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第69話 勇者嫁婿の邂逅

前半嫁と婿が暴走気味です。

魔王とか側近とかどうなったよ。……勇者は(どうでも)いいけど。

「……は?」


 俺とアリセルナの声が重なった。

 嫁? 婿……?

 しかも――勇者の?

 訳が分からず、ぽかんと固まってしまったのも無理のないことだと思う。

 突如現れた『人間』が、魔物の宿敵である勇者の関係者――しかも嫁と婿――だと告げてくる状況。


 ……全く以て意味不明だ。


「……ね、どうする? アレス」

「ああ、今の発言は多少やばかったな」


 俺たちの反応を見て、困ったようにひそひそと相談を始める男と少女。

 どうやら『やばかったらしい』ことは理解しているらしい。

 そりゃあまあ、そうだ。

 ここは魔王城。人間がいるべき場所じゃないのだ。


「嫁と婿じゃ重婚よね」

「そうだな……国では禁止されてる」

「ついでに言うと男同士の結婚も認められてないわ」


 ……そういう問題なのか?


「……どうする」

「どうすればいいのかしら――アレスだけ一人除け者だなんて、私、嫌よ」

「……いや……あいつとお前が結婚するのを見るなんていうのも、俺はいいかもしれない」

「そう……? それでいいの?」


 俺たちの介入も許さないまま、二人の会話は進んでいく。

 ……もう立ち入る気も起こらんけど。

 何だこの会話。何なんだ……このおかしな会話は。


「ねえアレス、もしかして、国外ならどんなことしても許されるじゃない? ……多分」

「ああ! それもそうだな……多分」


 ……こいつら、本当に勇者の関係者なのか?

 それ以前に、本当に人間なのか。そんなことを思ってしまった。


 似ている。


 何に、って――魔王城の住人に。

 この非常識的な会話。

 まるで同じような、おかしな理屈。似ている。すごく。

 既視感。嫌なほどに。既視感。


「……ねえ」


 ふと後ろから服の袖を引っ張られ、背後の影を振り返る。


「私たち、どうするべきなのかしら」


 袖をつかんだまま、アリセルナは呟いた。

 知るか。

 俺はそう言いたい気持ちを堪え、考える。

 どうするべきか、この二人。

 ……いや、てか、どうにか出来るのか? どうにかしなきゃいけないのは分かってるが。


「……とりあえず意思疎通を図ってみるか。悪い奴らじゃあなさそうだ」


 頭の痛い奴らではあるだろうけれど。

 勇者の関係者……にも見えないし。そう思いながら声をかけた。


「なあ、あんたら」

「え?」

「……うん?」


 二人ははっとしてこっちを見る。焦っているのが丸分かりだ。

 ……もしかしてこいつらは、今まで俺たちの存在を忘れてたのか。

 魔王城の住人と同じ匂いをひしひしと感じながら――つまりは面倒事の可能性を見出しながらも、俺は腹を括って話を続けた。


「あんたらは……一体?」


 曖昧に濁した質問。

 それに二人は顔を見合わせ、きょとんとした目でこちらを一瞥する。


「だから……」


 そしてさも当然のように。


「勇者嫁」

「勇者婿」


 ……答えは変わらなかった。

 ――というか、俺が聞きたかったのはそんなことではない。

 無意識のうちに息を詰めながら、冷静を努めた声で尋ねる。


「……あんたら、人間だろ?」

「っ!?」


 俺の『確認』の言葉に、二人が驚愕の色を露にした。

 それを見て、思わず俺も焦ってしまう。

 俺は今、何か悪いことを言っただろうか――?

 怒りに触れてしまっていたらどうする。気まずくなってしまったら。考えてさらに焦燥に駆られた。

 ――が。


「何でバレてるのっ!?」

「バレてないと思ってたのかっ!?」


 ――杞憂だった。

 どころか、結構あれだ。バレてないと思っていたらしい。

 まずそんなことはありえないのに。

 魔族と人間は姿形がよく似ているが、耳が見えれば大体判別はつくし、普段ここにいない奴はまず疑う。

 それにそもそも自分たちから勇者の関係者だと名乗っておいて、その反応はないだろう。


「……それで、用件は何だ」


 半分呆れながらも尋ねる。

 その反応にも驚いたらしく、少女の方が上目遣いで不安そうに見上げてきた。


「あの……」

「うん?」

「……殺さないの?」


 怯えたようなか細い声。

 当たり前の疑問だろうと、俺は思う。

 勇者の関係者。それが真実であろうと嘘であろうと、相手が人間なのなら危険分子として殺しておくべきだ。

 ……それを分かっていて『勇者の関係者』を名乗るこいつらもどうなのかと思うが。

 変わり者だ。最初に、そう思った。


「別に」


 小さく嘆息しながら、呟くように言う。


「俺は殺人狂でも何でもないし、あんたらも攻撃してくる気はなさそうだしな」


 俺は基本的に平和主義だ。無益な殺生にしかなりえない戦闘なら、避けたい。

 ――たとえそれが、憎き勇者の眷属だったとしても。

 なのでそんなことを言う。我ながら素っ気ない答えだとは思ったが、これが最良だ。


「私たち、人間の味なら飽きちゃったしね」


 俺の隣からひょこりと顔を出したアリセルナが言う。

 ……いや、その理由はどうかと思うが。

 でも、その通りではあった。

 最近は食べていない。以前はなくてはならない『主食』だったのに。

 なんて言ったら、敵意を剥き出しにされるか怯えて逃げられるかのどっちかなので言わないが。


「……まあ、そういうわけだ。あんまりうろちょろすると危ないかもしれないが、少しなら大丈夫だろ」


 多分、と心中で付け足すのを忘れない。

 でも、まあ大丈夫だろう。悪い奴らには見えない。ここの奴らはノリのいい奴を好むから。

 大丈夫。こいつらを見て、俺はそう思った。


「……だって、アレス」

「これはまた……あいつ、いい奴らに巡り会ったもんだ」


 二人は、今度は顔を見合わせて感心するように頷き合っている。

 よく分からなかったが――待っていると、何故か頭なんか下げてきた。ついつい焦ってしまう。頭を下げられるようなことなんか。

 慌ててそう言う前に、少女の方が凛とした声で告げた。


「お願いします、私たち会わなきゃならない人がいるんです。迷惑はかけません……どうか、案内して下さいませんか?」


 丁寧な言葉に、ちゃんとした礼儀を踏まえて。

 真剣な声音が伝わる。

 ちらりと覗く瞳には、強い意志が宿っているのが見えた。


「――どうか、お願いします」


 少女の強く固く結んだ手が、少し、震えている。

 敵も何もなく、跳ね除けることの出来ない真摯な態度。

 その強さに、思わずため息さえ出そうだった。


「……ディーゼル?」

「こりゃ、案内するしかないだろ」


 アリセルナの確かめるような言葉に、俺は本当に嘆息しながら答える。

 いくら人間といえども、応えないわけにはいかないだろうと。

 そもそも俺は争いたいわけじゃない。無益な殺し合いならむしろ避けたい。

 相手がそれなりの態度を取るのなら、こっちもそれ相応の対応をするべきだ。


「探してるのは誰だ? 言ってくれれば、案内する」


 ぱあっと顔を上げた二人の表情が輝く。


「あ、ありがとうございます!」

「いや、いいけどな……そんな、大切なんだろ」


 魔王城にいるくらいだ。命を懸けてまで会いに来るほど、大切なのだ。

 視線を落とす。二人の足元に描かれた図形は多分、転移魔法か何かだろう。――俺にはよく分からないが。

 兎にも角にも、彼らも敵地に堂々と入りこむ、それがどれほど危険なことかは分かっているはずだ。

 地理も把握していない、囲まれればまず死を覚悟しなければならない状況。それでもこの二人は選んだのだ。


「一日でも長く、生きなきゃと思ったの……それを言い訳にしても、私、生きたかったの」

「――え?」


 こぼされた呟きに俺は、思わず振り返る。

 少女の口から出た言葉。どういう意味か、測り兼ねた。


「あ、いえ、何でもないんです。気にしないで下さい」


 にこりと少女は微笑む。

 何でもないわけはないだろうが、俺はそれ以上聞かなかった。会って間もない相手にそんな突っ込んだことを聞くのは失礼だろう。

 それにしても。


 ――やっぱり似ている。


 少女の笑みが、どことなく『昔の』コメットに似ているのだ。

 どこが。何故。

 自問してみたが、答えは出ない。理由なき感覚なんて、変な感じだが。

 俺はそんな馬鹿な考えを頭から追い出し、二人に問う。


「それで? 誰に会いたいんだ」

「あ、あの……」


 不意に、少女の表情が困惑に翳った。


「……レイ君……じゃ通じないわよね、アレス」

「何だったかな……あいつの名前」


 アレスと呼ばれた男も微かに表情を歪める。

 何なんだ。――まさか、名前が分からないなんてことはないよな。

 思いながら、二人の答えをじっと待つ。

 すると、数秒の間があってから、少女が突然弾かれるように顔を上げた。


「あっ、そう! コメット――コメットだわ!」

「っ!?」


 少女が顔を輝かせ言った言葉に、俺とアリセルナは身体をびくりと震わせる。

 コメット? コメットといえば、ここには一人しかいない。

 だが――それは。


「コメットって……コメット!? あなたたち、コメットに会いに来たの!?」

「え? え、うん……あの、そうなんです」


 迫るアリセルナに、少女は恐る恐るといった感じでそう答える。

 アリセルナの迫力には何となく怖いものがあったが、俺もそれを止めるほどの余裕はなかった。


 ――考えられなかった。


 人間が、コメットに会いに? 他の奴ならまだしも、コメットだと?

 ありえない。つながらない。つなげられない。


 コメットはいつも行動を一緒にしていた幼馴染だ。人間と会っていたなんて、そんなことがあればすぐに分かる。

 勿論、そんなことは全くなかった。コメットはそもそも、そういう奴じゃなかった。あんな奴でも、魔王城からは一歩も出なかった奴だ。


 なのに。


 彼らはコメットに会いに来た。――何のために?

 俺たちを騙しているようには見えない。そんな器用そうにも、悪いがあまり見えなかった。

 だけどやっぱり、コメットに会いに来ていて。

 何だ。どこがどうつながるんだ? この事象を、どうつなげればいい?


 ――勇者の関係者?


 ――勇者に襲われて記憶を失ったのは?


 嫌な予感がよぎった。

 いや、でも、まさか。

 この二人に敵意は抱けなかった。むしろ抱いたのは、好感といっていい。

 だけど、もし、勇者の関係者が本当だとしたら。勇者というのが、コメットの記憶を奪ったあの、忌々しい奴だったとしたら。

 だとしたら――。


 焦る。嫌だ。そんなの。

 何が起きてるんだ。何のためにこいつらは。コメットは今――。



『コメットが危ない気がするの』

『コメットがどうなってもいいの!?』

『私のコメットが危ないのよ!』



 アリセルナの言葉がよみがえる。

 予感。予測にすら届かない直感に過ぎないのだろうが。

 この場ではもう、疑うことすらできない。


 あいつに今――何が起こってる?


 もうコメットが無事だなんて思えなかった。


 今、魔王城で確実に、何かが起こっている。

 それも……決していいとはいえない、何かが。


「行くぞ! コメットのところ!」

「! は、はい!」


 慌てて叫ぶように告げると、二人もただならぬ様子を感じ取ったらしく戸惑ったように頷いた。

 駆け出す。コメットの部屋まで。

 嫌な予感を抱え、最悪のシナリオを頭の中で描きながら。



 そしてそれは、悪夢の具現化のよう、目の前に現れる――。




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