000 守護竜の生贄
私、ルーシャ=アーネストは、今日、十六年の人生に幕を閉じることになりました。
目の前に立つ男性は、私の婚約者。
ブロンドの髪に青い瞳の見目麗しい青年。
公爵家嫡男テオドア=シェリクス様です。
一年前に婚約し、ずっと他の女性と戯れ続け、私を蔑ろにしてきた人です。
公爵家の方々にも、どうやら私は見えないようでした。
しかし、その理由を、今日知ることとなりました。
──迎えた結婚式。
私は今、竜谷の崖の先端に立たされています。
呪術により、声も出せなければ、指一本、自由に動かすことが出来ません。
純白のドレスを身に纏う私は、同じく真っ白なタキシードを着たテオドア様から、真実を告げられました。
「さようなら。ルーシャ。この国を守る為に、その身を捧げてくれ。私はシェリクス公爵家に生まれた。その責務を果たさなければならない」
テオドア様は、お辛そうに、震える声でそう述べました。
そして私の肩に手をかけ、言葉を続けます。
「私はシェリクス家の人間として、選び、弔わなければならない。──守護竜の花嫁に、君を……」
泣きながら、テオドア様は私を竜谷へと突き落としました。
彼が私と目を合わせたのはこれで二度目です。
私を婚約者に選んだ日と、今日だけ。
私は選ばれたそうです。守護竜の花嫁に。
いいえ。守護竜の生贄に。
崖の向かいには、巨大な滝があります。
私は、まっ逆さまに滝壺へと落ちていきました。
でも、これで。この国は救われるそうです。
『守護神竜の花嫁は清き乙女を。選び弔うが定め』
私の頭の中に、この国の人が誰でも知っている言葉が、ふと過りました。
数千年に渡り、この国は竜の加護に守られています。
千年に一度、花嫁を捧げると云われていましたが、今年のようです。
私はその定め通り、彼に選ばれ、弔われるのです。
滝の飛沫が光に照らされ、虹が見えた次の瞬間。
私は水面に叩きつけられ、滝壺に飲み込まれていきました。
冷たい水に体温を奪われ、死、という言葉が脳裏に浮かぶ。そしてその恐怖を打ち消すように、亡き両親の顔を思い出しました。
二人とまた会えるのならば。
この国を救うために死ぬのならば。
あの時、死なずに生き残ったのはこの為だったのかもしれません。
そうして己の死を受け入れようとした時。
──頭の中に声が響きました。
『清くないのう。呪いがかけられておるのぅ』
『ですが……』
『いやだのぅ。こんなの乙女じゃないのぅ。ムカムカしてきたのぅ』
『し、静まりくださいませ。守護竜様っ』
『嫌じゃ。人間がそう出るならば、この世界に終焉を──』
『だ、駄目ですってば! 守護竜様。一度だけ、チャンスを下さい。──ルーシャと僕に、今一度チャンスを──』
誰でしょうか。私の名前を口にした方は。
何処か懐かしいその声に身を委ね、私の意識は深い深い水の底へと飲み込まれていきました。