第一の花嫁 料亭の女主人ゾラ (4/5)
「あちゃ~捕まっちゃった」
隣のミイラと同じく、アイリーは壁際に拘束されていた。
「逃げ足だけははやい人間め」
「よく言われる。もっと褒めて」
「褒めてなどいない!」
ガチャン
両手首と両足首に鎖に装着された錠が着けられる。
「ちょっとこれキツくない? もうちょっと緩めてもらったうれしいかな~って」
「前回、嵌めた人間が抜け出されてしまってな。充分だと想定していたのだが、どうやら暴れられると肉と骨が削られたことで外れてしまうようだ。杭がなければ逃げられていたよ」
「こわーい! たすけてー!」
「うるさい。喚くな」
猿轡をする。
モゴモゴとなにか楽しそうに喋っているようだが、比較するとかなり静かになった。
「……」
ザスティンは、心臓が高鳴るのが分かった。
黙ったアイリーは実に綺麗で、人間とは思えなかった。黒いゴシック調の服で着飾っていることでまるで人形のよう、いやそれにしてはとても人の手では生み出せない完成度の高さだ。
美しければ美しいほど、血は美味。
これまでの生でも得られなかった極上の餌に、舌なめずりをした。
「ひもっ(きもっ)」
「くふふ。少々うるさいのが難点だが、これほどの馳走を変に手を加えて食すのは勿体あるまい」
ひと口めは素材の味そのものを楽しむべし。
ザスティンは、アイリーの首に噛みついた。
「――」
とっさに離れる吸血鬼。
血を唇から零す。
「ま、まずい!」
「……」
「なんだこのまずさは! 神の湧かす清浄な泉に、泥でも混ぜたような……もしかして貴様、男か?」
「あへちゃった(ばれちゃった)」
ウィンクするアイリー。
ザスティンの眼は血走る。
「貴様! この私になんてものを食わせた! 男児、男、女、老人、老婆、雄、雌! 私がこれまで食した血でも貴様のものは一番、下等な味だぞ!」
「ひほい(ひどい)」
「ええい。こうなったら殺すしかない! 貴様を殺して、口直しに鍛冶屋の息子をさらってきてやる!」
置いてあった金鎚と杭を手にする。
そのままアイリーの心臓へ深々と刺そうとしたところで、
「悪いが、その手を止めてもらおう」
「!」
カツン
月の女神の歌声を足元から鳴らして、ラドゥ十二世は広間へ踏み入った。
「あふぉ!(ラドゥ!)」
「貴様は、まさかあの村長に見捨てられた旅人の老人か? まさか同族だったとはな」
「そこの女装男は吾輩の従者だ。外見以外は全くのところ可愛くないし、おまけにたまに小便を寝ている時に漏らすが、それでも他人に手出しはさせん」
「ふふなばは(言うな~ばか~)」
「アイリーちゃん男の子だったんだ」
「ゾラ……!」
一緒に入ってきたゾラへ、ザスティンはイラつきを向ける。
「また吸血鬼か。私が不要になったから、今度は別の吸血鬼を使って始末をしようというわけか」
「違っ……」
「なにが違う。やはり人間など愚かなものだ。己のエゴで他を犠牲にする下等種族」
「そこまでにしておけ」
ゾラとザスティンの間に、ラドゥは割って入った。
マントで彼女を隠す。
「貴公のことはよく分かったザスティン。貴公はどうやら弱いものいじめが大好きなようだ」
「なんだと!?」
「人間が愚かなのが、エゴで他を犠牲にするから? 身内以外を大事にしないから? 笑わせる。ただ生まれ持って力持つ種族に選ばれたくらいで神様気取りか。吸血鬼も、この世界におけるただの生物に過ぎん! 己の種族にない特異性を下に見るなぞ、それこそ愚の骨頂!」
「ラドゥ十二世! 貴様、吸血鬼としての誇りはないのか!?」
「ない。あるとすればそれは――」
その場でターンして、ポーズを決めるラドゥ。
「吾輩の花嫁に相応しい婿として」
「かっほつけてけとはさい(カッコつけてるけどダサい)」
「ふざけおって! そんなに命が惜しくないというのならば、さきに貴様から殺してやる!」
臨戦態勢に入るザスティン。
ラドゥは一歩前に出る。
「吾輩は武鬼だが、貴公は?」
「私も武鬼だ」
「そうか。ならば、血戦だな」
「血戦のようだな」
ザスティンはマントをはためかせる。
「武鬼道――一〇〇段! ザスティン・ザークハント!」
「黒外套か!」
「三桁段位以上からしか付けられないマントだ! 負けを認めるなら今の内だぞ」
「フッ」
一笑にふすラドゥ。
今度は彼がマントを翻す。砂埃が舞って、真の色が晒される。
「武鬼道六六六段! ラドゥ十二世!」
漆黒のマントが背中を覆った。
「六六六だと!? 貴様如きが黒外套の最高段位保持者だって!」
「負けを認めるなら今の内だぞ?」
「待て。まだ流派を明かしてないぞ?」
「……Dだ」
「D? Dって言ったか貴様?」
クハハハハハ!
今度はこちらの番だとばかりに、腹を抑えながらラドゥを嘲笑するザスティン。
「なるほど。Dならばその段位なのも頷ける。ひと昔前に生まれたが、現代においては実戦で使えないとされた古い流派だ」
「では貴公はなんなのだ?」
「Bだ。最も所属する吸血鬼が多く、実戦形式の組手で鎬を削り合い、実力を高め合う最も強い流派。王家直属の騎士軍でも採用されている。虚仮脅しの貴様らDとは、格が違う。時代はDではなくB!」
戦う前から勝負は決したとばかりに、ラドゥを見下すザスティン。
ラドゥは拳を握る。
「そんなに実戦が好きだと言うのなら、今から証明してみせよう」
「これは血戦だ。爪牙を交える前に、己の望みを言え」
「――吾輩が勝ったら、二度とゾラさんの前に顔を出すな」
「――では私が勝ったら、貴様みたいな誇りない吸血鬼には死んでもらう」
ザスティンも腰を落として構えた。
対峙する二体の吸血鬼。
相手の様子を伺っているのか、どちらも一歩も動かない状況が続く。
緊迫感が、遠くから見ているだけのゾラにも伝わってきた。
「……」
ボゴンッ!
ゾラの視界内ではお互いに停止しているはずなのに、壁の一部が削れて轟音を爆発させた。
気が付くと、二体の吸血鬼は天井で爪を繰り出していた。
人間の目では追い切れず、一足遅く戦いを捉えることになっていた。
「シャッ」
「ハッ」
上下逆さまでの高速移動攻撃。足のほうが空へ近いのに、地面にいる時と変わらない挙動だった。
二体とも、爪を伸ばしたまま貫手を放つ。ビュウ、と大気が裂ける。
「どうやら基本はできているようだな」
「減らず口を叩いていると、舌を噛むぞ」
余裕をみせるザスティン。
ラドゥは足場もないのに一回転すると、天井をバターのように抉りながら踵落としを決めた。
ドゴーン!
爆心地のようなクレーターが広間の中央にできた。土煙の中を噴火のように上昇する影。
ジャギィン
天井を蹴って落下するラドゥと上へ跳躍するザスティン。上と下からの爪が擦り合うと、強烈だが実に澄んだ音が響いた。
人間ではできない三次元戦闘の間に、その音は立て続けに何度も響く。
間近で激闘が行われているはずなのに、ゾラはオーケストラの会場に浸っている気分になってしまった。
地上に着陸する二体。
どちらも汗一滴、傷一か所もなく優雅な立ち振る舞いだった。マントも一切崩れることなく、まるで先程までの熾烈な戦いがなかったかのようだ。
「なるほど。Dとはいえ、六六六を名乗ることのだけはある。技の冴え、力、そして再生能力。武鬼として求められる能力が、全て高い」
ザスティンの頬に残っていた糸のような傷が、たちまちに塞がっていった。
「……」
「だがそれもこれまで。ここからはBの真骨頂を出させてもらう」
「いいや。もう終わっている」
「なに?」
D流武鬼道・血爆弾。
ラドゥが剣のような鋭い目線でザスティンを射抜くと、頭が破裂した。