第70話 正義か悪か、それともエゴか
ついに70話です。
70話。文字数なんと200000文字越え。時間にすると400分も越えるとか。
実際、ここまで続くとは思っていませんでした。
ですが、ここまで来られたのも応援して下さった読者様のお陰です^^
連載も一年近くなり、長ったらしい小説になってしまいましたが、それでも読んで下さる皆様にこの場を借りてお礼を申し上げます。
さて、まだまだ『魔王の恋と勇者の愛』は続きますが、もし宜しければどうぞこれからもお付き合い下さい。
もし100話まで行き着くことが出来れば、改めてお礼を述べさせて頂きます!
前置きが長くなってしまいました。
それでは第70話、どうぞ。
「御主人様」
「……セインか」
背後から不意にかけられた声に、男は振り向きもせずにそう言った。
かつ、かつと無情に響く足音。
男の後ろに長い亜麻色の髪を風に遊ばせる、ひどく無機質な美しさを持った女の影が差す。
「何だ?」
男は視線を合わせようともしないまま、そう尋ねた。
少しやつれたようにも聞こえる、疲れた声音。
そんな男に対し女は、一切の感情を排した鋭い瞳で男を見上げる。
「……魔王は?」
「うん? ああ……、死んだよ」
若干の間の後の、簡潔な答え。
目を見開き僅かな驚きを見せた女は、男にさらなる問いを掛けた。
「死んだ……とは、つまり、御主人様が?」
「いや」
女の言葉に、男は苦々しい表情で首を振る。
「勝手に死んだのさ。あいつは」
◇
神は最初に、男を創り給うた。
神はそれから、女を創り給うた。
どうして神は『光あれ』と仰せられたのか。
地上に縛られた今の我々には、知る由もなし。
エデンを追われた咎人たちの、罪を受け継ぐ我等も罪人。
神へと届く塔なんて、築けるはずなく地へ墜ちるのだ。
―――『世界に光あれ』?
光を創っておきながら、主は残酷なものだ。
神は光を平等には与えて下さらなかった。
与えられたのはただ闇への恐怖だというのに。
神は何故に命を与え給うたのか。
虚無の闇を抱き、死んだように生きることが課せられた義務だというのか。
誰もその御心を知ることは出来ず。
死に逝くまで生きる苦痛。
それを繰り返すのが輪廻だというのか。
それが生の意味だというのか。
――神は云った。
光あれと。
◇
男は小さく嘆息した。
「皮肉なものだな」
曖昧な沈黙を破る自嘲的な科白。
決して視線を前から逸らさないまま、男は呟いた。
「あれほど殺したいと思っていたにも拘らず……」
その様子を二歩下がって眺めていた女は、長い睫毛を伏せて重い吐息を漏らす。
「呆気ないものですね」
瓦礫の山となった薄暗い廊下に視線を落とし、またため息。
失望とも悲愴とも、絶望とも取れない表情。
そんな感情が色濃く浮かぶ男の顔を、女は危ぶむように見つめていた。
「最強とも謳われた、あの王が――」
彼女は灰色の残骸の中に、人影を探す。
勿論何があるわけもなく。
「そうだな……私がこの手で殺すと、誓ったのに」
「……御主人様」
「神はひどく、残酷だよ」
ただ残るのは、空虚な心。
男は枯れた赤の瞳を積み重なった瓦礫へと向けると、その破片を緩慢な動作で掬い上げた。
灰色に煤けた欠片は角を鋭く尖らせながら、ゆらゆらと空中で揺れる。
僅かな沈黙。
ふう、と微かな吐息が漏れ、瓦礫の破片は地に墜ちた。
「或いは……死んだという、確証すらない」
「――と、言いますと?」
「奴は禁断魔法を使ったんだ。『神々の公正なる制裁』――死にたいというようなものだ」
女は驚愕の表情をその顔に浮かべ、男を見る。
「御主人様――」
「あぁ、奴は私を裁かなかったのさ。私が召喚した死神を裁いた」
どこか自嘲的な笑みを向ける男。
口元に手を当て、女は苦々しい表情を作る。
何てことを。
そう言いたげな顔付きだった。
「しかも奴は、周囲にバレないように『無音領域』をかけていた。……応援を呼んだ方が有利であると知りながら。一人では不利なことを知りながら」
男は壁に背を預け、視線を空へと逃がす。
どうしようもない――そう呟いて。
「死体はない。死んだ確証はない。が、あれを使って生きて帰ってきた者を、私は見たことがない」
「…………」
「そもそも、禁断魔法を使える奴などそうはいないがな。確か、先祖にもそうやって死んだ馬鹿がいたはずだ」
腕を組み、男は目を閉じる。
女は何も言わなかった。――否、言えなかった。
ただ黙っていることしか出来なかった。
言葉を発する代わりに、少し困惑したような曖昧な表情で、男を見上げる。
「正義か、悪か……私は何のためにここまで来たのか分からんな」
男は、懐から取り出したナイフを慣れた手つきで回した。
銀の輝きに、よく見ると黒い汚れのようなものが覆い被さっている。
「媒体も、それにかけた呪いも、今では意味のないものとなった」
「呪い……『勇者』にかけた、精神を支配する魔法のことですか?」
「あぁ。あれは呪いだ」
呪い。呟いて、その響きに男は口元を歪ませる。
それは決して楽しそうな笑みではない。
ただの、自嘲だ。
「全部――あいつのためだったというのに」
その含みは、故人に捧げる追悼に似ていた。
男は、壁からふっと背を離す。
「行くぞ。セイン」
「え、はっ……? よろしいのですか?」
「ああ」
かつかつと歩いていく男に、女は困惑の色を浮かべたまま小走りで着いていく。
男の足は止まらず、説明すらない。むしろスピードは速くなっていた。
薄暗い光の中、二人の影は闇へと滲んでいく。
「混乱は続いて、魔王城は崩壊する。多分な――」
じっと闇を睨み、男は呟いた。
女は無言で、それを聞く。
目を閉じ、開いて。男は呟く。
「――そしてそれは、私が望んだ結末ではない」
二つの人影が、闇に融けた。
いつもいつもこんな後書きの部分にまで目を通して下さる貴方様が大好きです。
折角ここまで来られたんだからリクエストでも受け付けてみようかと思案中。
……もし何かありましたら作者までズバッと言って下さると嬉しいですー。