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007 花嫁の儀式へ

 空は快晴。畳んだシーツは、いつものお陽様の匂いがする。

 テオドアが去って気持ちはとてもスッキリしていた。


 今はヒスイとリックとお昼休憩だ。外のベンチで食べる玉子サンドは美味しくって、涙ももう流れない。 

 それなのに──。


「ぅぉぉぉぉぉ。何なんだよあのキノコぉぉぉ」


 ルーシャの隣でリックがずっと泣いている。


「リック。ヒスイから聞いたのね。でも失礼よキノコだなんて呼んで」

「だって後ろ姿がキノコにしか見えなかったんだよぉ。あいつ、またルーシャを自分勝手に利用すんのかと思って聞いてたら……何なんだよぉぉぉぉぉ」

「もう。泣かないでったら」


 ひとくちサンドイッチを食べる度に泣いて。

 落ち着いたらまた食べて泣いて。

 これを何度も繰り返している。


「オレは決めた。オレも我が儘に生きる。あの人みたいに後悔しないように」

「リック君はいつも自由気ままじゃないですか。家柄に縛られる訳でもなく、好きな物を好きと言って追いかけ回してるじゃないですか」


 ヒスイの言葉にリックはハッと顔を上げた。


「確かに。そうだな。オレ、好きなことしかしてない」

「ふふふっ。リックって凄いのね」

「どうもどうも。って、ルーシャは?」

「私も、今は好きなことしかしてないわ。これからもずっとそうしたい。好きな人と好きな場所で笑い合えるように──ってリック、なんでニヤニヤしてるのよ!」

「だってさぁ。ルーシャ、ヒスイ殿のことずっと見ながら話してるから、気になっちゃって。あ、でも前に言ってたよな。ヒスイに会いたい。ヒスイが隣にいないと不安。ヒスイに二度と会えないなんて無理ってな!」

「げほっ、ごほっ……」


 ヒスイがパンを吹き出しむせ返る。顔も真っ赤だし、そんな反応をされたらルーシャだって恥ずかしい。


「り、リック! それ以上言ったら怒るからね」

「もう怒ってるじゃんか。ヒスイ殿、助けて~」

「人をからかうリック君が悪いです。素直に怒られなさい」

「本当のことなのにぃ!」



 それからあっという間に、守護竜の花嫁の儀式の日がやってきた。


 アリスの消息は不明だが、国境で問題は起きていないそうなので、国内に再度侵入した可能性はないそうだ。

 しかし、リックはアリスは必ず現れると推察している。


 シェリクス領の別荘に着いたのはブランジェさん家を出て幌馬車に乗り込み僅か数秒後。ここに転移に必要な目印を置いておいたらしく、一瞬だった。


 リックは自分の命が一番危険だというのに、不安な素振りは一切見せず、むしろご機嫌だ。ヒスイの方が若干落ち着きがない。


「オレ、他のドラゴン達とも仲良くなるんだ~」

「他のって、仲良くなったドラゴンなんているんですか?」

「ヒスイ殿とオレはパンを通じて心を通わせたじゃないですか!?」

「さぁ。身に覚えがありません」

「そんなぁぁぁぁぁ」


 こんな感じで旅行にでも来たような雰囲気だ。

 ヒスイとはあれから守護竜に関する話はあまりしていない。自分はあまり口を出して言い話じゃないとか、歯切れ悪く避けられてしまっていた。


 昔の事を思い出したら、色んな話をしたいと伝えてから、様子がおかしいのだ。

 思い出して欲しくない記憶でもあるのか。

 ルーシャ自身も気になったいた。


 別荘の前でリックが騒いでいると、屋根の上から声が降って来た。


「ヒスイ。遅い。そろそろだ。急げ」


 コハクが屋根に腰掛け待ち構えていた。

 リックは瞳を輝かせてコハクを見上げ、コハクはその視線をウザそうに睨み返す。


「あ? この前のガキか。性懲りもなくよく来たな」

「はい。来ました!」

「リック君。話はまた後で。最後に守護竜へ挨拶したいので急ぎます」

「はい! よかったらこちらへどうぞ」


 リックが大型に変化したシュヴァルツを指し示すと、コハクは鼻で笑い飛ばした。


「おい。そんなのより俺の方が早いぞ」


 ◇◇◇◇


 ルーシャ達はコハクの背に乗って滝へ向かった。

 空高く飛翔したコハクは、シェリクス家の屋敷の遥か上空を過ぎ、竜谷の上へとあっという間に移動した。


 滝壺の池に白銀の竜が横たわっていた。ヒスイはそれを目にすると、コハクが降り立つ前に一人先に飛び降りていった。


 ルーシャ達は上空からその様子を見守った。

 ヒスイは守護竜と言葉を交わし抱きしめていた。


 ルーシャは滝壺の池の畔に降ろされ、リックと並んで座り、しばらく守護竜を眺めていた。守護竜の身体から徐々に光が失われ、胸の辺りにそれが集まっていくのを感じながら。


 ヒスイが守護竜から離れて水面をゆっくりと歩き池から出ると、守護竜は水面を波立たせながらその巨体を起こし、ルーシャへと鼻先を近づけた。


『花嫁よ。よくぞ参った。本来なら今、花嫁の役割についてお主に告げるのじゃが、それは割愛するとしよう。──候補は三体おる。お主のよく知る翡翠。川の流れの如く自然に溶け込み皆を見守る者。それから琥珀。雷鳴の如く猛る荒々しさと正しき裁きの光を持つ者。そして柘榴。途切れることなき炎を心に秘めし皆と調和する者。本来ならどれがよいか指名してから竜玉を授けるのじゃが。記憶を取り戻してから決めるとよい』

「あの。ザクロさんって、どこにいらっしゃるんですか?」

『むむ? おお。ザクロはそこの木の陰からこっそりこちらを見ておる。見ようとしないと見えないくらい、周りと調和するのが得意なのじゃ』


 守護竜の指し示した先を目を凝らして見つめるとやっと見えた。


 赤い長い髪の、小柄で顔立ちの整った少女のような人がこちらを見てニコッと微笑んでいる。


『ちなみに男じゃぞ。さてさて、ワシの時間も終わりを告げる。一度終わりを迎えた命であったが、またお主と共にこの時を迎えることができて本望じゃ。守護竜の花嫁に選ばれし乙女よ。さぁ、受け取るがよい』


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