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第89話 Trick or Treat !

「……ディーゼル」


 僕はその姿を前にして、そう、呟いた。


「――……」


 ディーゼルは、ひどく、悲しそうな顔をしていた。




 周りの空気は融けたかのように、静かだった。




「……あのな」


 先に沈黙を破ったのは、ディーゼルの方だった。

 目が合う。悲しげに揺れる瞳。

 黙ったまま先を促すと、ディーゼルは俯いて。


「……昨日の夜、アリセルナと話してたんだ。どうしたい――、って」


 どうしたい。

 それはつまり、僕を……ってことだろう。

 僕はこくりと頷く。続けて、とは言わなくても伝わったと思う。


「……お前のことだから……、俺たちが出ていけって言えば、出ていくんだろうと思った」


 紡ぎ出される言葉。

 出ていっただろうね、と、僕はあっさり認めた。彼の声に寂しげな響きが含まれていることが、逆に不思議だった。

 それで――納得してくれるなら。許してくれるなら。

 というか、今日の朝までの僕なら、言われなくても出ていっただろうと思う。もし死ねと言われれば、僕は死んだかもしれない――本当に。


 目を閉じる。

 ここまでの道を、一歩間違っていれば。

 僕は、今。きっと――。


「――コメット」

「え、あ、はい、え……?」


 コメット、と呼ばれたことに驚きながら返事をする。瞼を上げればすぐに目が合った。

 どうして、なんて意味を込めて、僕はその目をぐっと見据えた。


 だって、僕はコメットじゃない。彼にはそのことが分かっていて、受け入れたはずだ。


「……やる」


 訳が分からずぽかんとしていると、ディーゼルに、ぐっと透明な袋を押しつけられた。

 青いリボンで括られた、手に収まるくらいの小さな袋。


「え……え? これって――」

「アリセルナが作ったんだ、それ」


 中にはお菓子。――信じられなかった。

 可愛いマカロンが、袋の中に収まっている。そしてそれが、僕に差し出されている。

 僕は驚いて、恐る恐るディーゼルを見上げた。


「……いいの?」

「ああ」


 けれどディーゼルは俯いたままだ。でもそれは、僕を見たくない、というわけじゃない気がした。


 例えば――照れてる、みたいな。


 見間違いかもしれないし、気のせいかもしれないけれど。むしろその可能性の方が高いことは分かっていた。

 だけど、もしかしたら。

 ――希望が、あるのなら。


「一年前――だよな」


 ようやく顔を上げて、ディーゼルは笑った。

 儚いけれど、確かに。僕に向けて。

 一年前。――そうだ、僕たちはもう一年も前に出会った。


 何も知らないまま、歪んだ運命ままの出会いで。


 だけど――。


「……昨日な、本当は嬉しかったんだ」

「え?」

「コメットのこと――こいつ、ちゃんと考えてくれてるんだって……」


 とんと壁に背中を預け、ディーゼルは空を見つめる。

 僕は黙ってただディーゼルの横顔を凝視していた。


「怒りたかった。だけど、お前は優しくて……やっぱり俺の好きなコメットで、だから……」


 苦しげにその横顔が歪む。

 ――苦悩したんだろう。

 他人事みたいだけれど、何だか実感がわかなくて、だけど、心の中にはほんのりとした嬉しさが咲く。

 迷うのは同じ。迷ったのは同じ。

 魔族と人間という壁を隔てても、僕らは、同じように悩み苦しんだのだ。


 どこか親近感を覚えていた。


「……ディーゼル」


 僕は、と続けようとして、ディーゼルの視線に遮られる。

 どこか物悲しげな瞳。どきりとする。


「――俺はお前に、ここにいて欲しい」


 儚げに微笑んだまま、ディーゼルはそう告げた。

 僕に。

 他の誰でもない、僕に。


 ここに。いて欲しい、って。


「……いい、の?」


 ふわりと、口が勝手に動いて言葉が落ちる。

 心のどこかで信じないまま、浮いたような気分のまま、夢中の言葉に縋りつくように。

 首を傾げると、ディーゼルはゆっくりと頷いた。


「私は――」


 僕は何か言葉を紡ごうとした、――けれど。


「コメット!」

「わあっ!」


 突然後ろから伝わった衝撃に、なすすべもなく転んだ。

 痛い。顔ぶつけた……。

 何が何だと、座り込んだまま振り返れば。


「……、アリセルナ?」


 未だ僕の腰に抱きついたままの少女の姿を認め、僕は呟く。

 ぎうーって。……痛い、痛いですよアリセルナさん。

 どうしたんだろう、と僕は少女の姿を見つめる。表情は、よく見えない。


「……一年前を再現してみたのよ」


 ぽそりと呟かれた言葉に、ああそうだ、初対面も確か激突されたなーと僕はそんなことを思い出す。

 抱きつかれはしなかったけどね。

 ……ていうか痛いです、締めないで下さい。怒ってる、のかな。

 そしたらごめんね。僕は口の中で呟く。

 だけど、アリセルナの次の言葉は、僕の予想とは全く違って。


「思えば、こうやって――出会ったのよね」


 ぎゅうっと、まるでぬいぐるみのように抱き締められる。加減を知らない細い腕が巻きついて。

 ……何も言えなかった。

 悲痛な響きが、僕を無言にさせる。


「ねえ、コメット……わがまま、言っていい?」

「え……?」


 わがまま?

 思わずキナの言葉を思い出して、息を呑む。


 出ていけなんて――言わないで。


 やっぱり願ってしまう。傲慢にも。

 ずるいなんて、分かってるんだ。

 だけどアリセルナは、腕の力をするすると抜いて。


「やっぱりいて欲しいの――あなたに」


 ぼそっと呟かれた言葉が、今度は実感をともなって心の中に侵入はいりこんでくる。

 泣きそうになるほど重い。呼吸を止めてしまうほど痛い。


 だって僕は――


「あなたのままで、ここにいて」


 何て、わがままだろうと思った。


 けれど同時に、わがままなのはどっちだろうと思う。

 明らかに僕の方だ。彼女の言葉に甘えてしまうつもりだ。ずるい、僕は。


「……うん」


 僕は呟く。それでも肯定してしまう。


 いたい。ここにいたいんだ。僕は。

 辛い選択でも、ただの甘えでも、それでいいから。

 アリセルナの白い腕に、また、ぎゅっと力がこもる。


 ごめんね。伝えられなかった言葉。

 ごめんね。やっぱり、さよならって言えなかった。


「……ごめんね」


 呟くと同時に、アリセルナの腕が離れる。

 振り返れば、濡らしたような笑顔が目の前にあって。


「許してあげる。私、コメットのこと大好きだから」


 そう言って、泣きそうなほど、顔を歪めた。


「――うん」


 ありがとう。ごめんね。

 伝えたい言葉はいっぱいあった。けれど、その中にもうさよならはなくて。

 もう告げなくていいのだと――信じたい。信じられるから。

 こつりと、額をくっつけた。


「……ところで、ね、コメット」

「うん?」


 アリセルナはふと顔を上げて、気まずそうに呟く。


「……私たち、怪しい視線で見られてるのよ」

「え?」


 一瞬意味が分からずフリーズ。

 けれど、理解が及んだ瞬間――周りの風景が見えた。


 好奇の目。

 あらぬ誤解を含む視線。


「――あの子たち、そういう関係――」

「――美人なのに勿体ない――」

「――いいぞ、もっとやれ――」


 …………あ。


 ……いや、そうですよね。

 人がたくさん行き交う中で、話し込むくらいならまだしも、抱きついたり泣いたり笑ってみたりまあ要するに周りから見れば痴話げんかにも取れることをやってればそうですよねー。誤解されるのも当たり前ですよね。

 ……視線が痛い。泣きたい。そういう誤解はお願いだからヘタレさんだけにして。ヘタレさんもいらんけど。


 けれど、僕はそこではたと気付いた。


「え、でもディーゼルも一緒に――」


 僕がそう思って見回すと、ディーゼルはすでにちゃっかりと野次馬の中に混じっていた。あいつ。

 友達より常識を取ったな……。世間体がそんなに大事か。ですよね。僕もそう思う。


「……どうする? コメット」

「いいよ。私、アリセルナとならそういう疑いをかけられても」

「……コメット」


 あ、感動できらきらと輝く目を向けられた。どうしよう。

 やっぱり最初に『ヘタレさんよりは』ってつけるべきだったか。失敗した……。


 ちなみに、この騒動から抜け出すのに2時間かかりました。誤解を解くのにも1時間かかったとか。



 ……ハロウィンがなかなかに関係ないぞこれ。










 ――うん、でも、よかった。


 Trick or treat ?


 わがままな僕は、君たちを引っかき回してなお、欲しいと願ってしまうのです。




更新遅くなりました……申し訳ありません。

ハロウィン編後編です。


こ、これでそろそろコメディに戻れる!

サタンとかは今のところ放置です。ええ。放置です(笑)

次のシリアスは……半月後くらいかなあ。予定です。あくまで変わりやすい予定です(確率的には46%)。

ですがもう次のシリアスあたりを越えたらそろそろ終わりかなあ、とは思っています。

終着点はもう決めていますので。

でもとりあえず、そこまで全力で頑張って行きたいと思っています!

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