針と根
——当時中学生だった山田は、生まれつき目が見えないことで、クラスメイトからいじめに遭っていた。生きるのが嫌になった山田は、毎日のように自殺を図っていた。
目の不自由な息子の世話をするだけでも大変なのに、中学に入ってからは自殺行為を止める日々が続いた父親。そんな生活にうんざりした父親は鬱病になり、とうとういじめっ子を殺してしまおう、という思考に陥ってしまった。
ある日山田の父は、息子をいじめる男子生徒たちを何らかの理由で森に呼び出し、刃物で刺して殺した。その後父は、全員の目に針を刺し、自分も手首を切って死んだ。
探偵の鈴木は、この時効を過ぎた過去の事件について、当時、関係者の中で一人だけ生き残った山田孝弘という青年に話を伺いに来ていた。
「早速で悪いが、私はあの事件でいくつかの疑問をもった。今日はそれについて君の意見を聞きたい。……いじめっ子を殺した後の父の行為。あれは何のためにやったんだ?」
山田は顎に手をやって少し考えた。
「僕が盲目だったことに、父はストレスを感じていました。だから、なんでこんなやつらの目が見えて、息子の目は見えないんだって思いであんなことをしたのではないかと思います」
「……そうか」
鈴木は、当時の現場の写真を思い出し、続けた。
「私は刑事からも依頼されるほどの、一流の探偵だ。だから警察の持つ資料にも目を通すことが多い。知り合いの刑事に頼んで、あの事件の、遺体現場の写真を見せてもらったんだよ。そこで気づいたことがあった」
一瞬ためを作った鈴木は厳かな雰囲気を出し、山田の見えていない瞳を見つめて言った。
「……君の父親の死体の上に、植物の根が置いてあったんだよ」
山田は動揺した。それを見て確信を得たかのように、鈴木は口の端を吊り上げた。
「話が変わるが、君のお母さんは、君が幼いころ、行方不明になっているらしいね」
「……は、はい」
話が急にとんだので、山田は疑問に思った。
「私はその行方不明になった母親の居場所を知ってるんだ」
なんで知っている? まずい。山田は思った。
「目撃者がいてね。その人に聞いたんだ。——君が三歳のころ、君の母親は、父親に殺されてしまったと。それから、死体を庭に埋めた。それを一部始終見た人がいたんだ」
山田は冷や汗を浮かべている。焦っているようだ。
「その時じゃないか? その現場を見てしまった君が、ショックで光を失ったのは。君は生まれつき両目が見えないと言ったが、そんなことはない。村の人たちに聞いてみて驚いたよ。……君という人間は、三歳まで目が見えていた」
「そ、その話をどこで聞いたかは知りませんが、たとえそれが事実だとしても、あの事件に何の関係があるんですか!」
早口になった山田は、怒気を帯びた声で言った。
「関係? ……ああ、あるとも」
鈴木は「これは私の想像なんだが……」と前置きをしてから、推理を始めた。
「犯人の目的は、母を殺した男と、いじめっ子たちの殺害だった。犯人は自殺のフリを毎日行うことで父を精神的に追い詰め、頭がおかしくなった父に、その原因であるいじめっ子を殺せばいい、と誘導、洗脳した。父がいじめっ子たちを殺した後、犯人は父の手首を切って殺した」
「——! それって……僕が犯人だって言いたいんですか!?」
山田は激昂した。
「ああそうだ。母親を殺した上に、自分の光も奪った。そんな憎い男を、殺したいと思うのは当然だ。……ではなんで父を殺した後、植物の根を心臓の上に置いたのか。それは、庭の、母が埋められた場所から、花が咲いていたからだ」
「——なんでそれを」
「ある日君はそれに気づいた。そしてこう思ったはずだ。この花は、母親の死体から魂を吸い取って咲いたのだと」
「——」
「だから憎い父を殺した後、雑草の根を父の心臓の上に置いて、意趣返しをした。——殺された母の上に咲いた花と違い、永遠に咲くことのない雑草の、しかも根だけを」
「——」
苦しそうに唇を結ぶ山田。それも仕方がない。なぜなら、目の前の相手にあの事件の真相を丸ごと言い当てられたからだ。
「そうなんでしょ? 山田さん」
「——」
沈黙が続いたが、やがて山田は肩を震わせて白状した。
「……そう、です……。その通りです、鈴木さん。……すごいですね、全部わかっちゃうなんて……」
「……私なら、きっと同じことをしただろうからね」
その言葉を聞き、山田は泣き崩れた。
「自分の罪を認めるね?」
「……うっ、……はい」
「あの事件はもう時効を過ぎてしまった。だからもう君を逮捕することはできない。だが山田さん。君はこれから、その罪と向き合って生きていかないといけない。どんな理由があれ、奪った命は二度と戻らない。そのことを深く考え続けて生きなさい」
「はい! ありがとうございます! ……僕、本当は自分の犯した罪を、誰かに叱ってほしかったのかもしれません。……だから、ありがとうございました。これからは、深く反省して生きていきます」
おわり
根をどうやって使うか。それだけで何時間も迷って迷って、変な物語が出来てしまいました。プロットの時点で最早意味不明だったのですが、もう一度考え直すのは面倒だったのでとりあえず書き始めました。完成してからも、なんだこれ? という感じでした。やっぱ推理ものは難しい。