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009 つかんだ光

「る、ルーシャ。何を言っているのだ?」


 想定外の返事を受け、テオドアは顔を引きつらせて尋ねた。テオドアのこんな表情を見るのは初めてだったが、ルーシャは心を落ち着かせ、穏やかに微笑み言葉を返す。


「テオドア様は、クラウディア様のお気持ちを汲み、その様におしゃってくださったのですね。ですが、それでは運命とは言えません。私は他のご令嬢と同じく、指輪の入っていない、このケーキを選んだのですから」

「ルーシャ。ゆ、指輪が君を選んだのだ。だからこれは……」

「私も、クラウディア様のケーキを拒絶しました。私はその指輪を受け取る資格はありません。それに……」


 ルーシャは口ごもると、周りへと視線を巡らせ、テオドアもそれに続いた。

 会場の誰もが、嫉妬と疑惑の目をルーシャへと向けていた。

 ルーシャにとっては慣れた視線である。テオドアの婚約者になってから、ずっとこの視線にさらされてきた。


 しかし、テオドアは初見だったのだろう。ルーシャに拒絶された指輪を手中に収めると、令嬢達を見回し、たじろいだ。


「そ、そうか。ならば仕切り直しだ。婚約者選びは、またの機会に。簡単に決まってしまっては、つまらないからな。ははは。楽しみは取っておこう。──さぁ、皆様。お食事の続きを」


 テオドアは引きつった笑顔で皆にそう告げると、ルーシャへと向き直る。

 しかし、そこにはもうルーシャの姿はなかった。


「ルーシャ……」

「お兄様。ルーシャ様ならもう帰られましたわ」


 ◇◇◇◇


 ルーシャは足取り軽く、ヒスイとともに会場を後にし、馬車へと向かっていた。


「ヒスイ。私、貴方が隣にいてくれたから、テオドア様の婚約者にならなく済んだわ。前の私だったら、クラウディア様の好意を無下にすることも出来なかっただろうし、テオドア様に思ったことを口にすることも出来なかったわ。全部ヒスイのお陰よ」

「そうでしょうか? 僕は何もしていませんよ。早くここから去りましょう」

「ええ」


 ヒスイは微笑むことなく、強ばった表情のまま足早に馬車へと進む。


 ヒスイはテオドアがルーシャから目を離すと、ルーシャの手を引き会場から連れ出してくれた。テオドアのことがそうとう気に入らなかったのか、一秒でも早くこの場から去りたいといった雰囲気だ。


 しかし、門前で待ち構える馬車が目に入ると、ヒスイは急に屋敷へと振り返った。そして同時に声が響く。


「ルーシャ様! 待って!?」

「へっ。く、クラウディア様?」


 息を切らしてルーシャを呼び止めたのはクラウディアだった。


「ルーシャ様。ごめんなさい。私が余計なことをしてしまったから……。お兄様はきっと、また夜会を開くわ。だから絶対に来てね!」

「お、お言葉ですが、今日のような方法で決めるとして……もしも私が指輪を手にすることになったとしたら。皆様、不正だとお疑いになると思います。ですから、私は招待していただかなくて大丈夫ですと、テオドア様にお伝えください」

「そ、そんな……。私は、ルーシャ様をお姉様って呼びたいのに。お兄様だって、本当はずっと心に決めた方がいて、それは絶対にルーシャ様なんだから!」

「そんなことは……無いと思います」


 ルーシャを心に想っているのなら、結婚式の当日に、滝壺にルーシャを落とさないはずだ。


「無くなんか無いわ! 今日だって、ルーシャ様があのケーキを選ぶように、私と作戦会議をしたんだから!」

「えっ? ですが……」


 そうだとしたら、ルーシャは無作為に選ばれたのでは無いことになる。テオドアは、元々分かった上で、ルーシャを守護竜の花嫁──生贄に選んだことになる。


 何の取り柄もない人間だと、ルーシャ自身そう思っていた。しかし、テオドアからもそう思われていたのだと思うと、急に目頭が熱を帯び、瞳から涙が溢れ落ちた。


「ルーシャ様、泣かないで。今度はもっといい作戦を考えて、必ずお兄様の運命の婚約者にして見せるから!」

「やめて……」

「えっ?」

「お止めください。クラウディア様は何か勘違いされているのだと思います。私はテオドア様の想い人ではありません。テオドア様は、その想い人と結ばれるために、私を運命の婚約者に選ぼうとしているのだと思います」


 涙ながらにそう語るルーシャに、クラウディアは納得のいかない表情で首を捻ると、悩みながらも言葉を搾り出した。


「えっと……。意味が分かりませんわ。もしかして、ルーシャ様はお兄様のことがお嫌いなの? 他に心に想う方がいらっしゃるというの?」

「……そのような方はおりませんが、いずれ私にもそんな方が出来たらいいな、とは思っています。ですがそれは、テオドア様ではありません。それだけは確信しています」

「そ、そうなのね。残念だわ。私はてっきり二人とも……。──でも、ルーシャ様のお気持ちは分かりましたわ。私だって嫌いな殿方に嫁ぐのは御免ですもの。ただ、お兄様が本気でルーシャ様のことを愛していらっしゃったら。私はお兄様を応援しますわ」

「はい。クラウディア様は、お兄様想いの優しいお方ですから」

「ふふっ。私のことを優しいなんて言ってくださるのは、ルーシャ様だけですわ。──ちなみに……お兄様のどこがお嫌いか教えてくださいますか? 今後の課題にしますから」

「え、えっと──」


 ◇◇◇◇


「目を合わさない所が、お嫌いだそうですわよ」

「なっ!?」


 テオドアは頭を抱えて自室のソファーに崩れ落ちた。

 クラウディアはそんな兄を不憫に思いつつ、少し面白がっていた。


「お兄様をお慕いすることはあり得ないそうですわ」

「そ、そんな馬鹿な……。私は振られたのか?」

「そうですわ。お兄様をお慕いすることは、あり得──」

「クラウディア!? 何度も言わなくていいから……」


 テオドアはソファーに置かれたクッションを抱きしめ顔を埋めた。

 何か失敗した時、テオドアはいつもこの体勢になる。

 クラウディアだけは、それを知っていた。


 これはルーシャに振られたことがショックなのか。

 それとも、ただ単に女性に振られたせいなのか。


 クラウディアが頭を悩ませていると、扉をノックする音が響いた。


「テオドア様。シェリクス公爵様がお呼びです」

「えっ。父が……?」


 テオドアは真っ青な顔のまま立ち上がると、フラフラと部屋を出ていった。

 きっと今日の夜会での不始末を父に問いただされるのだろう。


「お兄様。大丈夫かしら……?」






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