守護者
目の前には、傷一つないルリの姿があった。
「ルリ!」
僕はルリに飛び掛かるようにして、しかし力を込め過ぎないよう細心の注意を払いつつ、彼女の体を抱きしめた。間違いない。この子は本物のルリだ。これまでの事はただの夢だったのだろうか。だとしたら、本当に酷い悪夢だった。しかし、今僕の手の届くところにルリがいて、こうして抱きしめていられるのだから、それだけで僕はこれまでの恐怖や絶望を帳消しにできた。
ルリは縋り付く僕を優しく抱きしめ返し、その柔らかな手で僕の頭を撫でた。
「よしよし、ロラ君はいい子だねー」
こうして隙あらば僕を年下の赤子のように扱おうとするのは、ルリの最近のお気に入りの遊びのひとつだった。いつもは僕の方がルリを年下扱いしている為、それに対する可愛らしい仕返しといったところか。
いつもと変わらないルリの様子に安心して、僕は周囲の状況を見渡す余裕が出てきた。そして今更ながら、自分もルリも何一つ衣服を身に着けていないことに気が付いた。
「ねえ、僕たちなんで裸なんだろう?」
「あのね、服は燃えちゃったの」
燃えた? ということは、あれは夢ではなかったのか?
記憶が曖昧で、どこからが現実で、どこまでが夢なのか、はっきりしない。
というか、ここは何処だ? 見たところ人里離れた奥深い森の中という印象だが、そもそも屋敷に居た筈の僕らがどうやってここまで来たのだろうか。
「ルリ、僕はまだ寝ぼけているみたい。なんで僕たちはここにいるんだっけ? 教えてくれる?」
「いいよ! えーっとね……」
その後、ルリはたっぷり時間をかけてこれまでのことを話してくれた。子どもらしく話が急に飛んだり、前後の繋がりがあやふやだったりしたが、僕は労せずしてその概要を理解した。
ルリが説明したところによると、僕が外出した後しばらくして、ルリは家が火事になっているのに気が付いたという。慌てて僕を呼びに外へ出ようとしたが扉が開かず、窓にも何か覆いのようなものが張り付けられていて出られない。
四方から炎が迫る中、逃げることもできずに途方に暮れていると、だんだんと意識が朦朧としてきて、気が付くとこの草むらに二人で寝ていたということだ。
因みに僕たちの着ていた服は真黒い灰のようになっていて、少し触っただけでボロボロと崩れてしまったそうだ。
元気に話を始めたルリだったが、火事の様子を話すうち、その時の不安を追体験したのか、僕に甘えるように抱きついてきた。
そして涙を流しながら、一人でどれだけ怖い思いをしたか、何故行かないでといったのに出かけてしまったのか、なんで傍にいてくれなかったのかと、僕を責めるように言った。
そうやって、ルリにその時の恐怖を吐き出させ、怖かったね、僕が傍にいたら良かったね、と彼女の思いを肯定し、背中を優しく撫でて慰めてやると、ルリはその度に嗚咽をもらし、僕を強く抱きしめてくる。
最後には泣き疲れて眠ってしまった。
僕の肩に頭を乗せて眠る彼女を優しく抱きながら、僕もそっと目を閉じた。
彼女は、何も本気で僕を責め立てようとしているのではない。これは彼女が自身の中に溜め込んでいた恐怖を外に出すための「儀式」のようなものだ。
もしこの「儀式」を否定してしまえば、彼女は二度とこの時の恐怖を外にだせないまま、一生抱え込んでしまうことになりかねない。
ルリの両親は最後までそのことを理解しなかった。もし彼らが僕と同じ状況になれば、ルリの台詞を言葉どおりに受け取り、あれこれと反論しては、またルリを泣かせていたことだろう。
ああ、彼らがここに居なくて本当によかった。
ともかく、やはり僕たちの家が火事になったこと、そして僕もルリも、燃え盛る屋敷の中で気を失ってしまったことは確かなようだ。
すると何故僕たちはこうして生きているのだろう。
†
「お兄ちゃんの服から、こんなのが出てきたよ」
一時間ほどたって目覚めたルリは、すっかり元気を取り戻しており、その事に僕は安堵の息を吐いた。
ルリは炭化して崩れ落ちた僕の服の中から転び出てきたという紙切れを僕に手渡す。そこに描かれた特有の紋章を見て、僕はあの時司祭に渡された魔法紙だと思い当たった。
煤がついて少し黒ずんではいるものの、使用するのに問題はなさそうだ。驚くべき耐火性である。上級魔法紙と言うだけあって、魔法的な防御機構でも備わっていたのだろうか。
煤を払ってみると、魔法紙が二枚重なっていることに気が付いた。こんな高価なものを二枚も寄越すとは、あの司祭も、彼なりに思うところがあったのかもしれない。僕にとってはどうでも良いことだが。
とりあえず、これは保管しておくとして、先ずこれからどう行動するかを考えなければならない。
ルリの話からも、現状に関しては特に新しい情報は得られなかった。僕たちは、自分たちが今何処にいるのかさえわかっていないのだ。
ここが僻遠の森の中なら、いつ魔物に襲われるかわからない。もしリード村の近くの森だとしたら、僕たちの死体が出ないことを不審がった村人達が探しに来るかもしれない。下手に移動することもできない状況だ。
とにかく急いで着る物と寝床を何とかしなければ。夜になれば気温が下がり、体力が奪われるだろう。
しかし、そもそも何故僕たちはこんな所に移動したのだろう。屋敷で読んだ英雄譚に、「時空魔法」のスキル所持者が、見知った場所へ一瞬で移動する「転移」という魔法を使用する話が載っていたが、僕もルリもそんなスキルを持ってはいないし。
そこで、僕はふと思い出した。
あの司祭は、魔法紙を僕に渡すときにこう言っていた。
「『持たざる者』が後天的にスキルを発現させることもある」
今回の「転移」は、僕の新たなスキルが関係しているのではないだろうか。もしかすると時空魔法のスキルでも得たのだろうか。そうであれば、今後ルリを守っていくのに大いに役立つはずだ。
そんな淡い期待とともに、僕は魔法紙に書かれた紋章に手を触れてみた。
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ロラ 人族 7歳
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だがやはり名前と年齢が記載されるばかりで、スキルを獲得している様子はなかった。
少々落胆した僕の様子を見て、ルリがまた僕を撫でようとしてくる。
暫しされるがままになっていた僕であったが、浮かび上がった文字列に対する僅かな違和感に気が付いた。
「ん? 人族?」
よく見ると、教会で見た時には無かったはずの「人族」の文字があることに気付いた。この魔法紙は上級というだけあって、通常の物と比べ、より詳しい情報まで表示させることができるのかもしれない。
もしそうだとすれば、ルリのスキルや加護についても詳細が分かるだろう。
僕はもう一枚の魔法紙をルリに使わせてみた。
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ルリ 人族 7歳
風魔法の素養 ▼
破壊神の加護(ユニーク)▼
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ルリが紋章に手を触れた瞬間、案の定、以前とは異なる内容が表示された。
そして項目の右端にある ▼ の文様に触れると、より詳細な情報が開示された。
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風魔法の素養 ▼
風魔法を習得しやすい。
破壊神の加護(ユニーク)▼
破壊神の加護とは、破壊神の庇護下にある者に与えられる称号である。
破壊神の加護を与えられているのは、この世界で唯一人である。
意に沿わない「破壊」に対する耐性を付与できる。
(物理耐性極大・魔法耐性極大)
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加護の詳細を確認した僕は、なんとなく不愉快な気持ちになった。
この破壊神の加護のおかげで僕とルリはこうして助かることができた。それは間違いなさそうだ。
だが、そもそもこの加護のせいでルリは焼き殺される所だったわけだから、僕たちを助けたとしても、それはただの自作自演に過ぎないのではないだろうか。
しかし、ルリにとって、この加護は今後とも大いに有益なものとなるだろう。
そのことが何とも面白くない。
いや、正直に言って目障りだ。
僕はギリギリと歯噛みした。
(今日ルリを守ったのは僕じゃない。僕はルリを守れなかった。どんな理由があれ、それは事実だ。)
自分が冷静さを欠いていることは重々承知している。
しかし僕以外の者がルリを守ったという事実が、僕にとっては殊のほか堪え難かった。
僕は屈辱に震える心に誓った。
(次にルリを守るのは破壊神じゃない、この僕だ。)
(僕は絶対に、破壊神なんかに負けたりしない!)