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013 偽装婚約

「ルーシャ。顔色が悪いな」


 部屋に戻ってきたレイスは、青白い顔のルーシャを見て胸を痛め、ルーシャの白い頬に手を添えた。

 アリアの厳しい視線がつき刺さり、ルーシャは慌てて笑顔を作り取り繕う。


「だ、大丈夫です。お義父様は何と仰っていましたか?」

「……予想通りの言葉が返ってきたよ」


 レイスはアリアを気遣ってか、詳しい話は避けたいようだった。それに、ルーシャの心配をしてくれているが、レイスの方こそ顔色が悪い。


「そうでしたか。お従兄様もお疲れかと存じます。今日はもう……」

「そうだな。今日はもう遅い。休むとしよう。──ルーシャ、お前は何も心配しなくていい。今後のことについて一晩考えさせてくれ。明日の朝、また話し合おう」

「はい。ありがとうございます。おやすみなさいませ」


 ルーシャは扉の横で立っていたヒスイと共に部屋を後にした。


 ルーシャの部屋まで、ヒスイは一言も言葉を発しなかった。そして、普通に部屋まで一緒に入ってきている。


 まだヒスイと出会ってから、丸一日も経っていない。それなのにどうしてだろう。

 隣にいるのが当たり前のような感覚がある。


 自分のベッドの前に立つと、ルーシャは緊張の糸がぷっつりと切れ、倒れ込んだ。ルーシャの気力も体力も正直限界だった。


「ルーシャ。大丈夫ですか?」

「ヒスイ、貴方の部屋はどこなの。私は大丈夫だから、今日はもう休みましょう?」


 ヒスイは何も言わず、ベッドの横にかがみ、ルーシャの手を握りしめた。


「手が冷たいです。──ルーシャ。このまま屋敷を出ませんか?」

「明日の朝、お従兄様と話してからにしようと思うわ」

「レイス様は、信用できるのですか?」

「勿論よ。お従兄様は、私が引き取られる前から、ずっと私のことを守ってきてくれたのだから」

「そうですか……」


 少々納得のいかない面持ちで、ヒスイは視線を落とし、ルーシャの手を握る手に力がこもる。


「ヒスイも部屋で休んで」

「ルーシャが眠るまで、側にいさせてください」

「……分かったわ。ありがとう」


 ヒスイの手は暖かくて、心地よい。

 今日起きたことが全て夢だったのではないかと思うほど、心が安らいでいく。

 でも、寝て覚めて、これが本当に夢だとしたら、一体何処から夢だったことになるのだろう。


 全てが本当は夢だったとしたら。

 ルーシャはあの頃に戻りたかった。


 事故が起こる前。

 両親が健在で、幸せだったあの頃に──。



 小さな寝息を立てるルーシャを見つめ、ヒスイは呟いた。


「昔からずっと……か。僕だって、同じですよ」


 ◇◇◇◇


 朝日に照らされルーシャは目を覚ました。

 いつも通りの朝だけれど、隣から微かに寝息が聞こえる。


「ひ、ヒスイ! ?」

「……!? あ、おはようございます」


 ヒスイはルーシャの手を握ったまま、床に座り込み眠っていた。


「部屋に戻らなかったの?」

「ルーシャの寝顔を見ていたら、眠ってしまったみたいです。──いたたっ。人の身体は寝ても回復しないのですかね。足が……」

「それは、座ったまま寝ていたからよ」

「なるほど」


 ヒスイは立ち上がると窓辺で太陽の光を浴びながら屈伸し、身体を伸ばすと、大きな欠伸をしている。


「さて。荷造りでもしますか」

「そうね」


 ルーシャは今日、この屋敷を出ると決めている。レイスがどんな提案を持ちかけたとしても、それだけは変わらない。


「おや。レイス様も早起きみたいですね」


 裏庭を横切り、離れへと足早に移動するレイスを、ルーシャはヒスイと共に窓から確認すると、程なくしてレイスはルーシャの部屋に到着した。 

 その顔は晴れ晴れとしていて、いつものレイスらしい表情に戻っている。


「ルーシャ。早起きだな。身体は平気か?」

「はい。荷造りをしていました」

「そうだな。続けながら話を聞いてくれ。──外に荷馬車を用意している」

「荷馬車ですか?」

「ああ。ルーシャには、それに乗って王都へ向かってもらう」

「王都へ?」


 レイスは自信満々で頷き、言葉を続けた。


「そうだ。父には公爵家に嫁ぐ為の花嫁修行と魔法の鍛練の為に、王都の教会にルーシャを行かせたことにする。テオドアの方にもそのように話を通しておく」

「レイス様。それは、テオドア様にも口裏を合わせていただくと解釈してよろしいですか?」

「昨夜の非礼を詫びる為に、教会送りにした。と、テオドアには伝える。父とシェリクス公爵が決めた婚約を帳消しにすることは不可能だろう。ならば、婚約者であると偽装すればいい!」

「とてもよい案だと思います! 私もその教会へとお供します」


 ヒスイは何度も頷きそう進言したが、ルーシャは教会の厳しい戒律を知っていた。


「ヒスイ。教会は女性しか入れないの。一緒には行けないわ」

「えっ。それは困ります!」


 レイスは苦笑し、慌てふためくヒスイの肩へ力強く手を置いた。


「安心しろ。本当に教会に入れるわけではない。もしも父やテオドアに教会送りを反対され、ルーシャを連れ戻すような話になった場合、面倒だからな」

「ならば、ルーシャ様を何処に匿うおつもりですか?」

「それは──」




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