第71話 奔り出す衝動
「……コメット?」
「レイ君?」
幾人もの声が重なった。
ドアを開けた瞬間、同じように固まって。
どこか白々しい、おかしな沈黙が部屋内に満ちる。
しーんなんて、陳腐な表現が本当に聞こえそうな。
「コメット、じゃなくて――」
次に、まず口を開いたのはアリセルナだった。
ここにいる全ての人の気持ちを代弁するかのように。
「――ヘタレさん?」
「ヘルグですけど。何やら皆さんお揃いで」
アリセルナの声に、ひどく不機嫌そうな低い声が答えた。
青白い肌。具合の悪そうな表情。カーペットの上に座り込む姿。
まるで部屋にそぐわない、違和感の塊。
「……あんた、こんなところで何してるんだ?」
――この城の第二の権力者、魔王側近ヘルグ=アリアス。
俺はそいつに、そんな言葉をかけることしか出来なかった。
「何って……、……何でしょうね」
……返ってきた答えも、大したものではなかった。
まあ、期待をしていたわけではないが……。
何だか思わず、ため息が出た。
何でしょうねって。何だそれは。もうちょっとまともな答えは出ないものか。
「あの……後ろの方々は?」
「え……」
そう言われ、俺は後ろを振り返る。
そこには俺が連れてきた二人――険しい表情をする男と、怯えたようにヘルグを見る少女の姿があった。
「……? あんたら、どうした?」
訝しむように見ても、少女はただ首を振るだけ。
けれど、何かあるのはまるで明らかだ。
ヘルグがすうと目を細める。
そしてその仕草に、少女がひっと小さく悲鳴を声を上げる。
――これで何でもないわけがない。それが何なのかは、分からないが。
「……なるほど」
だがヘルグはヘルグで勝手に何かを納得したらしく、にやりと笑った。
にこりではない。にやりだ。
……不気味だ。その笑みに、背筋が凍る。何度も見ても嫌な笑みだ。
「――その二人は、私の客人です」
「え? でもこいつらはコメットに会いにって……」
訳の分からない言葉に、俺は首を傾げる。
――ん? あれ? コメット?
俺は瞬間、違うことに気が付いた。そしてつい、そっちに気を取られる。
だって。ここは、コメットの部屋なのだ。なのに、コメットがいない。
……コメットは?
「どうでもいいけどコメットはどうしたのよっ!」
俺の代わりに、アリセルナがずばりと言う。……かなりストレートではあるが。
どうでもいいとまでは言わないが、確かに今はそっちが問題だ。
嫌な予感が消えないのだ。そっちを知りたい。
「そうだよ、コメットはどうしたんだ? ここ、コメットの部屋だろうが」
「全くその通りです」
おどけた様子で言う様に、コメットは無事なんだと思った。一瞬ほっと、肩の力を抜く。
が。
「……残念ながら、知らないんですよね。ていうか、今魔王様が危ないんですよ」
「…………は?」
危ない?
どういう意味だ。
聞き返す前に、ヘルグは曖昧に笑う。
……珍しく、弱々しい笑み。驚く俺に、ヘルグは言った。
「あのー、もしよかったら、魔王様の部屋前を見てきてもらえません?」
◇
走る。
全力で走る。
全身を酷使し、身体が悲鳴を上げても。
「……ディーゼルっ、速……っ」
「止まってる暇はないぞ! 魔王様がやばいんだとよ」
息も絶え絶えに、後ろを走るアリセルナに言葉を投げる。
廊下を走る。不自然な静寂が支配する廊下を。
「分かってる、けど……!」
さすがに辛いみたいだった。
……部屋に置いてきた方がよかったかもしれない。
嫌な予感はひしひしと迫ってくるが、アリセルナは3歳も年下の少女なのだ。俺が全力で走れば着いてくるのも辛いだろう。
「……待っててもいいぞ。俺だけ行ってくる」
走る足を緩めて呟くように言う。気遣いのつもりだった。
けれどアリセルナは、首を横に振った。辛そうにしながらも。
「ううん……そんな、の……出来ない」
壁に手をつき、ふらつく身体を支えるアリセルナ。
「絶対今、何かが起こってるわ……一人だけ何もしないわけにはいかないのよ」
「だけど、お前――」
「ごめんね! 多分私、ディーゼルのお荷物になるわ」
俺の言葉を遮って謝るアリセルナに、俺は言葉を失う。
いきなり何を。
けれどアリセルナは、笑顔だった。
「だけど私ね、コメットを助けたいの。大親友なの、コメットが危ないことくらい分かる。……だから」
乱れた息を整えながら、アリセルナはいつもの勝気な笑みを浮かべ。
「私、喜んでディーゼルのお荷物になるわ」
言い終わると同時に、走り出すアリセルナ。
俺はその後を慌てて追い掛ける形で続いた。
まだ少しふらついているアリセルナにはすぐに追いついて、並ぶのも一瞬追い抜かすけれど、今度は、彼女の視線は前に固定され。
「――上等だ。そんな覚悟があるなら一緒に行くぞ」
俺は笑った。
まずは魔王様の許へ。
嫌な予感すら突き抜けて。
友人の危機なら、駆けつけるのが役目だと。
何が起こっていても。
とんでもないことが起こっていると分かっていても。
「飛ばすぞ!」
「うん!」
スピードを上げた。
いつもこんな後書き部分まで見て下さる方はどれだけいるのか……。
最近番外編書きたいです。魔王成分が足りないです(どんな
余談ですが夏休みが終わります*
宿題は終わりません。小説書いてる場合じゃないみたいです……。
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