006 不安な夜は
夜になると、リックはルーシャの不安を和らげようと、色んな話をしてくれている。幌に飾った宝石の説明をしてくれたり、どこで入手したかも。
「ねぇ。リック君は、宝石を送りたい相手とかいないの?」
「宝石をですか? うーん。オレ、小さい頃からずっと好きで好きで仕方ない人がいるんですけど、その人、旦那がいるんですよね」
「ええっ!? そんな昔から……って、それ誰か分かったかも」
ルーシャの言葉にリックは笑いながら首を振る。
「いやいや。妹君は会ったことない人ですよ?」
「うん。でも分かった。それ、お母さんでしょ!」
「!?」
目を丸くして言葉を失くすリック。
意外と感情が顔に出やすくて分かりやすい。
「やっぱり~」
「ち、違いますよ。あははははは」
「誤魔化さなくてもいいわよ。私も小さい頃はお父様と結婚するって言って、お母様に決闘を申し込んだことがあるもの」
本当はその時の記憶はない。
しかし、王都で家族の絵を描いてくれた画家から聞いて知っていた。あの絵にはレイピアを持って笑顔で父に肩を寄せるルーシャと母親が描かれている。
「す、すごいっすね。オレはそこまでしたことはないな~。父さんは魔法使いじゃないから、力では勝てるけど。そんなことしても意味ないしな」
「そうよね。そんな事で勝ってもね。──でもそっか。リック君はまだ好きな人がいないのね。今、何歳だっけ?」
「十二ですけど。流石にこの年でこれってヤバいですよね」
「どうかしら、私も初めて人を好きになったのって……。ねえ。リック君って私より年上じゃなかったの?」
リックは眉間にシワを寄せ、真剣な顔で頷く。
「あっ。そうそう十五です。もうすぐ十六です」
「ふーん。嘘だったのね」
「あー。年齢は嘘ついてます。この国に来た時、商人の仕事できるの十五からって兵士達が言ってたんで、誤魔化しました」
「あらあら。よくバレなかったわね」
「オレの叔父さん。えっと、この国に転移陣作った人なんですけど、その人童顔通り越してたまに子どもなんですよ。だから多分、詮索されませんでしたね」
「不思議な国の人なのね。まだ他にも嘘ついてたりして?」
「えっ!?」
「あ。ついてるんだ。何かしら?」
顔色を窺おうとしたら、寝袋に顔を埋めて隠されてしまった。こんなに素直で分かりやすい子が、よく一人で行商の仕事を全うしているなと不思議に思えた。
「これ以上は聞かないでください。知らない国で生きていくためには、ついておいた方が良い嘘があるんですよ。あ~。今頃ヒスイ殿はどうしてるかな~」
「なんでそんなこと急に言うのよ。ヒスイが……辛い思いしてるかもしれないのに、リック君と笑い話してたなんて私……」
「そ、そんな事で泣かないでくださいってば。オレが悪かったです。すみません。ヒスイ殿は大丈夫ですよ。元々シェリクス領へ行こうとしていたみたいですから、何かやらなきゃいけないことがあって連れ戻されただけですって」
「そうよね……」
自分でも驚くほど、ルーシャは情緒不安定だった。辛いことには慣れているつもりだったのに、ヒスイに何かあったらと思うと我慢できないぐらい胸が苦しい。
ルーシャは痛む胸を押さえた時、ネックレスに触れた。アリアからもらったネックレスだ。
「そうだわ。これ、使ってみても良いかしら?」
「はい?」
◇◇◇◇
ミントと甘いハーブの香りが馬車の中に広がっていく。アリスのアロマに少し似た香りだが、もっと複雑で、吸い込む度に眠気に誘われる。
「妹君。これ何の薬物ですか?」
「え? ぐっすり眠れるハーブって聞いているわ。ふわぁ~」
欠伸するルーシャの隣でリックは寝袋から這い出てランタンの中を確認した。
溶けたロウと白い粒が混ざり合い、香りが溢れる。ルーシャはもう寝息を立てている。
昨日もあまり眠れていなかったようだったので、それは良いことなのだが、問題はこの白い粒が何なのか、ということだ。どうも嫌な匂いがする。
「ハーブとか詳しくないんだけど……ん?」
白い粒が溶けていくと、その中は赤黒かった。
その赤黒い部分がロウと溶け合うと、香りがまた変化した。鼻にツンと刺激臭を感じ、リックが手で鼻を塞ごうとした瞬間──シュヴァルツが急に目を見開き、ランタンごとそれを丸のみにした。
「うおっ。びっくりしたぁ。シュヴァルツ、これ何なんだよ。まさか、毒とか?」
「バゥ」
「え……マジで? オレ吸っちゃったんだけど、死ぬぐらいヤバいやつ?」
シュヴァルツはその質問には首を横に振った。
でも、即反応したということは、それなりにヤバイ奴なはずだ。
「これをアリア様が? どういうことだよ」