第60話 Kiss me !(中)
気が付けば某側近の誕生日から2週間余り……すみませんすみません。
主人公どこ行ったという突っ込みはスルーの方向で。
それから後編じゃなくて中編かよという苦情もスルーの方向で(自主規制)
キスは一つの方法だった。
――別に他意があったわけじゃない。
ただの言い訳だと言われればそれまでだ。
それに、その言葉が彼女の心を変えてしまった事実は、紛れもなく自身の罪。
傷付けているのと変わらない。
壊しているのと同義でも。
――それでも、彼女の存在は大きすぎた。
好きか嫌いかで問われれば、確実に前者を選ぶことが出来る。
けれどそれが全てなのか。
好きか嫌いか、そんな単純な問題なのか―――問われても、多分答えられない。
だから。だけど。
キスは一つの方法でしかなかった。
―――自身の下らない傲慢のための。
◇
「――これはこれは、兄上――お久しぶりです、とでも言っておこうか?」
わざとらしい皮肉。それを綴る低い声。
それはどんなに日々を重ねても、忘れることの出来ない声だった。
「――サタン……」
くつくつと笑うその表情、額に当てられた角張った白い手、同じ血を分けた弟とは思えないほど目立つ紅い瞳。
その瞳に浮かんでいる色は多分、深い憎悪と強い狂気。
昔と何も変わらない外見で、中身だけが捻じ曲げられたまま、サタンはそこに立っていた。
「そう、嫌そうな顔をしないで貰いたいな。久しぶりなのは真実だろう? 数えるのも億劫になるほど」
それはその通りではある。
けれどそう言うサタンの言い方が――ひどく、哀しいものに思えた。
何故だろう。棘ばかりの、科白のせいなのか。
私はそんな言葉には何も答えず、ただふっと視線を隣に移す。
「……魔王様? あの、彼女は――」
「大丈夫。バリアを張ってきたから」
そう、すぐ隣。サタンと対峙するように立っていたヘルグの問いに、私は薄い笑みで答えた。
出るな――とは言ったけれど、彼女のことだから。
そう思って一応、悪いとは思いながらも出られないように結界を張ってきた。
外からの干渉、外への干渉を一切断ち切る魔法。
彼女の能力を考えて、一番強力なやつを。
「ほう。どうやら魔王城の方々は、どうしてもあれを護りたいらしいな……」
それを聞いてサタンは、嘲るように笑った。
彼にしては馬鹿らしいことなんだろう。何かを護るとか――そう思う、感情すらもが。
「何故だ? あえて、聞いてやろう」
見かけだけの興味が、薄っぺらい表情としてサタンの顔に張り付けられる。
嘲りは影を潜めず、ただそこに、その顔に、うっすらと膜を張っていた。
「何故――なんて、説明してもお前には伝わらないだろう?」
「まあ、その通りではあるな……兄上」
皮肉だらけの言葉を返してくるサタン。
多分何を言っても伝わらない。そう告げる言葉さえ、彼の心には届いてはしないのだろう。
胸の内で小さくため息をついて、私はサタンの目を見据えた。
「お前がここに来たのは、そんな目的ではないだろう。言いたいことがあるのなら、早く言ってくれると助かる」
「…………」
「時間がない。お前に構っている時間は、特に」
言葉に出来るだけ棘を込めて、皮肉を返す。
それでも多分、サタンは何も言わないと直感的に分かっていた。
そしてその言葉の通り。サタンは小さく、笑っただけだった。
「本当は可愛い有能な部下を遣るつもりだったんだがな。事情が変わった」
そんなことをどうでもよさそうに、さも興味なさそうに呟いただけ。
――それを口にしただけでもまだ、マシなのかもしれない。
その回りくどい話し方は、昔と変わっていない。人を惑わすような、嘲るような、操るような。
「……事情?」
私の代わりに、ヘルグが疑問をそのままの形で呟く。
サタンは大したことでもないという風に、さらりとそれを口にした。
「あれが予想以上の危険分子だということに可愛い部下が気付いてな――早めに、排除することにした」
「な……!?」
が、それはあまりにも予想外の言葉で――思わず声を上げる。
危険分子、排除――それは、つまり。
ヘルグもさすがに驚いたようで、サタンの顔を凝視していた。
「あぁ、別に心配しなくてもいい……排除といっても、ほんの少し……弄るだけだ」
くすりと、無邪気で狂気的な笑顔を浮かべるサタン。
今度こそサタンは、本当に笑っていた。とてもとても、優しく。
けれどそれが……余計に、奇怪に映って仕方がなかった。
「……何を、するつもりだ」
「珍しく短気ですな? 兄上」
サタンは優しい笑みを引っ込め、馬鹿にするように鼻で笑った。
「何、本当に少し弄るだけさ。殺す気も、壊す気もない……今はまだ」
今は? と聞き返す気も起こらず、ただその言葉を胸の内で反芻する。
何をするのかは、まるで予想がつかない……サタンの突飛な行動を予測することは。
けれどただ一つ、彼女の身が危ないということは――
「……ヘルグ」
「分かっています」
横目でヘルグに目配せする。
それだけで伝わったらしく、ヘルグはそう返事するとだっと駆け出した。
私の思いがちゃんと伝わっているなら――彼女の許へ。
バリアは――ヘルグなら、言わずとも大丈夫だろうと信じる。
「ふん。そこまでして護りたい……か。呆れも通り越して、感心に値するよ」
「そうか」
睨むようにしてサタンを一瞥すると、今自分がやるべきことを考えることにした。
私ができること――私に、できること。
時間稼ぎや足止めなんて意味はない。サタンはそこまで、甘くはないから。
「だが、どうする? あいつを行かせたところで――何か、変わるとでも?」
「……まさか、この問題が解決するなんて思っていない。楽観的に考えるのは、もうやめた」
「賢明な判断だな。兄上」
サタンはくすりと笑う。
確かにそうだろう。サタンはあくまでも、魔物の王なのだ。
自分の力を過信するつもりもないし――ヘルグに頼り切るつもりだって、ない。
「ただ、ヘルグは解決法を持っている。彼女が拒絶すればそれまででも……可能性がある限り、それは救いだ」
床に向けていた目を上げて、サタンを強く見据える。
けれどサタンは、それを聞いてやはり馬鹿にするように笑った。
「救い、だと? 罪の間違いではないのか? お前の傲慢が生み出した――」
「それでもいい」
続けようとするサタンの科白を遮り、自分の意思を告げる。
誰の意思でもない、自分の意志を。
「罪を背負うのはもう、私だけでいい」
強く見据えた視線の先で――サタンの紅い瞳が、光った。
「偽善者だな」
「その通りだ」
それだけで済んだ、『確認』の受け答え。
狂気の色が、舞台を侵食し始める。
血と似たような、狂気の悪夢が。
楽しみにして下さっている方、感想下さる方、いつもありがとうございます!
それなのに最近更新が滞ってしまい本当に申し訳ありません……(汗)
出来るだけ早く更新出来るように頑張りますので、どうぞ見捨てないでやって下さい><