014 赤髪の商人
アーネストの屋敷の前には、小さな幌馬車が止まっていた。その隣に立ち、こちらへ向かって愛想よく手を振っているのは赤髪の少年だ。
歳はルーシャより少し下ぐらいに見える。
レイスは護衛を頼んだと言っていたが、彼は御者だろうか。
「リック君!」
「レイス様。準備は万端ですよ! そちらが妹君ですか?」
「そうだ。ルーシャと、執事のヒスイだ」
「どうも。オレは行商人のフレデリックです。リックって呼んでくださいね!」
「リック君ね。小さいのに偉いのね」
「はい?」
ルーシャが小さい子供を誉めるように笑顔を向けると、リックは怪訝そうな顔で首をかしげた。
レイスはそれを見るとルーシャとヒスイを自分の近くに手招きし、リックに聞こえないように小声で忠告を始めた。
「ルーシャ。彼は異国から来た商人兼、魔法使いの少年だ。この国へ来て、一人で行商の仕事をしているのだよ」
「ええっ!? 私より小さいのに!」
「ははは。妹君は面白い方ですね~」
リックは笑顔でツッコミを入れた。
その瞳は全く笑っていない。
ルーシャが大声で驚くので、リックにもバッチリ聞こえてしまっていた。
レイスは罰が悪そうな顔をすると、また小声で二人に話し始めた。
「ルーシャ。リック君はこう見えて年上だよ。年齢と身長について触れられることが、一番嫌いらしい。そっとしておいてやれ」
「あら。……でも、彼にお任せして大丈夫かしら?」
人当たりは良さそうだが、護衛という言葉は似合わない。よく見ると右の瞳は紅く、左は琥珀色をしていて綺麗だし、タレ目が可愛い。クラウディアが好きそうな美少年の部類に入るだろう。
しかし、ヒスイが一緒なら問題はないのかもしれない。そう思いヒスイに目を向けると、ヒスイは新しい玩具でも見つけたような目をリックに向けていた。
「良いと思いますよ。彼はまるで太陽と月のようですし」
「太陽と月? 赤髪だからかしら?」
「まあ、そんな所です。彼自身が太陽で、彼の影が月です」
「影……あら? リック君。影が……ないわ?」
足元に本来あるはずのそれがない。
影のない不思議な少年リックは、ルーシャの声がまた聞こえていたのか、こちらを見てニヤリと不適な笑みを浮かべた。
すると、いつの間にかリックの足元には自身の影が出来ていた。ルーシャの見間違えだったのか、それともそうではないのか。
「ルーシャ。先に王都へ行っていてくれ。私はテオドアと話をつけてから、王都へ戻る。私なりに守護竜について調べてみようと思う。心配せずに、新生活でも楽しんでいてくれ」
「あの、お従兄様。私は何処へ行くのでしょうか」
「それは……。着いてからのお楽しみだ。きっと気に入る。さあ。父上が起きる前に早く出るのだ」
「はい。ありがとうございます。私も守護竜の花嫁について、調べてみようと思います」
ルーシャがヒスイに視線を伸ばすと、ヒスイは笑顔で小首をかしげた。その動作は可愛らしいのだけれど、何だか誤魔化そうとしているような気がした。
「守護竜! 良い響きですね~。さぞかしご立派なドラゴン様でしょうね~」
「はははっ。リック君はドラゴンが好きなのか? 伝承では守護竜などと呼ばれているが、実際には誰も見たことがないけれどな」
「ええっ。そうなんですか!? で、でも。この近くにドラゴンが住む谷があるんですよね!? ですよね!?」
「あるけれども。あそこはシェリクス公爵家の者しか入れないからな」
「そうなんですか。生ドラゴン。見たかったんですけどね……」
目の前に自称水竜がいます。
そう言えたら良いのに。レイスにすら言えずにいた話を、会ったばかりの不思議な少年には言えなかった。
しかし、意気消沈したリックはルーシャと目が合うと、急に生気を取り戻した。
「まあ。いいです。──さてさて、妹君。それからヒスイ殿。このリックが、王都までご案内いたしましょう!」