第一の花嫁 料亭の女主人ゾラ (2/5)
次の日の夜は、雨だった。
窓ガラスの外では流水が続く中で、ザスティンの前には豪華絢爛な食事が長机ギッシリに詰められていた。
皿も蝋燭も上等な品で、料理の見た目をさらに際立たせていた。
ワインを飲むザスティン。
アルコールの効かない吸血鬼にとっては、ただの水のようなものだ。
ゴクリ
水分をいくらとっても潤わない喉。生まれてから太陽など浴びたことがないはずなのに、強い日差しに当たっているかの如く乾いていた。
「まだか」
壁際のほうを見た。蝋燭の明かりも届かないため、部屋でそこだけ暗闇に包まれていた。
コンコン
外側からノックがされる。
人だ。人の匂いだ。
獣じみた嗅覚で人間を察知したザスティンは、指を鳴らす。それだけで、なぜか扉が開いた。
見えたのは、ドレス。
処女のほうが来たか!
ポーカーフェイスを崩して喜ぶザスティン。少年でも悪くないが、やはりアイリーほどの条件になると比べものにならなかった。
大きく腕を広げて出迎える。
「ようこそ我が城へ。今までもそしてこれからも味わえない、一生で一度の楽しいディナーに今夜はしよ――」
ザスティンの台詞は、途中で急停止する。
その胸に、白く輝く針が突き刺さっていた。
口から血が溢れる。
「太陽。にんにく。流水……あなたの弱点はいくつもあるけど、今回は銀を使わせてもらったわ」
「ゾラ! 貴様!」
ニードルガン片手に、ドレス姿のゾラが廊下に立っていた。
苦しみながら胸を抑えようとするザスティン。
「本当は一番の弱点である太陽にしたかったけど、あなたがのこのこと日光浴をしにくるなんてはずはないから諦めたわ」
「私はどちらかの子供を連れてこいと言っただけだ。なぜ、貴様がだけでそこにいる!?」
鍛冶屋の息子もアイリーもどこにもいなかった。
ゾラはたったひとりで吸血鬼と対峙していた。
「終わらせにきたの。村の人が一か月にひとりだけあなたに食われて死んでいくなんて、くだらない儀式」
「はっ! なにがどうくだらないというのだね!? 貴様たちだって食事はするだろ!」
「ええ。敬意を抱いて料理させてもらっているわ……でもね、動物だって魚だって植物だってただで食われることなんてせずに抵抗くらいするわよ。それで逆に、狩りにきた相手を殺すことだってある」
「くふふふ。敬意か……」
笑うザスティン。
教会で生成された聖なる銀。しかもさらに吸血鬼の弱点である杭状にしているのだから、地獄のような苦しみを彼は受けているはずだった。
なのに、可笑しそうに顔を歪める。
背筋に冷たいものが伝う予感をゾラは覚えた。
「さ、さすがだな。人間とは、実に面白いものだ」
「なにがそんなにおかしいのよ?」
「説明してやるのもいいが……そうだな。その前にひとつ思い出話をしてやろう」
「?」
「あそこを見ろ。もうじき、見えてくるはずだ」
目線を反らして、その隙を狙う作戦か?
なんらかの仕掛けを疑わざるをおえなかったゾラだが、なぜか引きこまれるように見入られてしまった。
……襲ってこない。
動かないザスティンへ安心した次の瞬間、閃光が迸った。
続いて聞こえる腹の底まで響く大音。
ゾラの顔色はすっかり青ざめてしまっていた。
「見ただろ?」
「……見てない」
「見えただろ?」
「見てない!」
最後にはうら若き乙女が泣き叫ぶように拒絶するゾラへ、ザスティンは事実を叩きつける。
「クハハハハハ! どうやら見たようだな! そうだよ。そこにいるのは先月、血を啜ってひからびた貴様の娘の亡骸だ! 泣き叫ぶまだ十にも満たない少女の身体に杭をさし、そこから垂れてくる血を飲むのは最高の美食だったさ!」
カランカラン
軽快な高音がすると同時に、疾走するザスティン。人間では気付いていても反応できない速度だった。吸血鬼独特の白樺のような腕が伸び、ゾラの首先を捕まえる。
「うぅっ!」
「餌に敬意を払うなど、ちゃんちゃらおかしい。殺される? 馬鹿め。下等種族にいくら反撃されても痛くも痒くもないわ。そうならない時点で人間――所詮、貴様らは牛や豚と同等の畜生と変わりないのさ!」
「おまえ、どうやって聖銀の杭を」
「普通の吸血鬼だったら、確かにあの程度の一撃で心臓を貫かれていたかもしれない。しかしこのザスティン様には通じない」
力が加えられ、呼吸が抑えられたことでゾラの体力は失われていく。
床に転がっている輝く杭を見下ろしながら、視界が暗幕に包まれた。
「あのアイリーという少女がいるのは匂いで分かっている。どこに隠したのか知らんが、見つけ出して、血を吸うことにしよう」
ごめんなさい。
謝罪の言葉を伝える前に、ゾラの意識は落ちた。