第65話 そして全てはここから始まる
「この状況、やっぱり絶対おかしいわよね!?」
「いや、それを俺に言われてもな……」
静寂が広がる、穏やかな夕暮れ時。
それを破ったのは、突如部屋に押し掛けてきた幼馴染兼変人もといアリセルナだった。
「だって絶対おかしいわよ! こんなの、ありえるはずないもの!」
……いや、何が。おかしいのは主にお前の頭だと思うのは俺だけか。
ていうか人の部屋に押し掛けて勝手に居座っておいて何をほざく。
「つーか……なあお前、いくら常識がないからって突然何の断りも説明も言い訳もなく人の部屋に押し掛けてくるか? しかも何か変な雰囲気を感じ取ったとか言うか? 医者呼ぶか?」
「いいじゃないディーゼル! 私とディーゼルの仲でしょ」
「どんな仲だ……」
俺は当然そうに胸を張るアリセルナに、半ば呆れて突っ込みを入れた。
……ああ、一応言っておくが、俺とアリセルナは決して変な関係ではない。
ただの幼馴染であり保護者みたいなもんなのだ。いや本当、仲とか知らないし。放っておいていいだろうか。思って俺はため息をつく。
「あっ、ディーゼルってば信じてないわね!?」
当たり前だろうが。
「私本気で言ってるのよー! コメットが、コメットが危ない気がするの私!」
「……何で? 根拠は?」
「女の勘」
「さいですか」
真剣な顔で何を言い出すかと思ったら。思わず、ため息が零れた。
まあ、最初っから期待はしてなかったけどな。こいつにまともなことなんて。
思いながら、またため息。あー不幸になりそう。もう不幸かも。
「お願いディーゼル! 一緒に確かめに行きましょっ、私一人じゃ嫌なのー!」
「何で俺だよ……」
「だって他に頼める人いないもの」
「んなわけあるか」
さらりと否定しつつ、ちょっとだけ考えてみる。
……頼られてる?
あーあーあーあー、却下却下。
何で俺が。俺はこいつの保護者じゃねーっての。……え、さっきの言葉? 気のせいだろ。
大体確かめにって。そんな大層な、大方別に何もないから。どうしても行きたいなら一人で行って来いよ。俺を巻き込むな。
「いやー、お願いー! コメットがどうなってもいいのー!?」
「どうもならんだろ」
俺は最早面倒になり、まともに会話することもやめて適当にあしらった。
だってまともにこいつの相手をしてたら、一時間もしない内にどうかなるぞ。絶対。
そう思ってアリセルナから視線を外したが――3秒と経たずに、視線はアリセルナの方へ戻ることになる。
「ディーゼルの馬鹿! コメットのこと好きなくせにー!」
「…………は?」
――そう、この科白のせいで。
きっかり3秒、アリセルナのふざけた言葉に、一瞬思考が停止した。
こいつ今何て。3秒たっぷり考えて、ようやく理解が及んだ。対応は出来なかったが。
「だってディーゼル、コメットのこと好きなんでしょ?」
「な……、なな、何でそんなこと」
「見てればそれくらい分かるわよっ。馬鹿にしないでよね」
――だから、そういうことじゃなくて。
好きって。好きって――お前。
「何よ。知ってるわよ私? ディーゼルがコメット好きなことくらい!」
「だ、だから何でだよ!」
「女の勘!」
「意味分からん!」
ぎゃーぎゃーと喚くアリセルナの言葉に、つい熱くなって言い返す。
……あながちそれは間違いではない。なんて言えっこないけど。
あー、何だこれ。ていうか変なこと言うなよ!
それでも、はっきりとした否定も出来ずに、はぐらかすように話を逸らす。
「分かった、分かったって! 一緒に行ってやるから騒ぐな!」
「……ほんと?」
「あーあー本当だって! だから騒ぐなよ?」
「やったー! うん、私何も言わない! ディーゼルがコメットのこと好きなんて告げ口しないわねっ」
「だーっ!」
思わず叫んで言葉を遮った。
……全く。こいつは何も分かっちゃいないとは思ったが、約束は約束だ。
仕方ないと、座っていた椅子から立ち上がる。
ていうか本当に何もないだろうに。何だ女の勘って。当たるのか?
「早く行きましょー! 私のコメットが危ないのよ!」
しかもこいつ、私のって。……アリセルナも段々壊れてきたな。可哀想に。
だが俺にはどうしようもないので放っておくことにする。
とりあえずさっさと済ませてさっさと戻ってこよう。
何かもう疲れたしと、ドアノブに緩慢な動作で手を掛ける。
「とりあえずコメットの部屋行くか……っと」
投げやりに呟いて、ドアノブを捻った。その先。
――再び、思考が停止した。
「……は?」
「え?」
俺とアリセルナの声が重なる。理解不可能な事態に、思わず同じように固まって。
それほどまでに、その光景は信じられないものだった。
お約束と言えばお約束な、でもまさか起こるなんて誰も信じてやしない。明らかにおかしな、その光景――。
「な、に――?」
見慣れた床に、無造作に描かれた円形の図。
その上にへたりと座り込んだ、見も知りもしない二人の――人間。
それは、魔族ではありえなかった。何故ならそいつらは、俺たちとはまるで違い、耳が丸く、そして何より、魔王城じゃ一度も見たことのないような知らない奴らだったから。
だって、そんな奴らが、仲間であるわけはない――。
こいつらは人間だと、自身の直感が告げていた。
頭が正に真っ白になり、思考することすら許されない沈黙の中。
「こ……こんにちは」
二人の人間の内の、少女の方がぎこちなく笑う。若干引き攣った笑み。
俺より先に我に返ったアリセルナは、一歩後ずさり、緊張しながらも二人に声を掛けた。
「あ……あなた、たちは?」
混乱と平和を乱す、最高で最悪の言葉。
不思議な図形の上に座った少女の、灰色の瞳が微かに揺らぐ。怯えるように。
それでも、覚悟を決めたように俺たちの方を見据え――
「勇者嫁です♪」
「えー……あっと、勇者婿」
――そう、言った。
……なに?
女の勘は当たります! ……多分。
久々にコメディー要素を入れようとしたらすごく残念なことになりました。うわあ。
しょ、精進せねば……。