表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/160

第84話 ありがとうとごめんねとさよならを

「私――レイ=ラピスって、いうんだ」



 ディーゼルの、琥珀色の瞳がふるりと揺れる。

 僕は微笑んだまま、ディーゼルの目をまっすぐに見つめていた。


「レイ……、ラピス――」


 僕はその言葉に頷いて、……頷いただけで何も言わなかった。

 卑怯だと思う。彼が何も言えないのを分かっていて。

 まだ突き放されたくないなんて、ずるい。ずるくて、傲慢だ。


「……お前が……」


 ディーゼルが、細く息を吐きながらそう呟く。震えた、怯えたような声だった。

 彼は、僕を恨んでいるのだろうと思った。――そして、それでいいとも思った。


 お前が。


 敵意を示す言葉に、僕には聞こえたから。

 だから僕は、微笑んだ。淡く、『コメット』のままで。


「うん――えと、私のこと、恨んでくれていいですから」


 ディーゼルは僕に向けた目を、大きく見開く。

 ……当然だった。

 まさか、そんなことを言われるとは思わなかったのだろう。実際僕だって、自分の口からこんな言葉が出てくるとまでは思わなかった。謝罪の言葉は出たとしても。

 だけど僕は微笑んだまま。驚きは顔に出さず、ただ淡々と言葉を続ける。


「弁明するつもりも、言い訳するつもりもないです……たとえ魂を入れ替えたのが私自身じゃなかったとしても、騙してたのは、私だから」


 ――言っていて、馬鹿みたいだと思った。

 何だか、言い訳するつもりなんてないって言いながら、言い訳してるみたいだ。

 それで許してもらえると思っているような、そんな言い方だと、自分で思った。


 けれど僕は、言わずにはいられなかった。

 ディーゼルの瞳はあまりに痛々しげで、謝罪の言葉一つで拭えるような傷ではないと感じたのだ。

 勿論こんな言葉を並べ立てたからって救えるわけじゃないけれど、せめて、その表情を一瞬でも変えることができたならと。


 浅はかでも、愚かでも、最低でも。


「コメットは、もう、いないから」


 いないから。


 ――そう僕が言った瞬間、ディーゼルの表情はぐにゃりと歪んだ。

 苦痛の色が、濃く浮かんだ表情だった。

 当たり前だろう。こんな、どこから来たかも分からない、彼女と入れ替わった張本人にそんなことは言われたくないと思う。


 罵られたって、たとえつかみかかられたって僕は抵抗しないつもりだった。


 ――けれど。


「……んだよ……」

「え?」


 けれど、声は小さく。

 ディーゼルは俯いたまま、震える声で呟く。

 聞き取れずにもう一度聞き返すと、ディーゼルは憎しみのこもった目をキッと上げて僕に向けた。


「何、だよっ! お前なんて、何も、知らないくせに!」


 僕を憎む目だった。それは。


「……うん、ごめんなさい。何も知らない」


 吐息とともに、小さく呟く。

 火に油を注ぐような科白だとは思ったけれど、本当のことだったから。

 ひどく無責任で、無神経な言葉だ。


「黙れ! 謝って、何が変わる!? 許さないからな、絶対に許すもんか――っ!」


 ――『許すもんか』。


 胸がちくりと痛む。

 今までに見たことのない、比較的温厚なはずのディーゼルの憤怒に満ちた表情が目の前にある。

 ものすごい迫力に僕は、思わず後退りそうになった。……何とか、踏み止まったけれど。

 いつも優しいディーゼルの、悲しみ混じりの怒声。それはすごく怖かったし、とても痛かった。

 だけど僕は言い返せない。――これは僕の、受け入れるべき痛みなのだろう。


 裏切りの代償というのは、そういうものだ。僕は結局、彼を裏切ったんだから。


 だから僕は言われるがまま。……そういうもの、なのだろう。きっと。


「何で、お前がっ! 何、でっ――」


 ディーゼルでそこまで叫んでから、言葉につまったのか、唇を結んで拳をぐっと握った。

 それは高々と振り上げられ、その憎しみを込めて殴られるのだと――悟った。


 抑え切れない感情が溢れるように、抱え切れない痛みが零れるように。

 ディーゼルの瞳からは、今にも涙が零れそうだった。


 そして僕は、それを受け止めようと思った。



 ――けれど――



 次の瞬間、衝撃が走ったのは僕の頬ではなく、斜め後ろの壁からだった。


「――殴れるわけ、ねえだろ」


 ディーゼルは拳を壁につきつけて、そう呟いた。その声はやっぱり震えている。

 僕は未だ何が起こったのか呑み込めずに、ただ呆然と立ち尽くしていた。


 今、一体、何が起きたんだ?

 彼は、僕を殴ったんじゃあ、殴るつもりだったんじゃあ――


 一体、何で? 今、何が? 目を見開いて、僕はただ、直立不動のまま。


「今は違う奴に支配されてたとしても、その身体はコメットのなんだぞ……殴れるわけ、ねえだろうが」


 俯いたままで、でもようやく壁から手を放し、ディーゼルは言う。

 それでようやく理解した。


 彼は、コメットを――殴れなかったんだ。


 ああ、そうだ。僕は馬鹿だよ。下唇をぐっと噛む。

 ディーゼルが、優しいディーゼルがコメットを殴れるわけないじゃん。……たとえ今は、『僕』なのだとしても。

 だって、優しい人が、ここには多すぎる……。

 僕はそのことに息詰まるような感覚を覚え、一言、ごめんなさいと呟いた。友達思いの彼に、余計なことをしてしまったんだ。ぎゅっと目を瞑る。


「何で……謝るんだよ」


 さらに、上から降る不機嫌な声音。

 不機嫌というよりは、どこか物悲しげな響きだった。


「――だって……、そんなこと――ディーゼルに、できるはずないのに」


 僕は俯いて、ぽつりと呟く。

 瞬間、ばんとまた壁に衝撃が叩きつけられた。思わず、心臓が飛び出そうになる。


「でぃ、ディーゼルく――」

「君、なんてやめろよ。……お前は確かにコメットじゃないかもしれないし……きっと、確実に、違うんだろうなと思う」


 微かな怒りと、深い悲しみを含んだ表情。ふいに視線が絡まり、思わず目を逸らそうとするけれど、それは許されなかった。というか――できなかった。


 憎しみの色が、そこには、なかったのだ。


「だけど……、だけど、俺は少なくとも信じてたんだぞ? ――コメットじゃなくても、騙されてたとしても、お前のことを」


 零れそうな涙を堪えるように、ディーゼルはすうっと目を細めた。

 泣きそうなのは、むしろ僕だった。


 ――信じてた。


 心臓が内側から壊されるくらいの、強い衝撃が波打った。

 信じてた、だなんて。

 何よりも、ある意味裏切りを責められるよりも辛いことだった。純粋すぎるが故に、残酷な感情。

 罪悪感がぽろぽろと心から溢れてきて、零れても零れてもどんどん底からわき上がってくるみたいに、止められなかった。


 ――ああ、ごめんなさい。


 君は、僕、を。

 コメットじゃなくて、僕を、僕のことを――



「俺は、お前のことが、好きだったんだぞ」



 ――裏切るのは、信じるより容易く。


 ――裏切られるのは、信じられるより辛く。


 ――信じるのは、裏切るより難しい。


 けれど、ディーゼルは、迷わず信じた。信じてくれた。

 僕とは、違って。

 瞳を零してしまいそうなほど揺らしても、その意志は揺るぎなく。


 残酷なまでにまっすぐに、信じてくれたのだ。


「――ごめん、なさい……」


 僕は呟いた。思わず、そんな言葉を落とした。


「ごめん、なさい」

「だから、謝るなって」

「ごめん、なさ、い……それ、でも、ごめんなさい」


 どんなに宥められても、止まらなかった。

 涙は出ない。だけど、それ以上に辛かった。


 好きだった。


 たとえ、コメットを通して見ていたのだとしても――


 好きでいてくれた。


 そんな優しい人を、僕は裏切ったのだ。

 喜悦と罪悪感の間の、歪曲した感情が頭をもたげる。


 ごめんなさい。ごめんなさい。

 その言葉ばっかりが、僕の頭を埋め尽くすように肥大する。


「謝っても、俺はお前を許したりしない。――絶対、許せないと思う」


 ぴしゃりと厳しい口調で、ディーゼルは僕に言葉を叩きつけた。

 ごめんなさい。許さない、と言われてもやっぱりその言葉が心にじわりと広がる。ディーゼルの表情は険しかった。


「――だけどな、今は」


 けれど彼はふいに優しい声音を落とすと、ぎこちなく僕を睨んだ。

 下手な睨み方だって、こんな場面じゃなきゃ、そんな馬鹿なことを思ったかもしれない。


「今は――魔王様のために、力を貸してくれ。お前が必要なんだ」


 理由は分からない。突然魔王様のことが出てきて、僕はきょとんとしたけれど。

 だけど、それは、『まだいていい』という――たとえ一時的でも、僕の存在を認めてくれた言葉だ。


 コメットじゃなくても。



 ――まだ、好きでいてくれるんだね……。



「……うん……」


 僕は力なく頷いた。


 別に、その言葉が嫌だったわけじゃない。むしろ逆だった。

 リルちゃんを助けることなら僕が頼みたいくらいだったし――僕が必要、っていうのはよく分からないけど――必要とされることは、何であれ、嬉しいことだ。

 けれど、だからこそ気の利いた言葉なんて言えなかった。ただ小さく頷くことしかできなかった。


 ――こんな僕でも。

 まだ、ここにいてもいいのなら。



 ……ううん、まだ、リルちゃんを助けるまで。

 それまではここにいるって誓った。



 ――そのあと、どうなるとしても。


「……お願い、しますっ」


 僕はぺこりと頭を下げた。何をお願いするのかもよく、分からないけど。

 ただ、もう少しここにいさせて下さい。リルちゃんを助ける、せめてそれまでは――。



 ただ、そのあとは……僕は。




 素直にさようならを告げようと、決めた。




活動報告ではっちゃけてました、えー、白邪です。こんにちこんばんは(^O^)

一周年が近いので番外編でも書こうかと思ってたりするのですー。

でもシリアスがいいのかコメディーがいいのかも分からず四苦八苦。……宜しければどなたか、アドバイスをください。要望でもリクエストでもどんと来いだぜ。

……いえすみません、どうか案をください。要望リクエストどうぞ押しつけてやって下さい(;´Д`)結構本気で困ってます。


それから100話の方もそろそろ本気で考えないと……。

番外編、でいいのかな? そればっかりですが。

本当皆様の案を聞かせて下さい。私だけではすぐ番外編に走ってしまうようです\(^o^)/


えー、ということですので、一周年の方は早めにリクエスト等くださると……。

も、勿論強制ではないですので!

宜しければご一報下さいませ><



あ、えと、最後になりますが、お気に入り登録や評価ありがとうございます!

お気に入り登録が増えてるともう飛び上がって喜んでます、これからも宜しくお願い致します\(^o^)/

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ