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第62話 零への帰還と神への抵抗

 胸の奥底に、ぴり、と疼くような痛みが走る。

 その痛みに思わず顔をしかめた瞬間、目の前の少女の表情に懸念の色が差した。


「アレス? どうしたの?」

「――いや……」


 少女……キナの不安そうな声に、俺は小さく首を振って答える。

 ――何でもない。

 そう告げるように。


「大丈夫だ」


 そして、今度はしっかりと言葉にした。

 そう、実際痛みは一瞬で、今は本当に何ともなかったのだ。

 だからそう、安心させるように言った。


 けれど。


 キナはそれでもなお食い下がり、その不安そうな表情に怒りの色を混ぜて、俺の頬に手を伸ばしてくる。

 まるで、俺の嘘を見透かすように。


「そんなの、嘘! 最近、アレスってばそればっかりだわ。私の話だって全然聞いてないもの」

「す、すまん……」

「やーよ。ちゃんと話してくれないと、許してあげない」


 俺の頬を小さな両手で挟んだまま、子供っぽく頬をふくらませるキナ。

 その姿に思わず苦笑しそうになったが、それどころではないと、俺は気を持ち直した。

 そして体裁を取り繕おうと、おもむろに口を開く。


「でもな、キナ。別にそんなに――」

「言い訳は聞かない! 私、言い訳嫌いよ」


 俺は今度こそ苦笑した。

 あまりにも子供っぽい、その科白。

 俺の笑みにキナはますます機嫌を損ねたらしいが、それを見て笑わずになどいられるものか。

 生きている内は見せなかったような年相応の少女の姿を、キナは今さら――死後の世界で――見せていた。


「笑ってないで話してよ、もう!」

「悪い悪い」


 と言っても、笑いは収まらなかったが。


「――あのな。最近、ぴりっとした痛みを胸に感じるんだ」

「痛み?」

「ああ。原因はよく分からないけどな……、疼くような痛みを、何度も」


 キナのためと思って隠していたことを、俺はあっさりと打ち明ける。

 こうなってしまっては、隠していても無駄だと思うからだ。

 でも、キナはやっぱり心配そうな顔をする。

 ……キナは、優しいから。


「そう……、……大丈夫なの?」

「心配されるほどでもないさ」


 心配させないようにと、その言葉。

 ただ、と俺は続ける。


「もうそろそろ――潮時、なのかもしれないな」


 不意に低くなる、自身の声。

 自分の意識しないところで、何故か、哀しみの色が含まれていた。


「……そう、ね」


 それだけで理解する、聡明な少女の表情。

 少しだけ寂しそうに歪む、あまりにも白いその顔は、正に死人のものだ。――感情が浮かぶ、それを除いては。


「消える、時なのかもしれないわね……私たちも」

「ああ……周囲の魂たちは、どんどん消えて行っている。ここまで持っていたのも、最早奇跡と言えるだろう」


 肉体を失くした魂たち。

 それらは一時、この世界に留まるのだが――それでも、ずっといるわけにはいかない。

 時が来れば、やがて魂は消滅する。

 跡形もなく。ただ遺された者の記憶だけを残し。


 俺たちもまた、然り。


「……レイ君に、また来てって言っちゃったなぁ」

「もう、会えないかもしれないのにな」

「どうしよう……レイ君、大丈夫かしら」


 心配症だな、と俺は小さく笑う。


「大丈夫だって。お前は心配し過ぎなんだ」

「……それ、レイ君にも言われた」

「あいつに言われるようじゃお前も相当だな」

「あっ、ひどーい!」


 言いながら、顔を見合わせて笑った。

 いつまでそうしていられるかも分からないのに。

 この胸の痛みが、疼きがそう告げているのに。もう終わりなのだと。


「……消えても、レイ君は覚えててくれるわよね」

「あいつは優しいからな……」


 それが逆に悲しいと思う。あいつは、何もかも背負い過ぎているんだ。

 俺は深く、ため息をつく。

 悲しい運命を背負った、友を思って。


「――ねえ。アレス」


 不意に、キナは俺を上目遣いで見る。

 何かを決めたような瞳。何かに怯えているようにも見えた。


「私たち……このまま消えちゃって、いいのかしら」


 そして、その言葉は――とても、弱いものだった。

 どういう意味だと俺が聞き返す前に、キナは力なく笑って言う。


「私、ほんとはね、消えたくないの」


 あまりにも弱い、少女の表情。

 困ったような、泣きそうな、キナはあまりにも小さくて。

 思わずどきりとした。


「キナ……」

「そんなこと言ったら私、罰当たりね。レイ君にあんなこと言っておいて、今さら消えたくないだなんて」


 取り繕うようにキナは笑う。

 けれど、それが無理に作った笑顔だなんてことは、瞭然としていた。


「今さら我儘なんて、言っちゃ駄目よね……レイ君、あんなにも頑張ってるんだもの」


 私が弱くなっちゃ駄目よね、と寂しそうに笑うキナ。

 俺はそれがどうしても悲しくて――思わず、手を伸ばしたくなった。

 だって、そんな泣きそうなキナが、どうしても愛おしくて。


「……生きようか?」


 そして、ほとんど無意識のうちに、零れた言葉。


「……え?」

「生きようか。消えるのが嫌なら、俺たちも生きようか」


 キナは驚いているようだった。

 当たり前だ。

 俺だって思いもしない自分の言葉に、驚いているくらいなのだから。――だけど。


「生きたいなら、生きようか」


 だけどそれは、紛れもなく本音だった。


「アレス――」

「俺はレイのことが好きだ。だから生かした、幸せになって欲しいと、生きろと言った」


 早口で捲し立てるように、言葉を紡ぐ。

 キナは呆気に取られたような顔をして、それから、少しだけ泣きそうな顔をした。


「だけど、俺はお前のことも好きだ。レイとお前、二人が幸せじゃないと、俺は納得できない」

「……アレス」

「お前が生きたいんなら、生きようか。俺にはその覚悟がある」


 震える小さな肩。

 何秒かの間。


「……ありがとう、アレス」


 そんなものを越え、俯いたキナの口からは、喜びや驚きの入り混じった声が漏れた。


「私、生きたい」


 それは正に、泣き笑いで。

 困ったようにしながらも、キナは自分の意思を告げた。

 肯定の、意思を。


「……決まりだな?」


 俺はにやりと笑う。

 そして、立ち上がって手を伸ばす。座り込んだキナへと。

 その手を取った、白く小さなキナの手。

 包み込むように、優しく握る。壊さないように。


「私、何か、嬉しいな……」


 踊るような足取りで立ち上がり、キナは微笑む。

 ……何だか好きな人に告白されたような表情だな、なんて思い、俺は思わず苦笑した。

 そうだな。さっきの俺の科白は告白も同然だったか、と思って。


「アレスが、そんなこと言ってくれるって思わなかったから。止められると、思ってた」

「……昔の俺だったら、確実にそうしてたな」

「ふふ。アレスも変わったんだね。死んでるはずなのに、こうやって変わるなんて不思議だわ」


 確かにその通りだった。

 死んでいるものに変化なんてあるのか。

 生前だったら、確実に、ないと答えたのだろうが――今は、もうよく分からない。


「ほんとに死んでるのかな? 私たち。案外生きてたりして」

「それだったらいいんだけどな、苦労しなくて。そしたら、あっちの世界に降りていくだけで、俺たちは生きることが出来る」

「そうねー……」


 思うところがあるのか、キナは視線を壁の方に移した。

 それも一瞬、キナはぱっと俺の方に目を戻し、にこりと微笑む。


「まあ、生きてても死んでても同じじゃない? もう、生きるって決めたんだもの。早く行きましょ」

「いや、待てよ。結局どこ行くんだ……」


 俺の手を引っ張っていくキナに、焦るように突っ込む。

 恥ずかしいことだが、あんなことを言っておいて俺はどうするか考えていない。

 けれど、キナはそんな俺に怒ることもなく、ただくすりと笑った。

 そして、実にあっさりと。


「そんなの、決まってるじゃない。神さまのところ」




あれ? 何だかどんどん話が大規模に。


既に独り歩きしてます、ていうか勝手におかしな方向に進んでるだけですねこの話。

キナとアレスは実際作者のお気に入りだったりします。書きやすいんです。

……あ、アレスはおまけかもしれな(強制終了)

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