001 守護竜になると
翌朝、食事をとりながら三人は今後の事について話し合った。
テオドアにはもう守護竜の花嫁の儀式は終ったと説明したが、それは嘘である。
ひと月後には、本当の儀式を行うためにシェリクス領を訪れなければならない。カルロもいるので、ブランジェさん家は大丈夫だとして、問題はレイスにどこまで説明するかだ。
ルーシャはレイスに全て話すつもりでいたが、二人は違う意見だった。
「レイス様は心配されると思います。恐らく儀式についてくると言うでしょう。普段のお仕事もお忙しそうですし、これは、三人だけの秘密にしましょう」
「ですね。それに、ルーシャを呪った奴はハッキリしてないんだし。秘密でいきましょう」
ヒスイの提案にリックも頷き、二人とも同意を求めるようにルーシャに視線を伸した。
「そっか。そうよね。ヒスイのことを説明しなくてはいけなくなるし、その方がいいわね」
ルーシャもすんなり納得してくれて二人は安心した。
二人はルーシャに呪術をかけた者はシェリクス家かアーネスト家の者だと仮定していた。守護竜の花嫁の儀式の時に参列していたのは親族だけ。
レイスを疑うことはないが、レイスからアーネスト家側に情報が漏れることを懸念していた。
「ではでは。口裏あわせは、これで大丈夫ですかね」
「ええ。私たちは、ヒスイのお父様がご病気になってお見舞いに行ったのよね。それで、ひと月後にお兄さんの挙式があるから出席することになりました。で良いのよね」
「そうです。あまり余計なことは話さないようにしてくださいね」
「分かってるわ。ほとんど本当の事だし大丈夫よ。ひと月後には……。そう言えば、守護竜の候補ってもう決まっているのかしら?」
確か守護竜は候補を用意すると言っていたが、その紹介はされなかった。
「はい。守護竜の間に入っていいドラゴンは後継の者だけですから、あの場にいた三匹のドラゴンがそうですよ」
「えっ。じゃあ、コハクと……ヒスイも?」
ヒスイが候補ということに驚いたが、内心そうかな、とも思っていた。ヒスイは小さく頷くと言葉を続けた。
「はい。それからザクロです」
「ザクロさんなんて……いたかしら?」
「いましたよ。終始ゴロゴロしてましたけど」
「気がつかなかったわ」
ルーシャは記憶を辿ってみるが、ヒスイのことばかりしか思い出せなかった。
「ザクロは火竜なんですけど、とても穏やかな性格で、周囲に溶け込むのが得意なんです。守護竜の話も相槌をつきながらしっとりと聞いてましたよ」
「へぇ。他にもドラゴンがいるなんて興奮するなぁ。今度紹介してくださいね」
「はい。機会があれば」
ヒスイの返答に至福の笑みを浮かべるリックは、鼻歌交じりに立ち上がった。
「んじゃ。そろそろ出発しますね。ちょっとズルして昼過ぎにはブランジェさん家に着けますから」
リックが御者台へ座り、馬車は王都へ向けて走り出す。
ルーシャは真っ直ぐ前を見据えるヒスイを横目で見ていた。
ヒスイがいつまでルーシャの隣にいてくれるのか、急に不安になった。次の守護竜が決まれば、全てが終わってしまう気がした。
「ねえ。ヒスイ。守護竜になったら、どうなるの?」
「どうって……。竜玉を千年守ることになるので、寿命が延びますね」
「えっ。ドラゴンってどれくらい生きられるの?」
「僕らの種だと千年ちょっとです」
「ちょっとって、ヒスイは千才なんじゃないの。それじゃあ……」
守護竜にならなければ、ヒスイは死んでしまうのだろうか。ルーシャが青い顔で固まると、ヒスイは不安を打ち消すように笑いながら言った。
「ルーシャよりは長生きしますよ。まだピンピンしてますから。それに、後継を育てなくちゃいけませんし」
「そうなのね。良かった。他には……何かあるの?」
聞きたいような聞きたくないような、そんな気持ちを抱えながらルーシャは問う。自分が選ぶことで候補者の命運を分けることになるかもしれないのだから。
「後は……。この国から出られない位ですかね。それから、この国の危険生物の排除とか、色々ありますけど、今とあまり変わりませんね」
「そうなんだ。ヒスイは守護竜になりたい?」
「あまり興味ありませんね。この国を守ることは嫌ではないですから、長くやることになっても、そうでなくても、僕のすべき事は変わりませんので。他の候補も同じ考えです。守護竜の言っていた通り、直感で決めてください」
「そっか……」
そう言われると、少し肩の荷が降りた気がした。
「ですが……。ルーシャが守護竜の花嫁になるって言い切った時、僕は守護竜になりたいって初めて思いました。ルーシャは今の守護竜を看取りたいから言ったのだと、頭では分かってるんですけど。守護竜になれば、ルーシャが本当にお嫁さんに来てくれる様に聞こえてしまって……」
ヒスイは言ってから気づいた。これでは自分のところにルーシャが花嫁に来て欲しいと言っているようなものだということに。
これじゃあカルロより酷い。カルロの方がまだハッキリと自分の気持ちを伝えているのだから。
ルーシャの耳は真っ赤に染まっているが俯いていて表情は見えなかった。
「あの……ルーシャ」
「わ、私は。守護竜だからとか、公爵だからとか、パン屋さんだからとか、立場で人を選んだりなんか……しないんだから」
「わ、分かってます。分かってますから」
だから何だよ。と心の中で自分にツッコミを入れつつ、ヒスイはルーシャが違うポイントを気に掛けたことに安堵していると、タイミングよくリックが声をかけてきた。
「そろそろ転移できます。良いですか~」
「どうぞどうぞ! 早く行きましょう」
「ん? 行きますよ~」
急かすヒスイを若干不審がりつつ、リックはシュヴァルツを呼んで転移魔法を発動した。