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第93話 もういいかい? ――まあだだよ

 ドアを開けた。

 部屋の中は空だった。


 窓枠の向こうに青空が見えた。

 無地のカーテンが風になびいていた。



『かくれんぼに出掛けます』



 そんな書き置きだけが、サイドテーブルの上に残されていた。





 ◇





 三日目の朝。キナとアレスは、部屋から忽然と姿を消していた。



 僕はリルちゃんに相談しに行った次の日の朝、宣言通り朝一番に(ただしヘタレさんには主に不可抗力で会ってしまったけど)キナとアレスの泊まっていた部屋を訪れたのだ。

 けれどノックをしても返事がなく、もしかして怒っているのかな、と不安になったのも束の間。

 ふと部屋に鍵がかかっていないのに気付き、僕は言い知れぬ嫌な予感に駆られながらドアノブをそっと回してみた。


 ドア一枚を隔てた向こう。その部屋はもう――もぬけの殻だった。



 僕は焦っていた。

 焦りながら、走っていた。


 何も言えないまま、もう二人には会えないんじゃないかと。

 彼らは優しいから、気を遣って出ていったのかもしれないと――


 残されたのは、窓が大きく開かれて、カーテンばかりがはためく部屋。ちなみに、ここは5階だ。

 けれどあの二人なら、5階だろうが10階だろうが出て行こうと思ったら何のためらいもなく出ていくだろう。


 全く予想がつかない。二人が、どこへ行ってしまったのか。


 ただ一つの手掛かりは、サイドテーブルに残された手紙。女の子らしい丸い筆跡で綴られた一文は『かくれんぼに出掛けます』。――まるで意味が分からない。

 もしかしたら、どこかに遊びに行ったという意味なのかもしれないけど……遊びに行くために窓から出ていこうとする人なんて、よっぽどの変人じゃないか。いや、あの二人は変人なんだけどさ。


 だけど違ったら。


 もう戻ってこないのなら。


 あと少し、残りの七日を二人で過ごすつもりなのなら――


 もし。もし。もしも。



「エルナっ!」


 ばたんと、並んだドアの真ん中を迷わず引く。

 階段を飛ばして降りた先の通路の。

 そこはエルナの部屋で、エルナは掃除機を抱え込むようにして部屋の掃除をしていた。……あれ? エルナって掃除できたっけ。いや待て僕、今はそんなことを考えてる場合じゃないぞ。


「こ、コメット様……? 如何なさいましたか?」


 驚いたように目を丸くするエルナ。

 息を切らして突然転がり込んできた僕の姿を見れば、そりゃあ当然驚くだろう。けれど僕には説明する暇も余裕もなかった。


「あのねっ、エルナって確かアレスとキナの――その、お客さんのお世話に当たってたでしょ?」

「え、あ……はい。私がお世話させて頂きましたが」


 アレスとキナは一応魔王様の客人ということで割と好意的に迎えられている。

 彼らが人間ということは知られているが、リルちゃんが何とかフォローしているのだ。

 リルちゃんはこの城の絶対権力であり、あこがれの対象であり、彼の言葉ならば城の住人たちにとっては絶対だ。勿論、中には彼らに嫌悪感や猜疑心を抱く人もいるのだろうけれど。

 地底国の住人に比べ温厚だという魔王城の住人たちは、比較的温かくキナとアレスを迎えていた。


「昨日は二人に会った? 最後に会ったのはいつ?」

「え、さ、昨夜です……昨夜の、夕食のお皿を下げさせて頂いた時が最後だったと思いますわ」

「その時、変わった様子とかはなかった? 変なところとか……」

「なかったと思いますけれど……」


 困惑の表情を見せるエルナに、そっか、と僕は呟く。


「ありがとう。変なこと聞いてごめんね? それじゃあ」


 僕はそれだけ言うと、踵を返して冷たい空気が蔓延する廊下へと再び飛び出した。

 昨日の夕食のときにはまだいた。じゃあその後抜け出したのか――


 一体あの二人は、どこへ行ったというんだろう。

 まるで予想がつかない。

 この広い魔王城の中にまだいるのか、それとも外に――この広い世界のどこかに、いるのか。


 焦りはふくらんでいく。胸が張り裂けるかと思うほどに。


「待って……まだ、言いたいことが、あるんだ」


 ぽつりと呟く。届かないだろうことは分かっていても。

 闇雲に走り、息も切れてきた頃――



 僕は細長い影と、ぶつかった。





 ◇





 魔王ことリル=エルフェトアは、その日も広大な庭へと足を踏み入れていた。


「紫雲」


 滑らかな声で呼ばれ、その魔獣は紫紺の瞼の下からガラス玉のような瞳を覗かせた。

 そしてくあーと超音波のように低く喉を鳴らすと、紫雲と呼ばれた獣は、頬を青いパーカーにすり寄せる。

 優しい飼い主と従順な犬――そう見えなくもない光景。犬というには些か巨大すぎ、犬というよりは百獣の王に近い身体を持つ魔獣だが、その仕草は飼い主を一心に慕う犬のようだった。


「久しぶり。……しばらく来てやれなくて、ごめんな?」


 くあぁと甘えるように喉を鳴らす紫雲の額に、自分の額をぴたりとくっつける魔王。

 顔付きは優しく、まるで魔王という名には相応しくない青年。

 黒曜石の目をすうと細めると、魔王は、紫雲の額を優しくなぞった。


 久方振りの再会。

 それを慈しむように、言葉もなく瞼を下ろすと、二人――正確には一人と一頭――はしばらく陽気を浴びてじっと固まっていた。

 互いの額を寄せたまま、幸せそうに。言葉もなく通じるように、優しく。

 それは至福の時間。時が止まったような空間の中で、二人きり。


 ――だったのだが。


「あの――お取り込み中、申し訳ないのですけれど」


 そんな優しい静寂を引き裂いたのは、ためらいがちな、それでも凛とよく響く高い声だった。

 魔王は突然の闖入に驚き振り向くこともなく、ただ静かに瞼を持ち上げる。

 そして紫雲の額から自身の額を離すと、小さく吐息を零した。


「キナ=セイリス、アレス=ランドーガ」


 そして呟く。ただ情報データを読むように。


「元勇者一行のパーティで、魔王討伐に向かったが敵わず討ち死にする。それから、――勇者レイ=ラピスの幼馴染」


 淡々と告げる、その真意は知れない。

 ただ、魔王がそう言ってゆっくり振り返ると、そこには困惑したような表情で微笑む少女と、無表情という鉄の仮面をかぶって佇む青年がいた。

 彼らこそが――魔王の読み上げた、『データ』の持ち主だった。


「そこまで知ってるんですね、正直びっくりです……。じゃあ、――魔王さま。私たちがここにいたことも知っていたんですか?」

「……昨日の夜から。気配が部屋から移動して、色んなところを彷徨っていたから」


 少女――キナが控えめな態度で尋ねれば、魔王は淡々と返す。

 それにキナは少し驚いた様子で、青年の方を振り返る。青年ことアレスも困ったように肩を竦めると、キナは魔王の方に向き直った。


「すごいんですね……あの、じゃあもしかして、私が何をしに来たかも分かってますか?」


 困ったように、それでも微笑を崩さないままでキナが尋ねる。

 けれど魔王は、今度は静かに首を横に振った。


「私は人の気配は読めても、人の心までは読めはしない。――あくまで『予想』でいいならば話してみせようが」


 アレスに負けず劣らない鉄仮面を貼り付けた魔王が、抑揚のない声でそう告げる。

 キナは不安そうに魔王を見上げると、そっと長い睫毛を伏せた。


「分かってるん、ですよね……」


 小さくため息を零すと、キナはぐっと顔を上げる。

 強気な瞳で魔王を見据えると、小さく口を開いた。


「私たちは、魔王さまにお願いしに来ました」


 灰色の瞳は揺れることなく、まっすぐに黒い瞳を見つめる。

 闇のように深い魔王の瞳も揺らぐことなく――深すぎる黒からは、何の感情も読み取ることができない。


 ――しばしの沈黙。


 けれどその沈黙も、さすがに永遠には続かず。

 ふうと小さな吐息が落ちて長い沈黙が破られると、沈黙を破ったその主――魔王が、小さく微笑んだ。


「分かった。私でいいなら、役に立てるかどうかは分からないが聞こう」


 魔王の声に反応したように、紫雲が一声高く鳴く。

 それは始まりの合図であり、――終焉への慟哭でもあったのだろう。









 まあだだよ。


 くすくすと笑う、幼子のように、君の影へと隠れます。

 どうか、どうか、見つけて下さい。




続きます。


さてさてそんなわけで白邪です。こんにちは。

たまに話を修正しようと最初の方を見直したりするんですが、毎回毎回あまりの文章のひどさに読む気すら失せたりします。今日もそうでした(過去形)

あ、でもでも、少しでも読みやすくするために頑張ってますよ! ……たぶん。

やはり導入部は大切ですから、ちょっとずつでもよくしていけたらいいなあ。

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