古代文字解読に挑む――異世界で
第2回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞への応募作です。ちゃんと完結してます。
よろしくお願いします。
僕の夢は、ファイストスの円盤を解読することだ。あらゆる古代文字研究者を魅了してやまないこの古代の粘土板は、表面が未知の文字でおおわれ、解読されるのを待っている。しかし、それも今となっては叶わぬ夢だ。僕は死んだのだから。
でも目が覚めると、僕は見知らぬ世界にいた。見たこともない服を着て、見知らぬ人々に助け起こされる。頭上には崖、後頭部がひどく痛むが、どうやら僕は生きているらしい。いや、これが異世界転生という奴か。
アニメや漫画のようにはいかなかった。何しろ言葉が通じない。それでも周りの人は親切で、僕はとある家族の家に居候することになった。少しずつ言葉を覚え、文字を覚えた。
文字には二種類あった。人々が使うものと、神殿の壁に刻まれているもの。神官たちには「あれは文字ではない」と言われたが、そんなはずはない。僕はどうしてもあの象形文字の意味を知りたくなって、あちこちの神殿を回って壁の文字を書き写し、過去の文献や古老たちの聞き取りを集め、毎日毎晩のたうち回って考えた。しかし、どうしても解読することは出来なかった。
あちこちの神殿を回っているうちに、神殿間の連絡役のようなことをするようになり、何年かが経った。この世界では神殿が孤児院を兼ねていることが多く、子供たちとも仲良くなった。娯楽に飢えている子供たちには、よその街、旅先での他愛のない話が胸踊る冒険譚に聞こえるらしい。みんな僕の話を喜んでくれる。もともと子供が好きだったから、僕にとっても楽しい時間だった。
そんなある日、僕はぼんやりと子供たちの口ずさむ歌を聴きながら、壁の文字を見つめていた。石壁に刻まれたその文字は美しく、確かに装飾としても優れている。神官たちの言う通り、文字ではないのかもしれない、そう思い始めた時、頭の中で何かがかみあった。歌のリズム、メロディーの繰り返しと壁の文字、その繰り返し……僕は大声をあげて立ち上がった。子供たちは歌うのをやめて僕の方を見た。あわててもう一度歌ってもらう――そうだ、やはり間違いない! 壁の文字は、音符だったのだ。ここでは誰もが知っている、子供たちの歌と、目に映る文字の美しさ。素晴らしい、素晴らしい! どうして気付かなかったのだろう?
子供の一人が尋ねる。
「ねえ、どこか痛いの? 悲しいの?」
僕は自分の頬に熱いものが流れていることに、ようやく気が付いた。
お読み頂きありがとうございました。
楽しんで頂けましたでしょうか。
『下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ』でも「タイトルは面白そう!」のコーナーで毎回投稿してますので、そちらもよろしくしていただけますと幸いです。
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