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006 求婚

 あれから一週間が過ぎた。アリスの捜索は国をあげて行われているが、一向に見つかっていない。


 王都から一番近い国境の門兵が、数日前に全員眠らされていたという件が報告され、国を出たのかもしれないと言われていた。


 リックは実家に帰り翌日にはすぐ戻ってきた。

 アリスは見つかっていないし、実家にいた方が安全なのではないかと説得したが、リックは絶対に守護竜の花嫁の儀式を見たいらしく、ブランジェさん家に居座っている。しばらくヒスイに弟子入りをすると言って朝から晩までべったりくっついている。



 そんなある日、ブランジェさん家に初めて見る客が訪れた。

 店内に現れたローブを目深に被ったその人物に、一番に反応を示したのはヒスイだった。


「金色のマッシュルーム……」

「ヒスイ殿。それってあれですよね! シェリクス領の名産品の。急にどうしたんですか!?」

「リック君には言ってませんでしたが。それ、アレのことなんですよ」


 ヒスイはローブの人物に、部屋に害虫が現れた時のような殺意を向ける。そのただならぬ様子にリックは警戒しつつローブの客へと近づいて行った。


「いらっしゃいませ~。何かお探しですか……。あっ、お前」

「君は、あの時の……。ルーシャはここにいるんだね。良かった。ようやく見つけた」


 テオドアはホッと安堵しローブを脱いだ。

 リックは何事かと眉間にシワを寄せ追い返してやろうとシュヴァルツの名を口にしようとした。

 

「シュ──」

「あら。ルーシャさんのお知り合い? 今、裏庭にいるわよ」


 ミールが裏口を指差すと、テオドアは顔を綻ばせて飛び出していった。他の客もいるので、ヒスイは苛立ちを隠しつつ、その後を追った。




 ルーシャがシーツを取り込んでいた時、裏口が開いた。誰かと思い振り向くと、光の反射が眩しく、ルーシャは顔を手で覆い目を細めた。


「ルーシャ!? ずっと君を探していたんだ!」

「はい? て、テオドア様?」

「ようやく会えた。……君を迎えに来たんだ」


 テオドアはルーシャを抱きしめると、耳元でそう囁やいた。


「は、離してください。苦しいです」

「す、すまない。嬉しくて、感情が抑えられなくて……。ルーシャ。私と結婚しておくれ」

「えっ?」


 テオドアは腰のバッグから小さな箱を取り出し、ルーシャに見せた。それは見覚えのある婚約指輪だった。


「これを受け取って欲しい。父上も説得した。守護竜の花嫁として責務を果たし戻ってきた君なら、シェリクス家に迎え入れてもいいと言ってくださった」

「私は……」


 実際に儀式は終わっていないし、いきなり結婚とは何事かと、ルーシャは指輪を見つめ困惑した。急な展開にルーシャの思考は全くついていけない。

 呆然とするルーシャに、テオドアは微笑みかけた。


「クラウディアから聞いている。目を合わせない私など嫌いだと」

「あ……」


 まさか本人に伝えているとは思わず、気まずい声が漏れた。視線を感じて、そっと指輪からテオドアの顔へと目を向けると、青い瞳はルーシャだけを見つめていた。


「ずっと……。ずっと君が好きだったんだ。初めはレイスの妹として君と出会った。他の女性達と違って、君は私をただのテオドアとして見てくれた。その純粋な視線に私は堪えられなくて、君を直視することができなかった」

「?」


 まるで恋でもしているかのようなテオドアの甘く微睡んだ瞳に、ルーシャは益々困惑した。テオドアの前にはルーシャしかいないのに、この言葉が自分に向けられていることが信じられない。


「あの夜会の日、私は運命を装って君を手に入れようとした。自分の気持ちをさらけ出すのが怖かったんだ。それに、周りも認めてくれないと思った。私は公爵家の人間だから……」

「テオドア様……」

「でも、もう自分の気持ちに正直でありたい。父上から花嫁候補の女性を紹介される度、君の顔が浮かぶ。この指輪を捧げたい女性は君しかいないんだ。もう君から目をそらさない。──ルーシャ。一生、私の側にいてくれないか?」


 テオドアは一度もルーシャから目を逸らすことなく告白した。こんな彼を見たのは初めてだった。真っ直ぐな気持ちを向けられて、ルーシャの頬には自然と涙が伝う。


「ありがとうございます。とても嬉しいです。テオドア様は、公爵家の人間としての責任に縛られながら、いつも最善を尽くしてくださっていました。私はそんなテオドア様を尊敬いたします」

「ルーシャ」

「ですが、私も自分の気持ちに正直でありたいのです。私はテオドア様のことをお慕いしておりました。でもそれは、ずっとずっと前の事です」


 目の前の婚約指輪。この指輪を手にしてからルーシャはずっと不幸だった。

 テオドアはルーシャを無視するようになり、他の女性と過ごすようになった。


 今思えば、ルーシャが守護竜の花嫁として自分の婚約者に選ばれたことを知り、遠ざけようとしていたのかもしれない。

 この人はとても不器用に、ルーシャを愛していてくれたのかもしれない。


「それは、私が君を守護竜の花嫁に捧げようとしたからか。君はずっと私が選ぶ最悪の選択に気付いていたのだろう? この国を危険に晒す道も、妹を犠牲にする道も私は選べないことを。公爵家の一人として生まれた責務を、私がどう全うしようとするか、君は分かっていたのだろう」

「……はい」


 ルーシャが肯定すると、テオドアは唇を噛みしめ、溜め込んでいた涙を溢れさせた。そんな顔をされたら、ルーシャだって目頭が熱くなる。

 指輪を大粒の涙で濡らし、テオドアは下を向いたままクソッと悪態をつくと、ルーシャに視線を戻した。


「それでも。…………そんな私だと分かった上で、私と一緒に新しい道を歩むことを選んでくれないか。これは君への償いでも何でもない。ただの私の我が儘なんだ」


 テオドアがこんな熱い人だなんて知らなかった。

 もっと大人でドライで──違う。

 ルーシャは知ってた筈だ。

 テオドアがどんな人だったか。

 ずっとレイスの後ろから見ていたのだから。


 もっとちゃんと向き合えばよかった。

 お互い怖がらないで気持ちを伝えられていたら、何も知らないまま儀式を行われることもなかっただろう。

 ルーシャはこうしてやり直すことなどなかったかもしれない。


 でも、もう何もかも遅い。一度捨ててしまった感情に手を伸ばそうとしても、ルーシャの中にそれは存在しなかった。


「ごめんなさい。私の心にもうテオドア様はいないのです。私は……」

「そうか。他に想う者がいるのだな。はははっ。もっと早く伝えられたら良かったな。ルーシャ、聞いてくれてありがとう。──失礼するよ」


 テオドアはルーシャの頭をくしゃっと撫でると、無理やり笑顔を作った。大好きだった人に、これ以上情けないところを見せたくない一心で。




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