出すのは良くないよな』と信じていたが、
さすがに近頃は『人生を浪費しただけだった』と思うようになっていた。
そんな彼は、今日死ぬ。
幸太郎が台車を押して配達中に一台のトラックが青信号の交差点に
突っ込んできた。居眠り運転だった。
幸太郎は後ろに下がろうとしたが、隣の幼稚園くらいの女の子が
道路の反対側にいた母親のもとへ駆け出すのを見た。
幸太郎は咄嗟に女の子を抱きかかえてかばった。
トラックの運転手はまだ居眠り運転をしている。幸太郎は瞬間的に思った。
(自分の身をかばったら、女の子が死ぬ)
トラックが自分に激突した瞬間に『ボキボキッ』という嫌な音が聞こえた。
そのまま体ごと吹っ飛ばされる。
地面に落下したとき、さらに嫌な音が体の中から聞こえた。
薄れゆく意識。縮んでいく視界。皮肉なことに致命傷なことだけは
はっきり理解できた。
自分の体から流れ出た血だまりが温かい。
幸太郎は最後の力で女の子のほうを見た。
女の子は泣きながら幸太郎を見て立っていた。
(どうやら女の子は無事らしいな・・・)
安心したとたん急激に意識が暗闇に沈んでいくのを感じた。
幸太郎が最後に思ったのは・・・
(あのトラックの運転手もブラック企業で、休憩とるな、
なんて言われてるのかな・・・)だった。
三ツ矢 幸太郎はこの世を去った。享年42歳。
(C)雨男 2021/10/30 ALL RIGHTS RESERVED