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第8話 僕はコメット?

 何で? 何で? 何で……?

 訳も分からずパニックに陥る。

 固まったまま動けない。

 ああ、見たことがある。どれだけ昔のことだろうか。とても小さい頃、その瞳を……。

 そんなはず、ないのに。僕と彼が会った確率なんて無に等しいはず。

 だって僕は勇者、彼は魔王。それ以前に僕は人間、彼は魔物。


「……コメット?」


 魔王様の言葉で、僕ははっと我に返る。

 何を馬鹿なことを考えていたんだ。やめだ、やめ。

 あるはずもない偶然を思うくらいなら、この場を切り抜ける方法を考えた方がよっぽど賢いといえるだろう。


「あ、ごめんなさい。もし魔王様が私のことを心配して下さっていたなら、とても嬉しく思います。でも、心配しないで下さいね。不安もありますが、皆さん優しいですし、何とかやっていけると思います」

「……そうか」


 平気で、すらすらと嘘をつく僕。

 魔王様は無表情に戻り、ただ僕を見ている。

 僕も、さっきの感覚が消え、何とか落ち着いたようで。


「……邪魔して済まなかった。じゃあな」


 魔王様は立ち上がり、部屋から出ていく。

 僕はそれを笑顔で見送り、ふぅと一息ついた。


 ……何だったんだろう? さっきの……。

 気のせいだと割り切るには、あまりにも強い衝撃だった。

 でも、そんなの、ありえるはずはない。考えるだけ無駄じゃないか。


「勇者、さん?」


 次に部屋のドアを開けたのは、ヘタレさんだった。

 彼の顔を見れば、悔しいけれどいくらか安心する。


「大丈夫ですか?」

「ええ……何、とか」

「そうですか」


 何とも言えない微苦笑を見せるヘタレさん。

 ……話を聞いてた、なんてことはないよね?


「失礼ながら、話は聞かせてもらいました」

「なっ……」


 本当に聞いてたのか、この人。

 ただの冗談めいた予想だったのに。

 僕は驚いて目を丸くする。


「ごめんなさい。でも、心配でしたから」


 心配なのはあんたの頭だ。

 うかうかしてもいられないな、この人がいると。

 その笑顔にどんな黒さが秘められていることやら。


「でも、まあ、大丈夫そうですね」

「……一応、ですけどね」


 僕は肩をすくめて言う。

 本当に“一応”だ。

 あそこで一歩間違ってたら、今も魔王様と見つめ合ってたかもしれないし。


「ふふ、そうですか。じゃあ、私はまだ仕事があるので。あっ、そうだ、暇ならこの城を回ってみたらどうですか?」

「え?」


 部屋のドアを開けながら、突然振り返るヘタレさん。

 この城を回る?


「地図を渡しておきます。それさえあれば、迷子にはならないでしょう?」


 そんなことを言われ、差し出された四つ折りの紙。

 広げてみると、確かに地図らしかった。


「城の中には、彼女コメットの知り合いも沢山いるでしょう。記憶喪失だということはもう伝わっていると思うので、大丈夫ですよ」


 本当に大丈夫だろうか、と不安になる。

 知り合いがいるからこそ、怪しまれる可能性は高いのではないか。

 いくら記憶がなくなったとはいえ、ここまで性格が変わるはずもないのに。


「はぁ……。ありがとう、ございます」


 一応お礼を言うと、ヘタレさんは笑って行ってしまった。

 部屋の中、一人きり。

 何だかとても静かに感じる。突然、世界に独り放り出されたような。

 沈黙ほど大きな音もない、と言ったのは誰だったかな。悲しいけれど、その通りだ。


「……行ってみようかな」


 寂しくなったなんて、恥ずかしい話だ。

 でも、この部屋に一人きりでいるよりマシな気がして、部屋の外に出る。

 周りに、人はいない。

 地図を見ると、人がいそうな大広間や魔王様の部屋とは程遠い所にこの部屋があった。

 とりあえずその“大広間”でも行ってみようと、地図を見ながら歩き出す。


「……にしても、この地図見辛いなぁ」


 ぽつりと呟く。

 地図には、沢山の図のようなものが載っていて、とても細かく書き込みされている。

 この地図が見辛いというより、この城の構造が複雑すぎるというか。

 それにしても、この城6階まであるのか。知らなかった。

 因みに、今は5階。

 6階は魔王様の部屋『魔王の間』オンリーである。

 そして、僕がいま目指している大広間は、3階にある。


「……ここ、エレベーターとかないよね」


 ここに来るまで、沢山のダンジョンやら何やらを乗り越えてきたのだ。

 階段でも十分足りるはず、が。

 この身体では、どこまで体力が持つか。


「やっぱり、勇者だった頃みたいに、トレーニングはした方がいいか……」


 仮にも女なんだし、そんなに極度のトレーニングもどうかとは思うけど。

 ここではいつ何が起きるか分からない。何が起きてもいいように、自分の身は自分で守りたいし。

 考えながら、階段を降りていく。

 まだ誰とも出会わないのが不思議。魔族には夜行性が多い、もしくはヒッキーが多いのか? ……そうではないことを祈る。

 どうぞ仲良くなれますように。常識人がいますように。ヘタレさんみたいな人ばかりじゃありませんように!


 地図を見れば、階段を降りてすぐそこが大広間。

 まだここに慣れず、地図を睨んだまま歩いていけば、前が見えないのは当たり前で。

 そして在り来たりな展開で言えば、ここで誰かとぶつかるのが普通。


 何が言いたいかというと、僕は前方不注意により人とぶつかったのだ。


「わっ!」

「痛っ」


 二人が二人とも無様に転び、ぶつけた頭を押さえる。


「あ、す、すみません! お怪我はありませんか!?」


 相手を怒らせたら大変だと思い、僕は頭を下げて謝った。

 人とぶつかるなんて……。当たり前だけど予想外だ。地図ばっかり見てるものじゃなかった。


「いや、別に……ってお前、コメットか?」

「へ……?」


 早速知り合いに遭遇か、と思って顔を上げる。

 そこには、短い茶髪に橙の瞳をした男が立っていた。


「あの……?」

「あ? 何だよ、俺だよ俺。分かんねーのか?」


 この人は、記憶喪失のことを知らないのだろうか。

 呆れたような顔で僕を見下ろしている。

 全然伝わってないじゃんか、駄目じゃんヘタレさん。


「……えっと、あの、聞いてませんか? 記憶喪失だって……」

「……は? 記憶喪失? お前が!?」


 信じられないというような表情で僕を揺さぶり始める彼。


「嘘だろ!? コメット、そんなのないよな!?」

「ちょっ、く、苦しいですっ」


 容赦なく肩を揺さぶられ、僕は待ったを掛ける。

 ようやく落ち着いてくれた彼を見て、僕はぽつりと話し始める。


「数日前のことです。私、勇者一行に襲われたみたいで……。気付いたら、庭に倒れていて。記憶が全てなかったんです」

「本当かよ……。ちっ、あの野郎ども。今頃生きてたら、地獄にでも突き落としてやるのに」


 彼は悔しそうに舌打ちをする。

 『彼女』とかなり親しい人だったのかもしれない。

 自分たちの評価を下げるのは本当に苦しい。が、そうするしかないので許してくれ、アレス、キナ。


「あぁ、自己紹介……しなきゃな。何だか変な感じだが……俺は、ディーゼル=ハインド。一応お前の幼馴染なんだが、覚えて、ないよなぁ」

「ディーゼルさん……よろしくお願いします」

「よせ、敬語なんて。呼び方もディーゼルでいい」


 照れ笑いするディーゼルに釣られ、僕も笑う。

 こんな優しそうな人を騙してるなんて、僕は考えたくない。

 そうだ、これは新たな友好の懸け橋だと。自分の行為を正当化しようとしていた。


「よろしくな……なんて、変だけど。ほら」


 おずおずと差し出された大きな手に、自分の手を重ね。

 僕はその手をしっかりと握った。


 これで、二人はナカヨシ―――。






 ――あぁ、悲しいかな。

 騙されてることにも気付かず。僕は騙しているなどと教えない。

 彼は、コメットという人間の存在を、未だ信じている。

 彼に、彼女はもう存在しないのだと教えてあげたい。

 目の前にいるのは、彼女を殺した罪深き人間なのだと、叫んでやりたい。


 ……でも、僕は弱虫だ。

 そんな余裕なんて、全くない。

 僕には、優しく笑って、彼を迎え入れることしかできなかった。




これからは、多少シリアスも増えてくる予定……です。

ですが、基本はコメディーなのでよろしくお願いします^^

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