邪神の使徒①
「あの、司祭様、僕は何故呼び出されたのでしょうか?」
「ここでは駄目だ。教会についてからにしよう」
無言のまま二人で歩き続けるのに耐えきれず、僕はおずおずと司祭様の後ろ姿に話しかけたが、彼は素気無く答えると、振り返りもせず歩を進める。
いつもは穏やかで優しい司祭様だが、今日は何やら表情が硬く、近寄り難い雰囲気を醸し出していた。
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僕の名前はロラ。
義妹のルリと二人でリードの村に暮らしている。先日、二人揃って七歳となり、教会での洗礼式を済ませたばかりだ。
洗礼式にて神様へのご挨拶を済ませた僕たちは、晴れて一人前のスキル持ちとなる……はずだったのだが。無事に風魔法のスキルを得たルリとは違い、僕は何のスキルも得られなかった。
心配した司祭様が、何度も儀式をやり直してくれたんだけど、やっぱりダメだった。
僕は数万人に一人いるという、生まれつきスキルを持たずに生まれてくる人間、世間で言うところの「持たざる者」だったようだ。
非常に残念ではあるが、司祭様が言ってくれたとおり、スキルだけが人生ではない。それを気にするよりも、ルリの風魔法取得を祝おうと考え、その場で気持ちを切り替えたのだった。
それから数日がたった今日の昼過ぎ、司祭様がわざわざ村はずれにある僕らの家までやってきて、「話したいことがある」と切り出した。
僕は家の中へ司祭様を招き入れようとしたが、司祭様は僕一人だけに話がしたいから、教会まで来て欲しいと言う。
まだ昼間とはいえ、病弱なルリを一人で放置するのを不安に思い、僕はルリに隠し事はしたくないので、ここで話してもらえませんかと粘るが、司祭様は、話を聞いた後で君から話す分には構わないが、先ずは君一人で聞いて欲しいと言って、玄関から頑なに動こうとしない。
洗礼式の際に色々とお世話になった司祭様をあまり困らせるのも忍びなく、僕はルリに僕以外の誰にも鍵を開けてはならないよと言い含め、司祭様と共に教会へ向かうことにした。案の定、ルリは一人になることを不安がり、行かないでくれと愚図ったが、直ぐに帰ってくるよと宥めすかして、家を出た。
それにしても、司祭様が僕一人だけに話したい内容とはなんだろうか。それも、わざわざ僕一人を教会へ呼んでまで。
道中、司祭様に色々と質問しようと思っていたが、前述のとおり、司祭様は全く相手にしてくれなかった。
†
自宅から二十分程歩き、教会に着いたところで、ふと、風に乗って、どこからか焦げたような臭いがすることに気付いた。
「司祭様、何か焦げ臭くありませんか?」
「そんなことより、早く中に入りなさい。君に急ぎ伝えねばならないことがある」
司祭様に従って、教会に隣接する司祭様個人の部屋に通され、促されるままに椅子に座る。対面に腰を下ろした司祭様は、矢庭に話を切り出した。
「君は賢い子だ。七歳にしてはしっかりしているし、周りの大人たちの言うこともちゃんと聞く。村の皆が君のことを褒めていたよ」
大人がこんな風に前置きをするときは、大抵良くない話が続くものだ。僕は少し警戒した。
「だから今から私が話すことも、きっと君は理解してくれることと思う」
「……はあ」
あいまいに答える僕に、司祭様は綺麗な文様の描かれた紙を渡してきた。
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ロラ 7歳
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とだけ書かれている。
「これは魔力のこめられた紙で、魔法紙と呼ばれるものだ。洗礼式のときに見ただろう? 君のもつスキルを転写しようとしたが、何度やっても白紙のままだった」
そうだった。魔法紙にスキル名が現れないことを心配した司祭様が、何度も儀式をやり直してくれたのだ。まあ、結果は変わらなかったのだが。
「君のスキルについては残念だったね。だが、この前も言ったとおり、人がどのようなスキルを与えられるかは神の采配であって、我々人間にはどうしようもない。まあ、気にしないことだ」
「ええ、わかりました。ありがとうございます」
僕がそう返すと、司祭様は棚からもう一枚魔法紙を取り出して僕に寄越した。手に取って見ると、先ほどの物よりも少し大きく、より複雑な文様が描かれている。
「これは王都で売られている上級魔法紙というもので、教会の司祭でなくとも、誰でもスキルを鑑定することのできる優れものだ。これを君にあげよう。「持たざる者」が後天的にスキルを発現させることもあるという話だから、いつの日か使ってみるのもいいだろう」
「いいんですか、そんな高価そうなものを」
「いいんだ。もらってくれ。もしお金が必要になった時には売ってしまっても良いぞ。君の自由に使いなさい」
僕が躊躇いながらも丁寧にお礼を言って魔法紙を受け取ると、司祭様は少しだけ顔を弛ませた。しかしすぐに表情を引き締め、軽く腰を上げて座りなおすと、改めて僕に話し始めた。
「さて、君は両親を亡くしていたね。その上、君を引き取って育ててくれたフィールズ夫妻まで亡くしてしまった。そんな君がまさか持たざる者になってしまうとはな。本当に残念に思うよ」
司祭様はそこで少し黙り、僕の目を見つめながら問いかけた。
「……君は、『何故自分ばかりがこんな不幸な目に合うのだろう』と考えたことはないかね?」
正直に言って、僕は自分のことを不幸だと思ったことはなかった。その為、どのように返答したらいいかわからず黙っていると、司祭様はそんな僕に構わず話を続けた。
「数年前、フィールズ夫妻の死因ともなった疫病は、この地方一帯に広まった。当然、近隣の村にも多くの病人が出たが、殆どの者は一週間ほどで快復したらしい。一方、君も知ってのとおり、この村ではフィールズ夫妻を含めて十五人もの人間が亡くなった。これほどの死者を出したのは、ここリード村だけだ」
それは初めて聞く話だった。
ルリの両親であるフィールズ夫妻は、身寄りのない僕を引き取ってくれた恩人である。王都で仕事をしていたという二人は様々な知識やノウハウを有しており、村長と協力して村の発展の為に尽力していた。
村に疫病が発生したときには二人とも率先して病人の看護に当たったが、しばらくすると二人とも感染し、そのまま快復することなく息を引き取った。
この村だけが多くの死者を出したというのは確かに気になることではある。だが既に事態は収束しており、今となっては確認のしようがない。それにしても……
「司祭様、やっぱり何か焦げくさいですよ。どこか火事にでもなっているのでは?」
「いいから聞きなさい。とにかく、君の周囲には不幸なことが多い。おそらく、今後もそれは続くだろう。それは何故だか分かるかね?」
司祭様は僕の発言を無視し、僕に掴み掛かるような勢いで強く尋ねた。
どういうことだろう。司祭様は、これまでの出来事は、ただの不運ではないと考えているのだろうか。しかもそれは今後も続くという。それはつまり……
「あの、司祭様は、僕自身に何か原因があるとおっしゃるのですか?」
恐る恐る発した僕の言葉に、司祭様はゆっくりと頭を振った。
「君はそういった類のスキルを持っていないし、何より、もし君が原因ならば、君自身が誰よりも不幸になっているというのはおかしい」
さきほどもそうだが、司祭様は僕のことを誤解しているようだ。司祭様が言うほど、僕は自身を不幸だとは思っていない。その一番の理由は、やはりルリの存在だろう。ルリがいてくれるから、僕は両親のいない寂しさとは無縁だったし、二人で暮らす今の生活にも喜びを感じている。
そこまで考えて、僕はふと気が付いた。僕以外にもその「不幸」に巻き込まれている人間がいるじゃないか。今朝僕たちの家に来てから今に至るまで、司祭様は一度もその名を呼んでいなかった事に気が付いた。
「あの、司祭様、今のお話だと、僕だけでなくルリも不幸に巻き込まれてますよね。両親を病気でなくしているわけですし。何故僕だけを呼んだのですか?」
僕の言葉に、司祭様は顔を真っ青にして目を逸らした。その後、俯いて苦しそうに低く唸り声をあげると、絞りだすようにして声を発した。
「私は、いや、私たちはね、ルリちゃんがその原因だと考えているのだ」