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012 義姉アリア

 ルーシャは泥だらけの装いのまま、レイスの部屋にいた。レイスはルーシャを部屋に残し、父に探りをいれてくると言い、書斎へと向かったのだ。


 しかし、まさかレイスの口から守護竜の花嫁という言葉が出たのには驚いた。王都の夫人達の間では、数ヵ月前から守護竜の花嫁選びの話が出ているそうだ。

 それが迷信か真かは曖昧で、噂話のような物らしいが、レイスはその事もあって、ルーシャの婚約者を早く決めようとしていたのだ。


 ルーシャは部屋を見回し、ため息を吐いた。

 レイスは適当に着替えておくようにと言い残していたが、ここにある服はレイスの妻アリアの物だ。あの恐ろしい義姉の物など、触れる気にもなれない。


 やはり自室に戻ろうかと扉へ向かうと、ノックもなく目の前の扉が開いた。


「あ、アリアお義姉(ねえ)様!?」

「あら。本当にいらしたのね。レイスに、義妹の着替えを手伝ってくれと頼まれたわ」


 アリアは泥で汚れたカーペットを横目で見ると、ルーシャに微笑みかけた。ルーシャはアリアの顔を直視できず、俯きながら答える。


「も、申し訳ございません。部屋を汚してしまって」

「いいのよ。気にしないで。服は脱げるかしら? 私の服を貸してあげるわ」


 アリアはクローゼットからネグリジェを取り出し始める。

 ルーシャは、普通に接するアリアに面食らっていた。


 アリアは、レイスとこちらに来る度に、ルーシャに嫌がらせばかりしてきた女性だからだ。

 ネグリジェを笑顔でルーシャに渡すと、アリアは鼻歌交じりで紅茶を煎れている。こんな義姉を見たのは初めてだった。

 ルーシャは今までの義姉のことを思い返した。

 そういえば、テオドアとの婚約が決まった時は喜んでくれていたような気がする。


 確かその後だ。人が変わったようにルーシャに敵意を向けくるようになったのは。

 いつ豹変するか分からないし、なるべく刺激しないようにしよう。

 ルーシャは笑顔を取り繕いお礼を述べた。


「ありがとうございます」

「そんなに畏まらないで。でも、どうして泥だらけに? 婚約が決まって、はしゃいでしまったのかしら?」

「あの、婚約はしておりません。色々ありまして、今日は──。あ、アリアお義姉様?」


 アリアの動きが急に止まり、ゆっくりとポットをテーブルに戻すと、ルーシャへと振り返った。その瞳は、見覚えのあるいつもの冷たいアリアの瞳だった。


「婚約、していないの?」

「は、はい」

「レイスは、婚約するまでは王都に帰れないって言うの。明日、やっと王都に戻れると思ったのに、どういうつもり?」

「……」

「どれだけレイスに迷惑をかけたら気が済むの? 彼は今、大事な職に就いたばかりなのに、貴女のせいで外されたらどうするの!」

「ご、ごめんなさい。従兄に迷惑はかけません」

「もうかけてるわよ!! いつもいつもレイスは貴女のことばかり相談してくるのよ。うんざりなのよ!」


 アリアの叱責が部屋中に響いた時、扉の方からノックの音とヒスイの声がした。


「失礼します。レイス様がお戻りです。入ってもよろしいですか?」

「まだよ。終わったら声をかけるわ」

「かしこまりました」


 アリアは短く返事をするとルーシャに振り返り、渡したネグリジェを見て吐き捨てるように言った。


「早く着替えて。それから、その服は捨ててちょうだい」


 ◇◇◇◇


 レイスが書斎を訪ねると、伯爵は無機質な表情で妻の肖像画を眺めていた。レイスの視線に気がつくと、伯爵はゆっくりと振り返り、物寂しそうに口を開いた。


「レイス。私とシェリクス公爵が決めたことに異議があるのか?」

「いいえ。そのような事はございません。しかし、一つ気になることが御座います。王都で守護竜の花嫁についての噂を耳にしました。ルーシャはもしかして……」


 伯爵は目を見開きレイスをじっと睨むと、呆れたように笑みをこぼした。


「だとしたら何なのだ。お前はルーシャを可愛がっているからな。反対でもする気か?」

「はははっ。まさか、父上と公爵様の決断に口を出すつもりはございません。それに、それはとても名誉なことではありませんか。ただ、一つお伺いしてもよろしいですか?」

「何だ?」

「ルーシャは、守護竜の花嫁になると、どうなるのですか?」


 伯爵はまた肖像画に視線を戻し、この国の誰もが知る伝承を口にした。


「……守護竜の花嫁は清き乙女を。そして、それは代々シェリクス公爵家が選び。……弔うが定めだ。そうしなければ、守護竜は人との契りを忘れ、怒り狂うそうだ」

「……そうですか。それは、大義なことで」


 瞳を閉じ、感慨深げにレイスは呟き、伯爵はそれを見ると釘を刺した。


「ルーシャには言うな。自分の身可愛さに、逃げ出すかもしれんからな」

「はい。父上」


 レイスは深くお辞儀すると書斎を出て自室へ向かう。その眉間には深いシワが刻まれ、拳は怒りで震えていた。

 ルーシャの顔を思い浮かべると、更に怒りが込み上げてくる。


「きっと、何か道があるはずだ……」





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