第80話 火が灯った、悪意を宿した
紅い瞳は、悪魔であることの証であるという。
それ故、血色の瞳を持つ魔王の血族は、人々に嫌われてきた。
だが、鮮血を浴びたその瞳こそが、魔物の王たるその証であるという。
◇
僕が今いる場所からは果てしなく遠いところで、高笑いと、自嘲の笑いが響いた、……気がした。
どこだろう。
今ではそんなことさえもどうでもいいほど、ぐるぐると廻る虚無に満ちていたのだけれど。
身体の感覚が、なかった。
いや、感覚がない――というのは多分正しい表現ではない。
どっちかというと、意識だけで闇に放り出されたような感覚だ。
多分影に身体を乗っ取られたのだろう――それさえも、今はどうでもいいんだけど。
そう、どうでもいい。
やる気を吸い取られてるみたいだった。
全ての感覚が麻痺して、痛んでいることにさえ気付かないみたい。
そんなことを思っても、どうでもいいことはどうでもよかった。
――ただ、そんな僕でも一つだけ、闇に呑まれていく中でどうでもよくないことがあるとすれば。
リルちゃん。
僕は彼だけが、どうしても心配で。
呪いが一瞬だけ解けるみたいに、考えるだけで胸が焦がれるような思いだった。……身体ないけど。
大丈夫かな。サタンにやられたりしていないだろうか。
サタンめ、リルちゃんに手を出していたりしたら許さないんだから!
……と、うん、そう言いたいところなのだけれど。
今、この状態じゃ許す許さないも何もない。大体、僕じゃ万全の状態だってそもそも勝てるわけもないが。
でも、そんなことすらも今に段々どうでもよくなっていくのだ。
だから、今だけは。今この一瞬だけはと。
闇に呑まれていくように。瞼のない瞼を閉じて。罪悪感ばかりの世界へ引きずり落とされる。
――でも、ごめんね、リルちゃん。
僕は、胸中でそっと謝る。
こんな口だけの謝罪や、ちっぽけな贖罪じゃ許されないほどに、僕は君にひどいことをしました。
僕という存在は君の人生を大きく変えてしまったのだと、そう、思う。
それも、いつも、君を奈落に墜とすように――。
だって、ほら、そうでしょう。
幼い時も、今も、君の人生を悪い方向に作り変えてしまったのは僕でした。
魔王である君を、君の大切な女性を、君が守ろうとしたあらゆるものを――
壊して、しまったね?
ああ、それでもまだ優しい君の。
きっと僕を怒れない、優しすぎる君の。
幸福を奪ってしまったのは、紛れもなく僕で。
「……ごめん、なさい」
身体がないはずのなのに、その声はよく響いた。
声と言うより、思念が形になったような。言葉ばかりが空虚に伝わって。
ごめんね。ごめんね。ごめんなさい。
それでも僕は――
――それでも僕は、君のことが好きでした。
――その瞬間、だろうか。
ふいに、血のように紅いその瞳が、こっちを見た気がした。
「……!」
僕の呑まれていく思いに反応したように、小さく視線を絡めて。
闇の中で、ただ独りの闇の中で、じいっと見つめられている。
じいっと、無機質な冷たさと、仄かな感情を持って。
それは、灼熱の色を持った、強い感情。
「……リル――ちゃん?」
闇に呑まれていく意識の中、僕は、そう呟いた。……実際には、口はないのだけれど。
――何故だろう? ほとんど無意識だった。
その瞳の持ち主がそうである確証なんてないし、そもそも、そう思うこと自体がおかしいはずだ。
おかしい。そう、おかしいのだ。
そんなはずはない。そんなわけはない。
リルちゃんの瞳は綺麗な黒曜石のようで、あんなに、強い色をしていなかったはずなのに――。
……だけど。
『……レイ』
紅い瞳が、すうと細められる。
……実際にそんなものが見えるわけじゃないけれど、それは、感覚的に分かった。
見ている。
紅い瞳が。
リルちゃんの目が。
じいっと、闇の隙間から、僕を貫くように。
「……リル……ちゃん」
震えた声――正しくない表現だけれど――が響く。
それが、リルちゃんだという確信はあった。確証はなくとも。
けれど、同時に、それが『いつもの』リルちゃんではないことは分かっていた。
何だろう。
何だろう。
何だろう……。
僕の気持ちに呼応して、現れたみたく。
僕が作り上げただけの、紛い物みたく。
偽物でありながら本物であるような、『サタン』と同じ面影を持つ瞳が、そこにあった。
「……誰ですか、貴方」
だからこそ僕は、あえて問う。
相手がリルちゃんだと知っていても、影に乗っ取られた今、無駄な足掻きに終わることを知っていても――。
ああ――紅い、悪魔の瞳。
獣の目。
闇の深さしか知らない、純然たる悪意の視線。
まるで『魔性』だ。今の彼は。
何があったのかは分からない。だけど、せめて、僕にできることは。
彼が彼じゃないのなら、彼を彼だとすることくらい。
無駄な足掻きだと知っていても、それほど重要なことはないということも知っている。だから。
もう戻れなくとも、彼に対する贖罪だけは、この手で、終わらせる必要があった。
『―――……』
冷たい紅の目が、僕を、見ていた。
うぼあーです。もう本当に上手く書けなくて嫌になっちゃう!
……というわけで、色々と収拾がつかないこの小説です。
影編そろそろ終わりたいんだけどなー。
そろそろコメディーに戻って馬鹿話やりたいんだけどなー。
もう少し先になりそうです、出来るだけ早くまとめるつもりではありますが。
そもそも発端ってヘタレさんの誕生日ですよね?
あれからもう4ヶ月経ちますよね?
…………。
……己の力量不足が身にしみるようです、ご利用は計画的に。
精進していきますので、どうかこれからもお付き合いよろしくお願いします*