暗黒神ドラグノフ①
暗黒神ドラグノフは、久しぶりに神界の聖都を訪れていた。
「七神議会」が開かれる大神殿は、神界の中心たる聖都クレスティアに存在するが、当然、神族の全てが聖都に住んでいるわけではない。
辺境にて引きこもり生活を満喫していたドラグノフだが、たまには聖都にある別邸の様子を見に行こうと思い立ち、旅行気分で聖都をぶらぶらと歩いていた。
道中、大神殿の近くを通りかかると、普段は内部に引きこもっている文官たちが、せわしげに走り回っているのが見えた。
別邸に到着すると、不在中、屋敷の管理をしていた風の精霊王シルフが彼を出迎えた。彼女は下界生まれの精霊であったが、二百年ほど前、その力の強大さ故に神格者として認められ、神界の住人となっていた。
「これはこれはシルフ殿、ごきげんいかがかな?」
「ドラグノフ様、ご無沙汰いたしております。おかげさまで一族とも元気に暮らしております」
別邸の談話室にて、シルフが用意してくれた紅茶を飲み、落ち着いたところで、ドラグノフは先程から気になっていたことを尋ねてみることにした。
「そういえば、なにやら大神殿が騒がしいようですが、何かございましたかな?」
シルフは少し考えるようなそぶりを見せた後、躊躇いがちに口を開いた。
「近頃、神界のあちこちで妙な事件が起きていると噂になっています。もしかすると、その事と何か関係があるのかもしれません」
「妙な事件、ですか?」
「はい。私も詳しくは存じ上げないのですが……」
彼女の話によると、神界の一部領域において、急激な天候の変化や、環境の不安定化といった異常現象が発生しているという噂が流れているらしい。理由は全くの不明で、現在、七神およびその部下たちはその対応に追われているという。
「このところ頻繁に七神議会が開かれているようです。大神殿の方々がお忙しくされているのも、その為かもしれませんね」
「ふーむ」
シルフが風説に惑わされるような者でない事を、ドラグノフは理解していた。おそらく、実際に何らかの異常事態が起こっているのだろう。あの七神の連中が集まらざるを得ないような事態が。
現在、神界は「七神」と呼ばれる神々により統治されている。七神とは、以下の神々を指す。
戦神 ゴルド
魔法神 クリムト
豊穣神 アリエラ
智神 カイ
炎神 エルンスト
鍛冶神 ミト
技巧神 ユラエ
そして、「七神議会」とは、その名のとおり、七神によって開かれる公式の議会のことであるが、多忙な日々を送る彼ら全員が揃うことは珍しく、また、余程の事態でもなければ、議会が開かれることもない。
つまり、その余程の事態とやらが起こっているのだろう。ドラグノフはそう確信し、状況の把握のため、すぐに大神殿へ向かった。
†
大神殿の一室、議会の議事録やその他の資料を記録する神話編纂室の入口にて、室長のエンリケとドラグノフが押し問答をしていた。
「ですから、記録の閲覧には七神の許可が必要なんです!」
「いえ、先程から申しておりますように、旧神である私には、その許可は必要ないはずです。議会規則の第三条第五項に記されていますので、調べていただけますかな?」
神話編纂室は、現在、大神殿内の他の部署と同様に多忙を極め、きりきり舞いの有様だった。そんな中、事前の連絡も無しに急に現れて「議事録を見せろ」などと言う客に、親切に対応しようとする気持ちがあるはずもなく、初めから喧嘩腰で応対するエンリケ。それに対し、ドラグノフは冷静に、辛抱強く説き伏せようとしていた。
数度の問答の後、エンリケがしぶしぶ法典を参照すると、確かにそのような記述が存在することがわかった。ドラグノフの言い分が正しいことを認めざるを得ず、彼は大きく舌打ちをした。そして不貞腐れた態度のまま手続きを進める。
「……では、閲覧記録を残しますので、神格の開示をお願いします」
ドラグノフが「真実の鏡」に自らの姿を映すと、表面に光り輝く文字が浮かび上がってきた。
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名称:暗黒神 ドラグノフ
神格:光と闇を司る者(旧神)
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表示された内容を確認し、苦虫を噛み潰したような顔になったエンリケは、「少々お待ちください」と言い残し、資料室へ引っ込んでいった。ドラグノフは、そんな彼の様子に苦笑しつつ、備え付けのソファーに腰を下ろした。