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第78話 神は云った、闇が生まれた

 神なんていない。


 小さく呟いた言葉は闇に溶け、空気を振動させることもなく消える。

 誰の耳にも届かない、口の中だけで反響する独り言。

 けれど、その一言で僕は、自分の声がひどく不機嫌なものであることに気付いてしまって、何だかすごく苛立った。


 神なんていない。

 そんなものはいるはずもない。


 ほぼ八つ当たりのように天の上にいもしない神を貶しながら、僕は影と影の隙間を縫って歩いていく。

 空は見えない、神なんていないのだ。太陽さえも見上げられない僕ならば。

 そう、影にしか映らない僕。僕は影にしか映れない。

 だから影ばかりに身を寄せて。だけどそれは僕だけで。

 後ろから規則的な足音を響かせて着いてくる、その光が――影じゃない僕が、妬ましかった。

 何故ここまで苛立っているのだろう。熱に冷静さが持っていかれているのは理解している。

 これは、嫉妬だ。馬鹿なことだ。分かっていても心の奥底から手を伸ばしてくる憎悪の波はどうしようもない。

 抗いようがないものに、無駄に抵抗することさえ馬鹿げている。僕はだからその気持ちに半分自身を任せていた。


「……幸福なんて、辛い、だけなのに」


 抑えた声で、ぽつと呟く。


 だって、きっと、その光は幸せだ。

 信じて、信じて、信じて――好きだと笑った。


 馬鹿みたいだ。


 神なんていないのに、神さえ信じないのに一体、何を信じるというのか。

 目に見えるものでさえ、結局は僕を裏切るというのに。

 信じられるものなど、この世には何一つ存在しないというのに!

 思わず溢れそうになる感情が喉まで込み上げてきて、ぐっと、下唇を噛んだ。

 彼の、その、幸福さが妬ましいのだ。羨ましいなんて、そんな言葉じゃ片付けられないほどには。

 溜まりに溜まった鬱憤を晴らすように、ぶつぶつと愚痴をこぼす。けれど後ろを確かな足取りで歩くそれには、まるで聞こえてはいない。


 けれど、それもそうだ。そのはずだ。

 光だった僕は、闇に取り込まれたのだ。

 強大なる闇には抗えずに。


 だから彼にはもう意識がないし、抜け殻となったその身体を動かすのはただ、闇に蔓延する影の力。

 意思のない操り人形マリオネット。影と一体化した僕の破片。

 つまり、所謂、影の完全支配――。


 それは僕にとって、何よりも喜ぶべきことだった。ようやく叶ったと言うべきか。

 完全なる影になれることは、僕にとっての願望そのもの。

 彼が僕である限り、僕が彼である限り。

 軋んだ心の底から叫ぶ、乾き色褪せた夢だった。


 ――そして僕には、それしかなかったのだ。


 目を閉じる。そして開ける。数秒が数分に感じた。


 それしかない。それ以外には何もない。

 不幸なんて掲げるつもりはない、けれど。

 夢なんて軽いものを語れるほど、僕は幼稚でもない。




 勇者なんて夢物語を突き付けられ。


 大切な人を無残に殺され。


 自分という器を奪われ。


 勝手に魂を食い荒らされ。


 光と影とに引き裂かれ――




 僕に一体、何が残ったというのだろうか?

 いっそ、破壊ならば闇に戻ることもできたのに。


 それさえも叶わないのか、と、そっと目を伏せる。


「僕は君で、君は僕だよ――」


 届くことのない、実際届けようとも思わない呟きが影に覆われた床にぽとりと落ちる。

 僕は君。君は僕――。

 心が寄り添うように、共鳴の声を上げる。


 これだけが、唯一、固く結ばれた絆だった。


 ――ああ、可哀想な子よ。

 子羊が嘆いていても、無情で非情な神は救済なんてくれやしない。


 神なんていないから。僕には君しかいないんだと、胸の奥で深く刻まれた傷が疼く。

 この感情は、同情よりももっと深い。

 共感している――だって僕は君と同じ苦しみを味わい、同じ辛さを感じ、同じ悲しみを見つめて来たんだから。

 たとえ僕が、文字通り光の下に生まれた君に嫉妬していたとしても。それ以上に僕は、君を哀れに思うだろう。


 だって僕は君なんだから。


 闇が深まる中で、僕はまた歩き出す。僕はここで立ち止まることはできない。もう、君を巻き込んでしまったから。

 だから、ね、最後まで、君を引きずり墜としてしまおう。


 小さくほくそ笑んだ。




 ――さあさ、ほら、だから教えてあげる。

 可哀想な君だけに。


 僕は後ろを意思なく歩く、少女の小さな手を引いた。


 光で懸命に飛び立とうとする君に。

 影に逃げる方法を教えてあげよう。


 そうすれば君は壊れずに済むよ。

 我ながら、聖人君子みたいな優しさで。

 潜むのは蛇の牙より鋭い毒の痛さと知っていても。


 ねえ、だってきっと、君は幸福より不変を望むでしょう。


 毒牙の痛みなら、もっと辛いことを僕は知っている。



 ――この世には、僕たちを救ってくれるような神様はいないんだよ!



 僕はそう言って、乾いた笑いを立てた。

 世界が緩やかに崩壊していくのを、心の隅で感じながら。



















 ――汝、神を疑うことなかれ。


 主は仰った。光あれと。




 もしも汝が神を貶めるのならば、神たる私が汝を裁きに参りましょう。




もう……何かぶっちゃけ後書き書くのが一番楽しいです。白邪です。

二番目に楽しいのはあらすじ変更することです。……ちょくちょく変わっててすみません。


やや終わりのイメージが固まってきました*

……まだ結構続きそうです。時間をかけてじっくりとハッピーエンドにしたかったり。

あーでもハッピーエンドって、一面性ですよね。誰かは不幸になりそうです……。葛藤。


こんな小説でこんな作者ですが、もし良ければこれからも宜しくお願い致します!

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