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005 テオドア=シェリクス

 ヒスイに手を借り、ルーシャは馬車を降りた。

 出迎えてくれたテオドアに深々と頭を下げ、レイスの手紙を差し出した。


「テオドア様。お招き頂きありがとうごまいます。従兄から手紙を預かっております」

「いつもより遅かったので心配したぞ。しかし、レイスから手紙とは珍しいな」


 レイスはテオドアとは旧知の仲である。レイスは木から落ちたルーシャの体を心配し、わざわざ手紙を書いてルーシャに持たせてくれていた。こうして手紙を渡すのは二度目。あの時はテオドアを、レイスと同じく憧れの兄のような目で眺めていた。しかし、今となってしまえば、そんな記憶は遠い昔のことの様に感じる。

 テオドアは封を切り手紙に目を通すと、不満そうに小声で何か呟き、ヒスイを凝視してからルーシャを横目で流し見た。


「ルーシャ。木から落ちたと書かれているが、本当に怪我はしていないのだな?」

「はい。執事が助けてくれましたので」

「そうか。無理はするな。──わ、私の為に林檎を取ろうとしたそうだが、そんなことはしなくてよいからな」

「はい」


 テオドアは手紙を胸ポケットに押し込むと、気まずそうに息を吐き、ルーシャの手をそっと取った。


「ルーシャ。この手を使わずとも、林檎なら私が──」

「テオドア様。皆様がお待ちです」


 言いかけた時、背後からシェリクス家の執事の声がし、テオドアは慌ててルーシャの手を離すと屋敷へと顔を向けた。


「おお。そうだな。──ルーシャ」


 テオドアがルーシャへと振り返らずに手を伸ばす。ルーシャからその表情を見ることは出来ず、何故手を差し伸べるのか不思議だった。


「えっと……」

「木から落ちたのだろう? レイスからルーシャを気遣うようにと頼まれている」

「そ、そんなお気遣いは……」


 ルーシャにとって、それは迷惑な気遣いであった。テオドアの近くにいるだけで、この会場に招かれている女性達に白い目でみられるのは経験済みだった。

 俯き戸惑うルーシャを見かねて、ヒスイはテオドアの前へ出て、頭を下げた。


「テオドア様。ルーシャ様は私にお任せくださいませ。テオドア様は本日の主役です。お手を煩わすわけにはいきません。私はルーシャ様をお守りする為にレイス様から遣わされましたので」

「そうか……。では、会場で」

「はい」


 テオドアは行き場を失った手を引っ込め、早足で屋敷へと歩みだす。そのぎこちない後ろ姿に向かってヒスイは呟いた。


「お互い一度も目を合わせませんでしたね。もしかして、彼はルーシャのことを……」

「テオドア様はいつもそうよ。私になんて、興味ないのよ」


 元々、テオドアはルーシャと目を合わせようとしない人だった。ルーシャは優しくて大人びた雰囲気のテオドアに憧れ、いつも遠くから眺めていたけれど、それは幻想だった。


「そうですかね……」

「でも、ヒスイのせいで、私までテオドア様を見ることができなかったわ」

「はい?」

「ヒスイの第一印象のせいよ。もう、テオドア様のことは直視できそうにないわ」


 どうしても金色のマッシュルームが頭から離れなかった。でも、ただのマッシュルームと思っていた方が気持ちは楽だ。元婚約者でもなく、ルーシャを死に追いやろうとした人としてでもなく、金色のマッシュルームと思っていれば、冷静でいられるから。


「彼の心がどこにあろうと、ルーシャを裏切るであろう相手の事など、視界に入れる価値すらありませんよ」

「彼の心?」

「何でもありません。さてさて。金色のマッシュルームの花嫁にならないように、幸運の赤い果実を手に入れましょう!」

「幸運の? そうね、ヒスイ。私は、未来を変えてみせるわ」


 シェリクスの屋敷に向け、ルーシャはヒスイと手を取り合い一歩足を踏み出した。




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