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Part3






 ジョン・ロック。

 1603年から1704年を生きた、イングランドの哲学者で「自由主義の父」とも呼ばれる。

 彼が唱えた『人間知性論』や社会契約、抵抗権などについての考えは、同時代の名誉革命だけじゃなく後のアメリカ独立宣言、フランス人権宣言のみならず、現在までの多くの民主国家の法律に広く、そして大きく影響を与えている。

 彼が唱和したことにより、人が生まれつき持って国家権力にも侵されない基本的な諸権利=“人権”の確立は人類史上で明確になっていった。


 だが、“思想的な面での初めて”はもっと昔に遡り、中世ヨーロッパ時代で既にあったのだ・・・・・。








 2101年8月16日ブリテン時間午後12時前後。

 ノーサンバーランドのファルストーンとストーンハウとの中間距離に位置する地点にて。

 木陰に緑のテントを張り、中で杉田義羅とフィア元王女がファーストフード風の昼食を取っていた。

「あなた、結婚の経験はあった?」

「全くない。その点ではフィアと同じ境遇だな。だが前世で俺は恋をすることすらなかった。女性関係も持たなければ初恋もなかった。イタく言えば生涯音楽・映画・アニメだけが・・・・・」

「恋人だった?」

「正解。フィアはたしか初代レスター伯爵のロバート・ダドリーを愛していたとか」

「・・・・・ええ、そうよ。午前でも話してたように、昔の王族の結婚問題は本当に複雑だったわ。海外の国々との関係、国内軍備のお粗末さ、財政難、当時の女王としての責務である世継ぎをもうけるなど全ての問題の解決策で“唯一”と見られがちだった方法だからね。ロバートへの愛は別で本物だったけど、王が家臣の者と結婚しては国内で反乱が起きてしまうってセシルたちの警告を無視できなかったから、結局のところ彼とは結婚せず、海外の国王・皇太子たちからの結婚の申し込みにはっきりしない態度を取り続けた結果、私は『王国=臣民のみと結婚した』道、事実上誰とも結婚をしない女王の道を取るっていう時代背景的には難しい決断をしたわ」

「結婚申込者の中には、姉の元夫で後にスペインとの戦争で敵対したフェリペ2世もいたんだっけか?」

「本当よ。まあ即位以前から会ってて、理解のある方なのはたしかだったけど。あなたはどうなの?さっき“前世で”恋をしなかったって言ってたけど、生まれ変わってからはどうなの?」

 彼女の鋭い質問に、俺はジュースをストローで吸い、飲み干してから答えた。

「・・・・・・・つい最近の話だけどな。一目惚れ・初恋ってやつを、同時に経験した」

「・・・っ!それって・・・・・!」

 俺は、自分の返答の仕方でフィアがほんのちょっと気持ちが高ぶって顔にほのかな火照りが走ったのを見逃さず、制止するように求めた意志表現を手をかざすことで示した。

「日本の住宅街で、ある女の子が迷子になってたんだ。俺らと同じ年頃の子がな。その子に惚れた」

「あ・・・・・・そう・・・・」

 説明を聞いてフィアは、ほんのちょっと期待した続きの言葉が出なかったことに肩を落とし、冷めた表情になった。俺は彼女が見せた感情に気付きつつも、説明を続けた。

「その子が着ていた服が巫女装束だったから神社の子だということはすぐに見抜いてたんだが、それよりも前に俺はその子の純粋そうな眼、顔、口元、佇まいに魅入られていた。数分後、その子を神社に送り届けた後、半ば放心状態のまま帰路に着く中でやっと気づくことができたんだ。“ああ、これが一目惚れ、そして初恋なのか”ってな」

「うん、もうわかったから。・・・・・やめて」

 フィアの頼みで、俺は一目惚れ・初恋経験の説明をすぐ終わらせた。彼女が抱いている感情、それがどういうのかぐらい簡単に読み取れる。だが指摘しない。

 誰がどんな感情を抱こうがそれは自由だ。

 でも、タイミング的には“そういう感情”だと間違えてる可能性もあり得る。

 “吊り橋効果”ってやつだろう。

 できれば例えそれが“二つの意味”で間違ってても、彼女には抱いてほしくない。

「っ!!」

「?どうしたの?」

 しーっ。

 二人で会話中でも、俺はテントの外にもずっと耳を傾けていた。会話している間は何も聞こえなかったが、たった今、遠くでサイレンの音が微かに聞こえ、しかもその音が途中で切られた。間違いない、あれはイングランド警察のパトカーのサイレンだった。おそらくこっちに近づいていて聞こえてはまずいと気づいて慌てて消したんだろう。ということは、

「ここはもうバレてる」

「人数は?」

 サーモグラフィーカメラを創造して、テントの周り360度を見回してみた。

「包囲はされていない。だが、次の目的地だったヘクサムには行けそうにないな。南東から警察の車両がたくさん押し寄せて来てる」

「ええ!?は、早く逃げないと!」

「ダメだ。今逃げたら間違いなく車で追いかけてくる。そうなったら俺達の逃げ道は完全になくなっちまう」

「じゃあ、どうすれば?」

 ここは、わざと警察官たちに包囲されるしかないな。





 ロンドンの首相官邸・執務室にて。

 パソコンモニターに無線映像コールが入った。ノーサンバーランドのイングランド警察からだ。

 あの王女、もうスコットランドを出たのか?

 首相は慌ててそのコールボタンをクリックして応答した。

「イザベルが見つかったのか?」

『現在、そのイザベルらしき少女がいると思われるテントを包囲中です。もう一人同じ年頃の少年らしき人物も確認したとの部下からの報告です』

「少年?一体誰・・・・・いや、今はそんなことはどうでもいい!包囲してるのならすぐ捕まえろ!」

『それが、危険度がまだ未知数なんです。少し前にスコットランド警察からの警告がありまして、スコットランドとイングランドとの境界線辺りの地で拘束状態の警官14名を発見したと』

 警官14名を!?

『おそらく指名手配中のイザベルがやったのではないかと。馬鹿げてはいますが可能性がゼロとも限りませんし・・・・・』

「は、早く増援を送り込め!100人でも構わない!とにかくその少女たちを侮るな!軽く見ていると痛い目に遭うぞ!」

『は、はっ!』





 現地では既に40名以上の警官が動員されていて、緑のテントを半径数メートルの間隔で囲っていた。

その中で取り仕切っているリーダーらしき警察官が拡声器を使って捕縛対象に向けて警告を促した。

「Think, Isabel!!And a boy! !!(観念しなさい、イザベル!!そして少年!!)You guys are completely surrounded!!(君たちは完全に包囲されている!!)Stop wasting resistance and get out of the tent quietly!!(無駄な抵抗はやめておとなしくテントから出てきなさい!!)」

 すると、テントのてっぺんから何かが突き出してきた。

 プラカードだ。内容はこう書かれていた。

『Coward!!(腰抜け!!)Chicken!!(臆病者!!)Bring it on!!(かかってこい!!)』

 さらにはご丁寧に360°回して、警察全員が見えるようにしている。

 プラカードの内容を見て、思わず飛び出しかけた警官もいたがそれこそ対象者の罠かもと踏みとどまった。そこで現場の警官リーダーは警察官一人をテントに送ることにした。

 警官が恐る恐る警棒を持ったまま、テントの出入り口まで近づくと、中から何かがにゅっと出てきて、

 ドンッ。

 銃声が鳴った。近づいていた警官が倒れた。撃たれたのか!?だがこれではっきりした。対象者は拳銃を所持している。危険だ。これは早急に逮捕しなければ!

 警官リーダーは全員に突撃の指示を仰ぎ、合図と共に一斉にテントに向かって走り始めた。

 すると突然、テントが中から膨らむように盛り上がると、下から巨大なバルーン・・・・・いや、巨大なボールが出てきたのだった。

「What have we here?(何なんだこれは?)」

 よく見ると上に二人の少年少女が立っているのが確認できた。

「Here we go!!(ようし行くぞ!!)」

 二人は肩を組んで後ろ向きに足を走らせて、ビッグボールを南西に向けて前進させ始めたのだ。潰されかけた警官たちは左右に分かれて逃げおおせたり、少年たちと同じ方向に逃げてるせいで二人に追い掛け回されてるように見える構図になっていたりしていた。

「「わっせ!わっせ!わっせ!わっせ!わっせ!わっせ!わっせ!わっせ!わっせ!わっせ!わっせ!わっせ!わっせ!わっせ!わっせ!わっせ!わっせ!わっせ!わっせ!わっせ!わっせ!わっせ!わっせ!わっせ!わっせ!わっせ!わっせ!自分でわっせ!わっせ!わっせ!わっせ!わっせ!」」

 何か日本語のような掛け声・・・・・いや本当に日本語の掛け声を出して走っているのだ。

 何人かの警官がボールを止めようとするが、二人が何故か持っていたウォータージェットバズーカで狙い撃ちされて阻まれていた。

「You guys use a car!(お前たちは車を使うんだ!)Stop that balloon in the future・・・・・(あのバルーンをこの先で止めて・・・・)」

 警官リーダーが近くにいた部下達に指示を出していると、少年がウォータージェットバズーカとは別に、何もないところから突然M79グレネードランチャーを出現させて、左方向に砲口を向けて南東にあったパトカー車両に40mmグレネード弾をポンッと撃ち込んだ。

 ドオオォォーン。

 一台のパトカーが吹き飛んだ。爆発による火は近くにとめてあった他のパトカーにも影響を与え、誘爆を引き起こした。

 警官が自分たちを阻止・追跡ができないよう少年が警官が乗り込む前に前に破壊したんだ。

 さらに少年は、ランチャーを消滅させて今度は回転スプリンクラーを出現させて、地面に投げ捨てた。スプリンクラーは既に起動していて、地に足をつけると三つの放水口がぐるぐると回り始め、回りに水をすごい勢いで放出し始めた。警官は全員顔にぶっかけられて混乱、挙句の果てに目をつぶっていたら警官同士でぶつかってしまう程に。対象の子供二人を追跡できる状態じゃなくなってしまった。

 そして極めつけは発煙弾の連発だった。

 警官リーダーもスプリンクラーで目に水が入って開けられない状態だったが、途中スプリンクラーが止まったのを感じ取った。だが同時に発煙弾の一発が目の前に落ちてきて、自分の靴に当たったのも感じ取った。それで終わらず、別のところにも次々と発煙弾が飛び込んできて煙が辺り一面を覆って視界ゼロにするのに、そう時間はかからなかった。ガスマスクを装備していないんじゃ身動き一つも取れなければ、呼吸もしづらい。そしてまた警官同士でぶつかってしまう。完全に行動不能になってしまった。

 

 




 MM1:12連式リボルバーグレネードランチャーを消滅させて再び大玉を転がして逃げ続ける俺達。

「ぐふふふっ。これぞ警官にとっちゃ俺達によって『煙に巻かれた』っつーわけだ~!だ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!」

「こんな作戦、ずっと考えてたの?」

「作戦名を言っとこうか。『行き当たりばったり』だ。即興で考えたに過ぎない!でも成功し過ぎてて変なテンションになってる俺ぇ~!」

「アドリブ成功ってわけね。でどうするの?」

「ルート変更だ。ヘクサムを通って東側の南下コースを行くつもりだったが、その東側からパトカーが来たとなるとそっちを行くのはまずくなった。だから西側のルートを取る!ギルスランドに急ぐぞ!後ろに走れ走れぇ~!」

「・・・・・わかった!」

 俺の変なテンションに若干引きつつも、呼吸を合わせて大玉を転がすスピードを上げるフィア。





 ブリテン時間午後13時前後。

 ロンドンの首相官邸・執務室にて。

「取り逃がしたぁ!!?相手は子供二人だったんだろ!?いくら力があるからって、何故捕縛できなかったんだ!?」

『現地にいた警察官からの報告によると、少年少女は色んな道具を駆使して警官たちを蹴散らし混乱させて逃走したと。確認したところ、それら道具を生み出していたのがイザベルと行動を共にしていた少年であったと。おそらく巷で有名になっている能力持ちの“新人類”かと』

 予想が的中した。やはり協力者が能力持ちだったか。しかも、そこらでいうショボい能力とかじゃなくしっかりとした能力。

「色んな道具を生み出せるということは、銃も含めてか?」

『そのようで。警官が一人撃たれましたが、アメリカで開発された麻酔弾を使用してたので、命に別状はありません。リボルバーかショットガンのどちらかを使ったものと思われます』

「何者なんだ?その少年は。国民の者か?」

『いえ、日本人の少年だったとのことです』

 日本人の少年?何故そんな者が王女を?皇太子夫妻同様王女も親日家なのは知っているが、特定の日本人と関係があるなんて報告はなかったはず。そもそも警察相手に暴れてまで協力する理由がどこに?

『首相?』

「・・・・・とにかく二人を引き続き捜索、道路には検問を、見つけ次第すぐに捕縛。念のためロンドンまで連行させろ。その少年から聞き出したいことがあるからな。いいな?」

『・・・・・了解です。ではそのように』

 そう言ってノーサンバーランドのイングランド警察署長が映像を切った。

 スコーン首相は自分の携帯を取り出し、プッシュボタンを画面に出すと、0、7、4、3、3、4、8、0、2、7、と覚えている番号を順にタップして携帯を耳に当てて相手の応答を待った。

「閣下、ご報告すべきかと思い至り、連絡を取りました」

『ブリテンでの計画は行き詰っているようだな。現状は把握している。王女が生きているそうで、しかもその少女、我等と同じ生まれ変わりの人間だそうだな。車を吹き飛ばしたと聞く』

 首相が話している相手は変声機を使っている為、本来の声がわからないようになっていた。それはいつものことのようで首相は慣れたようにそのまま会話を続けていく。

「ええ、まさにその通りです。しかしご報告すべきことは他にもございます。その王女と行動を共にしている協力者がいるようで、その警察共の報告からして閣下と同じ能力持ちではないかと」

『・・・・・それはたしかか?』

「色んな道具を生み出して警官共を蹴散らしたとか」

『うむ、躊躇する猶予はなさそうだな。MO19を要請、クローリンも今すぐ送り出せ。生まれ変わりとなると他の国に亡命されては私の“大いなる計画”に障害ができてしまう。王女は絶対に即刻殺せ。少年は調べをつけてからだ』

「それともう一つ。少年は、日本人だそうです」

『日本人?日本人だからどうした?少年がどんな人間だろうと構うものか。調べ上げたらすぐ始末するんだぞ。いいな?』

「・・・・・仰せのままに、閣下」

 最後に返答して電話を切ると、首相は机にある呼び鈴を鳴らして外にいる槍を持った黒装束仮面男を部屋に入るよう促した。

 入ってきた傭兵に首相は指示を施した。

「しっかりと働いて貰うぞ、クローリン殿」

「・・・・・御意」









 ブリテン時間午後16時前後。

 カンブリア州ブランプトン近くの道路上の検問所。

 これのせいで列ができてしまっている為、車の運転手たちは少々イライラしていた。

 残土処理を請け負ったトラックのグラメパーマな運転手もその一人。

〈昨日の爆破テロの犯人と思しき少女を探してるかなんか知らないけどな、こっちは仕事が遅れちゃ困るんだよ!さっさと検問済ませて行かせてくれってんだ!〉

 そんなことを口や態度に出さず頭の中だけで考える分には冷静である運転手。

 順番が回ってきても癇癪の一つも起こさず警察官たちによる調べを受けて、異常がないことを確認してもらいようやく検問所を抜け走り出すことができた。運転手はやっと車を走り出せた喜びでちょっとだけリズムを刻んでアクセル踏みまくった。

 その時、左の助手席からチャリンッという音がしたのを聞き取った。

 事故を起こさないよう道路を確認してから助手席をチラ見してみると、シートの上に何のデザインもない金のメダルが5枚もあったのだ。

〈何だこれは?〉

 彼は、気づかなかったのだ。

 二つの影が、ギルスランド辺りで荷台に乗り込み、検問中残土の中で息を潜め、ほんの少し前に通ったホールパンクゲートに続く道路へ行く別の残土輸送トラックに土にまみれながら飛び乗っていたことに。




 俺達は残土の上に仰向けで寝転がりながら空を見上げていた。

「うへっ、こんな土まみれの乗車、生まれて初めて」

「俺も初めてだよ」

 しばらく沈黙ができた。お互い大玉を転がし続けた疲れがまだ残っていたからだ。

 まだ夕焼けにもなっていないが、ちょっとだけ星が見えつつある空を見ていた。

「・・・・・ねえ、ギラ」

「・・・・・なんだ?」

 先に口を開いたのはフィアだった。

「『スター・ウォーズ』が好きって言ってたけど、その影響で宇宙へ行きたいって考えたことはないの?」

「ないな」

「そこはっきり言っちゃうんだ・・・・・」

「宇宙を簡単に行き来できる技術ができてたのなら、今頃俺もその技術をそっくりそのまま創造してどっかの星に行っちゃってたっていう可能性もゼロじゃなかったかもな。でもこの世界の技術にはまだリスクがある。それにもう、今の家族と星を抜けてまで離れ離れになる覚悟は俺にはない」

「・・・・・あなたも、今のご両親が好き?」

「ああ、大好きだ。はっきり言って前世での両親には悪いが今の方が好きだ」

「・・・・・私もだったわ」

 また皇太子夫妻のことを思い出したのか、ちょっとだけ声の調子を落としたフィア。

「しばらくはこうやって検問を抜けて行こう。このトラックの行先はティベイの残土置き場だそうだ。今夜はその町で休むとしよう」

「わかったわ」

 話を切り上げ、そして検問所に近づく前に再び残土の中に潜り込む俺達だった。






 ティベイに着いた頃には、途中検問での渋滞にはまってばかりだった為、もう午後22時を過ぎていた。

 俺達はこっそりと金のメダル10枚を置いていってトラックから抜け出して、とある一軒家の隅に隣接された物置を装って小屋を建てて、そこで夜を明かすことにした。

 とにかく、二人とも残土の中に籠りっきりだったもんだから、体中土まみれのままだった。

「先に風呂に入ってきなよ。奥に創造しておいたから。俺は外でお湯を被れば良いだけだからよ」

「・・・・・一緒に入ったりしないの?日本じゃ、“混浴”っていうのがあって、男女は一緒に風呂に入ったりできるとか・・・・・」

「“仲睦まじい男女”の場合だけだ。それ抜きの場合は200年前ぐらいでもう終わってるからな」

「でも・・・・・一緒に入りたかったりしない?」

 と言いながらフィアは赤面しながらも胸元をわざと俺にチラ見せさせたりしていた。

「もしかして誘ってんのかァン?だが俺の返答はこうだ。ただの合法ペドに興味ありません!」

「なんかとんでもないワード出ちゃったね!?あとそれ私に対してもすっごい失礼!!」




 ちょっとした誘いをギラに断られてしまった私は、渋々シャワーを浴びて土を洗い流し、体を石鹸で洗い、そしてまたシャワーを浴びて浴槽に入り、これまでのことを振り返ってみた。

 二日前に私は国の役人であるSISの諜報員たちに殺されかけて命からがら逃げた。そこへギラが協力してくれたおかげでもう1日逃げ続けることに成功できている。

 正直、両親とまた笑い合う日常に戻りたいと思う自分が心の中にいる。もうそれは叶わないと分かっているはずなのに、そう思える程に私にとってあの二人と過ごした時間が尊いと感じていしまっていたからだ。

 そういう考えをしてしまって私は、もう70年も生きているのにも関わらずまた泣き出してしまった。




 そんな浴室での彼女の心境を室内に仕掛けておいた盗聴器を介して、外の林の影でパンツ一丁になり、本来ならお湯だが今は夏で暑いから水を一気にバシャッと被り土を洗い流しながら無線ヘッドホンで聞き取っていた俺であった。

 別にプライバシーの侵害とかではなく、目を離した隙にいつの間にか連れて行かれるなんて展開は御免被るのつもりで仕掛けていたのだが、やはりいくら前世では偉大な女王だったとしても同じ人間。家族を失って悲しいのは当然だ。

 何かをと考えながら俺は、創造して被った水を消し、体の湿気を無くして即座に着物を着込んで小屋に戻った。




 用意された服を着こみタオルで頭を拭きながら浴室から出ると、部屋の中心でギラが何故かキリスト教の祭壇を用意していた。

「何を、やっているの?あなた」

「この国の皇太子夫妻が亡くなられたんだ、一息つける今の内に追悼をしておかないとって思ってな。イングランド国教会はカトリックよりなんだよな?」

「え、ええ。母からそう聞いていたわ」

「じゃあ簡素だが、俺達で追悼ミサをやろう」

 ・・・・・・・もしかして、私に気を遣った?



 ネット上から取った二人の画像写真をプリントして祭壇に置く。

 式の挨拶だとか、聖水などそういう細かいのは抜きにし、

「「I sincerely pray that your souls will be called to God's permission.(御二方の魂が神の御許に召されることを、心からお祈り申し上げます。)」」

 両手を組んで二人で祈りを捧げ、そして聖歌を斉唱した。


 日本の宗教の一つ・仏教での死生観は『悼むもの』とされているそうだが、キリスト教での死生観は『祝福されるべきもの』であると違ってくる。ちなみにカトリックでは『神の元へ召される』、プロテスタントでは『神の祝福』。

 だから、私が育った環境からして、この場では祝福すべきことなのだろうけど。

 はっきり明言はしない。

 心の中でのみ語る。


〈誰かが死を迎えて、悲しみの感情を持つ者がいないことは絶対にありえない〉


 共に日々を過ごした執事長のコーネルやメイド長のキーラなどの王室専属の部下たちの冥福も祈った。

 



 本日の夕食であるおでんと白米ご飯を平らげた後は、フィアと約束した銃の撃ち方の指南だ。

 もちろんこの小屋の防音設備はバッチリだ。だからさっきのミサを催しても隣接している一軒家の家主たちにも、近所の民間人にもバレていない。

 


 ドンドンドンドンドンドンッ。


 6発の麻酔弾をS&W M19コンバットマグナムで的である等身大の人形に全て命中させる俺。麻酔弾のため人形に当たるというより刺さった状態で弾はくっついたが。

 まずは俺がフィアの前で撃つことで、彼女の頭の中でのイメージを植え付けるのだ。

「俺も最初に撃った時は両手撃ちからだった。今はこうして前世での潜在能力もあって片手で撃てるようにはなったが、やはり慣れの時間が必要だ」

「ねえ、ごめん。指導中に悪いんだけど・・・・・あの的はさすがに悪意を感じるんだけど?」

 フィアが言っているのは、俺が創造したオレンジの道着を被り、特徴的な髪型をした顔部分に傷を付けた的人形のことである。

「心配するな。彼は竜の玉の世界だろうが少年漫画の頂上世界だろうがどんな世界でもやられ役を引き受けてくれるある意味すごい的キャラだ。第一俺達が使うのは麻酔弾だ。実際でも大量の麻酔薬を投与されている被検体に過ぎないのだからな、彼は」

「どっちにしてもロクなもんじゃない!!?その説明を聞いたおかげで落ち着いて撃てなくなっちゃうじゃん!!」

「じゃあ星の戦争の世界でのやられ役2つの内どっちにする?ブリキ野郎?バケツ頭?」

「あーもう!余計なことはしないで!!」

「じゃあ続けるとしようか」

 マグナムのシリンダーを横に倒し、中から空薬莢を出して新しい麻酔弾を一つずつ装填していく。装填を完了させてフィアに持たせる。彼女は銃口をしっかりと人形に向けて、構え、そして狙った。

「肩に力が入り過ぎないように、もっとリラックス。両手でしっかり握るんだ」

 彼女の肩に手を添えて力を緩めるよう促すために揺らし、銃に対しての手の添え方をしっかりさせる為に後ろから手を回して整えさせた。

「撃鉄を下ろせ」

 フィアは言われた通りにマグナムのハンマーを引き、下ろした。

「これでシングルアクションで撃てる。ダブルアクションで撃つのはフィアにはまだ早い」

 

 この時、彼女は昼間彼が口にしていた撃つ時のイメージの一つを思い出していた。

『敵を仕留めるときに頭を狙うな。的としては小さく狙いづらい。狙うなら心臓だ。心臓なら外してもどこかには当たる』

 “これを忘れずに撃つ”そう考えて彼女はマグナムのトリガーを引いた。


 ドンッ。


 ほぼド真ん中に当たって弾はそのまま突き刺さっていた。

「いいぞ。その調子だ」

 その後、18発程撃ちつつ、合間に再装填のやり方も彼から教わった。

「次にショットガンも試し撃ちしようか。イメージを覚えておいても損はない」



 リボルバー・ショットガンの指導をしてもらった頃には午前1時前後になっていて、指導後に明朝6時に即移動とのことで彼は何の為かビデオを撮った後、私にもう寝てろと指示してきた。



 だが、フィアがベッドで寝ている片隅でギラは何やらうわ言のように呟きながら創造したノートに何かを書き記していた。

 そして何か大きなものまで創造するほどに彼は熱中して一睡もしなかった。






 同時刻、EC 145ヘリコプターがギルスランド上空を飛んでいて、搭乗していた仮面の黒装束男がブリテンの地図と地上を交互に見下ろして、何かを考えながら南東、南西の方向に首を回していた。

 




 ブリテン時間午前5時。

「フィア。起きな、早くっ」

「・・・・・ん・・・・!どうしたの?」

 突然ギラに起こされて眠りの世界から引き戻された。彼は何か急いでるみたいですぐ意識をはっきりさせて聞く私。

「町が警察で一杯になっている。すぐに出よう」

 ギラに言われて昨日と全く同じ服装をして身支度を整え、ギラから指導してもらい受け取ったコンバットマグナムとソードオフ型のレミントンM870を隠して装備し、時々外の様子を見ながら作業を進めた。

 警察官がいるのは当たり前だが、よく見るとH&K HK43と防弾チョッキ、ガスマスクを装備した警官も見える。

 きっとMO19の要員だ。

 やっぱり上層部も昨日の取り逃がしを省みて本腰を上げてきたのだろうか。

「・・・・・少し妙だ。昨日のトラックに潜んでの移動で俺達の潜伏場所を特定できるのは困難かと思ってたんだが・・・・・」

 ギラの呟きを考えると確かにそうだ。大玉転がしもギルスランドに入る手前で無くすことで警察犬でも匂いを追って来れないように施した。潜んでいたトラックでも検問所でバレずにやり過ごした上、途中すれ違いざまでトラックを乗り換えたのに。

「まさか・・・・・追跡されてるとか?」

「いや、だったら俺達はとっくに死んでいる。それでも警察をピンポイントで増やしているという事は、上層部の誰かが俺達の行動を予想したか、あるいは警察じゃない誰かが予想したかだ。どちらにしてもそいつは経験豊富な奴みたいだ。そいつの考えを想像するにあたって自分が犯人ならどう逃げるだとかを過程したんだろうな」

「もしそんな人間が警察上層部にいるとしたら・・・・・」

「厄介だな。経験豊富な奴程スンゴく厄介だ。とにかく出発だ。町に迷惑はかけたくない」

 全ての準備を済ませると、警察の目に気づかれないよう小屋を消滅させておいて、ひっそりと町から出て行った。



 林の奥に入っていく二人の子供を、ティベイの町中でサーモグラフィックセンサーでウイイィィンと確認する影が一つ・・・・・・・・・いや、“複数”あった。



 町からだいぶ離れて、

「これからどうする?昨日みたいにトラックでまた道路を使う?」

「いや。予想されている可能性がある以上、隠れて道路を使うのは危険だ。この後は“特殊な”移動方法を使う・・・・・どうした?」

 説明していたら突然彼女が歩くのをやめて、何かを警戒するような身構えをしたもんだから俺も釣られて止まった。

「・・・・・何か聞こえない?」

「何かって?」

 フィアに聞かれて後ろに耳を傾けて確認してみると。

 たしかに聞こえてきた。ジャギジャギジャギジャギッと聞いたこともない音が、いや・・・・・昔どっかの映画で・・・・・。

 よく見たら通ってきた木々との間に、その“何か”が見え隠れしてきたのを。“何か”が複数きていることも気づいた。


「やばい、走れ走れ!!」


 相手の正体などお構いなしに一目散に逃げ出した俺達。だがその正体は数分も経たないうちに自分たちが視認できる距離に現れ始めたことでわかることになる。

 それは、犬型ロボットの群れだったのだ!!

 そいつらが俺達を追ってきたのだ!

「あのブレードライガーとかラヴィッジみたいなボディをした犬型ロボットは何だ!?」

「王族の私が知るわけないでしょ!?きっとアレよ!何かの組織が裏で開発した兵器だとかそんなんでしょ!!」

「何かの組織かは大体想像できるけどな!!」

 俺達が走りながらそんなやり取りしている間でも、犬型ロボットたちはどんどん距離を詰めていく。さらには口から何かを発射し始めた。紐だ!重りを付けた紐だ!投げつけて足を絡ませて相手の動きを止めるあれだ!

 なんとかそれらを避けながら逃げるも、犬型ロボットたちは狙いも正確になっていく。

 そしてついに、

「きゃっ!!?」

 フィアの足が餌食になり、転んでしまった。

 俺は急いで彼女に駆け寄り、金切りバサミを創造して切ろうとするが、ロボットたちがそんな猶予与えるはずもない距離まで迫って来ていた。

 応戦に臨んだ。

 まず前方に数が集中しているロボットたちが十分近づいたところっで!

 ズンッガシャァッ!!

 学校の工作の授業などでよく使われる金槌を通常の100倍の大きさで創造し、ロボットたちの落とした。

 金槌の攻撃を逃れた数体のロボットもいたが、それらは俺のウィンチェスターM1887で、


 ドンッシャコッドンッシャコッドンッシャコッドンッ!


 瞬く間に仕留めた。

 一旦静かになった辺りを見回して安全を確認してから、フィアの足に絡みついた紐を金切りバサミでぶちっと切った。

「こいつらロボットが来てるってことはじき警察もここに来る。急いで向こうの山のてっぺんまで登ってショートカットしよう」

「ショートカット?何かに乗るの?」

「その何かだが・・・お前が気に召すのは無理だろうな」

「?」

 デカい金槌を消滅させて移動するも、俺は移動しかけた足を止めて一体の犬型ロボットを見つめた。



「何でロボットの部品を?」

「あいつらは一体一体自立して動けるAIを内蔵している。こいつならもしもネット関係で必要な時に任せることはできないかと思ってな。何かの役に立つかもしれない」

 そう、俺はロボットの体内からAIの中枢部分を取り出したのだ。組織は当然個別に設定できるよう無線でも直接ケーブルを繋いでもプログラミングできるようになっているはず。俺の予想は的中、中枢部分には一般に使われているケーブルの差し込み口があったのだ。

「それは良いけど、てっぺんってまだかな?走り続けてそのまま山を登るのは流石にキツいって・・・・。あと、すっかり忘れてたけど・・・・・だんだん体も熱くなってきた」

「頑張れフィア。てっぺんまで登ったらあとはぶっ飛ぶだけだ」

 俺は励ましつつ、彼女に水分補給のペットボトルの水を創造して手渡した。

「ありがと・・・・ゴクッゴクッ、はあ・・・・・ん?今ぶっ飛ぶって言った?」




 てっぺんに着いた後、俺とフィアはショートカットの為の準備をしていた。

「よし、この角度だ。45度」

「ねえギラ。たしかにこれなら大きく距離を飛ばせるけど、これが安全なショートカットと言うには程遠いと思うけど」

「心配ない。俺の創造能力がその全く無い安全性をカバーできる」

「安全性が無いって言われちゃ逆に心配になってくるんだけど。いやそもそも、私が言いたいのは、こんな原始的な物を使う必要はないんじゃないかってこと!」

 俺が考えついた方法とは、バリスタで飛ばすデカい矢に乗ってのショートカットである。

『バリスタ』

 それは、古代から中世にかけて使われた据え置き式の大型弩砲のことである。白兵戦の支援、攻城戦における攻城兵器、それらからの防衛にも使われ、ガレー船などの軍船に搭載することもあり。

「なあフィア。温故知新って言葉知ってるか?」

「“うんこちしん”?」

「こらっ!女の子がそういうことを口にするんじゃありません!ってか酷い聞き間違いだなおいぃっ!!温故知新ってのはだな、“以前学んだことや、昔の事柄を今また調べなおしたり考えなおしたりして、新たに新しい道理や知識を探り当てること”っていう意味の日本の四字熟語の一つなんだ。『ふるきをたずねて新しきを知る』ってよ。古代ローマ軍が使用していたバリスタは槍や極太の矢を時速160kmで最大射程距離400m先まで飛ばすことができたんだ。弾道ミサイルの先駆けとも言えて実のところ“弾道”の英単語の語源にもなっているんだ。俺が創造したバリスタはそれを3倍の大きさにしたやつだ。これなら途中敵に気づかれても邪魔される心配はない」

「つまり、私たちはその先駆けの弾道ミサイルに乗って飛ぶって言うの?」

「違う。俺達が・・・・・俺達が一つになって、ミサイルになるんだ!!」

「なんで仰々しく言ったの?」

 はい、今俺が言ったセリフで変な想像した読者のみんな。俺も、君らも、恥じることはない。それが人間だ!!

「それに着地はどうするの?」

「そこも俺の創造能力の見せ所よ。地上にぶつかりかけたら素早く弾力性の高い大きなバルーンを創造してクッション代わりにする。これさえやれば跳ねていくうちにバリスタで飛ばされた勢いもだんだん消えて、最後にはトランポリンを地上に創造して使い無事に地上に降り立つことができる」

「・・・・・・発想が常識から外れちゃってるわね」

「世の中な、誰よりも常識を破っての戦法思いつくのが勝利に繋がる秘訣なんだよ。東郷平八郎然り、ナポレオン然り、お前の海軍提督のドレークだってそうだったろ?あの火船を使っての戦法は当時としちゃ考えられないものだったしよ」

「・・・・・・・言われてみればたしかにそうね」

 さすがフランシス・ドレーク。女王との絆はやはり本物だな。

 そうやって話が盛り上がったのは良いが、そんな余裕もなくなってきた。

 ここの山の後方の麓で、さっき俺が破壊したのとは別のロボットと、追いかけてきた武装したSIS諜報員・MO19の要員たちが押し寄せていた。

「んじゃ、めちゃくちゃなショートカット、行きますか!!」

「これ、レジャーランドのジェットコースターよりもヤバいかも・・・・・」

「・・・・・だな」

 事前に俺が用意した特製の槍にまたがり、各々が掴まるべき取っ手に手をかけて準備した。

「空中では目と口を閉じてろよ。でないとデクみたいに目蓋と頬がベラッベラになってヒロインにあるまじき顔になるからな。なんなら男のケツでも見て気を紛らすと良い」

「・・・・・そのセリフ、他の女性の前だったら高くツくわよ?」

「できればフィアにもマイナスで良かったんだけどな。そんじゃ行くぞ~」

 俺達が槍にしがみついていると、ちょうど追ってきた諜報員たちがあと数メートル近くまで迫っていた。だがもう大丈夫。既にトリガーのロープを思い切って引っ張った。

 発射された!

 槍と共に俺達も飛んで行った!

「お~っつか~れさ~~~~~ん!!!」

 俺の捨て台詞を置いて。


 丘のてっぺんに一番に辿り着き、飛んでいく二人を見送り、少年の日本語捨て台詞を聞きながら残されたバリスタの向きを調べる諜報員のリーダーらしき男が無線報告をしていた。

「The subject headed south-southeast.(対象は南南東へ向かいました。)」






 たしかにこれはキツい。

 今までで経験した中でもかなりキツい・・・・・って、普通はそうか。

 最初にそう考えなかったってことはもう俺の中で“普通”が天と地ほどの差になってしまっている証拠だ。

 つまり、俺も十分狂っているということだな!

 槍の先は、空気の抵抗が影響しないように・しがみついた俺達の体に風が当たらないように、でも重さで失速もしないよう俺が計算した上での大きさにして創造した三角錐の形にしてあるんだ。

 でも、やっぱキツい。

 さて、こうやって俺の心での感想と説明を読者のみんなに言い聞かせてるけど気づいてた?この槍、さっき俺が飛ぶ前に説明した通り時速160kmで飛んでるんだけど、それを基に計算すると最大射程距離400m先に到達するまでに約8秒しか経たないんだよ。大きさと俺達がしがみついてることもあって多少の違いは出るだろうけど、今話していた間でもう一分以上も経過しちゃってるよ。

 よくあるよね~。5秒間時を止められるって言いながら独り言とか意識はあるけど喋れない相手に一方的に喋って5秒以上もう絶対経ってるだろ!?っとか、スポーツカーで飛び出して隣のビルへ到達するまでの時間が約2秒って実行する前に割り出したのに飛び出し中に女の子が落ちかけたり小学生がヘルメットを蹴ったりしてて明らかに長過ぎる!?っとか。まあ結局ドラマチックな方が良いってみんな思うんだろうけどな。

 とにかくっ、俺達も400m先の丘の向こうの平原辺りに到達予定なんだ。もうバルーンを用意して・・・・・・・・・何だありゃ?何でヘリが2機いるんだ?何か引いてる?網?いや、せ・・・。

「やべっ、掴まれ!!」

「え、わっわわっ!!?ふえっ!?ちょっ、ぶむっ!!」

 フィアが色んな声を上げた要因は次の順でこうだ。

 まず、俺達が乗っていた大型の槍を途中で緊急消滅させた為、しがみつく物がなくなって一瞬バランス感覚がなくなったから。次に俺が離れないよう彼女を掴み寄せたから。最後は目の前のあるものに当たって“くっつかないように”進行方向にクッション用のバルーンを創造させた為に顔をデカいゴムの球体表面にぶつけたからだ。

 だがそれだけじゃない。バルーンにぶつかった反動で俺達は後方に弾かれた。


「Fire!!!(撃て!!!)」


 俺は今聞こえた発声と共に移行してくる次の展開への対処に彼女を必死に覆うように抱え、自分たちの周りを埋め尽くすように透明のバブルボールを一段、二段、三段・・・・・とにかく何重にも張りまくり、各層にはさらに細かい透明のゴムボールで埋め尽くした。


 

 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッ!!!


 平原でイングランド警察のたくさんのパトカーが馬の蹄鉄のように並び、その影からガスマスク姿のMO19隊員たちが使用するH&K HK43の銃口から放たれた223レミントン弾一発一発が、俺が創造したバブルボールに当たりまくり、割っていき、削っていく。追加のバブルボールを創造していなければきっと空中で蜂の巣にされていただろう。

 皮肉にも射撃の的にされたおかげで、バルーンに弾かれた勢いがなくなって重力が勝ち、すぐ地上に落ちられるきっかけになった。俺はタイミングを見計らって着地点に落下衝撃を和らげるトランポリン一つとそれを囲むように透明性の防弾盾を通常の5倍の大きさで何枚も創造して立てさせた。見事に俺達はトランポリンの中心に落ち、トランポリンの反動が起きる前にバブルボールを消すことで再び上空に飛んで防弾盾の防御範囲から出るのを阻止した。

「Cease fire!!!(撃ち方やめっ!!)」

 巨大な防弾盾の出現で今は撃っても効果なしと見た指揮官が、発砲中止の指示を出してようやくうるさい騒音が鳴り止んだ。



 何故ここにMO19が?

 ギラの考えが読まれた?

 あの常識破りの方法を予測したってこと?

 透明な防弾盾を見通して辺りの様子を確認すると、警察たちは何かを待つようにその場で待機している。

「・・・・・・銃規制国家の警察らしからぬ、アメリカ流のご挨拶と来たか」

「そんなぼやきを吐ける程余裕を持てる状況じゃないでしょ」

「ああ、じゃないよな。でもだからこそしゃべってないと、気が紛れねえ・・・・・さっきバブルを創造する前、一発かすっちまった・・・・・」

「え?」

 言われて初めて気づいた。よく見ると彼の左肩の部分だけ服に穴が開き、肌には横一線に皮が避けて血が溢れている。

「だ、大丈夫なの?」

「かすめたくらい大丈夫・・・・・と言いたいが、やっぱ感じたこともないすごい痛みだ。平気とは言い難いよ」

 でも彼は痛みを我慢して左腕の袖を千切り、創造した包帯をぐるぐる巻いて止血した。

「あいつらの作戦にまんまと引っかかったんだ。昨日の失敗から俺たちが能力の性質上それを使ってすぐこの国から安全に出ることができないことも、それが理由で俺達が南へ行きたがっていることも、見抜いてたんだ。だから的確な罠を仕掛けることができたんだ。あの網を見てみろよ」

 ギラに指摘されて後ろ上空に目を向けると、さっき私たちがぶつかったバルーンがあの雨のような銃撃の流れ弾に当たって空気が抜けてだらんと垂れていた。だけど重要なのはそこじゃなかった。あのバルーンが“二機のヘリで地上に置かれている重りから縦に張られている網にくっついている”ことだった。よく見ると網の表面が妙に光沢があるようにも見える。

「俺達がティベイの町辺りにいることを予測して、警官の数を増やすことで不安になった俺達が南へ逃げ出し、追い立てれば何か奇抜な方法で飛んでショートカットしようと考えることまで予測できたからこそ、あの接着剤付きの網を用意して待ち構えることができたんだ。まるで『キツツキの戦法』だな」

 では・・・・・さっきギラがバルーンを創造してあの網にかかるのを回避していなかったら、今頃私たちはあの弾幕で命を・・・・・・・。

 そう考えただけでもゾッとしてしまう。

「どう考えても今の時代の人間が予測できるもんじゃない。こいつは同類が関わってそうだな」

 ギラの言う通り、彼が昨日今日で考えだした方法を予測なんてこと、現代人には早々できるものじゃない。

 すると今気づいたことだが、銃声が止んだことで網を張っている二機のヘリの他に、もう一機ヘリがいて、それが近づいてきていた。


 朝日を右側で浴びながらヘリが地上に着地すると、機体のドアがスライドされ中からフードを被って顔に妙な仮面を付けた黒装束の男が槍を携えて出てきた。

「なんかお出ましのようだな。黒幕とは思えないが・・・・・ん?」

「どうしたの?知り合い?」

「・・・・・いや、あいつが持ってる槍が気になっただけ。ありゃ大身槍おおみやりだ」

 大身槍とは、穂先である刃が通常の槍よりも長い30.3cm以上の槍のことを言う。

 男は槍を地面に突き立てて、声を上げた。

女子おなごを守る者よ出でよ!さもなくば警察に用意させたアーウェン37グレネードランチャーが、お前たち二人の左右両方から火を噴くことになるぞ!!」

 俺に盾の囲いから出ろと呼びかけてきた。左右に当のランチャー2本をそれぞれ構えている隊員が見えることから本気であることは喋りからして黒装束の男が年老いた日本人なのはわかったが、日本人である俺にだけ出てこいと言ってくる理由がわからない。一騎打ちか?もっと上の奴に生け捕りにしろと?いや、どちらにせよこの状況で素直にその指示に従ってもフィアだけが残った盾の囲いを吹き飛ばさないという保証はどこにもない。ならば・・・・・。

 俺は立ち上がって、盾の囲いから出て彼の指示に従う素振りを見せた瞬間、隊員たちの警戒が緩んだ隙を逃さずに囲いの外に大きなバルーン4つを空中で創造して出現させ、そのままヘリで死角になっている場所以外の隊員たちがいるパトカーの方向へバランスを崩させ転がした。隊員たちが慄き、バルーンがそれぞれパトカーに接触するのと同時に消滅させて、中身でさらに創造させておいた赤の塗料を弾けさせ、隊員たちの視界を遮らせた。

 混乱した警察たちに、俺はある物を投げまくった後、脅しの一声を上げた。

「Don't move over there!(そっちこそ動くな!)I put a remote explosive there now!(今そこにリモート式の爆薬を置いた!)Try to take the mask alone.(一人でもそのマスクを取ろうとしてみろ。)The ground will fly with this button!(このボタン一つで地面が飛ぶぞ!)」

 リモコンボタンを掲げて全員に見せるがもちろんこれはハッタリだ。俺がパトカーの近くに投げた爆弾もリモコンも全てダミーだ。フィアの大事な国民でもある警察は絶対に殺さない。そう決めている。だから彼らに対して本物の爆弾を使うことはしない。不殺で必要な時以外にな。

 ハッタリが効いたようで、俺の脅しを聞いた黒装束の老槍兵は隊員たちに待機の意を示すかのように左手を横に伸ばした。隊員たちの安全を確認できない今だけは相手に従うその姿勢、正に上司・・・・・いや、頭の鑑と言ったところか?

「見上げた順応性だな。一騎打ちだ!女子を守ってみろ!」

 そう言って老槍兵は自分の槍を地面から引っこ抜き、臨戦態勢に入った。よほど誇りを持った人物なのだろう。一騎打ちを申し込まれたのであっては、ここは囲いから出ざるを得ない。今ならフィアだけがやられる心配はない。俺は彼女にあることを告げてから囲いの盾を一つ消して外に出てはまた盾を創造し囲いを閉じ、軍刀型の木刀を携えて老槍兵の前に立ちはだかった。

「・・・・・真剣を持て。貴様、これが一騎打ちなのは承知のはず。貴様の持つ能力ならば生み出し可能なのでは?何故なにゆえ使わん?」

「自分は後ろにおわすブリテンの姫に一時的ながらも忠誠を誓った者。彼女の願いを尊重して行動するのみ」

 相手の疑問に対して部分的に答えながら木刀を水平にし、切っ先を相手に向けてその峰に左手の平を当ててこっちも臨戦態勢に入った。

「・・・・・その楽観的な覚悟のままでこの島から抜け出せると思うのかぁっ!!」

 物凄い圧迫感で斬りかかってくる老槍兵。

 俺は怯まずに左手にマグナムを創造し、二発の麻酔弾を撃ち込んだ。

 しかし案の定、相手は槍を使って防ぐというか叩き落した。

 まだまだと残りを続けて撃ち込むが全て弾かれ、大振りの攻撃を放ってきた。俺は前に飛び込んで避けそのまま木刀を振り下ろすも後ろに逃げられ、また槍を振ってくる。

「一騎打ちに飛び道具を持ち込むとはっ!」

「俺は真っ当に勝ちたい主義ってワケでもねえっ!!」

 戦いの中で虚勢は張れても、戦う前からもう分かってる。この老槍兵と戦って俺に勝ち目はない。避けては攻撃に転じても簡単に逃げられる。特にあの横の大振りは危険で受けたら危険だ。持っている木刀あるいは真剣で受けたとしても受けきれないほどの重量のある槍、それが大身槍なのである。その重量を軽くこなせるこの老槍兵の底が知れない。加えるとすれば、フィアへの気配りもあって全集中を相手に向けることができないところもあるからだ。

 とにかく今は奴の意識を十分に俺に向けさせて、その上で左から右へ大振りを・・・・・放った!今だ!!

「賤ケ岳!!」

「っ!!?」

 俺は走り出しながら老槍兵の前に跳び箱の踏み台を創造して置き、それを踏み込み、相手の頭上を水に飛び込むが如く越えて、真っ直ぐヘリの中に入り込んですぐドアをスライドさせて閉めた。

 老槍兵は俺が何をする気か分からずにドアを開けようとするも、俺が掲げて見せた物に気づいて手を止めた。

 M26手榴弾。それの安全ピンに指を通していて今にも抜こうとする素振りを見せた。

「Get out!(降りろ!)」

 ヘリにいた操縦主にも言い放ち、外へ出て行かせる。

「Evacuate everyone!(全員退避!)Close!(引けー!)」

 老槍兵が隊員たちにヘリから離れるよう指示しながらもフィアの方へ向かっていた。任務は遂行か・・・・・だがそうはさせない。

 ヘリのドアを開けてから手榴弾のピンを抜いて機体の中に放り込む。そして機体から飛び出した瞬間に爆発!


 ドオオオォォォォンッ!!


 タイミング良く鉄板を創造して爆風を利用して、一気に奴を追い抜いてフィアが待つ盾の囲いへ吹っ飛んだ。到達すると同時に囲いを消滅、フィアを連れてまたバリスタを創造して発射する槍にしがみつき、トリガーを引く。

 逃がすまいと老槍兵が投げた槍がバリスタに突き刺さる音を後ろに感じたが間一髪。


 俺達は、なんとかその場から脱出することができたのだ。

 

 だが、難所を抜けるという意味ではまだ達成できていない。

「フィア!また俺に掴まれ!すぐ槍を消す!」

「ええ!?今度は何を・・・・・・うわっ!!」

 槍を消して次に何を創造したかというと、

「グライダー!?」

 そうグライダーだ。でもただのグライダーじゃない。

 グライダーと言えば誰を創造する?ブリテンで言えば飛行機開発の先駆けとして優れた研究データを残したことで『航空の父』と呼ばれたジョージ・ケイリー、そしてドイツで言えばグライダーによる2000回以上もの飛行実験を自ら行った航空パイオニアの一人:オットー・リリエンタール。

 ここはケイリーが生きたグレートブリテン島だが、彼が作ったグライダーは今の俺達には状況的には合わない。だから現在アメリカ合衆国首都:ワシントンD.C.のスミソニアン国立航空宇宙博物館に現存するリリエンタールのグライダーを創造して、俺達は方向を45度変えながら滑空しているのだ。

「こんなことよく考えられるわね。魔法みたいに」

「“魔法みたいなこと”はこれから人類ができ始める時代が近づいている。だが忘れちゃいけないのは、人類が培ってきた科学のデータだ!過去の色んな偉人たちが科学や原理の追究を続けた結果、俺達の現代社会が成り立っているんだ。このグライダーもまた、飛行機開発の先駆者が残してくれたデータの一つよ!!ヤッフ~~~~!!!」

 槍で飛んでる時は楽しむことはできなかったが、グライダーともなるとやはり“自分は飛んでいる!”という気分で楽しい気持ちが沸き上がってたまらない!

「何で動力付きのグライダーを出さなかったの?」

「いつまでも飛んでいるつもりはないし、急がないといけない。あの老槍兵がまた来る前にマンチェスターに辿り着きたい。さっきヘリを爆破したのはその為だ。残りの二機はあの網を外すのに時間がかかるからな」

「マンチェスターに!?無理よ!だってここからマンチェスターまで100km以上はあるわよ?」

「その為の陸路だ。途中の邪魔を気にしている余裕がなくなってきた。何としてでもあの切れ者が来る前に辿り着かないと。下りたら車を創造して爆走する」

「・・・・・爆走?」

 そう、爆走だ。


 ブリテンの交通ルール上、制限速度は大体が次のようになっている。

 片側2車線以上:112km・片側1車線:96km・街の中:48km。

 つまり、最高でも車は112km以上は出せないことになる。出せば犯罪者となり逮捕まっしぐらだ。

「だが!俺たちゃ最初っから既に犯罪者じゃあああぁぁぁぁぁ!!制限なんてクソくらえぇぇぇぇっ!!!」

「普通はダメだからね!?そんな矛盾!!」

 俺達はグライダーで南へ続く道路上に低空飛行するまでに下がったところで、赤いスポーツカーを創造して時速300kmを出してギュンギュンギュンギュン走っているのだ。

 体は子供、頭脳は大人な俺だから言っておくぞ?読者のみんなも砂川もちゃんと運転免許を取ってから交通ルールを守って運転しろよ。いいな?

「検問の前の渋滞はどうする気なの?いくらなんでもこの車じゃ絶対誤魔化せないし・・・・」

「おっそろそろだな。それじゃフィア、しばらくハンドルを持っててくれ」

「ええっ!!?待ってよギラ、私運転経験ないんだからぁっ!!」

 まあ、16世紀生まれだもんな。

「ああそうだな。人類史上初めての王族による無免許運転に速度制限破りの伝説になっちまうわな」

「笑い事じゃないって・・・・・わわわっ!!?」

 彼女の有無などお構いなしに俺はハンドルを手放してパワーウィンドウを開けた窓から顔と体をのそっと出した。フィアが慌ててハンドルを掴んで水平運行を保ってくれているのを確認しつつ、見えてきた検問によってできた渋滞の最後尾の車の後ろに意識を集中させ、車を複数台積むタイプのキャリアカーから道板を出した状態で創造した。

「あれに乗って飛ぶぞぉっ!!」

「嘘!?嘘嘘嘘嘘嘘おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!?」

 フィアが嘘嘘と叫んでる間に、車はキャリアカーの上に乗り上げて、そのままジャンプ台にして空中へ飛び上がった。

 車が飛んだ勢いが重さで失速したタイミングでフィアを抱き寄せ、車を消滅させた。

「検問を突破する!親に貰った足使うぞぉっ!!」

「いきなり原始的ぃっ!?」

 車の上に跳び箱の踏み台をいくつか創造して踏み、降り立った後は車の上を飛び跳ね続けて進んだ。高低差が大きい場合はまた踏み台を創造して大ジャンプをする。

「Stop! If you don't stop I'll shoot!(止まれ!止まらないと撃つぞ!)」

 前方で俺達の存在に気づき始めた検問所の警察官の中に、MO19の隊員が数人いて銃を構えて警告してきた。俺はマグナムで、フィアはレミントンで麻酔弾を撃って隊員たちを眠らせて蹴散らし、検問を突破した。

 そして、車の列がなくなったらまたスポーツカーを創造し、乗って時速300kmで走行を始めていく。




 二人がロウギルの検問を通過してから約20分後の頃。

 あの罠を配置した平原ではEC 145ヘリコプター2機から接着剤付きの網をようやく取り外してクローリンを乗せているところであった。

「二人の追跡はどうだ?」

「追跡はできていませんが、リブル病院付近の検問所にいる警察官からの報告によると検問を突破し、まっすぐ南東へ向かっているそうです」

「・・・・・・・・・マンチェスターだ!すぐそこに向かえ!現地でも警察の強化を!!」


 マンチェスター。

 ここが何故有名なのか。それは18世紀半ばから19世紀にかけて起こった産業革命の中心的役割を綿工業で担っていた場所であるからだ。綿工業は20世紀に衰えたもののブリテンを代表する第二の都市として評価されるほどに現在も商業都市としての繁栄が続いている。

「本当に二人が都市に入ったのは間違いないんだな?」

「はっ、サルフォードの警官からサイズが異様に小さいスポーツカーを確認したとのことです」

 では一体どこに?あの少年は間違いなくわしや首相、“あの男”、それに王女とも同じ生まれ変わりの日本人なのは明白。それもかなりの歳を生きた人間のようだ。さっきのかまかけの一言を投げてきたところからすると相手であるわしがあの『賤ケ岳の七本槍』の一人であることまでも察しがついている。あの短期間でそこまで見抜けるとは頭の切れる男だ。だとすればこのマンチェスターへわざわざわしが到着する前に急いだのも何かを策しての行動のはず。奴もあの言い回しを知っているのだろう。“木を隠すなら森の中、人を隠すなら人の中”を。

『クローリン殿!アンコーツにて二人を確h・・・・・あれ?』

「どうした?」

『ま、まま、間違えました!二人そっくりな人形を発見いたしました!!』

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・しまった!“その手”で来たか!!



 人混みの中をフィアを連れてスルリスルリと抜けていく俺。

「等身大の人形を作ったぁ!?昨日の夜中の間に!?」

「ああそうだ!!一度やってみたかったことがついに叶ったぁっ!フッフー!!!」

 その通り。俺は昨日の夜中の間にバリスタで飛ぶ際の飛距離などに関しての計算の他に、3Dプリンターによる俺と彼女の等身大の人形を作ることに成功していたのだ。顔のデータは昨日撮った映像を基に作り、フィアのと俺の人形を形成、あとは昨日今日で着続けた服と顔・肌の為の色付けをして完成させる。これを色んなポーズを取る俺達の人形に繰り返して施せばできあがり。二人のそっくりな人形はちゃんとこの世に存在し、いつでも俺が創造できる代物になれたってワケだ。それにイングランド警察たちはついさっきまで“昨日と同じ格好をしていた俺達”に騙されやすくなっている。服装を完全に変えた今の俺達には早々気づくことはない。

 人形のバリエーションも豊富だ。例えば、笑い合う二人。怒り合う二人。憤怒・強欲・嫉妬・怠惰・色欲・暴食・傲慢な表情をした二人。

「早速七つの大罪組み込んでるね。既に変人じゃん!」

 飴を舐める二人。マンチェスターの名物・ブラックプディングを食べる二人。立ちションをする俺を止めるとかのシチュエーションをする二人。

「明らかにやっちゃいけないポーズも作ってたでしょ!?」

「まあ良いじゃねえか、どうせ抜けた後はすぐ消すんだし・・・・・しまった。相手に怠惰ですね~と語り掛ける表情をした俺達の人形の動画がネット上にもう挙がってるぞ。繰り返し再生を付けたのがやりすぎたか」

 携帯で検索してみて呆れる俺。

「すぐ消して!早く!」



『対象を発見・・・・あれ?』『対象を逮捕しました・・・・あれ?』『またまた対象を発見・・・・あれ?』

 どの無線報告も最後には『あれ?』で終わっている。

「クローリン殿、こちら対象の人形を20体見つけてきました!」

『おい!言っている場合か!こっちのマンチェスター大学では100体もあるんだぞ!!?』

 彼らが集めた人形はそれはもう限りなく本物に近い人形だった。少し前に会ったばかりの人間だというのに動いていれば本当に目の前にいると勘違いしてしまう程だ。やられた。これ程精巧な人形が町中にあっては追跡ができない。


「Hey! Wasn't there a target right now?(おい!今そこに対象がいなかったか?)」

「やばい!警官だ、急ぐぞ!」

 人混みの中の俺達を見かけたらしく警官4人が近づいてきた。フィアの手を引っ張り、日本名物『満員電車』の中を何度も潜り抜けた俺の経験をフルで活かし、サササッとその場から抜け出した。追ってきた警官は人混みの中で俺達そっくりな人形を掴まされることになるだろう。



 ロンドンの首相官邸にて。

「つまりお前はこう言いたいのか?ティベイ付近で大掛かりな罠を仕掛けて一時はイザベルたちを追い詰めたにもかかわらず、生け捕りどころか始末もできず、おまけにマンチェスターまで逃走を許し、さらには完全に行方を見失ったと?」

『イザベルに付いている日本人少年が持つ能力とそれを上手く使う頭脳が豊かであったからとしか言いようが・・・・・』

「相手が我等と同じ生まれ変わり人間だと承知の上で臨んだのだろう?今言い訳をしても何の得にもならない。行先の予測はできないのか?こっちは他国からの現状把握をしたいとの通告ばかりで面倒なことになっているのだぞ。早くイザベルを始末しなければ“あのお方”が黙っていないんだぞ」

『あの二人の最終目標であるフランスへ亡命する為にドーバー基地を利用するのは間違いありません。しかし見失った場所はマンチェスター。東・東南東・南東・南南東・南、蜘蛛の巣のように道が広がっているので行先を特定するのは困難になっています』

「予測だけじゃ捜索とは言わんだろ!さっさと見つけ出せ!!」

 興奮したスコーン首相は乱暴に無線交信を切った。

 まただ。また悪い方向へ傾き始めている。

 まるで900年前と同じ傾向だ・・・・・!


 ランドルフ・スコーンの前世は1167年から1216年。

 兄・リチャード一世は国民に強く支持されていた反面、彼が死んでから国王になったものの当時のローマ教皇インノケンティウス3世と争って教会から破門、フランスのフィリップ二世と争って領土を失い、挙句の果てに様々な税を国民から搾り取ったことで僧侶・貴族・諸侯たちの怒りを買い、王権を制限する大憲章マグナ・カルタへの合意を余儀なくされたプランタジネット朝3代目国王。


 通称:欠地王、ジョン王。


 あのマグナ・カルタからが今現在成り立っている社会への始まりだったのだ。あのせいで封建社会は崩壊し、王が国を牛耳る世界がなくなってしまったのだ。“あのお方”はそんな世界を私と同じで憂いていた。だからこそ!我等が世界を混沌に巻き込み!そして再び王がそれぞれの国を動かせる世界を復活させる!なのになぜ!なぜ!あのような王女たった一人殺すのに苦労しなければならないのだ?こうなっては私が持てる全ての力を使ってでも、国を民たちなんぞに任せっきりにしているあの王族の血を根絶やしにしてくれる!

 首相は書斎の電話を国防省に繋いだ。

「デービス元帥。すぐに部隊を動かせ!あの指名手配犯を見つけ次第殺すのだ!!」




 ストックポートを抜け、ペナイン山脈南側に位置するピークディストリクト国立公園に入って山中の道路を走行中のトラックに俺達は隠れて乗っていて、そして今、最後の山の斜面辺りで一旦降りたところだ。

「しばらくは歩きで行こう。いつまでも車で移動していちゃあ動きがパターン化してバレる」

「・・・・・・・正直言って、あんな大掛かりな罠とかを潜り抜けて今も生きていると不思議に思えてくるわ。脱出に失敗しても私たちもう伝説になれそう・・・・・」

「あ~駄目駄目駄目。そういうことを話すとフラグが立っちゃって不吉な予感に繋がるんだぞ。そういう成功した後のことを考えるのは良くない。そもそもこの脱走劇自体、フィアが爆発現場であるエディンバラのホテルから偶然抜けていたからこそ生まれたんだからな」

 そう言いながら山を下りていくと途中彼女は何かを思い出すかのように立ち止まった。俺は最初それに気づかず、彼女から数メートル程離れてしまったところで止まって彼女に振り向いた。

「どうした?」

「・・・・・・・私、外へ出ようとしたのはたしかに自分の意志だったの。でも、出る前に二人の執事に止められたの、出てはいけませんって。そこまでごねたワケじゃないんだけど何度か止められた後、クリストファー・コーネルっていう執事長が通してくれたの。今思うと三人は真剣な眼差しでアイコンタクトを送り合っていたわ」

「・・・・・・・フィア。執事たちとメイドたちそれぞれの家族が今どうなっているのか知っているか?」

「・・・・・・・最近全員、外国に住み始めたって・・・・・」

 お互い話をしていく内に結論が頭の中で出た為、その真実に気づいた時には言葉を失っていた。

「・・・・・座ろうか」

 フィアはもう、泣いていた。泣きながら頷いて地面に座った。俺も彼女の隣に立ち、寄り添うように座った。



 遡ること2日前の8月15日。

 バルモラルホテルにて、二人の護衛官を連れて外へ行こうとするフィア王女を見送るクリストファー・コーネル執事長と以下二人の執事・ジャイア・とウォニー、そしてキーラ・ムーアメイド長と以下二人のメイド・デシ―とキャリー。

〈申し訳ありません姫様。エゼルラルド様とハイネ様はもはや逃げられません。お二方には発信機が付けられていて連れ出そうとすればその場であの男に起爆されてしまう。家族を人質にされ、奴に従い、今日まで我々は手を汚し続けてしまいました。どうか、生きて、生き延びて下さい〉

 各々がその願いを胸にしまい、会場のドアに立ち並んだ。

「報告、3人共ここにいます」

『ご苦労、ではさっさとそこから離れよ。でなければ・・・』

「ご心配なく、我々はすでに避難しております」

『・・・・・そうか、では起爆といくか』

 執事長は嘘の報告をし、他5名とアイコンタクトをして一斉に目を閉じた。



 そして現在。

「・・・・・・・・クリストファーって名前には、救世主に捧げられし者っていう意味があるんだ。『名は体を表す』とは言うが必ずしも人間が名前の通りに生きるとは限らない。でも、その人は最期の最期で名に恥じない行動に出たんだな」

 彼女はもう聞いていない。聞かずに泣いていた。名前の通りに命を捧げた者たちを憂いて、新しい名前の通りに生きようとしている人間の胸の中で。



 少女が泣く中、声が届く範囲の山の斜面の地面で土に隠れながらも、“人為的に彫られた何か”があり、その近くから砂が流れ、穴が開き、生き物の目が外を見つめていた。













『BULLETSブレッツ』本編も気になって読んで下さると幸いです!!44発目はこの次に書き上げて投降する予定です!!


次回はいよいよクライマックスのPart4!!頑張って執筆中ですので、これまでPart1、2、3を読んで下さった読者の皆さん、最終編をぜひ楽しみに待っていてください!!



 

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