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第6話 彼女はメイドさん

 ええと、何だ。

 僕はまだ魔族の感性っていうのは分からないわけだ。

 人の価値観っていうのはそれぞれだし、目の前の光景も一概には否定できないわけだけど。

 ……ごめんね。笑いが漏れたらごめんね。本当にごめん。まだ漏れてないけどごめん。


「……どちら様、でしょう」

「ああ、覚えていらっしゃらないんでしたね……。あたし、エルナと申します」


 声だけ聞けば絶対美少女を予想できる。

 姿だけ見れば絶対漢を連想できる。

 でも、それが融合した場合、どうすればいいでしょう?


「エルナ……さん?」

「あ、呼び捨てで構いません! あたし、コメット様専属のメイドですから」


 め、メイド? 何という事故。いやむしろ奇跡か。

 メイドって、ここまでメイド服似合わないメイドを僕は初めて見た。

 声だけ聞けばパラダイスなのに。


「ヘルグ様に、記憶喪失だとお伺いしました。でも、信じられなくて……」


 彼女(彼?)は胸に手を当て、俯いた。

 その仕草が何とも似合わない。

 声と姿がアンバランスすぎる。

 ……いやいや。相手が悲しんでいるのに、何て失礼なことを。


「ごめんなさい、本当のことなの。だから私、あなたのことも覚えてないし、それどこか自分のことさえ……」

「いえ、謝らないで下さい! コメット様は全然悪くありませんわ!」


 エルナはとても必死で、その言葉は心からの言葉なんだと分かる。

 それに比べ、僕は。

 そんな彼女(彼?)を見て笑いを堪えているなんて、とても申し訳ない。

 でも、堪えないと本当に笑いが漏れてしまいそうだ。

 そんなことにも気付かず、彼女(彼?)は悲しそうに俯いている。


「大変ですよね、コメット様……その苦しみを、どうかあたしに分けてほしいくらいです」


 いや、そんな。確かに苦しみというか葛藤というか恥というかそういうのはあるんだけど。

 叫びたくて堪らない。僕はコメットじゃないんだと。

 でも閉口。そんなことを叫ぼうものなら僕は首チョンパにもなりかねない。


「あたしに力になれることがあれば、どのようなことでも協力させて頂きます。何かあれば、どうぞお申し付け下さいね」


 優しく微笑んでそう言うエルナ。

 ああ、いい子だ。

 外見についてはもう気にしないことにしよう。色々と運が悪かったんだ。うん。


「ありがとう」

「いえ、そんな。それがあたしの仕事です」


 そう言う様は、まるで天使だ。

 微笑みもばっちり決まって……いたらよかった。


「では、あたしはこれで失礼致します。もし御用があれば呼んで下さい。10秒以内に駆けつけますから」


 ぺこり、と小さくお辞儀するエルナ。

 わーお、呼んだだけで来ますか? しかも10秒以内に。どんな速度で来るんですかエルナさんよ。

 この人、色々と分からんな。いや……、あんまり分かりたくないけど。


「それでは」


 エルナは幾多もの謎を残したまま、にこりと笑って去っていった。


 ……えと、とりあえず知りたいんだけど。


「……あの人、男なの? 女なの?」


 外見なら男。むしろ漢。

 声や仕草なら女。むしろ乙女。


 ……謎だ。でも、本人には聞けないし。


「すみませーん、勇者さ……」

「ヘタレさぁぁん!」

「!?」


 僕は、ノックもなしに入ってきたヘタレさんに飛びついた。

 驚いてたけどまあ気にしない。ノックなしで入ってくるのが悪い。関係ないけど。


「あの、あの……エルナって人知ってますか!?」

「……あぁ」


 何やら顔をしかめたが、知っているならいいだろう。


「あの人、女なんですか!? それとも男!?」

「……ああ、聞かれると思いました」


 想定内だったのか。

 いや、確かに誰でも気になるよなあれは。


「……言いにくいんですけど、それ……、魔王城ここでの七不思議に認定されてるんですが……分からないんですよね」


 言い辛そうに呟くヘタレさん。

 マジで? 分かんないの?

 てか、七不思議って。他に何あるんだ。


「……彼女の性別を知ろうとした者は、石になると聞きます」


 何で!?

 多分、噂に過ぎないんだろうけど、本当にありえそうだから怖い。絶対調べたりしないぞ、うん。


「……勇者さん、あの、それより」

「はい?」

「言い忘れていたことを伝えに来たのですが」


 ヘタレさんは、何やら言いにくそうにしている。

 言い忘れたって、何をだろう?

 僕は次の言葉を待つ。


「魔王城での決まりです。いくつかあるんですが、まず、食事は各自ですること。特別な時のみ皆集まって食べます」


 え、じゃあ自分で作らなきゃ駄目ですか。ケチだなおい。

 でも幸い、僕には料理のスキルがある。

 うわー、よかったな僕。料理できて。


「それから、食事は一日4回まで」


 制限あるんだ。しかも4回って微妙だな。

 何時に食べるんだ、一体。


「あと、おやつは午前10時と午後3時のみ」


 何でそんなに食べ物に拘りますのん。


「量は腹八分目までです」


 何気に厳しいな。

 てかそんなの分かんないって。


「それから、ここが大事です。その食糧なんですが―――各自で確保すること」

「分かりました……って」


 各自で、確保?


「……あの、ヘタレさん? 魔族の食べ物って」

「ヘルグです。一文字しか合ってないですから。魔族の食べ物は、そうですね……何と言えばいいでしょう?」

「はっきり言って下さい」

「人間です」


 はっきりすぎた!

 爽やかに笑って言うヘタレさんは、どこか憎らしい。

 っていうか、魔族って、人間食べるんだ……。知らなかった……。


「……ど、どうしたらいいでしょうか」

「誰にも見られなければ、何食べても大丈夫だと思いますけれどね」


 相変わらずアバウトな答えだ。

 誰かに見られる可能性があるから困ってるんだっちゅーに。

 本人の身になればきっと分かると思うのだが、そうもいかないだろう。できれば変わってほしいけどね。


「それに、人間が主食だってだけですから、野菜等も食べますよ?」

「しゅ、主食って……」


 恐ろしいな。

 自分が人間である感覚が未だに抜けなくて、身震いをする。


「と、とりあえず人間は食べられませんから」

「残念ですね」

「残念じゃないですし!」


 全く残念そうじゃないヘタレさんに、反射的に突っ込みを入れる。

 何でこの人こんなに爽やかに笑ってるんだ。


「あの、野菜とかも自分で……?」

「はい。栽培して下さい」


 ぐらり、と視界がぐらつく。気が遠くなりそうだ。

 栽培って。

 そんなの、やったことも見たこともない。

 農民さんたちお疲れ様だ。


「……なんて、冗談ですよ」

「え?」

「運のいいことに、あなたはお嬢様ですからね? 結構裕福な方ですよ。それに、さっきも見たでしょう。あなた専属のメイドがいるのを」

「そ、そっか……」


 確かにエルナが名乗ってたな、“コメット様ぼく専属のメイド”って。


「食糧どころか、料理まで作ってもらえますよ。ただし、人間が材料でしょうけど」

「……いや……自分で、作りますから」

「そうですか。じゃあ、野菜だけ送ってもらえるように頼みますね」

「はい。よろしくお願いします」


 といっても、野菜だけで生きていけるかどうかは自信ない。

 今までいい生活してきたからなぁ。勇者という肩書きのおかげで。

 ただ、これからはそうもいかない。

 肩書きとしては申し分ないと思うけどね。“魔王の婚約者”なんて。


「あ、でも、『彼女コメット』は人間も食べたんでしょう? そしたら……」

「その言い訳も考えておきますよ。とりあえず、一時しのぎでも」


 よろしくお願いします、ともう一度頭を下げる。

 ヘタレさんは、最後まで爽やかに笑ったまま行ってしまった。

 あの表情、もしかして作ってるのか? それともあれが普通の顔?

 うーん、謎が残ってしまった。

 まあ、それはいいんだけど……。別に。考えない考えない。


 ……はぁ。疲れたなぁ。


 ため息をついて、ぼふりと柔らかいベッドに倒れ込む。んー、寝心地最高。

 僕はとりあえず自分の適応力の高さに感心しつつ、運の悪さに落胆しつつ、無意識のうちに眠りへと落ちていこうと目を閉じた。

 この一連のことで、疲労が大分溜まっていたらしい。すぐに、意識は深い暗闇へと堕ちていく。


 ――眠っちゃって大丈夫なの?


 どこかで、声が聞こえた。

 けれど、眠ることへの不安は睡魔には勝てず、瞼はもう上がらない。意識も、段々と遠くなっていく。


 ……ああ、このまま眠っちゃっても大丈夫だよなあ。多分。

 きっと、そんなに悪いことにはならないはず。

 眠いものは仕方ないし、今日は頑張ったし。うん。大丈夫さ。


 自分に言い聞かせ、睡魔に導かれ共に眠りの国へと堕ちていく。

 そして、そのあとに訪れたのは、優しい静寂だった。




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