第75話 その闇の名は
眠りは深く、堕天使は甘い声で唆す。
優しい微睡の底の、懐かしい闇。
花を散らす秘められた悪事のように。
生まれてくる前、誰もが平等に与えられた原罪の名。
それを人は闇と呼び、そして神と呼んだ。
誰が逃れられるものか、生まれてくる罪から。
誰が逃れられるものか、死んでいく罰から。
誰も逃れられやしないのだ。
人は生まれながらに罪を負いし、神の眷属であることを。
……眠りは深く、残酷な目覚めならば知らず。
魔の口付けに、世界は緩やかに崩れ落ちる。
悪魔は囁く、光をその手に。
『――我が名は、闇』
◇
「……困ったことになりましたね」
いつもは絶対に見せない困惑の色をその顔に貼り付けて、ヘルグはぽつりと呟いた。
困った。
この性悪男からそんな言葉が聞ける日が来るとは、夢にも思っていなかった。
――そしてこいつは、馬鹿みたいにその言葉が似合わない男だ。
「困った……ってなあ」
愚痴を零すように、俺は小さく吐息を漏らす。
困られても困る。
何も、困っているのはこいつだけではない。
皆、困惑を隠し切れてはいないのだ。
「あんたに困られたら俺たちも困るんだが?」
そんな俺の気持ちを代弁するように、俺の隣にどんと腰掛けた男がヘルグに視線を向けた。
「あんた側近だろ。何とかしてくれ」
精悍な顔付きによく映えた蒼の瞳が、ヘルグを捉えて細められる。
それは遠めで聞けばひどく他人任せで無情な言葉に聞こえるが、実際、俺も同じ気持ちだった。
何せ、頼れる奴はこいつしかいないのだ。
魔王城のナンバー2、魔王の側近――ヘルグ=アリアス。
狡猾さと行動力では右に出る者がいないと言われる、この城の第二権力者。
鬼畜でサディスティックな言動は嫌な意味で有名だが、その明晰な頭脳は、城の主である魔王様をも凌ぐという。
「あんたが何も出来ないんだったら、俺たちだってお手上げだ」
そしてそれを示すかのように、俺の隣に座る男――アレス、というらしい――は肩を竦めた。
この男についても色々と疑問や聞きたいことはあるが、とりあえず、その意見には賛成だった。
「今の状況すら、よく呑み込めてないんだ。そこも含めて説明してもらわないと。……助けが必要なんだろう?」
アレスに続いて俺が放ったとどめの言葉に、ふう、とヘルグが嘆息する。
それは諦めのような、或いは安堵のような吐息だった。
「……仕方、ないですね……」
別に仕方がなくはないと思うが――まあ、そんなことは言わないでおいた。今はそんなことで揉めている場合じゃない。
それよりも。
じっとヘルグの目を見据え、次の言葉を待つ。
「……ディーゼル君」
と、ふいに自分の名を呼ばれ、思わず目を丸くした。
何だろうと、思わず構えてしまう。
「……何だ?」
「貴方の予想は正しいですよ……多分ね」
明らかな憂いを帯びた、淡紅の瞳。
予想、正しい――思考の渦がそこまで辿り着く前に、ヘルグが言葉を続ける。
「混乱を招いてしまいそうで、本当は言いたくなかったのですが――」
ため息。
覚悟を決めるような一息の後に、ヘルグは、部屋に衝撃と動揺をもたらした。
「――サタンが、この城に来ました」
がつんと。
「――っ!?」
ざわめき。どよめき。
動揺。驚愕。
この城の者にとって、相当な破壊力を持つ爆弾が落とされる。
それはまるで――呪いの言葉。
波紋が伝わるように、部屋中に焦りと恐怖の色が伝染していく。
「サタン、って……!」
口に出しても、現実味が伴わない空虚な言葉。
けれど、それは明らかな恐怖で。
地底国の王。
まさか。信じられず、頭の中が正に真っ白になる。
魔王様の部屋の前を見た時、抱いた懸念。
ただ、自分の行き過ぎた妄想であればいいと祈るも虚しく、それは、重々しく告げられた。
「どっ、どういうことなのよっ!?」
今まで話し合いには口を出してこなかったアリセルナが、立ち上がって抗議する。
単に問い質しているだけにも関わらず、それは、非難に聞こえた。
「……目的は、一切不明。地底国から出られるはずのないサタンが、この城に、侵入してきたのです」
冷静な口調のまま、ヘルグはゆっくりと話す。
ありえない出現。
敵国の王の侵入。
信じられない思いで、俺はその話を混乱した頭で聞いていた。
「誰にも予測できず、誰にも気付かれず。……それも、サタンが侵入してきたのはつい先刻のことです」
話が進めば進むほど、心臓が警報を鳴らす。
先刻? サタンが……ここに?
やはり現実味は皆無。
が、とりとめもない、けれど確かに根付いた悪寒は囁く。
理由は分からないけれど――
早鐘を鳴らす。
「……奴に最初に会ったのは、私でした」
そう言ってヘルグは、目を閉じる――。
◇
嗚呼、誰がその力に抗えようか?
魔は真の力なり。
闇の名は神。
神の名は光。
光の名は闇。
主に逆らう者には天罰を。
運命に刃向かう者には死を。
――我、混沌を司る者なり。
先生ー、今日は影くんが風邪でお休みでーす。そうかー、だったら(自主規制)
我が家のパソコンパソ君が壊れているために姉の携帯を強奪……げふん、もとい貸してもらいせっせと執筆してました白邪ですー。携帯は初めてなので変なところがないかドキドキしております(;´Д`)
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