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002 火狼の小路

 しばらく進むと道幅が狭くなり、自然豊かな森の小路に入った。そこはまるで春の陽だまりの中のように暖かく、草木が豊かに繁り美しい森だった。


「ここが火狼の小路かしら。とても美しい森だけれど、火狼って危険なの?」

「いえいえ。基本的に火狼は人を襲いません。それに日中活動しているのは、狩り担当の奴等だけで、群れの下っ端なんで弱いですよ。狩るのもちっさい動物ばかりですし。見つけたら教えてください。ちょっとそいつらの爪を戴きたいので」

「爪を?」

「はい。真っ赤なルビーみたいな爪をしてるんですよ。幌の右上の方に飾ってありますよ」


 幌の端に紅い牙のような物が飾られていた。中心の方が赤黒く、その周りは透き通った赤い宝石のようになっている。


「本当だわ。綺麗」

「でしょう? この国にしか生息しない狼なんですよ。奴等、体温を下げられると動けなくなるんです。だから水をぶっかけてやれば気絶します。その間に爪だけちょっといただいてるんです。ヒスイ殿~! 馬車の後方に小ぶりの樽があるんで、もしもの時はその樽を投げつけちゃってください」 


 ということは、襲われる可能性があるかもしれないのだろうか。ルーシャは樽を見つめ不安に思う。ヒスイはそんなルーシャに笑顔を向けた。

「ルーシャ。大丈夫ですよ。何があっても僕がお守りしますから」


◇◇◇◇


「はぁ~。何でかな~。何でなんなん何だかなぁ~」


 空に輝く星々へ向かって、リックは溜め息と共に訳の分からないことを大きな声で叫んだ。


 只今、夜空を見ながら三人で焚き火を囲んでいる。夕食はリックが小川で釣ってきた魚を焼いて美味しくいただいたのだが、リックは酷く不満そうな顔をしていた。


「ねぇ。リック君。そんなに落ち込まないで。良かったんじゃないかしら。火狼に襲われたりしなくて。ね!?」

「妹君。オレは商人なんですよ。物を売ってなんぼなんですよ! 折角のチャンスだったのに、今日の収穫ゼロですよ!?」


 リックは大袈裟に身振り手振りしながら、悔しさをアピールしてきた。やっぱり年上には見えない。


「僕とルーシャの護衛代があるのですよね。それでは足りないのですか?」

「そういう問題じゃなくて。希少な素材あってのオレっていうか──ん?」


 リックがブツブツ文句に垂れていると、森の奥から動物の遠吠えが聞こえた。

 最初の長い遠吠えが終わる頃、何頭もの狼の遠吠えが折り重なり森中に響く。


「お待ちかねの火狼のようですね」

「ええっ。夜も出るの!?」

「夜もっていうか、元々夜行性なんだよ。でも、この森は日中活動する小動物しか生息していないから、群れの下っ端が狩りを朝やって、夜目覚めるボスや中堅の奴等に差し出すんだ」

「じゃあ。夜活動するのは……」


 ルーシャが震える声で尋ねると、リックは余裕のない声で答えた。


「群れのボス連中だ。でも、何でだ? 昼間は一匹も出なかったのに、夜だけこんな……」

「何だか森が殺気立っていますね」


 ヒスイは周りを見回し平然と述べた。

 四方から獣の荒い息遣いが無数に聞こえてくる。

 飢えた獣の気配で森がざわめいていた。

 リックは立ち上がり、荷馬車に駆け寄り幌をめくり上げた。


「妹君、ヒスイ殿は中に隠れてて下さい。オレが──うおっ。何するんだよ!?」


 リックは幌馬車の中に突き飛ばされた。

 ルーシャも次に中へと押し込まれた。

 外に残ったのはヒスイ一人。


「護衛さん、ルーシャのことお願いしますね。僕は奴等と話を付けてきますから」

「はぁ!? 話って、相手は野生の狼だぞ。会話なんて……出来る人なのか?」


 リックは何の迷いもなく森へ向き直るヒスイを見て、ルーシャに問いかけた。


「出来る人……なのかしら?」

「幼馴染みの癖に知らねぇのかよ!──シュヴァルツっ」

「……バゥ」


 リックが何かの名を呼ぶと、ルーシャの背後に大きな黒狼が、やる気のない声と共に現れた。


「きゃっ。ビックリした。火狼ではないのよね」

「ああ。オレの相棒シュヴァルツだ」

「……バゥ」

「何だか元気がないみたいだけど、大丈夫?」

「見えるんだな。妹君。──おぉっ! すごいの来たぞ!?」


 幌の隙間からルーシャとリックは見てしまった。ヒスイの何倍もの大きさの赤い毛を逆立てた狼の姿を。




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