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短編集・散文集

明日

作者: Berthe

 明日の休みはまだ付き合ってない彼と初めてふたりでお出掛けするので、あやは自分の部屋で洋服と格闘している最中。自分好みの格好はもちろんあるにしてもそんなのは明日のデートには必要ないと端から頭の隅っこへ追いやりながらも、でもそれでも自分が好きなのを彼も好きになってくれると嬉しいとの想いがむくむくと湧き起こるままにいつもの姿になってみると、やっぱり可愛いし落ち着く。だけど、との一念がそれを邪魔してすぐさまぬぎ捨て、一応よそゆきとしてベッドに並べてあったものの一つに着がえると、自分が自分でなくなったような気がしながらも、鏡のなかの佇まいに我ながら惹かれてゆくのに、顔がほてって恥ずかしくなって、さらに見つめながら鏡へ秋波を送りつつそんな振る舞いにも慣れていく。が、急に我に返って、これを着たままの明日一日を思ってみれば、急が急にそんなの無理だし、恥ずかしいしどこでか無理が来ると、冷静に省みてしまう自分がつくづく情けなくて、どうして彼が好きそうなのを着て行けないんだろう。胸が重くなってくるのを、いつもならそれに任せて時を過ごすのを厭わないのも今日が今日はそんな暇もない。あやは静かに服をぬいでベッドに戻すかたわら、その隣に置いてあったもう一つのよそゆきに時間をかけて着がえながら完成した立ち姿を鏡に据えると、悪くない。そんなの知ってる。そんなこと知ってるけれど。だけどやっぱりしっくり来ないとの想いが湧き上がってくるのを、ことさら首を振って否定して、もう一度自分の姿を見据えつつ明日のことをぼんやり想像しているうち今からふわふわ楽しくなってきて、それを自分のお気に入りの服に替えてみれば、自分ばっかり楽しそうで、ちょっぴり怖い。どうしよう。ゆいに訊いてみようかな。ふとお友達のことが頭に浮かんできた矢先、あの子によそゆきを勧められたところで明日ちゃんと着けられるかわからないし、いつもの格好を勧められたらられたで不安だし。それに適当に返されそうで、こっちは真剣に悩んでいるのに。あやは訳もなくむやみに悲しくなってきて、ベッドに静かに腰掛けて腿のあたりをさすっていると、にわかに立ち上がりクローゼットへ寄った。あやは服を種類ではなく色で分けていて、今はグレーのものが並んだところにいるのだが、人によっては全部同じ色だと言われかねないのも重々わかりながら、あやにとってはひとつひとつがどれもこれもまったく違うのに、どうしてみんなわからないんだろう。と、誰とも知らない他人のことをふわりと思いつつ、不満とも得意ともつかない心持ちになってくる。ローズグレー、チャコールグレー、灰色、茶鼠、銀鼠、砂色、鉛色、色の名前はわからないけれど、これとこれとこれも全部違う色、と数えあげながら、だんだん胸がおさまってくるのとともに、もう明日はこのあたりの色をメインに服を選び直してみたくなった挙句、流れるままにるんるんと全身の色彩を統一して合わせてみると、すごく好い。可愛い。ぬぎ捨てたよそゆきを足で適当に押しやって、もう一度、姿見に映したそれは、はっきり洒落ている。これがわからないなら彼が悪い。訳もなくむやみにいきり立った折からスマホが震えて、きょろきょろとカーペットの隅に見つけたそれへ足早によって手に取るそばから、ゆいであるのをあやは早くも認めて、嬉しくも期待外れなのをかすかに意識しつつ要件を確かめれば、講義でだされた課題について。えっと焦ったのもわずかばかり、もう済ませてあるのにすぐに気づいて、月曜に見せるねと文面を打つころには得意な心持ち。が、たちまち明日のことを思い出す。思うまま指を動かしながら、ゆいにはまだ何も言ってないのに気づいて、というより自分にとっても急なことだし、そもそもどこから説明したらいいのか。わからなくなって、課題の件だけ送ると、急に心細くなる。でも、自分のことは自分でやらなきゃ。もう子供じゃないんだから。と巷に流布しているだろう、紋切型の格言にあやはそれと知らずいっときの勇気を得ると、しわの寄っていたところを手のひらでやさしく伸ばしながらふたたび鏡へ向かった。

読んでいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まだ付き合ってない彼との初デートに臨む女性の心理が、極めて微細に描かれています。男の私には分からない女性の服へのこだわり、迷い、などが文面からかなりの緊迫感で迫って来ます。 女性の関心がよ…
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