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第73話 影は笑った、君は消えた

 暗闇の中を、裸足のまま歩いていた。


 ひたひた、ひたひたと。


 まるで目隠しをされているみたい、とぼんやりと思った。

 でも違う。目を瞑っているわけでも、目隠しをされているわけでもない。なのに周囲は真っ暗だった。

 怖くはない。そこにあるのは恐怖じゃなくて、絶望に近い。


 絶望。


 そう、それは――

 僕であって、僕じゃなかった。

 心の片隅に磔にされていた、影が顔を出したみたい。

 でもそれは確かに僕で。だけど僕とはいえないような。


 曖昧な感覚を頼りに、ただ進む。

 何処へ向かっているかなんてどうでもいいし、僕は知っていた。

 向かう場所を。何処へ向かうべきなのか。

 というより、心の底で『僕』が叫んでいる。鎖の解かれた、影の部分が。


 僕は歩いた。裸足のまま、暗闇の中を。





 ……


 …………





「ようやく気付いてくれたね」


 くすくすと響く笑い声。壁から壁へ反響して、闇一面に浸透していく。

 僕はぴたりと、足を止めた。

 動くものは、僕以外にない。少なくとも、ここには。


「…………」


 じゃあ誰が? 僕は暗闇を見据える目を、足元に向けた。

 鎮座する黒。思い当たる。

 ゆらりとした、絶対的闇の存在。


「……君は、影?」

「そう」


 簡潔な問いに、簡潔な答えが返ってくる。

 歪んだ色をした影。暗闇に同化する、形を食っただけの悪魔。

 ――僕にはそれが一瞬だけ、ゆらりと動いたように見えた。


「分かってくれて嬉しいよ。あまりにも遅いから、分かってもらえないんじゃないかって思った」


 そしてそれは錯覚なんかじゃなく、僕の影はの下からするりと抜け出て人の形を作り始める。

 驚く暇もなく――与えず――それは『人』と成り。

 三次元単位で、僕の目の前に姿を現す。作り物のようには見えない、複雑な表情を。


「……っ!」

「でもやっぱり、君は賢かった」


 嬉しそうに笑う口元だけが、目に触れた。

 濃い影の色が、人の色へと同化していく。

 誰? 彼――。

 まさか……まさか。ありえない想像、妄想。

 段々と冷めていく高揚を感じながら、僕はただ固まる。


「君は――」

「僕は影。君の影」


 でもそれは、空想だけにとどまらない事実で。

 暗闇の中にぼんやりと浮かぶ、灰にも近い短めの銀髪が揺れた。

 歪んだ蒼の瞳が、嬉しそうに細められる。



 銀髪。碧眼。



 つうっと、頬を汗が伝った。けれど反対に、彼はさも面白そうに笑う。


「そして、僕は君自身――」


 いつもは鏡で見ていた逆側の、よく見知った顔。

 ただ壊れた瞳の色が、違う。

 だけどそれは――




「ようこそ同志! 影の世界へ」




 ――僕だった。





 ◇





 広がる静寂。

 感じたのは荒廃。


「……嘘だろ?」


 ぽとりと落ちた言葉に、答える奴はいない。

 ただ後ろで、アリセルナが動揺しているのが分かった。


「何が――起きた、んだ……」


 俺だって動揺していて、まともにものも考えられない。

 目の前の光景。

 瓦礫の山。

 静寂が、紛い物の静謐だと知る。


 ――ここは魔王様の部屋の前。


 始まりは、『予感』。何でもない、ただの不安でしかなかった。

 けれど、そこから枝分かれしていく複雑な事情は、この城の最高権力まで辿り着くことになる。

 最高権力。つまり、『魔王様が危ない』――そういう話を受け、俺たちは急いでやって来たのだ。

 嫌な予感が、ここまで根を広げ。

 いつも静かなところだが、何故か今はいつも以上に不穏な空気を漂わせていたと……それは、錯覚だろうか。

 嫌な予感はピークを迎える。

 『危ない』その言葉の意味するところ。何があったかと危惧していれば――


「……魔王様……埋まってる、ってことはないわよね……?」


 目の前の瓦礫を見下ろして、震える声でアリセルナが言う。

 俺はただ首を振った。

 分からない。

 ここで何が起こったか分からない以上、滅多なことは言えなかった。

 下手な憶測も、アリセルナを落ち着けさせるような言葉さえ。



 瓦礫。



 そう、魔王様の部屋の前は、最早ただの瓦礫の山だった。

 壁は崩れ、灰に汚れ、静寂は重く、何があったかさえ想像できない。

 肝心の魔王様がここにいるのかさえ分からない状態になっている。

 ――嫌な予感は、ここまで達していた。


「……アリセルナ」


 脂汗を拭うこともせず、俺は一歩後ろで立ち止まったアリセルナに声をかけた。


「……お前は戻って、ヘルグに報告してきてくれないか?」

「え? わ、私が……?」

「他に誰がいるんだよ。――他の奴には話すな。混乱を広げたらまずい」

「え、あ……うん、分かった」


 俺の言葉に、アリセルナはたっと走り出す。その背中は、すぐに廊下の向こう側へと消えた。

 見えない影を見送りながら、錯乱状態になっていなくてよかったと安堵する。

 もし騒がれたり暴れられたりしたら、手のつけようがない。騒ぎは周囲に伝染するし、城全体がパニックになったりしたら大変だ。

 しかもそれを鎮められる唯一の、王が今はここにいない。


 どこにいるか分からない、その上安否も不明。


「……くそっ、どうなってるんだ」


 俺は思わず悪態をついた。

 アリセルナより、俺の方がきっと焦っている。しっかりしろと自分を戒めるも、今や嫌な予感はふくらんでいくばかり。


 瓦礫の山。崩れた壁。

 不在の王。安否不明。


 どうすればいい。

 この事態を、どう解釈しろと?


 考える。壁に手をつき、散らばった破片を見下ろしながら。

 魔王様は何処へ。ヘルグは弱く笑って『危ない』と言った。

 どうして。どうしてだ?


 どうしてこんなことに。

 一体何があった。

 いつ、誰がやった。



 何故こんなことになりながらも、誰も気付かなかった――?





 嫌な予感は、とどまるところを知らない――









「――まさか」


 長い思考の後。ぽつりと、口から漏れた単語。

 まさか。

 まさか……。


 瓦礫を見下ろす。

 重い静寂。

 見事に破壊された壁。


 ありえないことではないと――少し、思ってしまった。


 魔王様の性格。

 最近の異常。

 理由。

 因果。


 十分にありえる話だ。



 でも、そうだとしたら――



「……まずい」


 後ろを振り返る。

 誰もいない。――当たり前だが。


 俺は考える。もし。


 魔王様が誰かの手によって失踪したんじゃなく。

 自ら消えたのだとしたら?


 俺は考える。もし。


 誰も気付かなかったのは、この空間が閉ざされていたせいだとしたら?

 それも、魔王様の魔法によって。


 俺は考える。

 魔法に詳しいわけじゃないが、そんな魔法もあっておかしくない。

 仮定なら成り立つ。



 もし、もしだ――




 サタンが来ていたのだとしたら?




 突飛な空想。


 だが、ありえない話ではないのだ。

 最近の異常事態を、魔王様やヘルグは隠そうとしているみたいだが。

 いくら何でも隠しきれるはずはない。

 特に、彼らと近しい者には。

 サタンという単語は、最近、噂話のように増えてきている――


 だって、そうだろう。


 魔王様を恨む者なんて、魔王様を殺そうなんて思う者は――サタンくらいだ。


「……サタンが……!」


 仮定、全て仮定に過ぎない妄想だが。


 何故か嫌な予感は、その正しさを裏付けるようにふくらんでいく。

 サタンは魔王様を恨み、魔王様はサタンを思っていた。

 あの優しさが仇となったのなら。

 魔王様が、自分を殺しに来たサタンを傷付けることができなかったのだとしたら――


「――っ!」


 俺は走り出す。

 アリセルナが走って行った道を、同じように。

 手足が千切れんばかりに、全力で。


 もしも仮定が正しいのなら、危険だ。








 もう――手遅れかもしれない。




テストまで3週間とか憂鬱になってみます。


今回から『影』シリーズです*

ここらへんは結構書きたかったところなので真面目に頑張ります^^

……それにしてもディーゼルは使い辛いなあ……

やっぱり勇者が一番。……冴えないけど。

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