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第79話 横たわる光に一筋の闇を

 会話一つないまま、作業は進められていた。

 瓦礫が崩れる音、硬い金属音、荒くなる息遣い、そんなものばかりが空間を支配する。

 ただ機械のように積み上げられた瓦礫を切り崩し、運んでいく作業。

 見かけよりもずっと重量のある瓦礫の山は、体力的にも精神的にも相当手強い相手だった。

 ふうと、思わず漏れたため息すら震えるほどに弱々しい。


「……ディーゼル、大丈夫?」


 崩れた欠片を両腕いっぱいに抱えて運んでいたアリセルナが、不安そうに声をかけてくる。

 俺は黙ったまま小さく頷き、小さく笑って見せた。

 何度か瞬きをした後、アリセルナはなお心配そうにしながらも、何も言わずに自分の作業へと戻っていく。一瞬だけ、ちらりとこちらを振り向きながら。――だが今は、それが何よりありがたかった。



 今、俺たちは必死になって作業を進めている。

 魔王様の部屋に入れるようにするために、瓦礫を切り崩し運んでいるのだ。

 それは魔王様を助けるための第一歩であり、所謂やらなければいけないことであり、つまり疲れたからといって投げ出していいものではない。

 俺たちは今、それだけの責任を背負っていた。

 だから――つい弱音を吐きそうになるのを抑えて作業を続けるには、少し重たいくらいの沈黙が場を支配してくれている方がよかったのだ。

 心配されると、つい、全てを忘れてしまいたくなるから。


 ――今辛いのは、俺ではないというのに。

 自戒のつもりで、下唇をくっと噛んだ。

 そしてまた、腕を振り上げる。


 瓦礫を崩す。

 ただ、瓦礫を崩す。

 一気に崩れてこないように細心の注意を払いながら、丁寧に。


 隣でも額に脂汗を浮かべたアレスが、高く積み上げられた瓦礫の山を見上げながらスコップを握った手を動かしていた。

 時々その隣でキナが不安そうにアレスを見ていたが、結局何も言わずに俯く。

 その瞳には、懸念を超えた、葛藤もが混じっているように見えた。けれど――耐えるように。震える指を、握り締め。


 ……もう、作業を始めてから数時間が経つ。


 体力的にも――精神的にも、誰もがピークを迎えようとしていた。




 ――はず……、なのだが。


「……一つ……聞いて、いいか」


 無理に動かしていた腕を一旦止め、呼吸を整えながらも俺は言う。

 重い沈黙が破られたことによって、一瞬、全ての空気がこっちへと向いた。


 疲労で重くなった身体を、緩慢な動作で向き直る。

 誰もがピークを迎える中、疲れた目を向けられる真ん中。

 ただ一つ――いつもと変わらない目を見据えて。


「ヘルグ――あんた、何してる?」


 俺は、さっき――というか最初から――少しも働いていない、ヘルグに向けて言葉を放った。

 ふいに話し掛けられて目を上げたヘルグは、少しだけ、驚いたような顔をしている。


「……何、って」


 どこから持ってきたのか開いていた本を閉じ、ヘルグは小さく首を傾げた。

 きょとんと、そんな擬音さえつきそうだ。


「……ああ……手伝った方がよかったですか? そんなもの魔法で一発だと思ってました」


 ――瞬間俺は、たとえ疲れ切ったこの腕の骨が砕けてもいいからこいつを全力で殴ってやりたいと思った。






瞬間移動テレポート


 あれほどうずたかく積み上げられていた瓦礫の山が、一瞬にして消えた。

 ひゅんと空間がぶれるようにずれた瞬間、魔法というものがどれだけすごいものかを今さら実感する。先程まで散らかっていた――散らかっていた、なんて生温い表現だが――瓦礫が、全て跡形もなく消え去っているのだ。

 その華麗さに俺は思わず声を上げかけたが、……さっきの怒りがまた喉の奥からこみ上げてきたのでやめておく。


「まあ、適当なところに送っておきましたが……大丈夫でしょう、ええ、多分」


 多分て。すごく不安だ。

 相変わらず適当な性格をした男を横目に嘆息しながら、俺はすたすたと歩いていく。

 あんなに苦戦した瓦礫はこいつの一言で、瞬間に消え去り。

 ようやく、俺は魔王様の部屋の前に立った。


 漆黒で封じられた、扉の前に。


 ――その一瞬で、緩んだ気持ちがぴんと張り詰めるのを感じた。

 緊張か、不安か、恐怖か。

 何だか、どんと扉が大きく見える。威圧感に逃げ出しそうにすらなるほどに。

 だが俺はそんな気持ちをぐっと堪え、固いドアノブをぐっと右手で握る。気のせいか、黒の中で唯一金に光るドアノブが、普段よりもひどく冷たく感じた。


「……開けて、いいか?」

「どうぞ」


 誰もが気を張り詰めて見守る中、ヘルグだけがあっさりと軽快な口調で笑う。

 それがある意味救いでもあるのだが、何となく俺は、ヘルグに向けて文句を言いたい気分だった。

 まるで――事の顛末を、全部知っているみたいだ。……多分、八つ当たりに過ぎないのだろうが。

 今は、そんな場合ではない。大きく息を吸って、呼吸を止めた。


 ――開けるぞ。


 声には出さず、そっと胸中で囁く。

 俺は気を引き締めるようにぐっと唇を噛み締め、豪華な装飾の施されたドアノブをぐるりと回した。


「……!」


 弾かれるように、ドアノブは簡単に回る。

 ぎい、と軋んだ扉が古ぼけた音を立てて開いた。光を拒む黒い壁に囲まれた部屋が、仄暗い光の下に晒される。

 まるで奈落の闇に落とされた、世界の終焉のような。静けさばかりが目立ち、一瞬、拍子抜けしかけたが。


 それよりも、そこにあったのは――


 もう用済みとなったドアノブを握り締めた手は、あまりに震えていた。――その先に待ち構えていた光景が、あまりに信じられなくて。


「――っ魔王様!」


 アリセルナが悲鳴にも近い、甲高い声を上げた。

 ――対して俺は、声を上げることすら出来なかったが。

 何も出来なかった。立ち竦み、足が震え、動くことさえ。

 いつも余裕の笑みを絶やさないヘルグでさえ――驚愕で目を見開いて、呼吸さえしていないように見えるほど。


 瞬間――時が、止まったのだ。


 それは文字通り、世界の全てが終わったようにも、見えた。



 ――美しいのは、生か、死か。


 漆黒のベッドに横たわる、広がった黒が花弁のように咲き誇った闇色のローブの。

 伸びる四肢と顔だけが、蒼白く死人のように浮き上がって。

 呼吸の音さえ響かない。鼓動の音なら伝わらない。

 長い睫毛は伏せられ、その下から微かに覗くはずの黒い瞳は、何故か俺にはまるで鮮血に濡れた紅に見えた――。



 まるで眠るように、魔王様は、横たわっていた。






 まるで――死人が、眠るように。




後書きがもう恒例になっていて、ない方が違和感感じません? 気のせいかな。白邪です。

でもシリアスぶち壊しなのでない方がいいかもですね。嫌な方は、お手数ですが飛ばして読んで下さいませー!


さて我が家の魔王さん久しぶりの登場です(^O^)最早死体状態ですが。

何で他の方宅の魔王様ってあんなに格好いいのにうちだけこんなのなんだろう……!

毎回疑問に思いますが……もう仕方ないのでこのキャラで突っ走ってやります。

むしろ側近の方が傍若無人で魔王っぽいというイージートラップ。

それにしても魔王様が死んだら次誰が魔王になるんでしょうね、ヘタレさんとかなれそうだけど嫌ですね。冗談じゃないやい\(^o^)/

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