表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/160

第63話 帰るひとと帰れないひと

『――好きですよ』




 ほんとは誰も傷付けたくないくせに。


 ほんとは全部好きなくせに。


 ほんとはみんな、嘘なくせに……。


 不器用すぎる人だから。




 何もかも抱き締められたらいいのにね――?






 ねえ、一番優しいのは……だあれ?





 ◇





 それは刹那、けれど永遠とも思えるような一瞬。

 迷うような表情から一転、少女の顔は決意に満ちた表情と変わり。驚くのも束の間。


 ――唇に何か、柔らかいものが触れた。


 それは、ずっと待っていたような、懐かしいような、それでも知らない感覚で、ある意味何よりも危惧していたこと。

 何よりあまりにも予想外の出来事で、理解するまでにたっぷり3秒はかかった。

 そしてそれがキスだったのだと気付く頃には、彼女の意識はもうなくて。


「勇者さん!?」


 叫ぶ自分の声は、多分、凄く虚ろだったのだろうと思う。


 そういえば自分自身もこれがファーストだったっけとか、そんなどうでもいいことばかり。

 倒れた彼女の身体を支えた自分の反射神経は、我ながら凄いとは思う。

 でもそれだけ。


 ……多分、こんなに後悔したのは、今まで生きてきた中で初めてだった。




 どうして。




 彼女が優しいことは、知っていたのに。

 自分の愚かさが、ひどく嫌になる。

 ぎゅっと強く目を閉じて、腕に触れる温もり以外何も感じないように。


「――っ、どうして……」


 なんて、彼女に尋ねることじゃない。

 自分自身への戒め。


 腕に寄り掛かる体温。

 自分の鼓動ばかりが、大きくなっていく。


 ああ、これは。




 ――制裁なのだろうか?





 ◇





 ふわり、ふわり。


 そんな効果音が聞こえてきそうな微睡まどろみに揺られ、僕は、目を閉じていた。


 ――ここは、どこなんだろう?


 意識ははっきりとしているけれど、身体は思うように動かない。

 ……というよりも、何だか、自分の身体がなくなってしまったように感じた。

 だから目を閉じていた、というより、何も見えなかった、といった方が正しいんだと思う。


 無音の世界なのも、きっと、そのせい。


 ただ、どこか自分という存在の奥深くで、ひどい眠気が燻っている。

 まるで永遠の眠りにつくように――深いくらい、薄闇の中。

 このまま、この眠気に身を任せてもいいだろうか? ……いや、身体はないけど。

 意識は絶えずそこにあるのに、何だろう。もう、眠くて、すごく眠くて、これでいいやって思う。


 出来るなら、もう、このまま朽ちてしまいたい――。




『――レイ君』




 ふと、僕の名を呼ぶ声が聞こえた。


 いや、聞こえたって言うより、自分の内から響くような。

 聞き覚えのある声。何だか、ひどく、懐かしい気がした。


『そっちは、駄目よ。……もう帰れなくなってしまうから』


 コメットの声だ、と僕はようやく思い当たる。

 高くて柔らかな響き。いつも自分が聞いているのとは、ちょっと違うけれど。

 それは確かに、コメットの声。


『ねえ、ここで終わってしまっては、意味がないのよ。みんな、貴方のことを待っているのに』


 どこか悲しそうな声。

 どういうことだろう? 脳髄こころを侵す眠気に邪魔されて、考えることすら儘ならない。

 ここで終わる。意味。待っている……。


『よく、思い出して? 貴方は、今までどうして、生きてきたの』


 ――だから、それはどういう意味?

 聞きたくとも、声は出ない。言葉にすらならない。


『だって……貴方は、何かを犠牲にして、それでも何かを愛する為に、ここまで来たんでしょう――?』


 走る衝撃。散漫する眠気。

 ――ああ、そうだ。

 僕は。

 身体の感覚が、ぼんやりと、戻ってくる。

 思うもの。思うひと。思う世界が、あって。


『戻れるの。貴方は戻れるの、みんなのところへ』


 手が、目が、口が、身体が。


『貴方は愛せるのよ――全てを、世界を』


 全て。



「――僕は――」



 ――そう、僕は。

 そこにいた。

 コメットの微笑を前に、震える声で。

 燻る眠気は溶けて、僕は。


『ねえ……そうでしょう? レイ君』


 にこりと、コメットは笑った。

 僕の名前。ひどく懐かしい声で、呼ぶ。


『貴方は、帰りたいと強く願っているんだもの』


 何度かの瞬き。

 そうだ。そうだ、僕は……。


『貴方は優しいから……でも、サタンの思惑なんかに乗っては駄目。あんな魔法に、動かされてはいけないわ』


 小さい子供に言い聞かせるような口調。

 僕の頬に手を添えて、コメットは続ける。


『だって、貴方はみんなに愛されているんだもの。そして、貴方もみんなを愛してる。だから、消えるわけにはいかないでしょう』


 その言葉が心にじんと沁みた。

 ……そうだよ、僕は。

 消えたくないって、勝手な思いでも。


『だから負けちゃ駄目なの。傲慢でも、勝手でも、私は貴方に生きて欲しい』

「……コメット」

『私はもう戻れないから。魔王様にも、もう会えない』


 不意に、コメットの表情に影が落ちた。

 好きだったひと。今でも一番好きなひと。

 ……もう会えないなんて告げるのは、さぞかし辛いだろう。

 どうしようも出来ない運命でも、誰も、諦めたくなんか、認めたくなんかない。


『私の魂は、もうね、多分消えてしまうわ……サタンに食べられてしまうの』

「……そんな……ひど、い」

『そうね。とってもひどい、でもあの人も、救われない人だわ』


 悲しそうな、それ故に綺麗な微笑。

 そうだね、サタンは、とっても可哀想だと――僕も思う。

 あの人の光を奪ったのは誰なんだろう。自身か、それとも、他の傲慢か。

 どちらにしろ――それは、悲しいことだ。


『だから……貴方は、戻って。私の代わりなんて、我儘だけど』


 僕は小さく頷いた。

 コメットの華奢な肩が震える。

 ――本当は帰りたい。そんな印象が、どうしても拭えなかった。

 だけど僕は、帰ろう、なんて言えない……。


「ありがとう――出来れば、君も、安らかに眠って欲しい」

『優しいのね、最後まで……帰る魂と、還る魂。交わることなんて出来ないのに』


 あるべき世界へと帰る魂、そして、あるべき場所へと還る魂。

 僕らはそう、多分、交わることは許されない。


『私は、愛することが出来なかった。愛されることも許されないから、魂喚びには応えられなかったの』


 泣き笑いにも見える、コメットの困ったような笑み。

 それは、些細なことで、でもとても悲しい運命だったと、僕は思う。


『でも最期に、貴方に会えてよかった……』


 それは本音か、それとも自分を取り繕っているだけか。

 僕にはよく分からなかった。

 でもとても、悲しそうだった。


『ねえ……私、神様がもし、いたならね』


 ぽつりと独り言のような一言。


『お願いしたいことが、あるの……』

「お願い……?」


 そう、とコメットは消えそうな輪郭を縦に振る。

 そろそろ終わりなのか。コメットという存在の、全て。――サタンのせいで。


『私の愛する人が、みんな、幸せでいられますように――貴方の愛する人が、全て、笑ってくれますように』


 ――最期の、微笑。


 あまりにも綺麗で、儚くて、優しい笑み。

 それは確かに、最期だった。


『さよなら!』


 そして、反響する声の下。

 光が満ちて、世界は消えた。




あ、あれ? こんな予定じゃなかったのに←


タイトルの『帰るひとと帰れないひと』は、勇者とコメットのことですが……

実は、勇者とアレスのことでもあります。


大切な人に帰ろうと言える人と、言えない人。

キナとコメットもおんなじですね。

そんな意味も含めて、『帰る人』と『帰れない人』です。


け、決して適当じゃないんだからね!←












――僕は確かに、コメットと一つだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ