表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

第一の花嫁 料亭の女主人ゾラ (5/5)


「きゃぁあああ!」


 グロテスクな光景に気を失いそうになるゾラ。


 かろうじて残っていた唇部分から、ザスティンは弱った声を出す。


「ど、どうやってこんなことを?」

「接近したタイミングで、貴公の傷へ吾輩の血をかけて混ぜた。D流は血を操る流派。自分の血液なら他人の肉体に混じろうが操作できる」

「お、おのれ。D」


 床にうつ伏せになるザスティン。


 ゾラは勝利を確信して、ラドゥを祝福しようとした。


「ラドゥさ――」

「待て!」

「えっ?」


 一瞬でラドゥはゾラへ近づく。

 なぜかと彼女が戸惑っている間に、ラドゥの肉体から血飛沫があがった。


 グチャグチャグチャ


 聞いているだけで不快感を覚える音が背後からする。ゾラが振り返ると、そこには巨大な狼がいた。


 突如現れた謎の存在に、ラドゥは知り合いのように話しかける。


狼男(ルーガルー)か」

「そう。吸血鬼と狼男はルーツが同じ。故にこうしてB流で変身能力を鍛えれば、こんなふうにもなれる……だが、それだけではない」


 狼男がそう言うと、さらに体が大きくなるとともに右肩からもう一本の首が生えた。


「本来はちょっと違うんだが、貴様にひとつ破壊されたせいで双頭犬(オルトロス)だ」

「頭が破壊されたって……もしかしてあなた、ザスティン?」

「クフフフ。やはり人間にはすぐ分からないか」


 狼男はザスティンだと自称する。

 しかし頭部を失っても生き残るとは、ゾラからするととても信じられない生命力だった。


「吸血鬼にしても、飛び抜けた体力だ」

「つ、ラドゥさん。右腕が」

「ここにある」


 ザスティンは、ふたつの頭で噛み千切ったラドゥの右腕を分けて食した。


 ゲップー


 今までの姿からは考えられない汚い仕草で食事を満足する。


「クフフフ。ただ腹を満たすだけじゃないさ」


 メキメキメキ

 ザスティンの左肩から、三つ目の頭が飛び出した。


「相手を傷つけながら己を回復する。これぞB流武鬼道(ブルーカモード)三頭犬(ケルベロス)

「……」


 豹変したザスティンを前にして、ゾラは息も忘れてその場に尻もちをつく。


 その圧倒的な迫力から、本来、吸血鬼の弱点であった聖銀の杭が通じない理由が直感的に理解した。


 こ、こんなの勝てるはずがない。

 自分のちっぽけな復讐心に比べてあまりにも強大で恐ろしい存在を呼び出してしまったことを後悔するしかなかった。


 敵と比べて未だに再生しない右肩を抑えながら、ツゥラは冷笑を浮かべた。


「吾輩の腕は、おいしかったかいワンちゃん」

「虚勢を張るのも、いい加減にしたほうがいいぞ」

「あれ? 今なんて言った? 申し訳ない。吾輩、高貴な吸血鬼なもので犬語は理解できないのだよ」

「死ね」


 無音の突進。

 ラドゥを上空へ弾き飛ばしてから、ソニックブームで部屋中のガラスが砕け散った。


 B流武鬼道・三頭犬の地獄火炎(ケルベロスヘルフレア)


 天井と壁を使った四方八方からの激しい連撃がラドゥを襲う。

 

 ピンボールのように空中でお手玉にされる。

 

 D流武鬼道・血卵(レッドエッグ)

 

 吹き出す血が、球体となってラドゥを囲む。


 本当に球として弄ばれるつもりなのか?


 ザスティンは、突進で巨体を赤い球体へぶつけた。


「なるほど。固いうえに修復機能付きか」


 一度攻撃を防御した球体は、名前の通り卵のようにひび割れて役目を終えていく。かと思いきや、削れた破片は戻ってくると接着されて元通りになった。


「ならば、こういうのはどうだ?」

「くっ」

 

 苦虫を噛み潰すラドゥ。

 

 ザスティンは相手が死ぬまで終わらない地獄火炎を続けるが、先程とわずかに着弾地点を変えていた。


 その先は、ゾラとアイリー。


 球体は欠けても戻らずに、人間ふたりの元へ散らばって彼女たちを守る。


 卵に隙間ができると、ザスティンは六つの目でそれを捉えて即座に攻撃してきた。


 右首の牙が、ラドゥの脇腹を削った。


「がはっ」

「クハハハハハ! どうだ三頭犬の力は! 段位がこれほどまでに離れていてもこのザマ。やはりD流など恐れるべきでなしだ!」

「ひひょうだぞ(卑怯だぞ!)」

「自分の命よりも大事ならば、こんなところへ連れてくるな!」

「つへてきたのおまえはろ。そのばかぎりのきべんやろう(連れてきたのおまえだろ。その場かぎりの詭弁野郎)」

「うぅぅ……」

「どらさん!(ゾラさん!)」


 守られているはずなのに、ゾラは辛そうにする。

 するとザスティンはさらに速く、力強くなった。


「契約の力を上乗せした。私とあの女が交わした黒紅の契約はまだ生きている」

「馬鹿な。ゾラさんの娘を殺したことで契約は途絶えたはずだ」

「それがそうでもない。なぜならば――ゾラは、自分の娘さえも無意識に復讐の対象にしていたからだ」

「なんだと!?」


 ひたすらに増していく力に酔いしれるように饒舌にザスティンは語る。


「なにも知らずに村で産まれ、村で育った。そして自分の前で着々と村に馴染み、村に心から染まっていく娘へゾラは憎しみを募らせていた」

「そ、そんは(そ、そんな)」

「本当だ。その女は、夫を殺した人間だけでは済ませずに村の全てを憎んでいる。だから私が村に幸福を与えないかぎりは契約は守られ、危害を及ぼすことへの邪魔者を排除しようとしても力をもらえる」

「やあ(じゃあ)」

「貴様の考えている通りだまずい人間。その吸血鬼は、守ろうとしているものに死ぬことを願われているのだ」 


 違う。


 否定したかった。否定したいのに、ゾラはそれを声にできなかった。


 生きているのも不思議な大怪我を負い、自分のためにさらに傷を重ねていくラドゥ。


 彼がいなくなればあの村を消す障害はもう――


 ゾラの耳元でした声。

 周囲を探すが、近くにあるのは赤黒い殻だけで誰もいなかった。


 仇であるはずの村人たちと仲良くするあの子が嫌いになっていった――


 その内容でゾラは確信した。


 まさしくこれは、かつて一度は考えてしまったことだった。


 ああ……わたしはなんて醜いんだ。

 

 自分の悪意を認めたゾラは、ラドゥのほうへ視線を送る。

 もう勝利なんて願ってはいなかった。彼女が想像しているのは、この天災のような強さが村を襲って全てを滅ぼすことだった。

 

 ニヤッ、とするザスティン。


 膨れ上がった力を、一撃に注いだ。


「――」


 爪がラドゥの胴体を通り過ぎると、血液の噴水があがる。

 この血戦で一番の深手だった。


 死んだと、ゾラもザスティンも思った。


 ザッ

 足を伸ばして、倒れるのを防ぐラドゥ。


「……」


 紙一重で立っているが絶体絶命の危機。

 仲間からも裏切られ、自分の命さえ失いかねない。そんな絶望的な状態で彼が浮かべる表情は――微笑みだった。


「どうやら、まだ気は済んでないようだ」


 自分をここまで追いこんだ三頭犬を前にして、なんとラドゥはよそ見をした。


 その顔を向ける先は、ゾラだった。


 動揺する彼女を気にもかけず、ザスティンは追撃を与えていく。


「理解を越えて納得しても、憎しみの炎というものは燃え続けるものだ。だって同じ感情というくくりでも、それとこれは違うものなのだから」


 傷つけらながらラドゥはゾラへ語りかける。


 ゾラは早く終わってと、力を送り続ける。


 老人たちはそもそも都からきたわたしを好きじゃなかった――


「憎しみを消すのはただひとつ。燃え尽きるまで、全力で燃え続けることだけだ」


 村のために都へ行った夫を老人たちは裏切者と影で罵った――

 村長は夫が亡くなってからわたしへ声をかけてくることが増えた――

 娘が生贄の子供と言われていじめられた――


「だから貴女の気が済むまで、吾輩を殴るといい。吾輩は正義のためでもなく村人のためでもなく娘さんのためでもなく、ただ愛している貴女の幸せのために傷つけられることを受け入れよう」


 ラドゥは赤い卵を完全に溶かした。


 無防備のまま、ザスティンの全力をもらう。


 夫はそもそもわたしよりも村を愛していた――


「いいかげん死ねぇえええ!」

 

 仰向けで倒れるラドゥを潰すため、ザスティンは足を踏み下ろそうとした。

 

 ガシャン!

 

 だが最後の一撃は、外れて石の床へ亀裂を作った。


「ど、どういうことだ。契約の力が急に」

「もうやめて」

「なにっ?」

「ザスティン。わたしはわたしの復讐のために、その人を傷つけることはできない」


 黒紅の契約が内容の反故によって解除される。


 力を失うザスティン。


「ゾラ! 貴様ぁあああ!」

「ごめんなさい。でももう無理なの」

「愚かな人間が! もういい。せいぜい消えた力は一割程度。私は私だけの力で、そこの吸血鬼も村もおまえも全て餌にしてやる!」

「……はたして、できるかな?」


 片膝をついて立ち上がりかけているラドゥが言った。


 虫の息の貴様がなにをするつもりだ、とザスティンは飛びかかろうとするが嫌な予感がして止まった。


 ビュッ


 そしてすぐさま、そこを飛び退いた。


「これが狙いだったのか……最後の最後に明かさなければ勝っていたのに、ツメが甘い」


 割れた窓から日の光が差しこんできた。

 吸血鬼にとって最大の弱点であるそれを浴びてれば、いくら三頭犬の状態でもたちまちに死んでいた。


 やはりなんの策もなく、逃走もせずに防御し続けているわけはなかった。


 ザスティンは今度こそ本当の勝利を掴んだことに、綻びかける。


「――少し違うな」


 ラドゥは力をこめて、二本の足で立った。

 

 片膝の時は差さなかった太陽の輝きに当たることになる。

 

 馬鹿な。なにをしている!?

 

 驚愕に包まれるザスティンの視界の中で、ラドゥの肉体は発火した。

 数秒後にはそこには灰になっている吸血鬼の滅びた姿があった――はずだった。


「ここまでしてくれたことに逆に感謝している。本当はこれを使うには、かなり深い自傷を与えねばならなかったからな。それはやはり嫌でね」


 ラドゥは燃えたまま歩き始めた。


 どういうことかとザスティンがよく観察すると、灰がラドゥの足元に落ちていた。


 肉体の内側からなみなみと皮膚の上に湧いてくる血液。

 燃えているのはそれだけだった。


 全身に纏わせた血が火になり、灰になって零れ、その下に広がっていた血がまた火になる。

 

 D流武鬼道奥義(カズィクル・ドラクル)黄金の夜明け(ゴールデンドーン)

 

 金色の火炎が、吸血鬼の身体を包んでいた。


「太陽を利用するだと!? そ、そんなこと我々できるわけが」

「Dは実戦には使えない弱い流派だと言ったな……外れだBの小僧。その習得の難しさに、実戦レベルにまで至れる使い手が少なかっただけだ」

「舐めるな! 日の光程度を克服した程度でイキがるんじゃない!」


 床をくり抜いて投げつけるザスティン。

 石塊は肌まで届くことなく燃え尽きていく。


 残り一歩まで縮まった戦い相手との距離。


 二体の吸血鬼は、それぞれ一斉に爪を振るう。ザスティンのほうが先にラドゥへ直撃した。


「かはぁあああ」


 手首から先が灰になると、そのまま火は全身へ燃え移る。

 

 断末魔のあと、ラドゥに情けなくなった瞳で訴えかけた。


「仲間なんだから助け――」

「同胞としてせめて苦しまずに逝かせてやろう」


 ひと断ちで、分割されるザスティンの肉体。別れた三頭は灰になる前に、瞼を閉じて絶命した。

 



 明日(みょうにち)、ラドゥたちは村にいた。

 

 フードを被りながら、曇りの空の下でゾラと対面している。


「本当にありがとうございました。この感謝は、とても言葉じゃ伝えきれません」


 ゾラは大きく頭を下げた。


「いえいえ。困った人を助けるのは当然ですから」

「鼻がのびてて説得力ない」


 胸の谷間がチラっと見えてしまった。

 気づいたゾラは、恥ずかしがってすぐに体を起こす。


「ご、ごめんなさい。はしたないもの見せてしまって」

「いえ。とてもご立派でしたよ」

「スケベじじい」

「ところで花嫁の件は、考えてくれましたか?」

「それは……」

 

 ゾラは村の内側へ振り返った。

 

 子供たちが無邪気に遊んでいる。ザスティンを退治したと伝えると、村人たちは最初は疑ったが、徐々に喜びだした。

 吸血鬼に支配された時の村では、とうてい見られなかった光景。

 

 影の中で優しそうに笑う老人を、ゾラは見上げた。


「ごめんなさい。わたし、ラドゥさんにはついていけません。この村に残ります」

「よければ理由を訊かせてもらってもよろしいでしょうか?」

「わたし、復讐はもう諦めました……でも、この村を変えていこうと思います。歪な場所ですが、主人と娘が愛した故郷です。ですから壊すことなんてことはせず、少しずつ内側から悪しき風習を失くしていきます」

「それはとても辛い道だ。吾輩と来れば、絶対にそんな苦労はさせずに幸福にするぞ?」

「それでも、わたしはここで罪を償っていくと決めました」

「……残念。吾輩、フラれてしまったようだ」


 決意に満ちたゾラの表情。

 最後に切なく微笑んだラドゥは、ゾラへ背を向けた。

 

 そのまま足を動かして村から出ていく。

 

 村に残った彼女との距離はどんどん離れていった。


「ラドゥさん!」

 

 叫び声が聞こえた。


「わたし、ラドゥさんのことが二番目に好きです! 夫と娘がいなかったら、きっとあなたへ恋していました!」


 ラドゥは踵を返した。


「疲れたら、険しい道につまづいたら、吾輩のことを呼びなさい。吸血鬼の一生と恋心は長い。あなたが心変わりしたら、すぐに迎えにいって差し上げましょう」

「……あなたは本当に優しい吸血鬼ですね」

「惚れた女性にあまいだけです」


 そう言い残すと、老いた吸血鬼はまた旅を再開した。


これにて第一の花嫁のエピソードは終了です。読んでいただき、ありがとうございました。

楽しんだ方はご感想を、不満を持った方はご意見をお待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ