僕は、ばい菌です。
僕の名前は山岡大輔
あだ名は、ブツブツ
あだ名の由来は何のひねりもなく、
ただ顔面いっぱいに吹き出物が出来てる
という理由からだった
クラス全員から誰一人として疑問も持たないで
僕は、ばい菌として扱われていた。
僕の机は、隣と数センチ微妙に必ず離されていた。
ちょっと変な光景ではある。
僕の持ち物は、要滅菌対策なのか知らないが、
触ってしまったあとには、しっかりとズボン(スカート)
の裾でふき取るというルールが存在している。
どうしても触らなければならないときは、道端に
落ちてる軍手を拾ってるかの如くの器用な指使いで、
ササッとつかんで、そのあとは例の要滅菌対策を怠らない。
とにかく、僕はばい菌であった。
マンを付けたら、某なんかのキャラクターみたいだが、
そんな可愛いものではなかったのは、クラス全員の反応を見ればわかるだろう。
こんな扱いを受けて、反論しないのか、とか。
言い返さないのかというような疑問をもつ人もいるだろう。
だが、僕自身何も疑問を持たなかったのだから仕様がない。
僕自身も、自分の事をばい菌だと思っていた。
鏡を見てみる。顔がブツブツだらけ。
なぜ、鏡を見るかって?
今日は違うのではないか、と思うのだ。
いや、今さっきはそうだったけど、何かの
変化で違うことになっているのではないか。
と思うのだ。
光の加減を変えてみる。顔がブツブツだらけ。
違う鏡を試してみる。顔がブツブツだらけ。
間違いない。
僕は、ばい菌であった。それもキモチが悪い類の。
今日は、朝から朝礼があった。
1000人ほどの全生徒が校庭に集まり
何列かに整列して並ぶ。
意外と、皆真面目に並んでいる。
先生の話を一応静かに聞いている。
これも、何かのルールなのか。
誰が取り決めたものなのかは分からない。
気が付いた時にはそうなっていたのだが、
男、女、男、女。でクラス別に身長の順に
整列している列の僕の両端だけ誰もいなかった。
要するに、ちょうど、僕の両側だけ一人分空白があるのだ。
はて。並び方を間違えたかな?と最初は思った。
だが、すぐ分った。
ブツブツの横に並びたくない。と、ボソッと
隣の女子が言ったからだ。
担任の先生も特に注意するわけでもなかった
から、テトリスでいったらとても気持ち悪い
空白みたいになるであろう。その列の並び方は、
僕がこの学校にいる間ずっと続いた。
朝礼が終わり、皆が教室に戻っていく。
その日は暑かった。6月も末でどんどん気温も
あがってきていたから。
帽子を目深にかぶり、ハンドタオルで顔を
覆いながら(それが僕の家以外にいるときの
スタイルであった)
とぼとぼ歩いていると、後ろから声がした。
おい。
振り返ると、同じクラスの森永くんが立っていた。
おい。
もう一度呼ばれた。
僕は、家族以外の人前で声を出すことが出来ない場面沈黙症
という病気になっていたため。他の人とのコミュニケーションは、
首の上下、左右の動きで行っていた。
そのため返事が出来なかったから。とても怖かったけど
とにかく立ち止まり振り返って、
何ですか?という精一杯の表情でもって対応した。
そうすると森永くんは、凄くテンションをあげて、
少し離れたところにいた坊主頭で背は中くらいの
特に特徴もないような男子を手でこまねいた。
「岸田!こいって、こっち。こいつだから。」
岸田というらしい、その男子は。森永くんの横にタッタッタと駆け寄ってきた。
何か面白いことがあったのか、すごくへらへらしていた。
多分僕に関することだろうけど。
全くみたことがないから、多分違うクラスか、学年も違うかもしれない。
森永くんは、僕の顔の3cmくらい目の前に人差し指を突き出してきた。
いくらなんでも、それは少しビックリしたが。
それを表情に出さないでいることには
なんとか成功した。
「気持ち悪い顔」
森永くんは僕の顔に指をさしたまま、ただ一言だけ言った。
疑問形でも、罵倒でもなくて。
本当に、滑り台を指さして、
「滑り台」
と言う。
ただそのままの名称を
いうかの如くのイントネーションだった。
僕は、何の反応もしなかった。
ただやたら、暑くて頭がクラクラして
倒れそうであった。
リアクションどころでなくて、とにかく
椅子に座りたいなと思っていた。
岸田くんが、ヘラヘラして。
「うわ」
とだけ言った。
そこまでしか覚えていない。
森永くんと岸田くんは、一緒に何かを
ぼそぼそとしゃべりながらその場を去っていった。
僕も教室に戻らなきゃいけない。
だけど、不思議なことに校庭の地面が空にみえた。
こんなよく分からない表現でしか例えられないのが、
悔しいが、とにかくそんな状態に陥ってた為
歩くどころではなかった。
僕は、その場にしゃがみ込んだ。
少し嘔吐したかもしれない。
その座り込んだ僕を避けるかのように
全校生徒が校庭から、クラスに戻るため
ゾロゾロと通り過ぎていた。
10分くらいだろうか。多分そのくらい。
「どうしたの?だいじょうぶ?」
急に、背後から女子の声がした。
誰だかは分からなかったけど。
「気分悪いんだったら、先生呼ぼうか?」
僕は、なんだかとても泣きそうだった。
というか、泣いていた。
嗚咽を漏らして泣いていた。
何か言葉を返したかった。
でも、できないからとりあえず
首を思いっきり左右に振った。
「大丈夫ってこと?早く帰らないと
先生に怒られちゃうよ」
その女子は、僕の肩に手を置き、
顔を覗き込んだため思い切り目が合った。
同じクラスの大竹さんだった。
僕は号泣してた為、顔がグチャグチャであったであろう。
只でさえ、醜い顔をしているのに。
ただ、涙だけが無限に溢れて、それはもうどうしようもなかった。
大竹さんはビックリするくらいの無表情で、僕の顔を見ていた。
3秒くらい。
そして、歩きだし。去っていった。
僕は、分からないけど。ありがとうございます、とだけ言った。
多分聞こえなかったと思う。
大竹さんは、僕が見えないか見えるかの距離まで
離れたところで、右手をスカートで何度も拭いていた。
要滅菌対策はバッチリだ。
結局、僕を保健室に運んでくれたのは
体育教師の、田辺先生だった。
保健室に運ばれると、ベッドで僕はそのまま眠りについた。
多分、30分くらいで目が覚めるだろう。
田辺先生は、熱中症だろうと言っていた。
水分をちゃんと取るんだぞ。
それだけいうと保健室から出て行った。
実際、35分後くらいに目が覚めた僕は
ベッドの中で呟いた。
「さみしい」
あれ?こんな声だったけか。と思った。
もう一度呟いた。
「さみしい」
今度は、間違いなく僕の声だった。
休み時間が始まったらしく、校庭が騒がしくなってきた。
空は、とても青くて飛行機雲が見えた。