Part4
ネット上ではある動画が話題になっていた。それはブリテンのマンチェスターで大騒ぎになっていた様子を“one valley”と名乗っているユーザーが撮影し『“あなた、怠惰ですねー”なモノも含めた多数の等身大人形に踊らされている警察たち』というタイトルで挙げた動画だ。
当然爆破テロ事件で世界中から注目を浴びていたブリテンでの映像だから、検索トップに上がるのも無理はない。しかし、動画がアップされてから数時間後に現地政府の命令により、動画は次々にネット上から削除されていった。
だが世界中の諜報機関はもちろんこの動画データをすぐさま録画している。言うまでもないが指名手配犯としてアップされている“イザベル”という名の少女の画像写真がフィア王女であることは理解している。王女は生きている?イングランド政府はなぜ王女を狙っているのか?では皇太子夫妻を殺したのは政府による企みなのか?スコーン首相も承知の上で?色んな可能性を思い描きながら更なる事実確認を急いでいる。
しかし世論は一方的な情報提供に弱い。世界中の一般人みんなが『ヴァレリー女王を除くブリテンの王族一家がイザベルという名の少女が誰かに吹き込まれたままに仕掛けた爆弾で3人共死んだ。政府は目下少女を指名手配犯として追っている』という筋書きだと思い込んでいる。
そこでマンチェスターでの映像によって、新しい情報が入ったのだ。政府が探している少女には『協力者』がいるということだ。
それだけの情報でもさらに色んな可能性が生まれていく。その協力者は正体は?一般人?公務員?離脱した警察官?SIS諜報員?軍人?まさか外国人?
いいや?ただの、自称“侍”な少年だ。
ブリテン:アシュボーンの中心街を歩く杉田義羅とフィア。現地時間は午後12時前後。
「さっき言ってた“賤ヶ岳”って、一体何?」
「・・・・・あそこでも言ったがあの老槍兵が持っていた槍は“大身槍”って言う長い穂先に太い柄、通常の槍よりもとてつもない威力を発揮する特別製でな、それもあって日本では『天下三名槍』の名で有名な御手杵・日本号・蜻蛉切の3本がまさにその種類の槍なんだ。だが大身槍を扱うにはかなりの重量で相当の手練れじゃなきゃ駄目だ。だから扱っていた有名な武将も限られてくる。槍の戦いで有名な歴史の一つに1583年の『賤ヶ岳の戦い』がある、戦国時代のな。羽柴秀吉と柴田勝家による織田信長亡き後の跡継ぎ問題で起こった戦いだ。その中で秀吉側の武将として目覚ましい活躍を見せた7人の槍の名手たちがいた。今では彼らのことを『賤ヶ岳の七本槍』と呼んでいる。さっき言った三名槍の一つ:日本号を持っていた福島正則もその一人だったんだ」
「じゃあ、あの老槍兵がその福島正則の生まれ変わりだって言うの?」
「それはまだ分からない。何せあの戦いで大身槍を使っていた七本槍武将は“もう一人”いたからな、。とにかく、あの老槍兵が賤ヶ岳と言われて反応していたからには七本槍武将なのはまず間違いないだろう。いずれにせよ戦国を生き残った武将を相手に逃げるのが分かった以上、俺達の逃避行はますます難しくなってきた」
「・・・・・・・・・それよりも肩は大丈夫?さっき、かなり出血してたけど・・・」
「かすり傷だったから大丈夫だって。たしかに出血はしてたけどもう止まってる、お前が心配するほどのことでもない。一番嫌だったのは受けた時だけ、スンゴイ痛かった。冷たい水が隠れた虫歯に響いた時よりも痛かった」
「比べる痛みがそれなのはどうかと思うけど・・・・・」
「だがその前にフィアのケツを掴んだ感触を手に思い出すことで中和できたから良かった、うむ」
最後の俺の一言にフィアは顔を真っ赤にした。
そう、警察隊の銃撃を受ける前に接着剤付きの網に触れるのを阻止する過程の中でフィアを掴んだ瞬間があったのは覚えてる?実はその時、慌てて掴んだ箇所が彼女の服じゃなく尻肉だったんだよな、これが。
「あ、あなた!逃げることで精一杯だった上に、こんな時に私の方から言うのも不謹慎だと思ったから言わずにしてた!そして今の今まであなたも方からも言わなかったから許して忘れてあげようと思ってたのに今更言うの!!?」
「いや~あれが女の子の尻って思うと今にも興奮しちゃいそうだな。さすがブリテン王族の尻・・・・・いや、あれぞ!“ブリテンのケツ”!」
「忘れて!今すぐ!脳内メモリから!削除して!早く!」
よっぽどの羞恥だったのか珍しく感情を爆発させているフィア。女に胸ぐら掴まれるなんて初めて~、あでもそろそろやめて、脳が震える~。
ロンドンの首相官邸。
「首相、本気で言ってるんですか?」
「ああ本気だ。言っただろ、戒厳令を敷くと。まず手始めにマンチェスターから始まった道路で繋がっている南の町全部に部隊を出動させて市民を監視するんだ。ロンドンも含めてな。どこかで民間人の誰かがあのイザベルを匿っている可能性がある以上、もはや国民一人一人を野放しにするのは良くない。もしこの二人が目撃された町があるようならそこを徹底的に洗え!一件ずつしらみ潰しに探すよう命令しておけ。いいな?」
「・・・・・あなたは正気ですか?この私に!本来守るべきはずの国民に手を出せと仰るのですか!!?」
「命令の捉え方などこの際どうでも良い!!とにかくこの二人さえ始末できればそれで万事解決なのだ!わかったらさっさと行動に移れ!!」
首相に怒鳴られて渋々と執務室から退室するデービス・ニューマン元帥。機関のトップたちが首相に従う中、彼だけは首相を信用していない。ランドルフ・スコーンが就任してからというもの機関内では彼の良くない噂をよく耳にしていたからだ。SISをいいように使って誰かを拉致や脅迫など、それに普段の人柄もどちらかと言えば悪い方だ。部下に対する敬意の表れが全く無く、好感を持てる人間ではない。そんな人間が首相という立場にいることも私は気乗りしないものの、表面上は自分も従っているという立ち位置だ。実際軍人が政治に口出しというのもどうかと自負している。だが彼とて軍人である前に国民の一人。おかしいと思って意見を言いたいのは当然のこと。たった一人の少女相手にここまで国を動かす必要がどこにある?国益としては何もないはず。SISはそもそも国益を優先する機関だというのにあの長官は当然のように首相に従っている。きっとスコーン首相と意気投合している仲なのだろう。だとすると下手に反発すると口封じなんてこともあり得る。今はあの首相には逆らわない程度で、なんとか部隊の兵士たちには市民に危害を加えないように指示しておきたい。
サドベリー・リッチフィールド・ミンワ―スを通り、バーミンガムに来た俺はとある路地裏でフィアと一緒に昼飯のおにぎりを食いながらパソコンをタイプしていた。
バーミンガム。
ここがマンチェスターと並ぶほどに有名なのは、理由は同じく産業革命の中心的工業都市で、時の偉人:蒸気機関を発明したジェームズ・ワットが活躍していた場所でもあるからなんだ。現在でもここがブリテンの第二の都市だと主張する人も多いそうだ。こいつは余談かもしれないが、昔は鉄鉱山とかがあってそこから出る煙で町が黒一色に、さらにはスモッグで毎日太陽が見えない真っ暗な時代があったらしくてな。そんなバーミンガムで育ったあの『ホビット』『指輪物語』を後に執筆することになるJ・R・R・トールキンも、ここをあの“モルドール”のモデルにしたんだとよ。
「はいはい、説明しなくても私だって知ってるわよ、自分の国のことだもの」
「フィア、お前に話してんじゃねぇよ、読者にだ。にしても参ったな~こいつは。奴らが使っているこのAIをプログラミングするにはパスワードが必要みたいだ」
「解析できない?」
「無理だな。俺にはそこまでの技術はない。あったらとっくにこの国の情報をいじり放題で世論を味方につけて、こんな状況すぐに覆せるかもしれないんだがな。このAIにも学習さえさせればハッキング能力が備わる可能性もあるがそんな時間は俺達にはない・・・・・フィア、伏せろ」
最後は小声で言って俺は、フィアを隠しつつ近くを通り過ぎるL86A2を携えた兵士たちに見えないようしゃがんだ。安全を確認した後、彼女に向き直ってみると、俺との距離が縮まって顔を真っ赤にして固まっていた。
「・・・・・お前、これまで急接近は何度もしてたろ?今更恥ずかしがることなんか」
「い、今までのは逃げる為だったからあんまり意識してなかったっていうか・・・・・」
「ヒロインっぽい言い回ししてるけど、悪いが俺の心には響かないぞ」
「む、響かないのはちょっと嫌ね」
ちょっとだけぶう垂れるフィアを他所に町の様子を確認する。よく見るとヒッポドローム劇場前に軍用車両:が3台も停車し、車体から多数の兵士たちが降りて、広場を見回し始めた。きっと俺達を探しているのだろう。
「政府の奴ら、ついに軍隊まで動かし始めたな。まるで外国に占領されてるような光景だよ」
「・・・・・スペイン軍が上陸してたら私の時代でもこんな光景を見てたかもしれないわね。ドレークに感謝しないと」
「そうだな。もう移動しよう。長居は良くない・・・・・・・!」
俺は反対側の向こうに見えたある存在で、あることを思いついた。
「どうしたの?」
「・・・・・・・・いや、この町を出る前に必要なモノを回収しておこうかってな」
「回収?何を?」
バーミンガムのある路上では二人のSIS諜報員が待機していた。
「一体何が起こってると思う?」
「さあな。それにしても例の指名手配された少女を見つけ次第始末しろって、無茶苦茶もいいとこだよな。首相が変わると長官まで別人みたいに変わっちゃってSISは完全に言いなり状態・・・・・むぐっ!?ん゛ん゛ん゛~」
雑談をしていたら背後から何者かに布を口に覆われ、そして痙攣したかのように体を揺らされて意識を失った。
「だ、誰d・・・・・むぐっ!?ん゛ん゛ん゛~」
もう一人の諜報員も何者かに同じ手順で意識を奪われた。
霊柩車。それは、葬送で遺体を移動させるために用いられる車両のこと。
この国では全面ガラス張りのモノが使われたり、馬車で運ぶこともあるとか。現在、町や道路に兵士が徘徊する中、俺達は二人の大人を運びながら移動する為にこの霊柩車を使っている。もちろん怪しまれないよう本来のサイズのまま創造してフィアと二人で運転しているのだがやっぱり難しい。外見も俺がぶかぶかな大人の上半身を演じることでなんとかやり過ごしている。
「・・・・・私たち、史上最年少で不謹慎で最悪の犯罪者かもね」
「まあそうひがむなって。二次元には5歳でスパイになったりヒーローになったりする奴もいるんだ。実はそいつ国内で指名手配だってされた経験もあるしな」
「それがなんのキャラクターか聞かないにせよ、犯罪は良くないからね?」
ガタッゴトッ。
載せている二つの内一つの棺桶の中から蹴るような音が聞こえてきた。
「あ、もう起きちゃったみたいだな。もうちょっと寝て貰わないと城に入るには面倒だな。だからフィア、これでもうひと眠りさせてやってくれ」
「まさに雑用係って感じ」
「かなりヤバめのな」
フィアは後ろの荷台スペースに潜り込んで、あらかじめ創造する際に作っておいた穴から中で動いている生ける屍にスタンガンを当ててうぐっ!と大人しくさせた。
ウォリック城の東側の城壁を越えて屋上から侵入してとある一室に忍び込み、椅子に縛り付けを施してから諜報員二人を創造した水入りバケツで無理矢理目を覚まさせた。
「さてと、お前らの為にこっちは霊柩車と簡易リフトを使ってまで城壁を越えて、さらには歴史的建造物の一室を無断で借りるほど苦労したんだ。埋め合わせの為に素直に吐いて貰おうか。こいつはあんたらSISが開発したと思われる犬型ロボットの脳、つまりAIだ。コイツをプログラミングして何かに使おうとしているが、それにはまずパスワードが必要になっている。最低でもあんたら二人のうちどっちかはそのパスワードくらい知ってるよな?」
「っは、我々がそんなこと知ってて、簡単に話すとでも本気で思っているのか?」
「お前らのような子供を相手に口を割れる程、大人ってのはそう甘くないのだ」
「お互いが大人か子供かどうかの問題じゃねぇ、立場は俺達の方が上なのは忘れるな。だが、あんたら二人のさっきの雑談を聞く限りじゃ、SIS内でも思うところはあるそうだな。命令に疑問を持つくらいなら素直に吐いたらどうだ?パスワードを」
「「黙れ!我々の中では長官の命令は絶対だ!個人の感情は優先しない!そこの少女は始末しなければならない!」」
「あんたらSISが存在できたのは遥か昔に設立してくれた王族のおかげのはずだろ?なのにそんな奴らがその恩を忘れて王族を襲うとは笑止千万!」
そう。その王族が年前守り続けてくれていた機関を設立させたのがここにいるフィアの前世:エリザベス一世だと言うのに。二人はそうとも知らず、途端に黙秘を始めた。
「ふぅ、ホントにやれやれだ。フィア、しばらく部屋から出てってくれないか?俺はこの二人を喋り易くしないといけないみたいだ」
「?・・・・・・分かったわ」
部屋を追い出された後、フィアは周りを警戒しながら考え込む。
〈ギラは一体どうやってあの二人に情報提供をさせるつもりなのだろうか?私の時代では“魔女狩り”に『引き伸ばし拷問台』とかの拷問器具を使っていたらしいけど。ギラは“前”でも“今”でも現代人だからそんな拷問なんてしないはず・・・・・あれ?でもさっき普通に水バケツをかけて二人を無理矢理起こしてたけど、あれもある意味じゃ拷問に近いものなんじゃ。じゃあ彼でも拷問はできるってことに、どんな拷問を?水の入った桶に逆さに釣って水攻め?石抱責?いや、『郷にいては郷に従え』だからヨーロッパ風に鞭打ちとか、アイアンメイデンとか???〉
こんなにも長く考えてるが、それでも彼女の警戒は怠っていない。だが、ギラがどうやって情報を引き出すのかが気になった結果、部屋をこっそり覗き込む行動に出ることに到達した。
『ああぁん♥だめ・・・・・そこ、あっ♥』
創造したらしきモニターでアブなそうなアニメを見せるギラとまじまじと見ている諜報員二人。
「おお、これが日本の18禁アニメ・・・・・」
「古いのに色褪せることのない作画、これは本物だ・・・・・ゴクリ」
「そうであろう、そうであろう。パスワードを一文字ずつ情報提供してくれるのであれば盛れなく1作品ずつ俺のエロアニメ厳選セレクションを贈呈しようではないか。さあ取引、取引と行こう」
「うぐぐ、これが噂に聞く『ぬしも悪よのぉ』という奴か・・・!さすがは日本人」
「ちゃんと一文字ずつでくれるんだな?1作品ずつ・・・・・あ」
諜報員の一人が入ってきたフィアにようやく気づき、続いてもう一人と俺も女性に見られてはいけないモノを見られて強張ってしまった。
フィアが、無言で近づくと、たった今二人に見せていたDVDのパッケージを拾い、そして口を開いた。
「これ、最初から見せてくれない?両親は絶対ダメだって見せてくれなかったから・・・・・」
彼女は目は、輝いていた。
「「「興味津々かよっ!!!」」」
やはりいつの時代でもそこは気になるか。
その後、大人の取引を何とか成功させて二人からパスワードを聞き出し、ようやく開けたAIの設定覧を長い時間を使って書き換えて、“杉田義羅”と“フィア”に従うよう再プログラミングを施した。
『初めまして、私はウォルシンガムです』
「「な!?」」
フィアと一緒に声を上げてしまうほどびっくりしてしまった。なるほど、たしかにSISの初代長官である彼の名前が活用されるのは当然なのだろうが、ここに生前の彼を知る人物がいて実に気まずいものだな。
「な、名前を変えようか。君は、えっと~・・・・・顔が無いから『カオナシ』、は怒られるか。『アニー』『ウルヴィー』『デップー』『スカぴょん』『スパイディー』『グローグー』・・・・・」
「『ボニータ』は?」
「ボニータ?どこの言語だ、それ?」
「スペイン語で“かわいい”の意味」
「良いのか?フィアにとっちゃ複雑なんじゃ」
「複雑だからこそ良いと思うの。敵国だったからって言語を嫌うのは良いことじゃない」
「・・・・・・・今のセリフ、20世紀の人類に言ってやりたいもんだな。よし、今からお前は『ボニータ』だ」
『了解です。私はボニータ。何かご命令は?』
「まず、これからこのパソコンに差し込むメモリに自分の本体を移すことはできるか?ずっと持ち運んでて面倒なんだ」
『記憶媒体の容量が十分であればいつでも』
「よし」
その時、窓から外の様子を気にしたフィアが一緒に見るよう俺の肩を叩いて誘ってきた。俺も確認すると、ブリテンの軍用車両:CMPトラックが2台も来て中から兵士たちがたくさん出てきた。
「俺達が乗った霊柩車に気づいて追跡してきたんだろうな。あの老槍兵も近づいてきた」
「どうしてわかるの?」
「実はさっきな、一騎打ちの最後にあいつの大身槍の穂先に小さい発信機を付けたんだ。あいつの存在は遠くにいても危険だからな。だから位置を確認できるようにしておいた」
半径10km内に近づくとわかるようになっているレーダー探知機を確認し、動きの速さで何かに乗っていることも見抜いた。
「あいつまたヘリで追ってきてるな。なかなかのしつこさだ、銭形のとっつぁんや初期のエージェント・カラス並みかもな」
「愚痴より、どうやって相手を撒いて逃げるか考えてるの?」
「もう考えてる。またぶっ飛ぶけどな」
兵士たちが場内にいる一般客に外から出るように呼び掛けている間、俺達は屋上へ通ずる全ての通路に罠を仕掛けた。瞬間接着剤やとかを床や階段ににぶっかけ、見えない程細い糸を途中の通りに誰かが来たら転ぶように何本か張り巡らせたりなど。罠の後はここから脱出する為のバリスタの用意だ。またバリスタ?って考えてる読者の君たちに言うからな。今度はもうちょっと手を加えて使うからちゃんと見といた方が良いぜ?五つも創造してるんだから。五台の内三台の準備を完了させたところでヘリが到着した。城の中庭を確認すると、着地したヘリの中から黒装束の男が出てきた。奴だ。早く準備を済ませて脱出しないとまた追い詰められる。残りの二台の準備を終わらせる途中、屋上への入口から色んな叫び声が聞こえてきた。Ouch!とかWhoop!とかが。罠のおかげでやっと準備が整った。次に着地していたヘリの操縦席の窓ガラスを創造した弓矢で狙い、割って視界を悪くしておいた。これでヘリはすぐには離陸できない。一つの発射台に俺とフィアは乗り込み、バリスタから全てを放った。何を放ったかって?それは人類が空を飛ぶことに憧れ、そして自ら飛び出そうとして作り出した数々の飛行機械たちだ。
一つ目は、史上で初めて飛行という問題に科学的な方法で挑んだ人物:レオナルド・ダ・ヴィンチが残した資料を基に、21世紀に入って製作されたグライダーだ。これは東に向かっている。
二つ目は、1857年にフランスの海軍士官:フェリックス・デュ・タンプルにより製作され、世界で初めて飛行に成功した“空飛ぶ蒸気機関車”の模型を倍の大きさにさせたモノ。これは東南東に向かっている。
三つ目は、1903年にウィルバー・ライトとオービル・ライト=通称:ライト兄弟が人類史上初めて飛行を成功させた飛行機『ライト・フライヤー1号』。これは南東に向かっている。
四つ目は、飛行機開発に取り組んでいた日本人:二宮忠八が1891年に制作した『カラス型模型飛行機』を大型化させたモノ。これは南南東に向かっている。
五つ目は、同じく二宮忠八が設計し、21世紀にラジコンで復元された『玉虫型飛行機』を大型化させたモノ。これは南に向かっている。
さて、どれも二つの影が乗ってるけど俺達が乗り込んだ飛行機がどれだか分かる?分かんない?分からなくていいかも。それなら作戦はきっと成功だからな、んじゃ。
だが、ここでギラはたった二つだけミスを犯していた。一つ目は、飛び出した際に他のバリスタで飛行機を飛ばす為のロープと五台のバリスタをすぐに消滅させなかったこと。二つ目は、飛んだ後に消滅させるにしてもタイミングが遅すぎたこと。この二つのミスのせいで一番に屋上に出たクローリンにそのロープを一瞬見られてしまい、どの飛行機に二人が乗っているのかがバレてしまったのだ。
当の本人たちは相手が真っ先に多数の兵士を目的地に送り込まれて自分たちが自ら危険に飛び込もうとしているとも知らずに向かっていった。
オックスフォード大学。ブリテンの王族や歴代のブリテン首相の大部分がこの大学出身だとのこと。影響は自国のみならず海外の首脳にまで及んでいるのだ。例えばオーストラリア首相・ミャンマー国家顧問・ペルー大統領、そして日本の皇族も留学する程だ。これらのこともあって『ここが世界一の大学である』とも言われている。こいつは俺が趣味の過程で知ったことなんだけど、実はここであの映画『ハリー・ポッター』シリーズで有名な大広間・階段・図書館のロケ地として使われたらしいんだ。映画ファンとしては是非とも見てみたい!って一昨日上陸した時は本当に思ってたよ?でもそれが今は叶わなくて本当に残念だ。そんな愚痴をナレーション気味に喋りながら地上の様子を見ている俺だが、もちろん下の状況の変化にも気づいているぞ?
「ねえ、ギラ!様子が変よ!みんな大学の方角からすごい勢いで移動してる!」
たしかに。今大学はまだ学期に入っていない。とはいえ出入りする学生の数は相当なものだ。パークタウンから学生たちがサマータウンに向かって川のように一方通行に移動しているのが分かる。
「城を出た飛行機の方向はバレてるんだ。きっとここにも兵士たちが・・・・」
相手が来ることは予定には入っていた。だけど、早すぎないか?普通なら五つのうち方向がどれなのか戸惑ってもうちょっと対応が遅れるはずなのに。まさかその“どれか”がバレたか?俺の嫌な想像が当たっていることを裏付けるかのように、東のアシュモレアン博物館前で停車した多数の軍用車両からたくさんの兵士たちが流れ込むように大学内に入っていた。
「悪いフィア。当てが外れたみたいだ。お呼びじゃない客がもう来ちまった」
「どうするの?」
「目立つつもりはなかったが、ド派手作戦に変更するしかないみたいだ。銃を構えていてくれ」
俺は飛行をキーブル通り手前の施設上空でやめて着地し、これからのことをフィアに話した。
その頃、クローリンがひびが入って見えない窓ガラスを無理矢理外して一人でヘリを操縦してオックスフォード大学へ向かっている途中、目的地のオックスフォード大学にいる兵士たちと交信していた。
「そっちの状況はどうだ?」
『市民や学生に大学内から順調に退避させてるのですが、対象の少年少女たちが乗っていたと思われる飛行物体がキーブルカレッジ付近で突然姿を消しました。目下捜索中で・・・・・な、何だあれは!?』
「どうした?何が起きた!?」
『き、恐竜です!多分ロボットです!ロボットの恐竜が今、バブリー通りに急に現れました!』
「恐竜・・・・・だと?」
もちろん、それは俺が創造した恐竜ロボットだ。バブリー通りにモデル:ティラノサウルス・アロサウルス・スピノサウルス。ブラックホール通りにモデル:ステゴサウルス・アンキロサウルス・エウオプロケファルス。キーブル通りにモデル:パラサウロロフス・コリトサウルス・ランべオサウルス。パークス通りにモデル:トリケラトプス・スティラコサウルス・セントロサウルス。どれも人を噛み殺したり車を吹っ飛ばすほどの暴れっぷりは見せたりしないが、銃を持った兵士たちを標的にゆっくりとじゃれ付くぐらいの邪魔はできる。兵士たちも対処に困っていき慌てて応援を呼ぼうとし始める。俺達はその混乱に乗じてキーブル・カレッジ、ベリオール・カレッジ、トリニティ・カレッジなどの大学内を円形の防護盾を背負って走り、東のマグダレン橋を抜けてロンドンに向かう為に大学教会を目指した。だが大学内に入っていた兵士たちは囮の恐竜ロボットを出してもまだまだ多かった。どこへ行ってもどのルートに変えても絶え間なく湧いて出てくる。角を曲がる辺りで出くわした数人の兵士たちには、まず閃光手榴弾で視界を遮らせ、ウィンチェスターで麻酔弾を連続射撃で一気に制圧。近距離まで近づいてくる兵士たちには一人一人に砂かけ・小麦粉・催涙スプレー・スライムなどで目潰し、そしてマグナムで麻酔弾もしくは木刀による飛び上がっての剣撃かマジックハンド(物を掴むバージョン)・鎖分銅で足を引っ張って転ばせてからの剣撃でノックアウト。この間、フィアは別の方角から近づいてくる兵士をレミントンで対処、外れまくって接近された場合は俺がマジックハンド(バネでグローブが飛び出すバージョン)・バスケットボールとかで頭に命中させてノックアウト。時にはウィンチェスターが弾切れ・弾詰まりを起こして相手に近づかれた場合は棍棒のように振り回して倒し、また囲んで抑え込まれそうになるもフィアはしゃがみ、俺がフラットフープを創造して周りの兵士たちを弾き飛ばす。長い廊下を走り込む際には“剣と盾作戦”、フィアが防護盾での防御、俺が麻酔弾での攻撃で切り抜ける。一個小隊と遭遇した場合は、通常の4倍の大きさの透明な防護盾を創造し、並んで銃撃してくる兵士たちに二人で雄叫びを上げながら突っ込んで吹き飛ばしていく。各地で戦闘を繰り広げながら進んでいった末に、ボドリアン図書館周辺の庭に辿り着いた。エクスター・カレッジの方角からさらに新たな大部隊がやってくる。
ドオオォォンッ。
スタングレネードで兵士たちの目と耳を一時的に潰し、闇雲に撃てないようにする。そして次は“無痛ガン”の登場だ。
ウイイィィィィダララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララッ。
「くらえ!一分間に3000発のペイント弾を発射可能!約30m先まで標的を捉えることができる、M134ミニガンだ!!」
まあ、電動ガンだけど。光で目をやられた兵士たちにさらにペイント弾で完全に目潰しを一気に施しておくには丁度いい。でもまだだ。教会の両脇からさらなる大部隊が溢れてくる。きっとバブリー通りから来た部隊だろう。抜け道がなくなって少し戸惑うフィアだが、俺の顔を見るなり安心した顔になった。追い詰められたこの状況を笑っていた俺の顔で。
ボールプール。あるところでは使われるボールは10万個程で多数の子供が喜ぶプールになる。さて、そのボールが数千億個も創造したら?答えは“大波”だ。
「C,Close!Close!(ひ、引け!引け!)」
対象を追い詰めたと油断していた部隊が、俺が創造しまくったカラーボールによる大波から必死に逃げ出すも時すでに遅し、全員が飲み込まれていった。彼ら一人一人による恐怖の叫びと時には“ウィルヘルムの叫び”も聞こえた。俺達はサーフボードに乗って上手くカラーボールの波を乗りこなしながら進んだ。キャット・ストリートまで流れ着き、橋へ続く大通りに出ようとした時だった。
「ああっ!」
兵士の一人がフィアのまとめていた金髪を掴んで引っ張っていた。俺はすぐさま左手でマグナムを持ち麻酔弾でその兵士を無力化した。だが、体を後ろに向けたこの一瞬を捉えられたのかもしれない。
ドンビシィッ。
マグナムを落とし、倒れた。引っ張られるように前のめりに。左肩から、鮮血が・・・。
「・・・・・・・・・っか、ああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
痛い。肩から激痛が電撃のように走る。痛すぎる。そうか。俺は、撃たれたんだ。これが“撃たれる”なんだ。生まれて初めて撃たれた。これが銃弾による痛み。物凄く痛い。
「ギラ!・・・・っ!」
俺が痛みに悶え苦しんでいる中、聞こえてきたのは俺の代わりに銃撃を防いでくれているフィアの声だった。そうだ。俺は彼女を守らなければ。だが痛すぎる、左手はすぐに使えないかもしれない・・・・・ってそうじゃない!んなこと考えんな、どアホぉっ!!
「行くぞ!受け取れえぇぇぇ!!」
俺が倒れている間にボールプールから復活した兵士たちがフィアに対する銃撃が強めているのに対し、俺は痛みを紛らわす為もあって少々ヤケクソ気味な叫びと共に大玉を何個も創造して兵士たちに向けて転ばした。兵士たちは逃げ惑い再び大混乱、そして俺は改めて狙撃手が狙えないよう防護盾を背負いフィアを守りながら走った。大通りに出るとFV603サラセンをサイズ調整して創造し、全速力で走らせて逃げた。
ギラをL96A1で狙撃したのは、やはりクローリンだった。彼はガラスが割れて見えなくなっていた窓を無理矢理外し、ブリテン兵士の一人からL96A1を取り上げ、パイロットを押しのけて自分一人で操縦し、ウォリック城からここまで辿り着いていたのだ。少年少女の最終目的地がドーバーにある空軍基地であることを考えて、二人がここで混乱を起こして通過するであろうロンドンへ行くにはマグダレン橋に続く大通りに向かうに違いないとボドリアン図書館のラドクリフ・カメラの屋上で狙撃しようと待ち構えていた。予想は的中、二人は兵士たちを不殺で倒しながらやってきた。だが防護盾による狙撃への対処も怠っていなかった。撃つにしても確実に当てなければ以降は完全に警戒されて命中はできない。仕留めるなら相手の隙を完全に捉えてからだ。そして唯一、少女が長い髪を引っ張られて捕まりかけたのを助けようとした一瞬を彼は見逃さず、7.62mm弾を少年の左肩を貫通させた。これで少年は痛みに耐え切れずに苦しみ悶え少女も死ぬ、と思った。だが少年が悶えたのは少女が銃撃に耐え抜く間のみで獣のように雄叫びを上げ、痛みに耐えながら能力を発動して引き続き少女を守り、そして逃走した。クローリンは侮っていたのだ、少年の覚悟を。
橋もヘディントンも抜けて、途中サラセンからスズキ・ジムニーXGに乗り換えてロンドンへの直行ルートに入った俺達。
俺は左肩の痛みに耐えながらずっと運転していた。失血死だけは逃れようとずっとタオルを巻いているが、流血は止まらずすぐにタオルは真っ赤に染まっていくから何度か新しいタオルに変えていた。
「もういいから運転を代わって!早くその怪我を処置しないと!」
苦しむ表情を見て堪えかねたのか、彼女は以前嫌がっていた車の運転を自ら志願した。
「・・・・・じゃあ、お言葉に甘えて」
フィアに運転席を譲り、助手席に移ると俺は上着を脱いで腕の処置に入った。まず腕をターニケットで縛って血流をコントロールし流血を止める。次に左腕を折りたたんだまま医療用生地で固定した。
「・・・・・・・・最悪だな。ハァ、いけると思ったらこれだよ・・・・・痛ぇ!」
「しっかりして!肩を撃ち抜かれたくらいで人間は死んだりしないから!」
「分かってる分かってるって、今のはモルヒネを打ったからだ」
「投与したことあるの?」
「ない。昔説明動画を視聴してやり方を覚えてただけだ・・・・・ああだんだん効いてきた。気持ちよくなってきたな~」
「・・・・・ごめん」
「何だ?何で謝る?」
「だってさっき私がもたつかなきゃ狙撃されずに・・・・・」
「いいか?“そういうの”は、全部終わってからにするんだ。痛い目に遭ったが、あと数百キロで脱出が完了するんだ。愚痴くらいなら・・・・・ハァ、良いが和みにもならない言葉はやめとくんだ、いいな?」
「・・・・・うん」
ロンドン首相官邸にて。
『オックスフォード大学で部隊は大混乱、マグダレン橋付近で対象を見失いました』
「君らは私に嫌な報告をする為にこの任務に就いてるんだな、どうだ!!!」
スコーンは最後の“どうだ!!!”を大声で怒鳴るとともに机にあったキーボードをガシャン!と投げ飛ばした。首相もいい加減頭にきていた。待望の“イザベル抹殺”報告が届くどころか次から次へと奴らが自分たちが敷いた壁を突破している事態に。
「・・・・・対象の行方は?」
『正確な位置は掴めていませんが予測したところ、そちらのロンドンに向かったのではないかと』
「ではすべての部隊をここに集結させ・・・・・」
首相の指示は最後まで言い切れなかった。彼の携帯が鳴り響いただけではなく、着信相手が『あのお方』からだったからだ。首相はすぐさま着信に応答した。
「はい。何かご指示ですか」
『予定を早めて各地に軍隊を派遣しろ。こうなっては仕方がない。万が一の時には全国民を人質に全世界との交渉の場を設ける準備をしておけ。わかったな?』
「・・・・・は、はい!わかりました!」
午後17時前後。
ロンドンに兵士や様々な軍用車両がはびこっていた。明らかに別の意図で軍隊を出動させているのがわかる。この国を完璧に乗っ取る気だ。わかるとも。王女が脱出に成功した暁に特定はされずとも首謀者がしたことが全世界に明るみになったのでは国民を解放せざるを得ないのだから必死になるのも当然だ。だが軍隊に見張られている日が続くというのはとても辛いだろう、一般人の目には活気どころか落ち着きも無くなってる。だがそれだけじゃない、監視を実行している軍隊でさえも苦い表情をしている。彼らがそんな表情をする理由だってわかる。本来守るべき国民を犯罪者を見つける為とはいえ監視するなんて馬鹿馬鹿し過ぎると。何十年も平和だった国が狂い始めていることにみんなが気づいているのだ。
「こんなロンドン、見たくなかった」
「・・・・・俺もだ」
一見変わってないようで変わってる町をハイドパークの道から見渡す俺たちはそんな感想を零したのだった。
「・・・・・本当に、良いのか?ハァ、俺は・・・・・お前の為に別のルートを、考えてたのに」
「・・・・・・全然良くない。でもあなたの命の方が大事よ、迷っていられない」
二人が見据えるはテムズ川岸に建つ城塞:ロンドン塔。正式名称は『Her Majesty's Royal Palace and Fortress of the Tower of London(女王陛下のロンドン塔の宮殿および要塞)』。
ここをフィアが拒絶する理由は、前世で姉のメアリーが即位していた時代に『トマス・ワイアットの反乱』が起き、それに伴って自分に反逆の疑惑がかかったことで投獄されたことだけではなく、彼女の母:アン・ブーリン王妃も反逆の罪に問われてついには斬首刑にされた場所でもあるからだ。
侵入路として、テムズ川に沿って埋められた元外堀にこっそり入り城壁の小壁体に縄を引っ掛け、滑車の原理を使う体で重り用の鉄の取っ手をあらかじめ先端に輪を作っていた縄に通されるように上で創造し、鉄は落ちて縄に掴まっていた俺達は反動で一気に城壁を上る。途中フィアは『TRAITORS GATE(反逆者の門)』の水門を見て一瞬物思いにふけたが、すぐに切り替えて誰も見てないうちにもう一つの城壁を同じ方法で上った。ここの城壁に隣接している建物の名前は『クイーンズ・ハウス』。元々はフィアにとって最初の父親ヘンリー八世がアン・ブーリンと結婚する前に彼女のために建てた家だった。しかし皮肉なことに二年後彼女を幽閉する為にここが使われることになってしまい、以降も高貴な人物が投獄されるとここに入れられていったそうだ。もちろん、フィアの前世:エリザベス一世もその一人に含まれている。中に入ってからは彼女に案内されるまま部屋に忍び込み、俺達はここで夜を明かすことにした。
「まさか、ここに戻ってくることになるなんてね。500年前は疑惑が確定したら私を処刑する為の場所だったわ。でも今じゃ私たちを守ってくれる為の場所に。状況によって物事の印象って変わるものなのね」
「・・・・・そうだな。フィアの時代には恐ろしい監獄だっただろうが・・・・・・・ハァ、俺や夏目漱石にとっては観光所として成り立っている現在で世界遺産の一つ、美しい城塞に過ぎないしな。さらには『スパイダーマン ファーフロムホーム』の最後の舞台にも使われたからな。ジョン・ファヴローの演技も本当に良かった。ああ『アイアンマン』『マンダロリアン』大好きですよ☆」
「映画のことになると本当に口数が増えるわね」
「だって好きだもん」
俺達は創造した椅子に座り、しばらくはお互いに喋らなかった。俺は自分の怪我の具合を見てたり、時々大量に出血した分を取り戻そうと1mLずつ輸血の為に注射器を打ったりしていた。俺がそれを3度目にやり終えた直後に突然彼女が妙なことを言い出した。
「・・・・・・・ねえギラ、ハサミを貸してくれない?」
始めはフィアの言う通りにハサミを創造して渡したが、途中嫌の想像が頭をよぎったのでハサミを持った彼女の手を掴んで止めた。
「妙な気は、起こすなよ?」
「心配しないで、髪を切りたいの。日本では“断髪”って言って過去との決別の意味を込めて髪を切ることがあるでしょ?それに今日、この長い髪のせいであなたが怪我をさせてしまった。こんな髪、切らないと今後も邪魔になるだけだと思う」
俺はフィアを信じて手を離した。彼女は自分の纏めていた髪を掴みリボンを解き、肩に掛かるか掛からないか位の長さの箇所をハサミでジョキジョキと切っていった。だが彼女の表情を見て、気落ちしてるのが分かる。諦観の念が出始めているのだろう。原因は言うまでもなく俺が狙撃されたことだ。断髪の間、俺は彼女の為に部屋の壁際に大きな桶にカーテン付きのシャワーを用意しておいた。
「先に風呂に入ってきな。明日も早い。日の出前にはここを出る」
そして着替えの服とタオルも手渡した。
「・・・・・わかったわ」
フィアが着替え類を受け取り、カーテンの中へ入るのを確認すると、俺は明日の為の根回しを用意し始めた。まず紙・鉛筆・机・椅子を創造し、あることを書き記す。次にパソコン・印刷機を創造し、ボニータを入れたフラッシュメモリーを接続した。
「ボニータ、起きてるか?」
『今、起きました』
「音声認識システム回路をフル回転してくれよ。お前さんに初仕事だ。今から俺が声に出して喋る内容を記録して文章にし、そこの印刷機で10枚の紙にコピーして欲しいんだ」
『了解です』
ボニータに書き上げた文章を全て読み聞かせ、10枚のコピーが完了した頃にはもう日は沈んでいた。シャワーの音もいつの間にか消えていた。代わりにカーテンが開く音がした。
「よしフィア。これからこの紙を・・・・・」
言葉は最後までは口から出なかった。逆に呑み込んでしまったのだ。理由は彼女が、タオル一枚というあられもない姿で桶から出てきたからだ。
「何のつもりだ?」
もう外は夜になっていて、彼女の体をはっきりと確認はできないが一応目を逸らしながら彼女に質問した。
「・・・・・お願い。私を抱いて」
「待ってくれ。俺はこういうのを知っている。今みたいな危機的状況下で生じた緊張感が行動を共にしている異性への恋愛感情と誤認しやすいんだ。そういうのを・・・・・」
「『吊り橋効果』でしょ?知ってる」
「なら早く服を着てくれ。いくら100年生きたからってその体を完全に無視することはできん。その“気持ち”はまt・・・」
「“間違いだ”なんて、絶対に言わないで」
大声ではなかったが彼女の言葉には重みがあり、俺は圧倒されたじろいでしまった。
「私の命はコーネルたちのおかげであるわ。そして二人の護衛官の犠牲もあってなんとかエディンバラから出ることができた。でも、その先からは遅かれ早かれ死に急いでいたと思う。そんな絶望してた私の心を覆してくれたのが、あなただったのよ。私の心はもう、あなたナシじゃもたない」
フィアは近づいてくる。ちょうど窓の近くにいた俺に近づくにつれ、月明かりによって彼女の肌が照らされていく。それに合わすかのように彼女自身タオルを押さえてた手を外し、手を伸ばして俺に触れられる距離で止まった時にはもう完全に一糸まとわない姿に変貌していた。
「受け取っても良い。跳ね除けたって良い。だから言わせて・・・・・・・・・私は、あなたを愛してる」
「・・・・・・・フィア、お前は大事な人だ。けど俺は、お前を愛してない。俺は兵士で、お前は王女だ。昨日言ったように別の人に・・・・・ん!?」
話を言い終わらないうちに俺の口は強制的に閉ざされた。涙を流していたフィアの口によって。2、3秒程唇を重ねて、離した後にこう続けた。
「2度目でも構わない。私の愛はもうあなただけのモノ。この口づけはその為の“誓い”よ」
「・・・・・・・それでも俺の心は揺るがないからな。今のフィアに揺らぐのは合法ペドフィリアだけだ」
「じゃあ体的には同じでも精神年齢的には離れすぎている女の子に惚れてるギラもペドフィリアね」
「はっ、まずい!犯罪者になる!あ、もうなってたか」
彼女はタオルを拾い、カーテンの奥に置いてあったパジャマを着始めた。
「ところで、何でタオルを落とした?」
「どうせ最後になるなら、あなたの体に沈めたかったから・・・・・かな♥」
「悪いがこういう時にヤるのは死亡フラグだから俺はしない」
「それって、全部が終わった後だったら良かったの?」
「いや、絵面的にもヤバいと思うからやっぱダメ」
気まずい空気が流れたあと、ボニータによる失礼な気遣いで少し和んだ。
『先ほどまでの会話、一応記録しましたが、メモリに保存しますか?』
「「すぐ消して!早く!」」
その後、フィアに手伝って貰おうとしていた作業を始めた。文章が書かれた10枚の紙を折りたたんで創造したパラシュート付きの小さい紙袋に入れるのは一人じゃ時間が掛かり過ぎるからな。どうするかって?それらの数に合わせた小型飛行機で屋上から自動操縦で飛ばすんだ。行先は南東、フランスのパリだ。飛行機のモデルは三菱零式艦上戦闘機五二型・F6Fヘルキャット・F4Fワイルドキャット・TBFアヴェンジャー・P-51マスタング・スピットファイアMkVB・ハリケーンMkIA・メッサーシュミットBf109・Ju87シュトゥーカ・Fw190ヴュルガーの10機だ。どの機体も平均時速400kmで1分おきに順番に飛ばす。今の時間は午後。だから22時30分までには全てパリに届くだろう。
「ねえギラ。さっきの文章を読んでて思いついたんだけど。一つ頼まれてくれないかな」
「・・・・・フィアが主君なんだからさっきの“フラグ”のこと以外の命令ならちゃんと聞く」
「我がままな家来ね」
10機の小型飛行機は無事離陸し、パリへ向けて飛んで行った。各機体にはパラシュート付き紙袋をパリ上空に到達したら自動的に落としてくれるとかそんな都合の良い仕掛けはない。だからギラが計算してこのロンドン塔から飛ばしパリに着くであろう約50分後に機体を飛ばしたように1分おきに消滅させることで中身のパラシュート付き紙袋を落とす算段だ。中にはパラシュートが開かずに年寄りの落ちた紙袋もあったり。紙の内容は英語で書かれ、次の通りだった。
『ここに書かれていることを、どれだけの人々が信じてくれるか自分には想像できません。しかしそれでも、最悪の場合を踏まえて、この島で起きていることをこの紙に全て告発します。皇太子夫妻がテロリストによる暗殺ではありません。政府によって謀殺されたのです。今、立憲君主国家:グレートブリテン王国は一時的に崩壊しています。しかし、フィア王女は幸いあの爆破から逃れることができ、今もご存命です。政府は王女が生きていることを知ると即座に指名手配し、彼女を爆破テロ主犯に仕立て上げ、現在も王女を始末してしまおうと動いています。その為町には任務に気乗りしない兵士たちが徘徊し、同封した写真のように市民が見張られていて、まるで外国の軍に占領されているかのような光景になっています。ここからはフランス政府とそちらにいますヴァレリー女王陛下にお伝えします。自分と王女はこの後、ドーバー海峡を越えてフランスへの亡命を図ろうと考えています。どうか、カレー沖に海上憲兵隊の配備の要請をお願いしたいのです。王女が生きて逃げ延びる為にはあなたがたの協力が不可欠なのです。フィア王女は、唯一の生き証人なのです。王女が生き残らなければ、グレートブリテン王国復活の見込みは消え、島は何十年も独裁国家に変貌したままになってしまいます。自分はこの紙に書き記したことを命に懸けて誓います。必ずやフィア王女を連れ、ドーバー海峡を越えます。私は正義・自由・平和を愛する人類の一人です。これを読んで信じてくれるあなたは、自分と王女にとっての、“ヒーロー”です』
エリゼ宮殿にてフランス訪問中のヴァレリー女王は、フランス国民が拾いネット上にアップしたその手紙の画像をタブレット端末で読み上げると部屋のテーブルに置き、傍で聞いていたフランス大統領:アロイス・バルテ氏に向き直った。
「大統領閣下。元グレートブリテン王国を代表して頼みが・・・・・」
「やるべきことは分かっています女王陛下。貴国の“希望”を我が国と一緒に救いましょう」
このメッセージ文の反響はフランスからだけじゃなく、世界中の各地から発せられていた。次の合言葉と共に。
『ブリテンの王女と守護者を見捨てるな!』
場所は戻ってロンドン塔。時間は午後22時直前で外ではロンドン塔の門を全て閉じる伝統の行事『鍵の儀式』がトランペットによるファンファーレと共に行われていた。そのファンファーレを俺はクイーンズ・ハウスの一室で聴きながらベッドですでに寝ているフィアの隣でシャツを脱ぎ、左肩にある人生初めての銃創を眺めていた。出血は止まっているし、さっきから時々輸血もしてる。貫通はしていたものの骨は砕かれてなかったようで痛みはあるが腕を動かすことができた。本当は医療プロに診てもらうべきなんだろうが、そんな人間近くにはいないし、昼間のSIS諜報員みたいに医療関係者を攫う余裕もない。後遺症だけは残らないと良いが。正直この銃創のせいで生きてこの島から出る自信がさらに削られているようで嫌な気分だ。“大義”の為に起こした行動が、逆に自分の命を脅かしている。ある人が言った『他に選択肢があるはず』だと。だが俺はこの道を突き進んだ。その道に間違いはない、これだけは言える。・・・・・でもやっぱり恐怖はあるものですね、マスター・ヨーダ。
ロンドンの別の地区ではとある宿屋の部屋に入り灯りをつける者がいた。クローリンだ。
「おじいちゃん!」
部屋の奥からは、クローリンが追っていた対象の少年少女と同じくらいの歳の黒髪を伸ばした子が彼の帰りを出迎えてくれていた。
「やっとかえってきた。きのうはなんでかえらなかったの?」
「いや~ね?今回任された仕事が思ったよりも難関だったもんでね~。それにじいちゃんこのあとすぐにまた出かけないといけないから」
「なんで?」
「明日は何が起こっても絶対に昼には帰ってくるから。そしたら二人でバッキンガム宮殿に行こうな~泉」
「うん!」
午前4時30分。クイーンズ・ハウスにてすでに起きていた俺とフィアは身支度を進ませていた。俺はカジュアルパンツを、フィアは短パンを、各々に合わせて創造したブーツを、防弾チョッキを、リボルバーを、麻酔弾をあらかじめ付けたスピードローダーを、ショットガンを。そして俺だけは赤い鉢巻をおでこにあてて締めた、精神の統一と気合の向上の為に。赤いと言えば日本とブリテンの国旗にも同じ赤があるが意味は違う。日本は太陽を、ブリテンは竜殺しの聖人:ゲオルギウスの血を表しているそうだ。それでも共通する意味で言えばどっちも誇りある象徴なのは間違いない。こじつけかもしれないが、俺はこの二つの誇りを背負って彼女を生きてこの島から脱出させるんだ。この2、3日大きなプレッシャーが俺の肩にかかっていたが今日はそれよりもっと大きなプレッシャーがかかる。今世紀始まって以来の大事件を自分で起こそうとしているのだから。さあ行こう。
タワーブリッジ手前でトヨタ・FJクルーザーを創造して乗り込み、中でパソコンを通してボニータに昨夜頼んでおいたモノの準備を進めて、実行に必要なUHFアンテナの小型版を創造して後部座席においた。そしてパソコンとコードを繋いで接続。
「どうだ?ボニータ」
『“準備良し”です』
フィアと頷き合って意を決し、ボニータに指示した。
「“暁”を放て」
まだ夜が明けていないブリテン、午前5時前後。
ブリテン全部の町に軍隊が夜通し出動し、どの家もどの建物も見張っていた。理由は『あの指名手配犯:イザベルが協力者の日本人少年と共に海外への逃亡を諦めて国内を逃げ回る可能性がある為』である。もちろんそんなこじつけな理由を付けたのはスコーン首相だ。
そんな中、テレビ放送が割り込まれ、様々なブリテンの歴史に関する資料画像・人物像・写真が出る背景の一つの動画が流れ出したのだ。民間人も警察官も軍人も関係ない国中の起きている人々が家で、車内で、バス内で、電車内で、ネットカフェで、病院内で、放送局で、大通りで、中心街で、テレビ・モニター映像・ホログラムプロジェクタースクリーンに釘付けになった。中には寝ている子供や夫、妻、年寄りを起こしてまで見せようとする家庭もあったり、バスの運転手も客に止めるようせがまれて道路脇に停車するほどに、映像に夢中になっていたのだ。その映像に載せられた文章は英語で書かれていて、内容は次の通りだった。
『かつて、この国も数々の国王により支配された上で成り立っていました。その中には国民たちに名君として称えられた人物もいます。しかし良き時代は主君によっては長続きしない、ならば自分たち国民が決めていくべきだと!より良い政治を!自分たちで!その考えを唱え、確立させたのがこの国で生まれた哲学者:ジョン・ロックです。彼の考えの下でつい先日までブリテンの人民政治は為されてきました。しかし、周りをよく見て下さい!今またその自由が抑圧され、奪われています!そしてそのことは実行している警察・兵士の方々も気づいてるはずです!そうでしょう!こんなの間違っている!“平穏”ではありません!皆さんがそう考えていることが分かる自分はこの国が好きなんです。人権を生み出してくれたこの国が無ければ今の世界は生まれませんでした。皆さんは幼ければ若くもあり、年老いてもいます。頑固でも哀れでもあります。そんな誰もが世界に挑戦できる将来大物になれる可能性を秘めています。あなたがたに泥(抑圧)も血(武力)も似合いません。血の色は赤。赤は国旗だけでなびかせましょう!英国紳士であれ!そして自由であれ!狂った官府の度肝を抜きましょう!ここで生まれた、この曲と共に!』
ドンドンチャッ、ドンドンチャッ、ドンドンチャッ、ドンドンチャッ、ドンドンチャッ、ドンドンチャッ、ドンドンチャッ、ドンドンチャッ。
最初は多数の町中・・・・・いや、グレートブリテン島中のテレビのスピーカーからそのリズムが鳴り響いて2、3回目頃にはスピーカーだけじゃなく、家・車・バス・電車・病院・放送局・大通り・中心街の床・アスファルト・地面で人々が行う足踏みと手拍子も加わった。いや、呑み込んだというべきか。映像に出てくる歌詞を頼りにするかもしくは個々で覚えている記憶を頼りに人々全員が歌い始めた。ある一家は家の外に出て近所の人を集めてより合唱を確かなものに。軍隊も、動画の文章を読んで自分たちが装備している銃火器類を見るなり次々と捨て始めた。それもまるで曲のリズムに合わせているかのように落としていき、そして民間人とも肩を組んで合唱に加わっていった。諜報員は合唱に加わることはなかったがわずかに数名、耳に付けていた諜報活動に不可欠な無線機を自ら外していた。都・市・町・村、さらにはたったの一軒家からも合唱が響いて、大地が、島が、地震もないグレートブリテン島が史上で初めて揺れているようにも感じ取れる。騒音とも呼べるこの騒ぎ、だが誰がこれを責めようか。責められるものではない。なぜならばこれが!グレートブリテン王国人民たちの“答え”なのだから!
「ははーっ!こいつは大当たりだな!ツキが回ってきたぁ!!」
トヨタ・FJクルーザーを運転し、予想以上の反響に変なテンションになっていた俺。
「兵士たちはみんな送り出してくれてる。でも諜報員たちは数人だけしか・・・・・」
「あの組織はガッチガチに指揮系統が整われてんだ。個人の感情を簡単に優先できるお役所仕事をするところじゃねえからな。そもそもあの動画の効果を頼って脱出を実行してるワケでもねえからな。けど、想像を遥かに上回る効果が出たもんだ。心が通じてくれたみたいで嬉しいねぇ全く!これぞ“人類”だな!」
「諜報員だけでも武装して待ち構えてる。基地に入るにしても絶対警戒されてるわ。それでも行くの?」
「あそこを吹っ飛ばさない限り、俺達ドーバー海峡横断中に撃ち落とされかねない。それに映画で習った“恐怖には向かって行け”って」
「それ、役に立つと思う?」
「一般人には役に立たないと思うぞ?けどな、俺たちゃもう犯罪者だ。俺達にかかりゃあ役に立つ可能性はゼロにはならねえ。ここまで来たんだ、この四日間に即興でやってのけたこと全部を使ってでも乗り越えてやるさ。それより基地が見えてきた。サーモグラフィーで中を確認してくれないか」
サーモグラフィーを創造して手渡し、フィアは言われた通りに基地の方向を見通した。
「まあすごい。基地の空軍兵たちも協力してくれてるみたい。見て!12時の方向を!」
フィアに言われて遠くを見てみると、基地から人の行列ができていてこっちを見ながら行進みたいなことをしていた。空軍兵たちも整備士たちも上官らしき人物もみんな今だ流れているあの曲のリズムを足と手で刻んでいたのだ。
「ありがたい。これで遠慮なく戦闘機類を爆破できる・・・・・・っておいおい至近ゲームはよせよ。ハリウッド映画じゃねぇんだぞ」
俺が言ったのは、北の方から割り込んできた装甲車3台が猛スピードで並走して俺達の行く手を阻もうとしていることだ。
「私たちをまとめて潰す気よ!」
「空振りにしてやるさ!」
装甲車たちと接触するかしないかぐらいの距離のところでハンドルを右に回して、そのまま基地の壁を越えれる道板を創造して架けた。検問所を抜けまくった時みたいに車を空中に飛び出させまた途中で車体を消滅させて今度はトランポリンを3つ創造してポンッポンッポンとバウンドさせて勢いを殺し無事着地することができた。基地内を見渡すとすぐ手前にユーロファイター・タイフーンEF-2000が6機並び、そして倉庫の中にF-35が見え隠れしているのが分かる。だが面倒なことにその倉庫が俺達から見て一番左奥の方にあったのだ。
「まずヘリに爆薬を仕掛けながら倉庫に向かおう!」
「OK!」
走りながらフィアと一緒に一機ずつ操縦席に受信機付き爆薬を放り込みながら倉庫入口手前までに辿り着いた。
「ここにも爆弾を?」
「時間がない。要はこいつら戦闘機が倉庫から出られないようにすれば良いだけだ」
俺はそう言ってグレネードランチャーを創造して入口付近にあったF-35のエンジンを狙って発射した。
ポンッドオオオォォォォン!!
「これで行ける・・・・・!」
あの動画になびかなかった諜報員たち、さらには犬型ロボットたちもようやく追いついてきたようで、さっそく俺達に向けて撃ってきた。
「あともう少しなんだ!タイフーン近くの滑走路まで走れ!」
「わかった!」
各二人で二種類の防護盾を背負いそして持って銃撃を防ぎながら基地の西側に向かって走り出した。だが俺はここでマズいことを今更思い出してしまった。しまった!あいつは!?そしてあのレーダー探知機をポケットから出したが、もう時すでに遅しだったんだ。
ドンビシィッ。
昨日のボドリアン図書館周辺での俺と同じように今度はフィアが足を撃ち抜かれ倒されてしまった。俺はすぐさま半球状の防護盾を7倍の大きさにして倒れた彼女と共に覆いかぶさるように地面に置いた。銃弾は基地の出入口からにいる諜報員たちからだけじゃなく、俺達の背後にそびえ立っている管制塔の窓からもだった。目を凝らして確認すると、やはりそこにあの老槍兵がいた。
「・・・・・・・あ・・・・・・・ああ・・・・・・」
フィアはなんとか痛みに耐えようと悶えている。無茶だ。彼女も生まれ変わり人間だが、俺と同じ初めての銃撃による痛みなんか耐えられるはずもない。誰だってそうだ。しかも人類のほとんどがそうである利き足を撃たれたんだ。もう自力で走るのは困難だろう。手当てをしている暇を相手がくれるワケもない。ではどうする?肩を貸して走る?こんな状況でそれは安定が長く続かない。俺が背負うしかない。彼女の何もかもを。急いで俺は邪魔な防弾チョッキを脱いで彼女を創造したロープでしっかりと結び亀の甲羅の容量で彼女ごと俺の背中を守れる防弾盾を背負った。次にあらかじめ半球形防護盾の中心に開けていた直径85mmの穴からL16 81mm迫撃砲を出して自分とフィアの目を塞いでから発射させた、閃光弾を。空から放たれた閃光に目をやられた諜報員たちを確認してから俺は防護盾を消滅させて走り出した。管制塔からの狙撃をものともせずに全速力で。視界ゼロでしどろもどろに動く諜報員たちを転がした丸太でこかしてからウィンチェスターで麻酔弾を撃っていく。次に2体の犬型ロボットをハンマーで横薙ぎに叩き壊し、視力が戻ってきた諜報員たちによる銃撃を片手での防護盾で守りながら突入し木刀で倒していく。左肩がまた痛みだした。傷が開いたかもと思ったその時!
ビシュッ。
「いい゛っ!?」
また後ろから狙撃された。今度は掠っただけだが俺がバランスを崩してこけるには十分だった。痛い。弾が掠っての出血だけじゃなく、膝も大きく擦り剝いてさらに出血した。左肩の包帯からも血が滲んでいた。今がチャンスと抑え込もうと囲んできた諜報員たちだったが、
「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
〈掠ったから何だ!彼女はもっと痛いんだ!こんなの気合で跳ね除けてやる!!〉
近づいてきた諜報員たちを俺が吠えながら木刀で一閃、犬型ロボットたちにはマグナム弾・スラグ弾を撃ち込み、相手の足を蹴り、相手をこかし、飛び掛かって殴り、木刀で腹に一本突き・薙ぎ払い、暴れに暴れながら走った。左肩や足の痛みも忘れて吠えまくった、獅子のように。自分でも顔がどうなっているのかわからなかったが、暴れる俺を見て恐怖を感じたのか数名の相手が逃げ出すのも見えた。タイフーンを跳び箱の踏み台を創造していく要領で飛び越えて、やっとのことで仕掛けた爆弾による被爆範囲から抜け出し、まだ追ってくる諜報員たちに起爆スイッチをチラ見せし、自分たちが通り抜けようとしている機体が全部吹き飛ぶことに気づかせた。彼らが逃げ出すのを確認し、数秒待った後に起爆スイッチを押した。
ドドドドドドオオオォォォォン!!!
爆風で俺達も少し飛ばされてこけてしまったが、すぐさま立ち直り滑走路の西側まで走り切り、零式艦上戦闘機二甲型を創造、操縦席にフィアを先に乗せていつでも銃弾が降ってきても当たらないよう防護盾で固めておく。零戦のエンジンを動かすには本来整備員によるプロペラの手回しが必要だ。今だけじゃなくいつもそんな都合の良いことをしてくれる人間はいない、例え家族だとしても。だから俺はいつも零戦のプロペラを歯の多い歯車を創造し、操縦席からロープを引っ張ってプロペラを回してエンジン始動用の電源を入れているのだ。普段なら細やかな確認事項をやりながら離陸準備・上昇をするが今は一刻を争う事態だからすっ飛ばすしかない。いつもの手順をやってエンジンがかかったのを確認すると窓を閉め、安全ベルトをして右足で操縦桿を手前に巻き込んで零戦を上昇する態勢にする。ブレーキを一杯に踏んで左横にあるスロットを一杯に開いてエンジンの出力が2000/mpsになったかを確認していると、爆発した戦闘機類を避けて遠回りしてきた数名の諜報員たちが手にしたグロック17やベネリM4スーペル90の射程内に入った俺達に向けてきた。おいおい、これから離陸だってのに!と、俺は焦って機体を飛ばそうとする。
そんな時、東の方から朝日の光が基地に差し込み、俺達を狙って撃とうとしていた諜報員たちがその眩しさに耐えられず、目を瞑り引き金を引く寸前で止めていた。俺は何故奴らは撃ってこないんだ?と不思議に思いながらも零戦のスロットルを全開にして走らせ、操縦桿を前に押し倒して機体を水平飛行にさせる。機体が水平になったら操縦桿の前倒しをやめ、速度計の針が規定離陸速度の150kmに差し示すのを見ると俺は操縦桿を引いて機体を上昇させるのに成功した。よっしゃ、これで・・・・・。
カンカカンッバスッ。
機体に鉛の塊が当たる音と前部のどこかに入り込んだ音がした。まさか、奴らエンジンを!?嫌な予想が的中し、バラッバラララッとエンジンの調子がおかしくなり、機体が煙を吐きながら傾き始めた。俺は4、5分前に自分で言ったことを思い出しながら叫んだ。
「くそっ!海峡横断じゃなくて離陸途中にかよ!」
なんとか機体を安定させて、どこかに不時着をと風防の外を覗くと目の前に海岸が見えた。そこへ行こうと操縦桿をゆっくりと右前に倒した。零戦が地面に向かって突っ込むのを見計らって後ろにいるフィアを抱き寄せ、そして機体を消滅させて俺達は空中に投げ出された。落ちた場所がどこなのかはすぐにわかった。『ドーバーの白い崖』の上だ。フィアは多分大丈夫だ。エア遊具・ドームタイプのモデル:鍋に入るようにしておいたから。だが俺は無事じゃ済まなそうだ。エア遊具の端に掠っただけの反動軽減だったし地面にぶつかった時受け身に失敗したのが自分でよーく分かっていたからだ。
「あだっ!!」
うつ伏せになっていた自分の体を動かそうとしただけで痛かった。左足が痛い。これは多分骨折してる可能性がある。ということは俺ももうまともに歩けなさそうだ。左肩も痛いが顔を動かして辺りを見てみる。すると、かなり距離はあるが俺達が飛び立った基地の方から太陽の光もだがキラキラと光りを放つものが近づいてきている。きっとパトカーだろうな。もう零戦も飛ばせる滑走路もない。ここは地盤が緩いし若干斜面だしそれ以前に自分の体が駄目だ。飛ばすこともエンジンをかけることもできない。色んな思考を抱えながらも、エア遊具の空気が抜けてゆっくりと横たわるフィアを見た。
「・・・・・フィア」
いや、諦めるものか。すぐ近くはもう海だ。まだ望みは消えていない。俺は動かせる腕を使って地面を這いずってまで彼女の近くに来ると、
「・・・・・もう、置いていって。最後の命令ぐらい聞いて・・・・・」
フィアは涙を流しながら連れようとする俺の手を引き剥がそうとする。だが俺はそんな彼女の体を無理矢理引っ張り上げ、右足の力でなんとか立たせた。
「・・・・・ハァ、前言撤回。お前の命令は聞けないな・・・・・俺は主君への誓いを破る、反逆者だよ」
手はある。崖から飛び降りてエンド~じゃなくて!ウイングスーツやらグライダーやらパラグライダーでもいい、とにかく海に逃げ込めば船でも創造して飛ばす。途中で戦闘機に狙われるのも覚悟の上でやるしかない。お互いに足を怪我しているからゆっくりずつしか進めないがなんとしてでも奴らが来る前に飛び出さないければと急いでいた。すると目の前に、SA330ピューマが突然崖の下から上昇して姿を現した。待ち構えていた?俺はもう“ついに年貢の納め時か”と一瞬絶望しかけた。ところがだ。そのヘリにはパイロットしかいないしドアが開けられていたからすぐに妙だと気づいた。
「Come with me if you wanna live!!(死にたくなかったら一緒に来い!!)」
若い黒人のパイロットが窓を開けるなり大声で俺達に乗るように誘ってきた。ヘリに飛び乗れるように崖に近づけてもいる。どう見てもブリテン空軍所属のパイロットだ。何故俺達を?罠か?極限状態だったので色んな思考がぐちゃぐちゃになっていたが、パイロットの次の言葉で俺の頭は吹っ切れた。
「Now!Samurai!(急げ!サムライ!)」
俺のことを“サムライ”と呼ぶ奴に悪い奴はいない。今作ったけどそうに違いない。俺たちは利き足じゃない右足で最後の力を振り絞ってヘリに飛び乗った。パイロットはそれを確認すると早急にヘリを南へ傾けさせた。その時丁度に、ローターの音で聞こえづらく奴らの車が追い付いてきたのか拳銃による発砲音が聞こえてきた。何発かはカンカンと当たったみたいだが流石にエンジンには当てられなかったようで、無事に島を脱出することはできた。
大通りでは人々がまだ大騒ぎ中のロンドンでは、対象のイザベルたちが突然現れたヘリに乗って飛び去ったという聞きたくもなかった状況報告を諜報員の一人から受けていたスコーン首相が執務室の机を叩いていた。
「何をやっているんだ!たかが少年少女を一人も殺せないどころかヘリで逃げ始めたとはどこまで無能なのだ!!貴様らそれでも諜報機関か!?」
『報告によると、ノーソルト基地から無断発進したヘリがいたとのこと・・・・・』
「そんな言い訳が立つとでも思っているのか!?一体何がどうなっている!あんな動画如きで心を動かす軍隊もどうかしてる!おかげで基地の空軍兵に指示していた罠が台無しだ!!早くそのヘリを撃ち落とせ!海外へ逃げられたらもう手出しできないんだぞ!!戦闘機でも何でも良い!!殺せ!!殺すのだ!!」
海峡を飛行しているSA330ピューマでは。
「Who are you!(あんた誰だ!)」
「One of the humans who responded to your "voice"!(君らの“声”に応えた人間の一人だ!)」
「Anyway thank you.(とにかくありがとう。)You are "Little John" for me.(あんたは俺にとっての“リトル・ジョン”だよ。)Raise the maximum speed to the limit of 257km!(最大速度257km限界まで上げてくれ!)We should be off the coast of Curry in 7 or 8 minutes!(7、8分でカレー沖に着けるはずだ!)」
F-35が一番近いノーソルト空軍基地から出動して海峡まで来るのがたったの約3分!あとはもう、出動要請とF-35が離陸にかかる時間が5分以上であることとヴァレリー女王とフランス政府が例のメッセージを信じて海上憲兵隊を配備してくれていることを祈るしかない。それから全速力で逃げること5分、水平線の向こう側に何かが見え始めたのだ。船だ!フォルバン級・カサール級・アキテーヌ級・ジョルジュ・レイグ級の駆逐艦が勢揃い、しかもあのシャルル・ド・ゴール原子力空母まで出動していた。なんという景観だろう。俺が送ったメッセージをフランス政府は信じてくれたみたいで良かった。もう安心と思ったのも束の間だった。
「来た!F-35よ!」
足を引きずりながらも右後ろから後方の警戒していたフィアが大声で知らせてきた。俺も左後ろから見て確認した。ヘリのローターもうるさかったがそれ以上にF-35の音がうるさくまだ数キロはあるはずなのに俺の耳にはっきりと聞こえてきた。ここまで来れたんだ。危険な懸けに出るしかない。ランチャーとRR-129を創造して準備を急いだ。
「何をする気なの!?」
「いつミサイルが飛んできてもおかしくない!チャフを撃ち続けてできるだけ壁を張り続ける!Jake!Leave the course as it is!(ジェイク!コースをそのまま!)Leave it to the defense!(守りは任せろ!)」
ランチャーで発射させては再装填、発射させては再装填を無我夢中に続けて後方にチャフを大量に放った。ドカンッと何かが炸裂した音が聞こえた。きっとF-35が発射させたミサイルがチャフのおかげで途中爆発したのだろう。このまま続ければ・・・・・。
ダダダダダダダダッ!カンッカカンカンカンカンッバスッ!
油断してた。F-35のパイロットは搭載しているを撃ってきたんだ。機体が安定を失って大きく揺れる。俺もランチャーを撃つ余裕もなくなってフィアと一緒に機体から放り出されないようしがみついていた。操縦席からはアラーム音が鳴っていた。
「Jake!(ジェイク!)Is it safe!(無事か!)」
「I'm fine!(俺は大丈夫だ!)But the engine was killed!(けどエンジンをやられた!)I can't control it!(制御できない!)」
〈くそっ、船団は目と鼻の先なのに・・・・・っは!〉
俺が張っていたチャフの壁はもう消えていた。F-35は滑空飛行でグルグル回る俺達のヘリコプターにもうロックオンしていた。
バシュッル~ルルルルルドオオォォォン!!!
海上憲兵隊の船団の中には、民間の報道用クルーザーもいた。そこに乗っていた報道者たちが目とカメラで捉えた光景は信じ難いものだった。昨日の夜から世界中を騒がせていたメッセージ文の送り主は嘘つきではなかった、大ぼら吹きではなかった。なのにフィア王女を乗っていたと思しきヘリが数メートル先でブリテンの戦闘機によって無残にも撃墜され、その残骸は海へと落ちていった。生存を確認する気にもなれず各艦艇の情報発信係員が気落ちしながらも司令部に悲しい報告をしていた。
「Hé, attends! Regardez!(おい、待て!見ろ!)」
一人の憲兵が海の中で何かがこっちに来るのを見つけ、慌てて大声で騒ぎだした。彼が指を差した方向の海に報道マンも含めて全員が注目すると、海面が盛り上がり黒光りした何かが姿を現したのだ。「潜水艇!?」と間違える者もいたが、潜水艇ではなかった。それは『回天』、太平洋戦争時代に大日本帝国海軍が開発した人間魚雷であった。なぜこんなものがここに?とその場の誰もがそう考えていると、上部のハッチがこじ開けられ中から誰かが出てきた。黒人の兵士だ!彼は中から金髪の少女を抱えたまま・・・・・いや、フィア王女だ!間違いない!!次には黒髪の少年も引き出されていた。
「間違った報告だ!王女は生きている!」「3人を保護するぞ!早く海から引き上げろ!!助けるんだ!!」
たくさんのフランス海兵たちが次々と飛び込み、3人を助けようと近寄る。他の海兵や報道マンたちからは歓喜の声が上がりっぱなしだった。3人がカサール級駆逐艦に引き上げられると、一人の海軍将官が黒人兵士に歩み寄り質問をした。
「失礼。君が、王女を守っていたという“守護者”か?」
「違う!俺じゃない!この子だ!この子があの爆破事件の日からずっと今までフィア王女を命懸けで守っていたんだ!」
「・・・・・この少年が?」
「とにかく手当を!二人共足を怪我をしている!特に少年はついさっき頭をぶつけて気絶している!すぐに病院へ!」
2101年8月18日午前5時42分前後、杉田義羅・フィア王女・ジェイク・クルーガー空軍パイロット:グレートブリテン島より無事脱出。
『守護者の正体は日本人の少年だ!サムライだ!』
世界中にこの大ニュースが駆け巡った。アメリカのワシントンD.C.・ニューヨーク・サンフランシスコ・ロサンゼルス。韓国のソウル。中国の北京・上海。オーストラリアのシドニー。インドのデリー。ロシアのモスクワ。エジプトのカイロ。イタリアのローマ。ドイツのベルリン。フランスのパリ。中でもかなりのお祭り騒ぎになったのは、ブリテンと日本の各地だろう。自国の人間が生還したとなれば尚更だ。それでも、このニュースで本当に心の奥底から喜んだのはヴァレリー女王と日本の外務省にいる杉田一家だろう。
目を開けると、知らない天井がある。・・・・・・・これってデジャヴ?いや、違う。俺は彼女とブリテンから脱出を・・・・・どれくらい寝た?俺は爆撃される前にフィアとジェイクを抱えて零戦で入国手段としていつも使うように方向を南へ向けて創造した『回天』に乗り移ったんだ。入り込むまでは良かったが、爆発の衝撃の影響で俺は内部で頭を強く打ってそこから意識が無くなっている。体は、左足以外は動ける。左足は動かないと言うより重い。ギプスが巻かれてる?疲れがもうない。首を動かしてみると、ここが病室であることが分かる。隣にはもう一つのベッドが見えた。そこにはフィアが、起きながら天井を見つめていた。さらに奥には椅子に座り込みながら寝ているジェイクがいた。彼・彼女を見て全てを悟った。
「・・・・・俺まだ生きてる」
「!」
俺の呟きに気づいたフィアが飛び起きてベッドから下りて俺の顔を覗き込んできた。彼女の顔は喜び・安堵・愛でいっぱいだった。思わず俺も笑顔を返していた。
「ギラ!」
完治はしてないだろうが左足を十分動かせたみたいで彼女俺に抱き付いてきた、思いっきりにな。生き残れたんだ。ハグくらい気にすることはない。すると、フィアの叫びでいつの間にか起きたジェイクがこちらを見てニヤニヤしていた。
ジェイクに人を呼んでもらうよう頼んで、フィアは自分のベッドに戻ると俺にあの後のことを教えてくれた。フランス海軍が回天で逃げ切った俺達を救出かつ保護してくれたそうだ。そこからすぐカレーに引き返し、地元の病院に運び込まれ応急処置を施し、その後また移動してここサルペトリエール病院に搬送されたらしい。今はあれから2日経って午後14時前後らしい。
「ねえ、聞いても良い?」
「なんだ?」
「私を見つけた時、迷わなかったの?わかってたのよね?この人・・・じゃないこの子共を助ければ自分の命が危ないって」
「やっぱりその質問に尽きるよな。ホイックでも言ったが、俺は今の名前の通りの人間でありたい。その為に必要なことは?って時にはこう考えてる“先人たちの言葉は人類にとっての道標で、それらをよりたくさん覚えておくことが大事だ”ってな。その中からあの時の状況に合う言葉があってよ、『大義の為に個人の幸福を犠牲にするというのは、虚しい』。このフレーズを思い出した俺はこう解釈した、“俺の幸福は犠牲にする前に使い切った、大義を守るなら今だ”と」
「・・・・・“あの子”のことは考えなかったの?」
フィアにとって“あの子”は羨む存在のはず、それでも彼女は俺を気遣って聞いてきた。
「考えたさ。だが同時にその考えは自分の強欲だと感じた。それを切り離さないで目の前にいるたった一人になった少女を見捨てるなんてこと、明日の自分、親父、母さん、アイラ、茶じい、そしてあの子が絶対に許さないに決まってる」
「そういう人間をなんて言うか知ってるか?“ヒーロー”だよ」
会話の最後に突然割り込んできたのは、病室の入口に立っていた見た目からして20か30くらいのスーツを着た日本人男性だった。
「武器は持ってないか?持ってるなら捨てろ。その次に所属と名前を言え。それと訂正させろ、俺はヒーローなんかじゃない」
ここがフランスだからってあのSISが何もしてこないとも限らない。俺は警戒してフィアを守るように引き寄せ、さっそくマグナムを創造して構えた。
「おいおい、ここは病院だぞ。私はここに来る前にちゃんと武装解除してるし日本の公安警察の者だ。名前は大道為五郎だ」
「公安に潜入してるSIS諜報員かもしれないし知ってるだろ?人間は素手でも人を殺せるんだ。だからそれ以上フィアに近づくな。『あ、この人フューリー的ポジションだな』って相手が油断した隙を狙おうと刺客を送り込むって展開は御免被る」
「それは妄想過ぎるだろ。私だってそんな展開御免だ。だから君らを本当に安心してもらう為に言わせてくれ、油断させるためじゃなくな。私は1884年から1943年だ」
何故に西暦を?と思ったが、それよりも彼が口にした西暦と言い方の方が気になり、俺とフィアは自分たちの頭に記憶された歴史的出来事を探った。
「・・・・・第二次・・・」
「いや、太平洋戦争中だ。まさか・・・・・四月十八日、ですか?」
正体が分かりかけてた時点で俺はすでにマグナムを消して彼に対し敬語を使っていた。
「そうだ。ブーゲンビル島上空で私は“一度目”を終えた」
フィアが第二次世界大戦と言いかけたのと俺が太平洋戦争と言い当てれた違いは、彼女がブリテン人であって俺が日本人だからだ。俺は1943年で起きた歴史的出来事に引っかかったんだ。ヨーロッパではその年の2月2日にドイツ軍の一部がスターリングラード(現在のヴォルゴグラード)に取り残され旧ソビエト連邦軍に降伏していた。その五日後に太平洋ではガダルカナル島からの撤退が完了された。だがその後にもっと重大な事件が4月18日に起きていた。
『海軍甲事件』、アメリカ側では『ヴェンジェンス作戦』。アメリカ海軍は戦艦:武蔵から発信された暗号電文を解読し、日本の司令官がブーゲンビル島を通過して前線視察することを知り、これをP-38ライトニングで待ち伏せて撃墜した。撃墜された一式陸上攻撃機に乗っていたその司令官とは。
「山本・・・五十六元帥閣下」俺は彼に敬礼をしていた。
「元帥はよしてくれ。私にはもったいない階級だ」と言いつつ彼も敬礼を返していた。
その後、ヴァレリー女王とバルテ大統領と初めて対面し、フィアを救い守り続けてくれたことに深い感謝の言葉をたくさんいただき、今俺達の脱出劇と自分が世間でどう呼ばれているのかを聞いた。“ブリテンの奇跡”?“サムライキッド”だって?そんなありきたりで単純な名前つけた奴、どこのユーザー?どうせ髭の手入れを面倒くさがってる変な奴だろ?でもまあ、フランス政府が俺に気を遣って名前は伏せていてくれたからそれで良しとするか。
「骨折はつらいですな~。しばらくはこの車椅子生活が続きそうですね」
「そう言う割には少し嬉しそうだな、杉田君」
「パトリック・スチュアート、ジェームズ・マカヴォイと同じ気分を味わえてるからですよ」
俺はもうフランスを出る。シャルルドゴール国際空港から元山本長官こと大道さんの護衛付きのジェット機で出発するところだ。
「良かったらここに残る部下の誰かに頼んでもらえますか?フィア王女によろしくって」
「自分で言う方が効率的だろ?」
大道さんに言われて振り向いて見ると、ここへは黙って来たはずなのにフィアが俺と同様自動型車椅子に乗ってジェイクと一緒に追いかけて来ていた。
「ははっ、バレたか」
「何も言わずに去ろうとする。如何にもサムライっぽいことするって見抜いてたからね」
「おいおいそれは偏見だ。侍じゃなくてもやる奴はいるぞ?どっかのホビットやカウボーイだって誰かはやるさ」
「じゃあ一時的な主君の今度こそ最後の命令、何かぐらい言い残してからジェット機に乗って。そしたら私もあなたを笑顔で送り出せる」
「あ~その~、む」と、言い澱んだ俺の口を彼女は車椅子から乗り出し、人差し指で抑えてきた。
「『もう会うことはない』なんていうのはナシだから。絶対に会いに行くからね」
俺は彼女の指を優しく掴み押しのけ笑顔で言った。
「もちろんだ。『クローン・ウォーズ』を見せるって約束、あれまだ生きてるからな」
彼女の手の温もりをほんのちょっと惜しむも離し、車椅子ごと大道さんと一緒に専用リフトに乗ると俺は彼女に振り向いてこう言った。
「“日の本”で待ってるぜ」
俺の言葉に彼女は頷きで返事をした。機内に入り、席に座って窓越しに外で手を振って見送っているフィアを眺めた。
〈悪いなフィア。俺はお前に隠し事を抱えながら帰らせてもらうぞ・・・〉
実は脱出する前夜から俺の行動原理は“大義”の為じゃなく、“ある人との約束”の為になっていた。あの夜、俺はクイーンズ・ハウスで世にも奇妙なご対面をしていたのだ。ロンドン塔が有名な場所である理由は三つの面で存在する。まずは人類の歴史上重要な時代を例証できる世界遺産に登録されていること。次に数々の歴史的な品物を保管している宝物庫であること。そして、ここがオカルト界の幽霊出現スポットであることだ。その幽霊とは、1536年にここのタワー・グリーンで斬首刑にされた人物。17日の夜のこと。俺が“マスター・ヨーダ”って呼んだ後に、それは目の前の壁から薄っすらと現れたんだ。最初はやっぱり幻覚か?と思ったが、この建物がいわくつきであることを覚えていてかつ、それが肖像画の人物そっくりの存在だったことから俺は語りかけてみた。
「アン・ブーリン王妃様?」
『王妃はやめて。娘一人に何もできなかった無能な女です』
地縛霊となっていた彼女とお会いするとは何とも息を呑むほどに奇妙なできごとだろう。これ絶対誰も信じないだろうな。歴史上では彼女の霊を見た者は皆首がなかったと言っていたが、俺の目には足以外はちゃんと全身があるように見える。彼女にそのことを聞くと、最も霊感が強い者でないと顔が見えないとのことだそうだ。それってつまり俺の霊感がすんごく強いってことか?あのオレンジ髪の日本人少年並みに?
『ずっと気になっていたんですが、あなたは彼女と何故ここに?』
やはり幽霊でもそこは気になるか。俺は事の顛末を全て話した。そしてフィアが、彼女の娘:エリザベスの生まれ変わりであることも。
『あなたは、どうしてそうまでしてあの子を守ってくれているの?義理もないはず』
「・・・・・大義の為です。あの子が死ねばこの国の自由への復活の火種がなくなってしまう。そう解釈して自分は・・・」
『いいえそういうのじゃないわ。私には分かる。あなたがあの子に少なからず好意を持ってるからよ』
「・・・・・それは違います。自分には他に・・・」
『大事な人がいる。そうでしょ?実はさっきの話聞いてたから』
聞かれてた~、恥ずかし~。
「ならお分かりのはずです。自分は彼女を・・・」
『愛してる。間違いないわ』
元王妃の霊に自分で出した結論を否定されちゃったよ。
『それに、あの子だってそのことに薄々気づいてるはずよ』
「なぜ?どうしてそこまでわかるんですか?」
『私の娘だからよ。だからお願い、私の大事な娘をどうか守って』
「・・・・・俺の心がどうだろうと元々関係ありませんが、お約束いたします。必ずやあの子を生きて、この島から脱出させます」
回想を終わらせて、再びジェット機内から彼女を眺める俺。自分の心の真意がどうであれ、彼女との約束もあったからこそ俺はあの脱出劇をやり通せたんだと思う。だが、この“嘘”はあの世まで運ぶべきか?
2112年 7月27日午前0時。
神奈川県のとあるホテルにて。
菫楼高校の臨海学校1年生たちが最後の一泊をしている場所。その内の一つの部屋でベッドや床に寝転がる女子たちを起こさないよう静かに歩き、窓辺近くの椅子に座り込む浴衣姿の杉田義羅(16歳、または119歳)がいた。
「起きてるならこっちに来てくれるか?エグザゴンヌにいた王女さん」
指名を受けたエリ・ブーリンことパジャマ姿のフィアは、ベッドから下りてギラの傍に寄り添った。
「俺は今日経験したことを踏まえたんだけどな、フィアや唯、実央、みんながこれから先俺のことを嫌いって言い出して他の男と付き合っている光景を想像したみたよ」
「そう。どう感じた?」
俺ははっきりとこの言葉に限ると信じて彼女に言った。
「ムカついた」
「やっと気づいたのね。何か言うことあるんじゃない?」
「ああ。すまん、謝らせてくれ。あの日からずっと11年間騙し通してたことを。俺は、フィアを愛してる」
「知ってましたよ。あなたはあの日から変わっていない私の、私たちの侍様よ♥」
そう言ってフィアは優しい表情をしてギラの唇にキスをするのだった。
2101年8月18日、午前6時前後。
ロンドンの首相官邸では、王女がこの島から脱出し、生きてフランスへ到達したと世界中に報道されている事実に項垂れていたスコーン首相。
「何故だ・・・・・たった二人のガキを殺すことすらできなかったんだ・・・・・あのお方になんて報告すればいいのだ・・・・・」
そんな独り言を言っていたらさっそく当人からの着信が来た。脱力感丸出しのまま首相は床に落ちていた携帯をゆっくりと拾い上げて応答した。
「はい、今回のことは本当に申し訳ありません。何か、次の指示を?」
『状況は非常に良くない。市民どころか軍隊まで武装解除して対象の二人に間接的に協力するとはな。おそらく軍隊はこのまま言う通りには動かないだろう。だがSISは早々裏切ることはない。しばらくは彼らを頼りに行動は静かにしよう』
「ですが、あの王女さえ殺せば王族の血筋は消えるんです。すぐに刺客を送り込んで」
『いや、今暗殺の指令を出すには時期が良くない。保留にしておくのだ、いいな?』
「・・・わかりました」
首相は電話を切るなり部屋の片隅に投げるというヤケを起こした。そんな執務室内の様子をドアを少し開けた隙間からひっそりと覗いていた者が一人、SIS長官:ブラディ・モリスだ。彼は首相にバレないようドアを静かに閉めて廊下を歩き始めた。途中携帯で検索トップになっている項目を見つめていた。
「“サムライキッド”・・・か」
今回のPart4で遂に『暁のブリテン ~ The First Bullet~』完結です!!より濃厚でスリリング、でも笑うところもあるストーリーを執筆できたと安心しています!Part1、2、3、4、全編を通して読んで下さっている読者の皆さん、本当にありがとうございました!!また、この作品が初めてな方は是非本編の『BULLETSブレッツ』を読んでいただくことを強くオススメします!!では皆さん!自分は引き続き『BULLETSブレッツ』での執筆に戻ります!!まだまだうがい・手洗い・執筆に怠りなく続けていきます!!弾丸の如く!!