014 プレゼント
「か、カルロさん。勝手に入ってこないでください!」
下段から顔を出し怒るヒスイを、カルロは訳が分からないまま見下ろした。
「おいおい。ヒスイ。何でルーシャがいるんだ? しかも、起きねぇし。寝顔……可愛いし」
「ちょっ。カルロさん。ルーシャに触らないでください」
ヒスイはカルロのズボンを引き無理矢理座らせた。
「なっ。危ねぇだろ」
「夜遅くに何なんですか? 普通こんな時間に女性の部屋を訪ねないですよ」
「いや。ここはお前の部屋だし。それより何で……お前ら、デキてんのか?」
ヒスイは面倒だったが、仕方なくルーシャがここで寝るようになった経緯を説明した。
「ほー。この部屋をアレの巣窟に出来れば、俺の部屋にもルーシャが来るのか?」
「それ、ルーシャに言ってみたらどうですか? 完全に嫌われると思うので」
「何だと? それは嫌だ。俺は……ルーシャに気に入られたい。言葉遣いも改めるし、すぐ怒るのも控える。そしたら、俺のこと……」
いい歳の男が、顔を赤らめながら背中を丸くしてヒスイに告白している。迷惑でしかない。
「僕に言わないでください。吐き気を我慢するのもそろそろ限界です」
「お前。嫌な奴だな」
「別にカルロさんに好かれたくありませんし、ルーシャの周りにうろつくコバエは嫌いなんです」
ヒスイのぶっきらぼうな態度に、カルロは自分と同じ匂いを感じ、頬を緩ませた。
「はぁ~。そうか。お前もルーシャが好きなんだな。分かるぞ~。何だかんだ言って可愛いし優しいよな」
「ルーシャの良いところをカルロさんと共感したいとは思ってませんから、僕にその話を振らないでください。ですが、ロイさんとミールさんにはお世話になっているので、一つだけ助言してもいいですか」
「お、おう」
「ルーシャに好かれようと努力することは良いことだと思います。ルーシャが好きになるような男性を目指せば、きっと他の女性からも好かれる男性になれると思います。ですが──ルーシャのことは諦めてください。僕がルーシャの隣にいる限り、僕が認められないと思った男性は排除しますから、そのつもりで」
「……ってことは、ヒスイに認められれば良いんだな」
「はい?」
納得した顔でカルロは立ち上がった。その顔は晴々とし、自分の進むべき道を見つけ、夢を追いかける少年のようだ。
「分かった。遅くにすまなかったな。ルーシャに手、出すなよ」
「なっ、何なんだよあの人は……。本当に馬鹿な人だな」
◇◇◇◇
それからカルロはあまり怒らなくなったし、お見合いしようとか、惚れろとかは一切言わなくなった。
たまに、そろそろ嫁に来るか? とだけルーシャに聞いてくるぐらいだ。
ヒスイともいつの間にか仲良くなっている気がする。
それにパン作りも前に増して意欲的で、ロイの苦手な甘いパン作りをルーシャの助言を求めながら作るようになっている。
カルロは必ず、完成したパンをルーシャに一番にプレゼントしてくれた。たまにイマイチな時もあるが、その気持ちは嬉しかった。
そこから生まれたカルロのお手製ベリータルトやエッグタルトは、今では王都や教会の人々にも広く親しまれるようになっている。
◇◇◇◇
カルロが戻ってからふた月ほど経った時、久々に店にレイスがアリアと二人で訪ねてきた。
最近は王都で顔を会わせることが多く、店には来ていなかったので、久しぶりだった。
「ルーシャ。元気そうだな」
「今日はヘイゼル様は?」
「あー。あの人はサボってるんじゃないかな。まぁ、たまにはいいだろう。それより、あの話は耳に入っているか?」
「あの話?」
ルーシャが首をかしげると、レイスはアリアに視線を伸ばした。
「アリア……」
「はい。最近、王都で謎の病が流行っているのです。身体が怠いと訴えてから数週間後に高熱を出し、回復したと思われた後……死に至る病なのです。どの方も、ある朝突然亡くなっていたそうです」
「なんて恐ろしい病なのかしら。朝目覚めて隣で家族が亡くなっていたら……」
「ああ。王都の騎士や貴族、それから使用人の中にもその病にかかった者がいるんだが、市民からはまだ出ていないと思われている。人を介して移る病なのか、それか何か同じものを口にしたのか。それとも……」
「それとも?」
「王都では、竜の呪いではないかって言われているの。守護竜の花嫁の噂は知っているかしら? 千年に一度の時が訪れたんだって言われているの」
「それって、関係あるんですか?」
ルーシャはヒスイに視線を送るが、ヒスイはじっと窓のそとを眺め、ルーシャの視線に気付いていない。
外は黒い雨雲が空を覆い始めていた。
「シェリクス領では病の知らせはないのだが、雨が続いているらしいんだ。まぁ、まだ一週間だけのようだが」
「一週間もですか? あの……王都に、何か守護竜に関する書物はあったのですか?」
「一般的に知られているような内容のものしかなかったんだ。長雨に、王都の病。守護竜が花嫁を催促しているのではないかと変な噂になっていてな。だから一度、シェリクス領へ戻ろうと思う」
「いっ行かないで、お従兄様!」
急に声を荒げたルーシャに、レイスとアリアは驚いて顔を上げた。真っ青な顔のルーシャにアリアも不安になる。
「ルーシャさん。大丈夫?」
「ご、ごめんなさい。その……雨が続いていると聞いたので、心配で」
ルーシャは両親を失った事故を思い出していた。
何日か雨が続いていて、あの日も雨が降っていた。
「そうだな。シェリクス領へ行くのは止めておこう」
「ルーシャさん。不安になるような話ばかりでごめんなさいね。これ、良かったら使ってみて」
アリアはルーシャに円い桃色の貝殻のチャームがついたネックレスを渡した。
「可愛いです」
「気に入っていただけて嬉しいわ。それ、貝殻の部分がロケットになっていてね、中に小さな粒が入っているの」
「あ、本当だわ。これは……」
中には砂糖菓子のような小さな白い粒々が入っていた。仄かに甘く爽やかな香りがする。
「それをね。蝋燭の火に入れるとリラックス効果のあるハーブの香りがするの。寝る時に使ってみて。私もこれを使うと、ぐっすり眠れるの」
「ありがとうございます。今晩、試してみます」
アリアからプレゼントを貰うのは初めてだった。
良く見ると、アリアも色違いのネックレスを付けていた。
その後、レイスはクルミパンをたくさん購入して馬車で王都へと帰っていた。
外は雨が降り始め、ずっと外を眺めていたヒスイは、いつの間にか厨房で仕込みを手伝っていた。
ルーシャはネックレスを付け、胸元に仕舞い込み手を添えた。
王都でのアリアは優しい。お揃いのネックレスを貰える日が来るなんて夢にも思わなかった。
これからはもっと仲良く、姉妹のようになれるかもしれないと、期待に胸を膨らませた。