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第74話 蛇は誘った、果実を齧った

 全てが手遅れ。目を瞑れば奈落。堕落は底なしの闇。


 ――君は何処まで堕ちたいですか――


 手繰り寄せるは最後のページ。涙と嘲笑で埋め尽くされた悲劇の形。拍手の代わりに沈黙が降りる。

 何処まで堕ちればいいものか。目映い闇に惑わされ。

 物語はいつだって理不尽に、平和に砕けた神々はただただ目を瞑る。

 幸福すらもが悪夢のスパイス。信じた瞬間牙を剥く。

 バッドエンドは予想済み。立ち尽くす、誰もが逃れられない終焉を見た。


 ――ああ、何処まで堕ちればいいのだろう――


 僕らはただ、虚無を抱いて制裁を待つ罪人。





 ◇





 誰もが生まれながらに背負った罪の名を、人は、神と呼ぶんだ――



 泣きそうな顔をして、だけど、君はそう微笑んだ。

 君は僕の我儘に、よく、困った顔はしたけれど。

 哀しそうな表情を見たのは、それが初めてでした。


 よく思い返せば、君は、いつも無理をしていたのに。


 幼い僕は、何も、気付かなかった。

 気付いてあげられなかったんだね。


 今さら悔やんでも仕方ないと知っていて。



 免罪を求める僕は――











「愚か、なんだろうね」


 その一言で僕は、目を覚ました。


 ……いや、実際、眠っていたわけではない。

 ただ、思考の深い奥に落ち、陥り、出られなくなっていただけだった。

 そこから僕を引き上げたのは、一人の少年。


「思い出したのは、幼い頃の思い出――だろう?」


 彼は腕を組んで壁に寄りかかったまま、首をちょっとだけ傾けた。

 その顔から剥がれることのない微笑は、相変わらず僕の方を向いている。


 ――影。

 彼はそう呼ぶに相応しい、薄闇を纏った少年だった。

 ただその容姿は、僕がかつて失ったはずの面影であり、二度と出逢うことはないと信じていた虚無の存在であり。

 つまりは以前の僕の姿を、そいつはしていた。


「……違う」


 ほぼ無意識に、首を振る。


「思い出じゃ、ない」


 『乗っ取られた』に等しい状況でありながらも、僕はやけに冷静だった。

 自分でも嫌になる。――苛立ちすら、起こらないのだ。

 ただ無機質にも近い声で、問いの答えを告げる。


「ただの、過去だ。――思い出にもなりえない」

「へえ」


 気のない返事をして、少年は小さく笑った。まるで、元から答えを知っていたかのような反応。

 何だか彼に何もかも見透かされているみたいで、――すごく気持ち悪かった。


 だって、それは、僕の中でもう『思い出』として昇華されていたのだから。



 僕が見ていたものは、幼少時代の一時。

 僕がいて、リルちゃんがいて、幸せだった頃の残像だった。


 ――罪の名は、神。


 いつも彼は遠くを見ていて、僕には知りようのない、世界を視ていた。

 だから彼は笑った。哀しそうに、笑った。

 どうして今突然、あんなことを思い出したのかも分からない。

 ただ、今では、少し彼の言葉が分かる気がする。


 目を閉じれば。見える気も、少しだけした。


「――君は、恨まないのかい?」


 また思考の淵へ沈もうとしているところに、中断の声がかかる。

 一瞬、何を言われたのか分からずに顔を上げてぽかんとしていると、闇によく馴染んだ姿は付け足すように言った。


「思い出してたのは、魔王サマのことだよね。君は勇者だろう。恨めばいいのに」


 闇に沈んだ微笑。沈黙は一瞬だけだった。

 何で分かったのかとか、もう勇者とは呼べないこととか、そんなことより先に怒りが立つ。

 恨めば――なんて、馬鹿にされているとしか思えない。

 勇者だからなんて、ふざけている。彼と言う人を知ってしまった今、そんな理由で恨めるはずはないのに。


「ふざけるな――っ」

「そんなに怒んないでよ。勇者サマ。悪かったって」


 からかうように宥められ、影の姿をキッと睨む。

 恨めばいいのに、なんて、こんな奴に言われる言葉じゃない。

 何を知ってる。思いを込めて、視線で射抜く。


「――大切な人を殺されても平然としてる君に、腹が立っただけだから」


 ふと、彼の笑みが、凍った表情に変わった。嘲り。見下されていると感じる視線。


「変だよね。大切な人を殺されても、君は恨まないの?」

「…………!」


 瞬きすらしない、作り物の表情に背筋が凍る。

 怖いと感じるほどに、それは、冷たかった。

 変。変だろうか。変だよね?


「それは――すごく、冷たいんじゃないの?」


 さっきまでの僕の怒りが、影に吸い取られ形を変えたみたいだった。

 冷たい。

 その言葉がぐさりと刺さる。小さな針のように、鋭く。

 エコーがかかって聞こえる声が、凍てつくほど冷たい雨を降らす。

 内側から凍らされているようだった。思わず息を呑む。


「ねえ……本当に?」


 ふいに、声の質が変わる。低いのは変わらず、優しくなったわけでもないけれど。


「本当に君は、恨まないでいられるの? 偽善だけじゃ本音は隠せないよ」


 囁く甘美な吐息。恨めというより、恨んでもいいよという響きを含んだ甘やかな誘いが鼓膜を震わす。

 声自体は冷たくても、それは蛇の誘惑だった。

 心が震える。凍てつくのが怖くて、禁断をかじってしまう。

 影を見つめて、ただ固まる。


「僕、は……!」

「恨んでもいいのに」


 必死に抵抗しようとする、心が砕かれる。

 恨みたくない。

 恨みたくない。

 恨みたくない。


 恨んでもいい?


 恨みたくないはずなのに……。

 目をぎゅっと瞑って、震える手を握り締める。

 怖かった。影に心を食い荒らされているようで。


「大切な友達を殺されたんだ。恨んでもいいんだよ」


 音もなく忍び寄ってきた影が、そっと耳元で囁く。

 優しい声音。気持ち悪いほどに、甘い。

 それが『自分』の声だと思うと吐き気すらした。だけど、それ以上に、蕩けるように甘く。

 蠱惑の誘惑。


「そして、心まで壊れちゃえばいい……」


 更なる深みへ、堕とす言葉。

 僕はぼんやりと、最近どこかで聞いた科白だと思った。


 ――サタン、かもしれない。

 あれがサタンだったかどうかはよく分からないけれど。

 堕落の道を唆した、優しい闇。


 ――そうか、こいつはあの時の。



 僕だ。





「……恨んでもいい?」

「いいよ」


 全てが壊れてしまいそうだった。そしてそれでもいいと思う。


 僕は弱い。

 相手が影と知ってなお、堕ちていく道を選ぶのだから。




勇者のネガティブゲイト(余談)は相変わらず。


最近サタンが好きです*

でも奴はブラコンなので我が家の魔王さんが出ない限りやってこないと思われ(自主規制)

嘘です。ヤンデレブラコンとか勘弁してくれ。

とりあえず影シリーズが終わらない限り出ない気が……。


後書きを書くだけで30分くらい費やしたとか内緒。

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