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綻び



「いったいどういうことだ!!」


 大神殿内の執務室にて、戦神ゴルドは拳を机に叩きつけ、荒々しく叫んだ。


「神界の『(ほころ)び』は日に日に増えるばかり! 加えて我らの与える加護の力は弱体化する一方ではないか!」


「ゴルド、少しは落ち着いて下さい」


 室内のソファーに腰掛けていた魔法神クリムトが冷静に答える。


「これが焦らずにいられるか! こうしている間にも民が苦しんでおるというのに」


「しかしそうやって叫んでみても仕方が無いではありませんか」


「クソッ! 破壊神め、どれほどの罪を重ねるつもりだ! 一体何が目的なのだ!」


「……」


 ゴルドの言葉に、クリムトは押し黙る。


 たしかに、何故彼女はこのようなことをするのだろうか。このまま神界や下界が滅びてしまえば、自分自身の存在さえ危うくするというのに。







 破壊神を処刑したのは、もう十年も前のことになる。


 下界との通信が何者かにより制限されているのに気付き、秘密裡に調査を進めると、あの破壊神による妨害が原因だと判明した。


 下界の現状を憂い、その統治に苦心惨憺(くしんさんたん)する七神に対し、辺境で自堕落な生活をする彼女が邪魔をしていたという事実は、クリムト達を極めて不快な気分にさせた。


「我らの苦悩、我らの受けた屈辱、そして何よりも、これまでに下界の人間たちが受けた苦しみは計り知れない。あやつは極刑に処されるべきだ!」


 その場にいた者の中で、ゴルドの言葉に反対する者は居なかった。


 破壊神の処刑後、私達は下界との通信を回復し、人間に対して自由に加護を与えられるようになった。


 さらに、人間に与えるスキルや能力等に制限が無くなり、下界に対してこれまでに無いほどの力を行使することができるようになった。


 これ程の影響力を保持できれば、長年の戦争を終結させ、下界に平安をもたらすことも容易い。そう思ったクリムト達はこれまで以上に協調し、下界への介入を強めた。




 下界に存在する、神界との通信拠点――人間達は「教会」と呼んでいる――から、思いがけない報告が入ったのは、数年前のことだった。


 とある集落の人間から、「破壊神の加護」が見つかったというのだ。


 報告を受けたクリムトは、まさか、と思いつつも、即刻その者を処刑せよとの宣託を発した。その後すぐに火刑に処したと報告を受けたものの、クリムトの憂いは晴れなかった。


 下界に追放された神は、その力も記憶も失う、それはこれまでの追放者の例を見ても明らかだった。つまり破壊神の加護を持つ人間が発見されたということは、破壊界が追放を逃れ、まだどこかで生きているということ。


 しかし、そんな筈はない。ゴルドの持つ宝剣は創造神様より賜った無類の聖剣。あの聖剣の放つ聖なる波動は、どれほどの神格を持つ神であれ一瞬のうちに消滅させてしまう程の恐ろしい力をもつ。魔法神として絶大な魔力を持つクリムトでさえ、その御力の前には無事ではすまないだろう。


 あの聖剣の力に貫かれた彼女が生きていただと? 何かの間違いか、とその時のクリムトは思った。当時既に、破壊神を追放してから七年もの月日が経っていた。今さら彼女が世界をどうこうできる筈もなかろう。


 しかし、その後事態は急変する。


 ある時、何の前触れもなく、神界のあちらこちらで「(ほころ)び」が発見され始めた。「(ほころ)び」とは、空間に亀裂のような切れ込みが発生する現象を指す。その切れ込みの内部に触れた物は、その大きさや重量を問わず、その内部へと吸収され、二度と戻ることはない。神界にておよそ一万年に一度の割合で発生するという伝説上の災害である。長い時を生きるクリムトでさえ、知識としては知っていたものの、実際に見るのは初めてであった。


 「(ほころ)び」は当初、一メートルほどの黒い裂け目として現れたが、徐々に周囲の物体を巻き込みながらその大きさを拡大し、二日後にはおよそ五十メートル程の円形となった。


 現在のところその(ほころ)びを修復する手段はなく、七神の力をもってしてもその拡大速度を遅らせることが精一杯であった。


 そうした状況に至り、七神達は認めざるを得なかった。


「破壊神は生きている。そして、自らを追放した七神を恨み、何らかの手段で神界を滅ぼそうとしている」


 七神達は即座に天使兵による破壊神捜索部隊を編成し、神界中を探させたが、今だ痕跡すら見つけ出せていない。


 また下界の全ての通信拠点(教会)に対しても、「破壊神の加護を持つ者を探し出し、発見次第抹殺せよ」との神託が下されているが、現在に至るまで、一切の情報は得られていない。


  さらに悪いことに、(ほころ)びの発生と時を同じくして、回復した筈の下界との通信に再び異変が発生し始めた。


 加護を与えた人間の能力が、以前と比べて著しく弱体化している。その事に気付いたのはゴルドだった。


 以前ならば、戦神ゴルドの加護を受けたものは、戦場において正に一騎当千の活躍をしていた。しかし今では「五、六人を相手に勝利できる」程度の能力に成り下がっている。こんなことは前代未聞だ。以前、破壊神に邪魔をされていた頃でさえ、そこまでの弱体化はしていなかったというのに。





 現状は決して良好とはいえない。しかし、神界の統治者として、私達七神は破壊神などに負けるわけにはいかないのだ! クリムトは内心で自身を鼓舞した。そして決意を込めた瞳でゴルドに語りかけた。


「破壊神の目的が何であれ、私達は全身全霊をもってこの事態を治めていく他ありません。それが、創造神様により与えられた、七神としての使命なのですから」


「……そうだな」


 クリムトの言葉に、落ち着きを取り戻したゴルドは、強い意志をもって答えた。


「ともかく、今は神界の(ほころ)びに対処しなければなりません。根本的な解決はできなくとも、私達の力で進行を遅らせなければ、いずれ神界は闇に呑まれてしまうことになるでしょう」


 クリムトがそう言った丁度その時、慌てた様子の秘書官が新たな(ほころ)びの発生を報せてきた。


 すぐに現場へ向かおうとする二人に、秘書官は言い難そうに付け加えた。


「あの、お二人に暗黒神ドラグノフ様から、面会の申し込みが入っておりますが……」


「ドラグノフ?」


 クリムトは(しば)しの間をおいてその名を思い出した。


「ああ、あの旧神の……」


「あの偏屈な爺さん、まだ生きていたのか」


 同じく思い出したらしいゴルドが小さくつぶやく。


「しかし面会の申し込みは全て断るように言っておいた筈ですが?」


「そのことをお伝えしたのですが、旧神の要請は優先される筈だとおっしゃって……」


「……全く、旧神というのは……」


 クリムトは呆れた声を出した。


 既に遠い昔のことであるが、旧神たちが七神とともに神界の統治に関わっていたことがあった。


 クリムトの記憶では、当時から旧神たちは自らを特別視していたように感じられた。彼らは大神殿内を我が物顔で練り歩き、七神のやり方に口を出してきた。また、彼らは自らの地位に固執し、七神や他の神々の意見に耳を傾けようとしなかった。


 創造神様の命により大神殿への立ち入りを制限されてからは、大人しく辺隅(へんぐう)の地に隠居したものと思っていたのだが。……あるいは、神界の綻びという異常事態に、忘れかけていたはずの、地位や名声を欲する心が刺激されたのかもしれないな。


「とにかく今は非常事態です。旧神だからといって特別扱いはできません。こちらからの連絡を待つように言って、今日は帰しなさい」


 クリムトはそう言って秘書官を退出させた。


「放っておけば、そのうちに諦めるでしょう」


 そう言い捨て、クリムトはゴルドとともに、新たに発生したという「(ほころ)び」の現場へ急いだ。




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